「き、貴様あッ!?よく、よくも、私の腕をおおおおおッ!!?」
機械兵の絶叫を耳にしたことで、放心していた理事は正気を取り戻し、叫び声を上げた。
腕の痛みこそ感じていないが、自慢の義腕を呆気なくレグルスに吹き飛ばされたことによって、理事のプライドに刻まれた傷のほうがはるかに深いらしい。
「安いものだろう?腕一本くらいはさ」
レグルスは肩をすくめ、こともなげに言った。
その余裕ある物腰とは裏腹に、理事の背後に控える機械兵たちは明らかに動揺していた。あの最強の硬度を誇る理事の義腕が、何の前触れもなく吹き飛ばされた。次は自分たちかもしれないという、そんな恐怖が兵たちを支配していた。
対策委員会の面々、そして先生もまた、その光景に絶句していた。何が起きたのかすぐには理解できなかったほどだ。その様子に気づいたレグルスは、理事から視線を外し、身体ごと後ろへと向き直った。
「……ああ、先生はともかく、君たちみたいなまだ心が繊細な学生には、ちょっと刺激が強すぎたかもしれないね。いやはや、僕としたことが、少々配慮に欠けていたよ。この通り、誠心誠意、心から深く真摯に謝罪するよ」
レグルスは、静かに頭を下げる。その深々とした礼に、空気がわずかに緩んだ……気がした。
「……ぁ、い、いえ、お気になさらず……」
ある人物の次に正気を取り戻したノノミが、戸惑いながらも頭を下げ返す。その背後では、まだ茫然と立ち尽くす対策委員会の姿があった。
「まず謝罪する相手が違うだろうがッ……!」
怒声がレグルスの背後から響く。
自慢の義腕を吹き飛ばされた理事が、今にも飛びかからん勢いで吠えていた。
「──確かに、何事にも優先順位というのは存在するものだよね。それはごく当たり前のことだ……僕としたことが、そんな当たり前のことですら忘れていたよ」
レグルスは静かに顔を上げると、理事の方へと向き直る。理事は怒りに震えていたが、表情の読み取りづらい機械の顔には、ただ燃え滾る憤怒だけが見えた。
それを見たレグルスは目を閉じ、ひと呼吸置いてから言った。
「ごめんね」
「ふざけてるのか貴様ああああああッッッ!!!」
理事の怒号が基地内にこだました。
「……ん、ちょっとスッキリしたかも」
ノノミに続いてシロコも冷静さを取り戻し、どこかスッキリした顔をしながら二人のやり取りを見つめ続ける。
「ふざけてる……なるほど、君は僕がふざけていると思っているみたいだね。だけどさ、僕は何一つ冗談でやったつもりはないよ。替えがいくらでも利くパーツを一つ壊した、ただそれだけの話だ。なのに君は、理事という立場にあるにも関わらず、その程度のことで取り乱すなんて……身体だけは無駄にでかくて、心の器はずいぶんと小さいんだね」
「煽ってるのか貴様ッ……!」
機械の体は外からの衝撃には強くとも、内面の揺らぎには脆いらしい。普段は煽る立場にあった理事は、自分が煽られることに全く慣れていなかった。レグルスの一言一句に、過剰なほど敏感に反応する。
「そもそも、先に僕に手を出してきたのは君たちの方だ。僕はただ、砂漠をのんびり散歩していただけだったのに、いきなり頭に弾丸が撃ち込まれたんだ。それに対して怒りに狂うことなく、寛大な心で少し注意しようとここに足を運んだというのに……基地の目の前で無差別に攻撃してきたのはまた君たちの方だ。か弱い一般人である僕を殺すような真似をするだなんて、僕の権利の重篤な侵害だと思うんだよね」
そう語りながら、レグルスは先ほどポケットにしまった弾丸をもう一度取り出す。光を反射する金属のそれは、理事の機械の眼をまっすぐに射抜くように掲げられた。
レグルスの顔には相変わらず笑みが浮かんでいたが……ただ一つ、わずかに浮き出た額の血管だけが、本当の感情を物語っていた。
「嘘をつくなッ!貴様、銃弾が撃ち込まれたと言いながら、身体に傷一つ付いていないではないか!そんな嘘で私を欺こうなんて、そうはいかな──」
怒りに身を震わせながら、理事がレグルスへと詰め寄ろうとしたその時だった。
「り、理事!」
横合いから、一人の機械兵が焦ったような声を上げた。
「何だッ!?」
「こ、これを……」
機械兵の手にはタブレット型の端末が握られていた。その画面には、基地の監視カメラの一つから取得された録画映像が映し出されていた。
『あのさあ!僕はただここの責任者に会いに来ただけなんだ!君たちみたいな意思も感情もない機械たちに歓迎されに来たわけじゃないんだよ僕は。だからさ、無差別に撃つのはやめ……撃つのはやめろって言ってるだろ!?これだからカイザーはッ!!』
再生される映像には、無数のガーディアンたちが一人の男に対して容赦のない銃撃を浴びせる様子が映っていた。やがて煙が立ちこめ、画面は一瞬、白と砂色に染まる。
「──ひっ!?」
思わず、映像を覗き込んでいた一人の機械兵が声を漏らす。それは、恐怖からの反応だった。
──煙が晴れた次の瞬間、画面に映ったのは、百を超えるガーディアンの残骸だった。
その中央に立つのは、言うまでもなくレグルスだった。彼の姿だけが、無傷で、静かにそこに立っていた。
そしてレグルスは、ゆっくりと顔を上げ、監視カメラをまっすぐに見据える。
「──はっ?」
機械兵たちは思わず息を呑む。
次の瞬間、画面は激しく揺れ、砂嵐が走った。カメラのレンズが割れたような音も聞こえる。まるで、何もせずにカメラが破壊されたかのようだった。
「な、なんだ、これは……!?」
理事が思わず声を上げる。
理解が追いつかない。自慢のガーディアン部隊が、瞬く間に壊滅していたなど認められるはずがなかった。
「き、貴様ッ……!百も超えるガーディアンの包囲網をどうやって突破したのだ!?ありえない、ありえてたまるかッ!!」
理事の叫びは、もはや怒声ではなく、混乱と恐怖にまみれた悲鳴に近かった。
アビドスの生徒たちに対しては、時間をかけ、ある程度手を尽くして対処できたというのに……目の前の男には一切通用しなかった。何の抵抗も許されず、壊された。
あまりにも、レグルスは、不可解な存在だった。
「これで、少しは理解してくれたかな?」
レグルスがポケットにしまった弾丸を再び収め、肩の力を抜くようにため息をついた。
「僕がただの侵入者なんかじゃなくて、理不尽に殺されかけた被害者の一人だってことをさ」
その声音は、あくまで穏やかで、どこか呆れを含んでいた。まるで、相手の常識の狭さに呆れているかのように。
「……あの量を一瞬で……?」
ポツリと、ホシノが呟いた。
……ノノミよりも早く正気を取り戻していた彼女の目には、恐怖ではなく、驚愕が宿っていた。
カイザーによる包囲網を突破するために、アヤネや先生の協力を得て、ギリギリの戦いを繰り広げた自分たち。そんな過酷な戦いだったのに……レグルスは、たった一人で何の苦労も無いように踏み越えていたのだから。
……だからこそ分からない。どうしていつも私たちの前に来て──
ホシノが未だ思考の迷路に囚われている間、理事の隣に控えていた一体の機械兵が、か細い声で呟いた。
「り、理事……」
その声には、はっきりとした恐怖が宿っていた。レグルスの存在に圧され、正面から目を合わせることさえできない様子だった。
理事は、レグルスを睨み据えて静かに言い放つ。
「……貴様、自分が何をやったか理解しているのか?我が社が誇るガーディアンを破壊し、多大な損害を与えた。それは立派な器物損壊罪だ。この事実が世に知れ渡れば……貴様に安住の地など、キヴォトスのどこにも無くなるぞ」
その言葉は、もはや正面からの非難ではなかった。脅しの言葉へと変化していた。確かに、レグルスが行ったことは擁護されるべきではないのかもしれない。いかなる理由があれ、あれほどの破壊を為したのは事実だ。
──だが。
レグルスは、理事の言葉に一切動じることなく、無言のままポケットに手を入れ、スマホを取り出した。
「"……何をするつもりなのかな?"」
少し遅れて正気を取り戻した先生が、警戒を滲ませて尋ねた。レグルスが何をしようとしているのか、あまりに読めない。彼の逆鱗に触れ、この施設全体が更地になるのではと、本気でそう考えてしまうほどに。
そんな不穏な空気の中、レグルスはスマホの画面を理事に向けて、無造作にタップした。
『君たち程度、いつでも、どうとでもできるよ……例えばそう、こういう風にな』
「──はっ?」
スマホから流れた音声に、理事が呆けたような声を漏らした。
「えっ!?」
正気を取り戻したセリカも目を見開き、レグルスを凝視する。スマホからは、次々と録音された音声が流れ始める。
──アビドスの信用評価の低下。変動金利の3000%上昇。翌月以降の利子として9130万……など、そんなあまりに露骨で、悪意に満ちたやり取りの記録。その声は、理事を含むカイザーと対策委員会の関係者たちのものであった。
「──僕も、この記録をキヴォトス中に振り撒いても良いかな?」
穏やかな笑みを浮かべながらレグルスがそう言うと、理事の表情が引き攣った。
「──ッ!?」
まさか、といった動揺が隠しきれない。
理事にとっても、これは完全な想定外だった。あの密談の場には、確かに外部の者は存在していなかったはずだ。先生すら蚊帳の外気味だったはずの内容が、今ここで流されているという事実に、理事の思考は一瞬、凍りつく。
──だが、それでも。
「──ふ、ふは、ふはははッ……!貴様、それを振り撒いて何になるというのだ?」
理事は嗤った。
動揺を抑え込み、嘲るように言い放つ。そう、自らの立場が覆ることなどない、と信じる者の自信に満ちた嗤いだ。
「動揺してるみたいだけど、大丈夫かな?君みたいに理事にまで上り詰めた優秀な人材なら、これくらいの事態、冷静に対処できると思ってたんだけどなあ」
レグルスの皮肉に、理事は怒気を帯びた声で叫ぶ。
「き、貴様……ッ!」
しかし次の瞬間には、再び表情を整えた。
「……ふん。その録音データをばら撒いて、どうするつもりだ? 誰かに助けてもらえるとでも?連邦生徒会にでも泣きつく気か? 奴らが本当にアビドスを助ける気があるなら、とっくに動いていたはずだ。今さらそんなものを聴かせたところで、この状況が変わるとでも思っているのか?」
『──っ……!』
その言葉に、アヤネが俯き、唇を強く噛んだ。
──何度も、助けを求めてきた。救いを、希望を信じて、声を上げてきた。
だが、助けが来ることはなかった。
連邦生徒会長の失踪を境に、どれだけ助けを呼んでも、誰一人手を差し伸べてはくれなかった。ようやく現れたのが、たった一人の大人……先生だけだったのだ。
「……なるほどなるほど」
レグルスが小さく頷き、ふと顔を後ろへ向けた。視線の先には、アビドス対策委員会の面々が居た。
その顔には、複雑な感情が滲んでいた。
悲しみ。悔しさ。怒り……そして、諦め。
それでも、戦い続けてきた少女たち。全てを失いながらも、まだ希望を捨てなかった彼女たちを、レグルスは真っ直ぐに見つめる。
──そして。
「君はそうして理事に上り詰めたみたいだけど、頭が残念じゃ宝の持ち腐れってやつだよね」
静かに、そして呆れたように、レグルスは再び理事を見た。
「貴様……ッ!私を何度馬鹿にすれば気が済むのだ……!」
理事の声など意に介さず、レグルスはスマホの画面を数度タップした。その何気ない動作に、機械兵たちは警戒し、対策委員会と先生も困惑の色を隠せなかった。
そして、レグルスは指の動きを止めると、スマホから着信音が鳴り響いた。
「……電話?」
その行動の意図を読みきれず、誰かがそう呟いた。
まさか、録音データをばら撒くために共犯者に連絡でも?
全員の脳裏に緊張が走る。
着信音が数度鳴り響いたのち、レグルスのスマホから落ち着いた声が流れた。
『はい、こちらはカイザーローンです。要件は何でしょうか?』
「……はっ?」
その声を聞いた理事が、素っ頓狂な声を上げる。
「──なんだ、聞いたことがある声だと思ったら、君だったのか。あの時は世話になったね」
『ひ、ひぃっ!?そ、その声は……!』
電話の相手は、かつてレグルスが黒服の代理として訪れた際、親身に対応してくれた銀行員だった。予期せぬ再会だったが、どういうわけか、電話の向こうで彼は悲鳴を上げている。
「君の言う通り、要件があるんだけど……つい先ほど、カイザーという大企業から電話があったよね?」
『は、はい……確かにございましたが……』
声が震えていた。
ただ話をしているだけのはずなのに、まるで恐喝でもされているかのように。
「──アビドスに対して信用評価を最低ランクに落として、変動金利が上昇した件なんだけどさ……どうやら、こちら側の手違いだったらしくてね。取り消ししてほしいとカイザーの理事から頼まれたんだ」
『えっ?』
「──っ!?お、おい!?貴様は何を言ってるんだッ!!?」
『──』
銀行員は疑問の声を漏らし、理事は怒りに打ち震える。対策委員会と先生は、ただ呆然とそのやり取りを見つめるしかなかった。
『し、しかし、急に変更することなんて──』
「貴様ら!奴に何としてでも電話を止めさせろ!武器は何でも使っていい!とにかく奴を止め──」
銀行員の困惑を背に、理事はレグルスを止めるべく命じる。だが──
「ぐわあ!?」
「ひっ!?」
轟音とともに、機械兵たちの足元が抉れた。
──あと一歩でも前に踏み込んでいれば、身体は粉砕し、鉄屑と化していただろう。
「一体何が起きて──」
状況を理解できないまま、理事がレグルスを見る。
レグルスは無言だった。左手を、こちらの方向へ伸ばしている。そして次は、軽くその手を上へと動かした。
次の瞬間、今度は理事たちの背後にあった基地の壁が轟音をたてて崩れ落ちた。
「──ふざけるな、ふざけるなよッ……!」
「……」
レグルスによる無言の威圧。
それ以上の行動は、命に関わるとでも言わんばかりの暗黙のメッセージだった。
「どうしても駄目かい。この通り、誠意を込めてお願いしているんだからさ」
静かに左手を下ろしたレグルスは、淡々と話を続けた。
『し、しかし……理事の方にも許可を──』
銀行員の言葉を遮るように、レグルスは言った。
「──実はね、代理の引き落としの件、僕はまだ許していなくてさ。許していないってことは、僕にも何かしら対応する権利があるってことになると思うんだよね。だからさ、今から君が勤めているその銀行に向かって、更地にしてあげ──」
『要件、確かに承りました!その内容、アビドス様にもお伝えします!それでは、失礼いたしますッ!』
慌てて応答を終える銀行員の声に、レグルスはにこりと微笑んだ。
「理解してくれて良かった。それじゃあ、よろしく頼むよ」
うんうんとレグルスは頷き、『はいッ!』と銀行員が元気よく返事したあと、通話を切った。
レグルスが電話を切った直後、アビドスの部室の電話が鳴り響いた。
『で、電話……?』
それに気付いたアヤネは、慌てて受話器を手に取る。
『はい、アビドス高等学校の奥空アヤネで──』
その瞬間、受話器の向こうからとんでもない勢いで言葉が飛び込んできた。
『こちらカイザーローンです!先程は手違いにより、困惑させてしまい申し訳ございませんでした!アビドスの信用評価を戻し、来月の利子もいつも通りで構いません!今後ともカイザーローンをよろしくお願いいたします!それではッ!』
「──」
何も返事することなく、電話が切れた。
アヤネは一瞬、何が起こったのか理解できず、虚空を見つめたまま動きを止める。
その静寂を破るように、理事が声を荒げた。
「貴様ッ!こんなことをしておいて、ただで済むと思っているのか!?その気になれば、貴様の人生など、潰すことなど朝飯前だ!今すぐにでも──」
もはや怒号とも言える叫びだった。だが、それを正面から受け止めるレグルスに、動揺の色は微塵もない。
「物騒なことを言わないでくれるかな?僕はあくまで『お願い』しただけなんだ。実際に動いたのは……対応したのは、カイザーローンの方じゃないか。それを僕のせいにされるのは、ちょっと心外だなあ」
淡々とした口調。理事の激昂を、まるで通り雨でも眺めるような態度でいなしてみせる。
「どこまでも私たちと争うつもりか、貴様……!」
再び怒りをぶつける理事に、レグルスは一歩も引かず、むしろ肩をすくめて小さくため息を漏らした。
「──勘違いしないでほしいんだけど。僕は争いとか嫌いなんだよね。飢餓とか、渇望って言うの?そういう下衆な我欲とは無縁なんだ」
そう言って、レグルスはポケットに手を差し入れ、先ほどしまったカイザー製の弾丸を取り出した。
掌を立てるように構え、指を水平に伸ばす。人差し指と親指で輪を作り、その間に弾丸をそっと乗せると、小さく口元を緩める。
「僕は最初に言ったよね?頭に弾丸を撃ち込まれたから、少し注意しようと思ってここに来たって。君は、僕の人生を潰すって叫んでいたけど──」
そこで言葉を切ると同時に、親指の爪で弾丸を力強く弾いた。
それは、まるで遊びのような軽さで宙に跳ね上がる。だが次の瞬間、空気が裂ける音が辺りに走り、弾丸は重力も慣性も無視するように、一直線に空へと向かって飛翔した。
「──わあっ……!」
空を見上げたノノミが、思わず感嘆の声を漏らす。
「──はっ?」
それとは対照的に、理事は言葉が出てこなかった。ただ呆然と、空を見上げることしかできなかった。
──弾丸が突き抜けたのは、重く垂れ込めていた灰色の雲。
その一点を穿っただけで、雲は四方に消し飛び、晴れ渡った青空が一気に広がっていく。
曇天の幕が取り払われ、太陽の光がレグルスとその背後に立つ先生や対策委員会を照らす。
「──僕はさ、弾丸ひとつで基地の一つくらい、簡単に潰せちゃうんだよね。冗談みたいに聞こえるかもしれないけど……試してみるかい?」
静かな、しかし逃れられない現実を突きつけるように、レグルスは告げる。
「──な、なんなんだ!なんなんだお前はああああッ!!?」
理事はついに崩れた。
怒号も罵声も消え去り、恐怖と混乱が支配するただの悲鳴と化す。
その叫びを受け、レグルスは一歩だけ前へ進んだ。手は後ろで組まれたまま。姿勢は優雅で、どこか余裕を漂わせていた。
「ゲマトリア所属強欲の権化、レグルス・コルニアス」
名乗りの言葉は、まるで舞台俳優のように美しく、そしてぞっとするほど冷たい響きを持っていた。理事はその名を聞いた瞬間、一拍だけ思考を止め、そして何かを思い出したように目を見開く。
「……まさか貴様っ!少し前に私の計画を妨害した……あの時、奴が言っていたのはお前のことだったのか!レグルス・コルニアス……!」
「──へえ、まさかこんな茶番を通して、こういう形で知ることになるとはね。そのせいで、か弱くて繊細な僕は被害を受けたわけだけど……あの時はよくもやってくれたよね」
レグルスは小さく笑う。
だがその笑みには怒りも恨みもない。ただ静かに、冷たく、理事の心をえぐるような余裕があった。
「レグルス・コルニアスううううううッ!!」
対する理事は怒りに燃える。
アビドスのことなど頭から吹き飛び、今や彼の意識はレグルス一人に向けられていた。復讐の炎がその眼に宿る。
だが、その激しさを前にしても、レグルスの態度は微塵も揺るがない。
「"彼らは……何を言っているんだ……?"」
先生が小さく呟いた。
レグルスと理事の間に交わされる会話の意味も、何かの因縁も……何ひとつ、理解できない。
「さて、時間も長引いてしまったし、そろそろ帰ろうかな。この後、大事な予定があるんだ。この茶番劇に、これ以上付き合ってる暇はないよ。僕の時間って、それくらい貴重なものなんだからさ」
レグルスは背を向け、ゆっくりとその場を離れる。
「……覚えておけよ、レグルス・コルニアス……ッ!」
理事がその背中に向かって叫ぶ。
怒りに震える声。その言葉には、いつか必ず復讐してやるという強い執念が込められていた。
だが、レグルスは歩みを止めない。
──ただ、ふと何かを思い出したように顔だけを後ろへ向け、理事へと視線を送る。
「ああ、一つ言い忘れていたよ」
その声には、どこか無邪気さすら感じられた。
「基地の中で好きに弾丸を飛ばすのは自由だ。それは、誰にだってある当然の権利だ。でも、それによって僕みたいに被害を受ける一般人も少なからず居るんだからさ……だから、次に弾丸を飛ばす時は──」
理事をまっすぐに見つめたまま、最後の言葉を口にする。
「──危ないから、気を付けようね?」
そう言って、レグルスは再び前を向き、晴れ渡った空の下を歩き去っていった。