「レグルス・コルニアスッ……!?なぜ貴様がこんなところにいるッ……!」
カイザー理事の顔が、怒りと困惑と、そしてわずかな恐怖に歪む。
まるで旧怨を抱えたかのように、レグルスを憎々しげに睨みつけていた。
まあ、無理もない。
生徒であり、子どもである対策委員会を相手に調子づいていたら、いつの間にか腕を吹き飛ばされていたのだから。面構えが違う。
「──言ったじゃないか。僕は、この争いを終わらせるためにここに来たんだって。ちゃんと、そう口にしたはずなんだけどね? それなのに君は、よりにもよって『理事』という立場にいながら、一度で話を理解することすらできないんだね」
その言葉はどこまでも皮肉に満ちていた。
レグルスは両手を広げて肩をすくめ、ナチュラルに煽る。理事の表情には、もはや先ほどまでの高笑いの面影はない。あるのはただ、怒りの色だけだった。
「減らず口をッ……!」
怒声を飛ばす理事に、レグルスは表情を崩さず向き合う。
「──レ、レグ……ルシュ……さん……!」
そのとき、レグルスの背後から、かすれた嗚咽交じりの声が届いた。
それに気付いたレグルスは、ゆっくりと振り返る。
「…………!?」
そこには、地面に座り込み、涙を止めることもできずに俯いている梔子ユメの姿があった。
一瞬、レグルスは目を見開いた。まるで『なぜ彼女が泣いているのか』と問いかけるかのような表情。
確かに、泣く要因はいくつもあるだろう。
だが、そのうちの一つはお前が原因だぞレグルス。
……とはいえ、それを突っ込む者はこの場にはおらず、誰にも気づかれないようにレグルスは表情を整えると、優しい声で語りかけた。
「やあ、さっきぶりだね。またこうして君と会うことになるとは思わなかったよ。元気にしてたかい……と言いたいところだけど、とてもじゃないけどそうは見えないね」
レグルスは片膝をつき、ユメの視線と同じ高さまで身を落とす。
「ご、ごめんばざい!こんなに情けない顔を見せてしまって……!」
ユメは泣きながらも謝罪の言葉を絞り出すが、涙は止まらない。指で何度拭っても、次から次へと溢れてくる。
彼女が何を思いながら泣いているのか──その真意は、ユメにしか分からない。
「──僕は別に気にしないよ。誰にだって、泣きたくなる瞬間くらいはあるものだからね。けれど、君にその顔はあまりにも似合っていない。だから、僕の寛大で慈悲深い心による優しさで、君の涙を拭ってあげヨォうッ!?」
レグルスがポケットからハンカチを取り出し、ユメに手を伸ばしたその瞬間。鈍い衝撃が後頭部に走った。
「……ッ!?なぜ傷一つ無いんだっ!?」
放たれた銃弾は、レグルスの後頭部を正確にとらえた……はずだった。
だが、レグルスの頭にはかすり傷すら存在しない。
レグルスを撃ったのはカイザー兵。その背後では、理事が信じられないといった驚愕の声を上げた。
「……あのさあ、いきなり人の頭に向かって撃つなんて、社会人生活の中でどんな教育を受けてきたの?」
レグルスは静かに立ち上がると、ため息をつき、呆れたような眼差しで理事を見据えた。
「君の頭が残念なのは、あの基地での件で知っているし、多少のことなら大目に見てやれなくもない……だけどさ、命を軽んじる行為に対しては、僕とて黙っていられるわけがない。ましてや、それが僕に向けられたものとなれば話は別だ。それに抗議し、そして正当に怒ること──それは、誰もが持つ当然の権利だ」
レグルスは静かに、けれど確かな怒りを滲ませながら言った。
「ふざけるなッ!」
理事が叫び、震える腕をレグルスに向ける。理事には、怒りと屈辱が滲んでいた。
「貴様のせいで私は、一時的にとはいえ腕を失うという屈辱を受けたんだぞ……!この腕だって、ただの機械ではない。一つ一つが高価なパーツで組み上げられているものだ!それを台無しにした貴様を、私は金輪際許すつもりはないッ!」
よく見れば、その腕はすでに修復され、以前と変わらぬ重厚な機械腕がそこにあった。
「先に手を出したのはそっちだって何回も言っているのに、どうして理解できないのかな……ああ、すぐに理解できないのは君が『ポンコツロボ』だったからだね。気付いてあげられなくてすまなかった。この通り、素直に謝罪するよ」
レグルスは、言葉とは裏腹に手のひらを合わせて謝るポーズをしながら悪びれもせずに言い放った。
「撃てえええええええええええッッ!!」
堪忍袋の緒が完全に切れた理事が、怒りの絶叫とともに指を突き出す。その指先が指し示すのは、少し距離をとって立つレグルスだ。
その命令を受け、数人のカイザー兵が肩に担いだロケットランチャーを構え、照準を合わせる。そして、ためらうことなく引き金が引かれた。
「──レグルスさんッ!!」
座り込んだままのユメが叫ぶ。赤い尾を引いたロケット弾が、一直線にレグルスを狙って迫ってくる。しかも、近くにはユメ自身もいるというのにだ。
「……これだからポンコツロボは」
レグルスが小さく、誰にも聞こえない声で呟いたその直後、複数の爆音が轟き、爆炎が咲き乱れた。
「"──レグルスッ!!"」
「ユメ先輩ッ!!」
爆風が吹き荒れる中、後方から先生とセリカの悲鳴が重なる。
誰もが、間に合わなかったと思った。無防備な人間と、盾を手放した少女に向かって放たれたロケット弾。対策委員会も、便利屋68も、絶望的な光景に顔を青ざめさせ、叫ぶ者、言葉を失う者、立ち尽くす者で混乱していた。
「やったかッ!?」
それとは対照的に、理事はわずかに興奮した声を上げる。
ロケット弾の着弾地点には、まだ煙が立ち込めており、その視界の先がどうなっているのかは誰にも分からない。
「──あのさあ、いい加減に気付けよ」
その煙の中から、声が聞こえた。
「なっ……!?」
次の瞬間、まるで手品のように煙が四散し、視界が開けた。
「君たちじゃお話にならないんだってことをさ」
そこには、レグルスとユメの姿があった。
アスファルトが二人の足元を囲むように抉れ、先程の爆発の激しさを物語っている。にもかかわらず、二人には傷ひとつなく、汗すらも浮いていなかった。
「──レグルスさんッ……!?」
そんな中、ユメがあることに気付き、上ずった声を漏らす。
──彼女の頭には、レグルスの右手が優しく添えられていた。そのことに気付いた周囲も、驚きの表情を隠せない。
「急に頭の上に手を置くような真似をして悪かったね。君にとっては、それが屈辱的だったかもしれな──」
「い、いえッ!?全然大丈夫ですよッ!?」
ユメは慌てて立ち上がり、両手を広げて勢いよく横に振る。
涙の跡がまだ残る顔が真っ赤に染まっていた。
「……それなら良かった。むやみやたらに不快な思いをさせるのは、僕の本望じゃないからね」
「貴様ら……ッ!どういうカラクリで爆発を回避した……!」
ついに堪えきれなくなった理事が、怒気を孕んだ声で叫んだ。
納得がいかない。あの距離で、あの数のロケット弾が命中したうえで無傷だなんて、そんなことがあってたまるか。
だが、今ここにある現実が、それを否定していた。
「カラクリも何も無いよ」
煙の余韻がまだ微かに漂う中、レグルスは冷ややかな眼差しで理事を見据えながら言った。
「単に、君たちのお粗末な武器じゃ僕たちに傷一つ付けられなかったってだけの話さ。それが現実なんだ。けれど君は、その事実を認めるどころか被害を受けた僕たちを悪者扱いして、自分は何ひとつ間違っていないとでも言いたいのかな?……まったく、厚顔無恥にも程があるよね」
「どこまでも煽ってくるのか、貴様は……ッ!」
理事は悔しさと怒りに染まり、レグルスに振り回され続けていた。もはやその姿は、第三者の目には哀れな存在と映っているのかもしれない。
「"……良かった。とにかく無事で──うわっ!?"」
その様子を見て安堵の声を漏らした先生の目の前を、鋭い弾丸が掠めていった。
『先生っ!? ご無事ですか!……っ、私たちの周囲を囲んでいたカイザーの兵士が攻撃を開始しています! 皆さん、迎撃準備をしてください!』
通信越しにアヤネの緊迫した声が響き渡る。
「嘘でしょっ!?今襲われたら……ユメ先輩とあの人の元に行けないじゃないっ!」
セリカの悲鳴にも似た叫びが上がる。
理事直属の部隊とは別に、カイザー兵が先生や便利屋68、そして対策委員会の元へと殺到していた。ユメがレグルスの側にいる今、先生たちはユメの援護も受けられない。誰もがユメとレグルスの元へ急ごうとするが、次々に現れる兵士たちによって、その進路は完全に遮断されていた。
──いまこの瞬間、完全に分断されてしまった。
「ふははははッ……この際カラクリなんぞどうでも良い!貴様たちはいま、奴らと離れてたった二人となってしまった!この兵力を前にして、いまの貴様たちに何が出来るというのだッ!」
確かに、こちら側に残されたのはレグルスとユメの二人だけ。対するカイザー兵は百を優に超える。戦力差は明らかで、抵抗するだけ無駄かもしれない。
「なるほど。数で勝れば勝てると思っているのなら、それはそれで幸せな頭を持っていて羨ましい限りだよね」
だが、それは勘違いだ。
「そんな幸せな頭の持ち主である君に合わせて、ちょっとした遊びでもしよう。なあに、安心しなよ。これは大人も子供も誰もが知ってる、ごくごくシンプルな遊びだからさ」
「……なんだと?」
理事が警戒を強めたとき、レグルスはふいに踵を返して歩き出した。
「レグルスさん……?」
突然の行動に、ユメが戸惑いの声を上げる。理事もカイザー兵も、レグルスの動きから目を離せないまま、ただその様子を見守るしかなかった。
「──うん。このぐらいの大きさが丁度良いね」
彼が向かった先にあったのは、市街地の戦闘によって放置されていた、一台の大型トラック。ボンネットが歪み、ガラスが割れ、すでに動かなくなったその鉄の塊の前で、レグルスは足を止める。
そして次の瞬間、レグルスは片手でその大型トラックを軽々と持ち上げた。
「──へ?」
「は?」
ユメが口を開けたまま絶句し、理事は一瞬、現実逃避するかのように固まった。
筋骨隆々でもなければ、どこか浮世離れしている男が、まるで小道具でも持ち上げるかのように、鉄の巨体を片手で掲げたのだ。
「……カイザー所属の君たち全員に告げよう」
レグルスはトラックを高く持ち上げたまま、再びユメの元まで戻ると、正面から理事とカイザー兵を見据える。
「今から僕と……」
レグルスはその言葉を口にすると、抱えていた大型トラックをふわりと空へと放り投げた。
鉄の塊は信じがたい軽やかさで放物線を描き、空へと舞い上がる。
──そして、レグルスの脚が地面をほんの軽く踏みしめる。
まるで『蹴る』ことそのものを象徴するかのような、美しくも恐ろしい構え。そこに溜めは一切なく、それでいて空気すら支配するような威圧感を放っていた。
「ッ!?おい!早く奴を仕留め──」
直感的に理事の脳内に警告が鳴り響く。これは危険だ、放っておけば何が起きるか分からない。
だが、命令を出すには、あまりにも遅すぎた。
「──サッカーでもしよう。君たちが的だ」
嘲るようなその声と共に、レグルスは空から落ちてきたトラックへ向けて片脚を鋭く振り抜く。
足先が鉄の車体に触れた、その一瞬。
まるで世界の時間がトラックだけ止まったかのように、異様な静寂が辺りを支配した。
「そおら、受け止めれるものなら受け止めてみなよ」
次の瞬間、トラックは音を立てる間もなく粉砕された。
形を保ったまま崩れ落ちたその巨体は、何千何万もの鋭利な鉄片となり、空間を突き破って無数の光条と化す。
破片はまるで意思を持つかのように、正確に、確実に、カイザー兵士たちを狙って放たれた。
「──ッ!?避けろおおおおおおッ!!?」
理事の絶叫が空気を引き裂くも、既に遅い。
音速すら超越するかのようなそれらは、もはやただの鉄屑ではなかった。
それは、物理法則さえねじ伏せる凶器そのものだった。
「──」
ユメは言葉を失った。
視界の先では、無数の鉄屑が舞い、カイザー兵を襲う。
甲高い金属音と苦悶の悲鳴が混じり合い、地獄絵図のような光景が広がる。
いとも容易く戦闘不能にされるカイザー兵。その姿に、ほんの僅かにユメは哀れささえ感じた。
「……っくそ!とにかく奴に向かって撃てえッ!」
「は、はい!」
わずかに被害を免れたカイザー兵が、パニックの中レグルスに向かって一斉に銃口を向ける。
「今は的である君たちが僕に向かって平然と銃口を向けて撃ってくるなんて……君たちがどこまでも野蛮で卑劣な集団だという事実に、改めて確信を持つことが出来た。いやはや、寛大な僕でもさすがに呆れたよ」
レグルスは心底辟易したような口調で嘆息し、続けた。
「そんな君たちには少し、おしおきが必要みたいだね」
「へっ?おしおきって……わっ!?」
真意を問いかけようとしたユメの言葉を置き去りにして、レグルスはその場から一瞬で飛び出した。
疾風のような動き。見えたと思った時には、ある一人の元へと到達していた。
「──うん、丁度いい。君に決めたよ」
「ひっ!?」
目の前に現れたレグルスに、カイザー兵は恐怖で身をすくめる。だが、そんなことはお構いなしに、レグルスは胸元に向かって拳を勢いよく下から突き上げた。
「ぅ゛あああああああああああッッッッ!!?」
鈍い衝撃音と共に、兵士の身体がその場から垂直に跳ね上がる。まるで地面から弾かれたかのように身体が空へと吹き飛ばされていき、断末魔のような悲鳴を上げながら、カイザー兵は宙を舞う。
その光景を目で追うより早く、レグルスは両足に軽く力を込め、重力を無視するかのように地を蹴った。そしてその身体は空へと逃げようとするカイザー兵を追うように、流星のごとく跳躍した。
「ああああああッッッ──ひっ!?」
宙に舞うカイザー兵の腕をレグルスが掴み、そのまま勢いよく上昇していく。まるで空そのものを貫くかのように、二人の人影がみるみるうちに高度を上げていった。
「構うなッ!攻撃を続けろッ!」
理事の怒号と共に、カイザー兵は一斉に空へ銃口を向ける。無数の弾丸がレグルスにめがけて放たれたが、それらは彼の身体を避けるか、弾かれるようにして何一つ届かない。まるでそれ自体が無意味な行為であるかのように。
「申し訳ないけど、君には犠牲になってもらうよ」
「な、なにをするつもりだ……!?」
恐怖で声を震わせるカイザー兵。彼の身体はなおも掴まれたまま、抗うことも許されずに上昇を続ける。ロボであるカイザー兵だが、思わず気を失いそうになるほどの恐怖に囚われていた。
「──あの英雄みたいに言うとするなら……『作戦T』と言ったところかなあッ!」
レグルスがそう叫ぶと同時に、腕が大きく振りかぶられ、カイザー兵の身体は真下へと向かって叩き落とされた。
「ぅ゛あああああああああああッッッッ!!?」
悲鳴が空へと吸い込まれていく。まるで弾丸のように高速で投げ落とされたカイザー兵の体は、空気を切り裂きながら真っ直ぐに市街地へと突き進んだ。
「──ッ!?この場から離れろおッ!」
それに気づいた理事が指示を飛ばすが──
『ぎゃああああああああッッッ!!?』
その声よりも早く、カイザー兵の身体がアスファルトに衝突。鈍い衝撃音と共に地面が陥没し、爆ぜた破片が宙を舞った。同時に、巻き添えとなったカイザー兵たちの身体が弾け飛び、壁に叩きつけられ、地面を転がり、呻き声すら上げられない者もいた。
「──わあ……」
ユメから呆然とした声が漏れる。
数えきれないカイザー兵が、たった一人の男に蹂躙される光景を目の当たりにしていた。
──あの時と同じだ。
ビナーとの戦いでも見た、規格外の戦闘能力。それが、再び目の前で示された瞬間だった。
「──うん。『叩きつけ』、略して『作戦T』成功ってところかな……さすがにダサすぎるか。僕の品位にも関わるから、今後に向けて改善していかないとね」
いつの間にか、レグルスはユメの隣に着地していた。煙の向こうで混乱するカイザー兵たちを見据えながら、どこか退屈そうに肩を竦める。
「……レグルスさん」
「何かな?」
少しの間を置いて、ユメはレグルスに問いかけた。
「……これで、終わったのでしょうか?」
その問いに、レグルスは口の端をわずかに吊り上げた。
「──さあ」
その答えに続くように──
「レグルス・コルニアスううううううッッッ!!!」
断末魔のような理事の叫び声が、立ちこめる煙の向こうから響いてきた。
「それは、彼ら次第じゃないかな」
その叫び声を聞いて、レグルスは嗤った。