ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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ホシノ奪還攻略前哨

 

 ──時刻は昼過ぎ。

 

 アビドスの正門前に集まった私たち対策委員会は、それぞれの装備を最終確認していた。

 

「ん、準備完了」

 

「補給も十分!おやつもたっぷり入れておきました!」

 

「こっちも準備できたわ!睡眠もしっかり取ったし、お腹もいっぱい!どっからでもかかってきなさい!」

 

「私の方も、アビドスの古い地図を全て最新化しておきました……先生に教えていただいた情報ですと、ホシノ先輩はカイザーPMCの第51区の中央あたりにいるはずです!」

 

 皆の顔にはわずかな緊張と、それを打ち消すような決意が浮かんでいる。

 

「"──アヤネ、ありがとう。皆も、準備万端みたいだね"」

 

 市街地での一件から一夜が明けて、今日はホシノの奪還作戦決行日だ。私たちは、それぞれにできることを精一杯やってきた。

 

「"……私たちが今やれることは、これで全部のはずだ"」

 

 カイザー、そして黒服によって連れ去られたホシノを救い出すため、限られた時間の中、私は必死で手を尽くした。

 

 ヒナに協力を仰ぐため、イオリの足を舐めるという奇行に身を投じた。

 

 対策委員会の弾薬を補充し、医療道具の準備も怠らなかった。

 

 そして……黒服と名乗る人物に会い、なんとかホシノの居場所を聞き出したのだ。

 

「"……"」

 

 ふと、あの男と邂逅した夜の記憶が、頭をよぎる。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『"あなたたちは、一体何者?"』

 

『おっと、そういえば自己紹介をしていませんでしたね……先生、そう身構えずに安心して聞いてください。貴方は幾度も耳にし、既に聞き馴染みがあるでしょうから』

 

『"……どういうこと?"』

 

『──私はゲマトリア所属の探求の権化、黒服』

 

『"──!?"』

 

『貴方のご想像通り、私は彼……レグルス・コルニアスと同じ、ゲマトリアの一員なのですよ。クックック……!』

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そこまで思い返し、小さく首を横に振った。

 

『"……いや、例えゲマトリアでも、彼は黒服とは違う。これだけは間違いなく断言できる"』

 

『いいえ、先生。それこそ断言出来ます。貴方は彼を見誤っています。根は優しいのかもしれません、貴方にとっては何度も助けられた存在なのかもしれません。彼のその意思は嘘偽りもないかもしれません……しかし、彼のその根底を何一つ理解していない』

 

 ──確かに、黒服が言っていたことは、ある意味で正しいとは思う。私たちは、レグルスのことを全て理解しているわけではない。

 

 彼は突然現れて、まるで超人のように完璧な振る舞いを見せ、権利を主張しながら驚異的な力で相手をねじ伏せ、報酬も礼も特に受け取らず去っていく。

 

 そんな、常人には計り知れない存在だった。

 

「"……だけど"」

 

 私を含めたユウカたちを戦車から守ってくれたし、襲われていたセリカをアビドス高校まで安全に送り届けてくれた。風紀委員の生徒たちとの衝突も彼が受け止めてくれたし、カイザーの違法な利子を帳消しにしたのも彼だった。

 

 昨日だって、市街地でカイザーと対立し、圧倒的な力で蹂躙したのも、間違いなく彼……レグルス・コルニアスだった。

 

「──ひぃん、みんなちょっと待ってよお……!」

 

「ユメ先輩!」

 

「ん、ユメ先輩。少し遅刻」

 

 ──そして、過去に死にかけていたユメを助けてくれたという、ユメにとっては命の恩人でもある。

 

「"ユメ、準備は出来た?"」

 

「──先生!はい、私はいつでも行けます!……絶対に、ホシノちゃんをこの手で救って見せます!」

 

 意気揚々と盾を構え、胸を張るユメ。フンス、と鼻を鳴らして気合いを入れるその姿に、迷いはなかった。

 

「"──うん、これで皆揃ったみたいだね。それじゃ……アヤネ、合図をお願いしてもいいかな?"」

 

「はい、先生!」

 

 レグルス・コルニアス。

 

 彼のことは、まだ分からないことだらけだ。彼が本当に善人なのか、それともただの気まぐれなのか。その本心は掴めない。

 

 ──だけど。

 

「それでは、ホシノ先輩救出作戦……開始ですッ!」

 

『おーッ!!』

 

 彼の助けもあったから、私たちはここまで来ることができた。だからこそ、私たち自身の力で、大切な人を取り戻す。そのために全力を尽くすだけだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ラーメンの湯気が、真昼の空気に溶け込んでいく。

 

 香ばしいスープの匂いが鼻をくすぐる中、私たち便利屋68は市街地にある柴関ラーメンの屋台のベンチに座っており、腹ごしらえを終えたばかりだった。

 

「……社長、本当に行くの?この戦い、私たちには何のメリットもない。報酬も無しに、カイザーPMCと戦うなんて──」

 

 少し呆れたようにそう問いかけてきたのは、課長のカヨコだった。

 

「──愚問ね。カヨコ課長」

 

 私は、湯気の立ち上るどんぶりを見つめながら、静かにそう返す。

 

「依頼料なんて、このラーメンが味わえただけで十分よ」

 

 確かにカイザーPMCとは、私たちとわずかながら取引関係があった。報酬も貰っていたため、全く恩がないわけじゃない……でも、それでも、今回ばかりは譲れなかった。

 

 ──取引先を選ぶのは、私たちが持つ当然の権利だ。

 

 そして、今この瞬間私たちが信じるべきは、カイザーPMCではなく先生たちの側だと、私はそう判断した。それだけの話。

 

「真のハードボイルドはね……事態をかき乱すことだって躊躇しないものよ。たとえ昔の取引先だろうと、いま現在の取引先である先生たちに手を出すのであれば、遠慮なく邪魔し、叩き潰す。それが、いま私が掲げる真のハードボイルドよ!」

 

「……わお、アルちゃんかっこよすぎー!」

 

「な、なるほど!さすがアル様です!自ら地獄へと赴くその姿、まさにハードボイルドです!……私も、自分を信じて、真のアウトローになって、今度こそ、この手で全部消して見せます……!」

 

「──はあ、まあ、それでこそ私たちの社長か……」

 

「フフフッ、それでこそ便利屋68よ!」

 

 彼女たちは、私が何を選んでも最後にはついてきてくれる。いつも、何があっても。こんな社員たちを持てたことに、私は心から感謝している。

 

 ──そして。

 

「私の目標は、彼のようなアウトローに……!」

 

 静かに、口の中で呟いた。

 

 レグルス・コルニアス。彼とはあまり深く会話をしたわけではない。でも、彼の存在は、確実に私の心に爪痕を残している。

 

 自分の信じる正義を貫き、誰にも屈さず、孤高を貫いて生きる姿。圧倒的な力と確固たる自信。意味深な言動の裏に見える確固たる信念。

 

 ああいう存在に、私はなりたい。近づきたい。自分の理想とするアウトローの姿が、そこにあった。

 

 ──私は、完全に彼みたいにはなれないかもしれない。

 

 圧倒的な力で蹂躙することなんてできないし、戦いの中でずっと余裕の笑みを浮かべることもできないかもしれない。だけど、それが何だというのだろうか。

 

「……アルちゃん、いまレグ兄のこと考えてた?」

 

「はへぇ!?」

 

 突然の一言に驚いて振り返ると、そこにはムツキがいた。いつの間にか私の頬を指で突つきながら、にやにやと意地悪そうな笑みを浮かべている。

 

「わっはは~、アルちゃんの反応分かりやすーい!」

 

 顔がわずかに熱くなるのを感じながら、私は急いでどんぶりに視線を戻した。

 

「──し、真のハードボイルドを目指す上での憧れの人なんだから、レグルスのことを考えてるのは当たり前でしょ!?」

 

 私はそのまま勢いよくそう言い放った。

 

 決して照れ隠しでも言い訳でもない。そう、これはもうただの事実だ。彼は私にとって本物のアウトロー。目指すべき存在なのだ。

 

「社長が開き直った……」

 

 呆れたようにカヨコがぽつりと漏らし、私は内心ちょっとだけ恥ずかしさがぶり返すのを感じながらも、意地で胸を張り続けた。

 

「はいアル様!私もレグルスさんに教えてもらったことを考えていました!自分を信じられる勇気を、ですよね!」

 

 キラキラと瞳を輝かせながらハルカが同調してくる。

 

「そう、そうなのよ!皆、ハルカの言う通り、自分を信じられる勇気について考えていたのよ!」

 

 なんだかもう誤魔化すのは限界に近い気がしなくもないが、勢いと意地でそう言い切ることにした。

 

「あはは、さすがアルちゃん!」

 

 その様子を、ムツキがケラケラと笑いながら眺めていた。全てをお見通しのような笑みを浮かべていて、まるで子どもの茶番に付き合ってやっている姉のようだった。

 

「──んんっ!」

 

 そんな空気が和む中、私はわざとらしく咳払いをして、空気を引き締めるように声を出した。そして、先ほどまで心の中で思い描いていた彼のように、不敵な笑みを浮かべる。

 

「今回、私たちは取引先でもある先生たちに勝手に手を貸すことにしたわ。もちろん、交渉は何一つしていないから報酬もない、見返りは一切無いだろうと考えてくれても良いわ。それでも──」

 

 私は言葉を切って、胸いっぱいに息を吸い込む。そして、三人をしっかりと見据えて、言葉を放った。

 

「私と一緒に地獄の底までついてくる覚悟はあるかしら?」

 

 少しの沈黙の後──

 

「──もちろん!早く行ってぶっとばしに行こ、アルちゃん!」

 

 最初にムツキが明るく笑って拳を振り上げる。

 

「地獄の底だろうと、どこまでもついて行きます……!」

 

 ハルカもぐっと銃を握りしめ、まっすぐな目でこちらを見る。

 

「……何だか損してばっかりだけど、仕方がないね。うん、私も地獄の底までお供するよ」

 

 最後にカヨコが、苦笑混じりにそう答えた。

 

「──フフッ……」

 

 私は、心の底から思った。

 

「さあ皆、行くわよ!」

 

 この仲間たちとなら、どんな地獄でもハードボイルドの如く乗り越えていけると。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「……はあ、面倒ね」

 

 ため息まじりにそう呟き、私は前方に広がる光景へと視線を投げる。

 

 ──カイザーPMCの大隊が、こちらに向かって整然と進軍してきていた。その数、ざっと見ても相当な規模。まるでこちらの戦力をあざ笑うように、堂々と、地鳴りを立てながら迫ってくる。

 

 たった三人の私たちに対して、この兵力……どうやら、私はあの企業の力を軽く見すぎていたらしい。

 

「委員長、こちらのコンディションはバッチリです。彼らのデータを洗い出しましたので、こちらを参照してください」

 

 その言葉と共に、私の目の前にはカイザーPMC大隊のデータがホログラムで映し出される。

 

 情報提供の主は、風紀委員のアコだ。彼女の分析能力には絶対の信頼を置いている。

 

「ありがとう、アコ」

 

「……!こちらこそいつもありがとうございます委員長!そうですよ、やっぱり私はあの男と違って常に委員長を支えてきたのですから私の方が優れてるのは当然のことでありあの男のことなんてもう気にする必要はありませんよねやはり私こそが委員長の隣にふさわ──」

 

 どういうわけかアコが勝手に熱を上げて暴走し始めたため、私はそっと彼女から視線を逸らした。そして前方の敵影を再確認しつつ、左右に控える風紀委員へと声をかける。

 

「二人とも、準備は良い?」

 

「チナツちゃん、何で私はここに居るんだ?」

 

「私が一番言いたいぐらいなんですけど……」

 

「……二人とも、準備は良い?」

 

「いつでも行けるよ委員長!」

 

「はい、私も準備万端です!」

 

 二回も言わせないで欲しいものだが、まあ、良しとしよう。これが終わったら、彼女たちに何かご褒美でも用意しようか──と考えていたその時。

 

『理事が言っていた少数の兵力が前方に居ることを確認した!』

 

『……勝てるかどうかは怪しいが、奴を相手するよりはマシだな。よし、戦闘準備をしろ!』

 

 聞こえてきたカイザー兵同士の会話。その中で、妙に引っかかる言葉があった。

 

「……奴?」

 

 たった二文字の単語なのに、やけに胸に引っかかる。一体、誰のことを指しているのだろうか……それに、相当な規模であることに間違いはないが、予想よりも兵力が少ない気がするのは気のせいだろうか?

 

「……まあ、いま気にしても仕方ないわね」

 

 考えを切り上げ、私は愛銃である『終幕:デストロイヤー』を構える。照準の先には、戦車とカイザー兵たちが隊列を整えてこちらへ迫ってきていた。

 

「それじゃあ三人とも、行こう」

 

「よし!風紀委員の仕事で溜まったストレスをあいつらにぶつけてやる!」

 

「私はお二人のサポートをしながら追撃しますね」

 

「やはりあの男の存在を無かったことに出来ないのでしょうかああでもそれはそれで委員長が仮に悲しんでしまったら困りますしああもう絶対に許しませんよッ!レグ──」

 

 本当に何故かアコの怒りが頂点に達する中、私たち三人は一斉に駆け出す。

 

「今日の私は……」

 

 視界の端に映った戦車を確認し、私は即座に照準を合わせた。

 

「──いつも通り、絶好調ね」

 

 引き金を引いた瞬間、銃口から放たれた無数の弾丸が轟音と共に戦場を切り裂いていった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「──北方の対デカグラマトン大隊はしっかり向かったか!?」

 

 怒号が司令室に響き渡る。

 

 緊張感に包まれた部屋で、通信士の一人が即座に応じた。

 

「はいっ!相手はゲヘナ風紀委員ですが、先程も申し上げた通り、数は三人と少数です。適宜兵力を投入し、足止めするのが一番かと!」

 

「……よし、今のところは良い感じだ……!」

 

 理事は短く頷くと、背後にある巨大な戦況モニターに目を向けた。そこには、無数の青い味方の部隊と、赤く表示されたマーカーが表示されている。

 

「こちらにはまだまだ温存しておいた兵力が多数にある。貴様らが負けるのは時間の問題だ……!」

 

 そう言いながら拳を握りしめた。

 

 アビドス市街地での大敗北……あの屈辱こそ未だに脳裏に焼き付いて離れない。

 

 ──だが、奴さえいなければ。

 

 そう、奴さえ……レグルス・コルニアスさえ現れなければ、私の計画は順調に進んでいたのだ。

 

「このまま数で押してしまえば……」

 

 その時、端末が突如として軽快な着信音を鳴らした。表情が一瞬だけ強ばってしまう。今は最も忙しい時間帯だ。誰だ、こんな時に──

 

「──はい、こちらはカイザーPMCの理事です……何だ貴様か、こんな時に何の用だ。貴様が捕らえた小鳥遊ホシノを奪い返すべくアビドスの連中がこちらに向かってきて鬱陶しいことこの上ないんだぞ。とにかく今は忙しいから切るぞ……なに……?なにッ!?なぜ奴がこちらに向かってくるのだ!?この件は奴にとって関係ないことだと貴様が言っていたではないか!まさか貴様、私のことをうらぎ──!」

 

 ピッ、と冷たく通話が切られる音が響いた。

 

「くそっ、切りやがった!」

 

 怒りに任せて端末をデスクに叩きつける。

 

 硬い衝撃音が室内に響き、液晶画面には走るように亀裂が入った。だが、そんなものは今やどうでもよかった。

 

「り、理事!?一体どうしたのですか!?」

 

 突然の暴挙に、報告をしていた部下が目を見開いて声を上げる。

 

「──予定変更だ。西方に兵力を集結させろ」

 

「え?」

 

 予想外の指示に部下が動揺する。私は怒りの焔を宿し、叫ぶように告げた。

 

「奴が……レグルス・コルニアスが、西方からこちらに向かって接近してきていると情報が入ったッ!」

 

 その名前が発せられた瞬間、室内の空気が一変する。通信士も指揮官も、全員が驚きながら理事の方へと振り向いた。

 

「私たちが持つ兵力の内の七割……いや、八割だ!他の奴らには最低限の兵力で良い!八割の全てをレグルス・コルニアスにぶつけるぞッ!」

 

「は、はいッ!」

 

 指示を受けた部下たちは慌ただしく動き始め、各方面の部隊とコンタクトを取り始める。戦況図のマーカーが急速に動き、再編されていく。

 

「──レグルス・コルニアス……!」

 

 怒りを噛み殺しながら、デスクに拳を打ちつけた。

 

 腕を吹き飛ばされ、アビドスの市街地では一方的に蹂躙された。それでも私は諦めない。いや、あれほどの屈辱を受けたからこそ、今度こそ勝たねばならない。

 

 ──今度こそ、奴を屈服させるのだ。

 

「総力戦だ、レグルス・コルニアス……!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「──クックック。ええ、ええ! 面白くなってきましたよ!」

 

 黒服はデスクの椅子からゆっくりと立ち上がり、両腕を大きく広げながら天井を仰いだ。肩を揺らし、低く、止めようもない声を漏らす。

 

 ──ああ、笑いが止まらない。嗤いが止まらない。哂いが止まらない。呵いが止まらない。こみ上げる感情が溢れ、全身が満たされていると実感する。

 

「本来であれば、先生が持つ『奇跡』と、レグルスの異常とも言える『強欲』をぶつけてみたかったのですが……ええ、今となっては些細な問題でしたね」

 

 先程まで昂っていた感情が、ふいに落ち着いたように見えた。黒服は深く息をつき、再びデスクの椅子へと腰を下ろす。

 

 ──だが、その胸中の熱は収まるどころか、さらに燃え盛っていた。だとすれば……

 

「久々に、彼の本気に近い神秘が彼らを蹂躙するかもしれないと思うと……クックックッ! やはり笑いは止まりませんねえ!」

 

 この通り、落ち着けるはずなどなかった。

 

 この二年間、黒服は幾度となくレグルスの神秘を観測してきた。

 

 不良生徒に囲まれていたとき、カタカタヘルメット団を遥か彼方に放り投げたとき、数多の風紀委員と対峙したとき、市街地でカイザーを蹂躙したとき……そして、唯一本気を出していたであろう、第三セフィラであるビナーを粉砕したとき。

 

 その神秘を研究することは、黒服にとって生涯を賭すに値する興味の対象だった。今回、暁のホルスの神秘を手放してしまったのは痛手だが、レグルスの観測さえ叶うのなら、それで充分だった。

 

「──私はゲマトリア所属の探求の権化、黒服」

 

 彼が常に口にするこの名乗り。

 

 それ自体が神秘の構成要素であるかもしれない……と、同じくゲマトリアに所属するゴルコンダは語っていた。

 

 いわく、テクストの真実を構成しており、その片鱗に触れる鍵であるかもしれないと。

 

「いま、すべてを理解することは出来ません。ええ、ええ。屈辱ですがそう認めざるを得ないでしょう。ですが、いつか必ず理解して見せましょう」

 

 そのためには、レグルス・コルニアスという存在そのものを理解し尽くさなければならない。

 

 だから、これから自分が行うことは黒服にとっては当然のことで、もちろん許可など取る必要もない。何故なら本人は同意してくれるはずもないのだから。

 

 ──今回の戦場は、おそらくアビドスの砂漠地帯。

 

 そして、敵はカイザーで間違いないだろう。何故ならそう仕向けたのは私自身でもあるのだから。

 

 周囲に市民はいないし、今回は生徒ですらない。ならば、レグルスは本気に近いその力を、惜しげもなく振るうはず。

 

「さて、ドローンを飛ばしましょうか。クックック!今回はどのような観測の成果を得られるか……!」

 

 黒服は再び立ち上がり、執着と歓喜を胸に秘めながら、手慣れた手つきでレグルス追跡用のドローンを飛ばし始めた。

 

「──ああ、興奮のあまり脳が震えますッ!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「──あのさあ、僕はさっきから何度も言ってるよね?別にそれで構わないってさ。それなのに、君は何度も『本当に良いのか』って聞いてくる。これって僕の意思を無視し、誰もが持つ貴重な時間の権利の侵害だと思うんだよね。君は今までもそうやって権利を平然と踏みにじり、他人の尊厳を軽んじて生きてきたとでも言うつもりなのかな?……そうそうそれで良いんだ。君たちにとっては利益しかなく、僕も目的を達成できる。やっぱり僕たちは互いに尊重し合い、対等になった方が平和そのものだからさ……ああ、それの準備だけしてくれたら良い。僕が次、君に電話した時が合図だからね。僕はその前に確かめることがあるからさ、それまでは何もしないようにね……うん、それじゃあよろしく頼むよ」

 

 柔らかくも無感情な口調でそう言い切り、相手の返事を聞き終えた僕は、スマートフォンを切ってポケットにしまい込んだ。

 

「……はあ、何で僕がここまで足を運ばないといけないんだ。よりにもよって砂漠を歩かないとたどり着けない場所に幽閉なんかするなよ……まあ、僕自身が選んだことだから仕方がないけどさ」

 

 誰もいない砂漠の中、愚痴を一人ごちる。

 

 最近、こういった独り言が明らかに増えている気がする。強欲の権能を行使し続けていることによる副作用か、それとも性格的な問題か……いや、間違いなくあのノミ以下の存在に影響されている気がする。どうせあいつも、一人でぺちゃくちゃ文句を言ってるに違いない。

 

「直したい……この癖、直せるよね?……直せなかったらどうしよう」

 

 ふとそんな不安が脳裏をよぎったが、今は立ち止まる時ではない。軽く頭を振り、視線を前へと戻す。

 

「──僕の考えが正しければ、今後はひどい目に遭うことも幾分少なくなるはずだ。これまでに何度も死んだような目に遭ってきたけど……まあ、そういう不名誉でしかない出来事とも、そろそろお別れってわけだ。いやあ、実に楽しみで仕方がないよ」

 

 実際、ここ最近のトラブルは凄惨を極めた。強欲の権能が発動していなければ、僕の肉体はとうに土に還っていたはずだ。

 

 ──強欲ムーブしなければ発動しない能力なんて、本当に悪趣味もいいところだ。

 

 僕は、かの英雄のように『死に戻り』という能力を持っているわけではない。死ねばそれっきり、戻る保証などどこにもない。いや、仮にあったとしても──そんなもの、御免こうむるだろう。

 

「──まったく、どうしてなんだろうね。みんながただ平穏に暮らすようになれば、誰も苦しまなくて済むのに。そんな単純で、誰にだって分かりきったはずの理屈すら理解できないなんて……キヴォトスには野蛮な子が多すぎるよね」

 

 銃を捨てろなんて極論は言わない。

 

 ただ……必要もないのに引き金を引かないでほしい、それだけの話なのだ。本当に必要な時だけに制限されれば、キヴォトスの治安は大きく改善されるはずなのに。

 

「連邦生徒会長……早く帰ってきてくれないかな」

 

 俯き、足元の砂を見つめながら思い出す。

 

 彼女がいた頃は、まだキヴォトスは比較的マシだった。彼女がいなくなった途端、治安が悪化した。だからこそ、早く帰ってきてほしいと切実に思う。

 

「……」

 

 余計な思考を断ち切り、視線を上げる。

 

 黒服の情報によれば、もう少し進めば目的の基地が見えてくるはずだ。

 

 ──だが。

 

「──?」

 

 突如、奇妙な違和感が胸を突いた。

 

 先ほどまで穏やかだった砂漠の風が、不意に激しくなり、空気の色すら変わる。聞き覚えのあるプロペラ音が耳を撫でている。

 

「──おいおい、これはどういう冗談なわけ?」

 

 顔を上げたその先で、視界に広がっていたのは──市街地の比ではない数のヘリコプター。そして、その地上には数多の戦車、百体を超えるガーディアンとカイザーPMC兵が、列をなしてこちらへと進軍していた。

 

『──また会ったな、レグルス・コルニアス』

 

 微かにノイズの混じったその声は、嫌というほど聞き覚えがあった。喉元を締めつけるような圧迫感を伴いながら、確かに聞こえたのだ。

 

「──君のことはずっとポンコツロボと呼んでいたけど、いまここでそれは改めてあげよう。君のその執念深さ、それだけは本当に称賛に値するからさ」

 

 皮肉を込めて言いながら、声の主を探すように視線を巡らせる。

 

 ──視界の先には、編隊の先頭を飛ぶ一機のヘリが飛んでいた。

 

 その開いた側面ドアから、身を乗り出すようにしてこちらを睨みつけるその姿があった。

 

 ──カイザーPMCの理事だ。

 

『貴様がなぜこちらに向かってきているのかは知らん。私はあのうさんくさい男から聞いただけだ……だがな、もし今回も私の邪魔をするというのなら容赦はせん。兵力もいままでとは違う!ここは前回のような市街地ではない……この砂漠なら、存分に貴様を打ちのめすことが出来るはずだ!』

 

 怒りと怨念に満ちた声が、爆音をかき消して響いてくる。よほど根に持っているのだろう。

 

 ──まあ、当然かもしれない。彼の腕を吹き飛ばし、市街地で彼が率いるカイザー兵を一方的に蹂躙したのは僕自身なのだから。

 

「やっぱり君のそういうところはポンコツロボだよね。それだけの兵力を出動させて、砂漠で一方的に攻撃すれば僕に勝てるとでも思っていたのかな?なんとも幼稚な発想だよね……僕はね、君たちと戦うつもりなんて最初からないんだよ。だって争い事は昔から嫌いだからさ──それにね」

 

 そこで一度言葉を切る。そして、ゆっくりと口元に笑みを浮かべ、冷ややかな視線を理事へと投げかけた。

 

「──どうせ君たちは負けるんだからさ」

 

『ほざくなッ!やれえええッッ!!』

 

 怒声が飛んだ。次の瞬間、砂漠の空気が爆ぜた。

 

 弾丸、ミサイル、手榴弾といったありとあらゆる兵器が、一斉に僕を標的として発射された。

 

 音の波が砂を抉り、衝撃が地を震わせる。

 

「『仏の顔は三度まで』って、よく言うけどさ……」

 

 おもむろに目を閉じながら、そんなことわざを口にする。

 

 その後、軽くため息を吐き、ゆっくりと目を開けた。

 

「──この場合、『強欲の顔は三度まで』だね」

 

 次の瞬間、数多の『死』が自身を襲った。

 

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