ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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天使襲来

 

「口を開けば僕に対して罵詈雑言ばかり浴びせてきてさあ……僕が何をしたっていうんだよ……」

 

 ──場所は、トリニティ自治区の外れ。

 

 ベアトリーチェを壁に埋めた後、謎の崇高が飛び交うゲマトリア定例会議の場から逃げるように退室し、周囲に誰も居ないことを確認してからそう愚痴を零した。

 

「はあ……」

 

 ベアトリーチェと出会った時から、ずっと僕は謎に敵視され続けてきた。

 

 態度や言動が気に入らないと初対面で言われ、定例会議では毎度のように口論に発展する。

 

 挙げ句の果てには、先生に敵対しようとするという無謀きわまりない発言まで飛び出し、わりと本気で止めた方が良いと僕なりに説得した結果、扇子をぶん投げられる始末……もしかすると、彼女は本当に敵対するつもりなのかもしれない。

 

「……やめておいた方がいい、ベアトリーチェ。君の口から出る言葉は、ことごとく自ら墓穴を掘るフラグにしか聞こえないんだよね。だからこそ、そんな無駄な宣言をする前に、いい加減引きこもり癖は直して、もう少し外の世界に目を向けた方が良いと思わない?」

 

 そこまで言って、首を軽く振りながらまたため息をつく。

 

「なんてこと言っても、あれは無駄だろうなあ……」

 

 そんなことを言ってみたところで、どうせまた癇癪じみた真似をして扇子を投げつけてくる未来しか見えない。

 

 ……そもそも、どうして他のゲマトリア構成員と比べてもあそこまで小物感が際立っているのだろうか。

 

 むしろ、どういう経緯でゲマトリアに加わったのか不思議で仕方ない。

 

 ──まあ、別に知りたいとも思わないし、興味なんてこれっぽっちもないんだけど。

 

「──そんなことよりも、今日も今日とて……」

 

 ベアトリーチェのことなど考えている場合ではない。

 

 そう心の中で切り捨て、ポケットへと手を差し入れる。そして、指先に触れたある物をしっかりと掴み、そのまま取り出した。

 

「僕の眉間に弾丸がぶち込まれると……そろそろ本気で泣いてもおかしくないぞ……むしろ泣いていいかな?」

 

 手中の弾丸を見つめながら、そう呟く。

 

 ──流れ弾に被弾するのはこれまで何度も経験してきた。爆発に巻き込まれたり、車に轢かれたりする理不尽もあった。しかし今回は……久しぶりに、自分に向けて襲いかかってきた理不尽そのものだった。

 

「まさかまだ僕を襲おうとする生徒がいるとは……そんなにお金持っているように見えるのか?その通りだけどさ」

 

 僕を襲ってきた生徒は八人。制服からして、全員ゲヘナの生徒だった。

 

 不良生徒ほどではないにせよ、彼女たちはどこか野蛮な気配を漂わせていた。その時点で嫌な予感はしていたのだが。

 

『ヒャッハーっ!あんなところに金をたんまり持ってそうな男が居るぜっ!』

 

『私の後に続け!あいつが持つ金銀財宝を根こそぎ搾り取ってやろうぜっ!』

 

 そんな軽いノリで『あいつ襲おうぜ!』と叫びながら銃をぶっ放してくるゲヘナ生徒たちを見て、思わず頭を押さえそうになった。

 

 とはいえ、当然そんな余裕はない。目の前に迫る理不尽に対して、ベアトリーチェの件で少し溜まっていたストレスによって、微かに心をざわつかせていた僕は──

 

『お、おい!?お前に人の心というものは無いのか!?こんなことをして許されると思っているのか!?』

 

『うわあああんっ!ここから出してえええっ!!』

 

『襲ってごめんなさああああああい!!!』

 

 彼女たちを地面に埋めた。

 

 かつてノミ以下が銀髪の小さな魔女にやられた時のように、身体を土に埋め、顔だけをひょっこりと出すかのような状態にしながら。

 

 自身の身体が埋まっていることに恐怖を覚えたのか、彼女たちは手のひらを返すかのようにして、僕に『出してくれ』と懇願してきた。

 

 そんな彼女たちに対して、僕は穏やかな笑みを浮かべながら、こう言い放った。

 

『モグラ叩きしやすそうだね。最も、頭を引っ込めることは出来ないかもしれないけど』

 

 あとで風紀委員にそこから出してもらいなよ。と、それだけを告げてその場を去った。その時に背後から響いた悲痛な絶叫は、僕の記憶に新しい。

 

「……やりすぎたか?」

 

 地面に埋めて無力化するのは、今回が初めてのことだ。

 

 これまでは武器を破壊したり、相手を気絶させることで無力化してきたが、地面に埋める方法は今まで試したことがなかった。

 

「──ストレスを彼女たちにぶつけるような真似をするのは良くなかったかもしれないね。素直に謝罪するよ……いや、先にやってきたのは向こうだからそれは違うか」

 

 だいたい、僕は一発の弾丸でも致命傷になるただの一般人だ。そこら中にいる生徒たちとは根本的に耐久力が違う。それなのに、金を持っていそうだという理由だけで何度も襲われるのは、正直たまったものではない。

 

「今回は……眉間に二発、心臓部分に一発、腕や足に撃ち込まれたのは即死のカウントに含まないとして──」

 

 今日で、僕は三回死んだことになるのか。

 

 ということは、二年前に僕がキヴォトスに来てから、今まで死んだであろう回数を合計すると、にひゃくな──

 

「……考えても悲しくなるだけだね」

 

 心底思う。あの英雄がこの世界に異世界転移しなくて本当に良かったと。

 

 この世界……キヴォトスでは、いくら命があっても足りない。

 

 むしろ、同じくらいの耐久力を持つであろう先生が、今まで平然と生きていることが不思議でならない。何か、僕みたいに権能でもあるのだろうか……。とてもそんな風には見えないけれど、あの先生なら何かしら持っていてもおかしくない。

 

 大人のカードとシッテムの箱というものがあるらしいからね。

 

 ……そう内心で結論付けた。

 

「──早く帰ってきなよ、連邦生徒会長……白鶴……」

 

 彼女がいなければ、僕に平穏は永遠に訪れないのではないか。

 

 いや、そんなことはない。なんとでもなるはずだ。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ようやく目的地にたどり着いた。

 

「ようやくたどり着いた……普通こうして出かけるだけで何回も死ぬようなことなんかあってはならないと思うんだよね。これだからキヴォトスは……」

 

 そう愚痴を漏らしつつ、僕はゲマトリア定例会議を抜け出してでも行きたかった目的地……ある店へと足を進めた。

 

「──やあ、いつものお願いするよ」

 

 そして、店の前までたどり着くと、カウンターに立つ店主の背中に向かって慣れた口調でそう告げた。

 

「──!はいはーい、いつものですねー!」

 

 僕の声が聞こえた瞬間、店主は振り返り、まるで慣れているかのように元気よく返事をした。

 

「お久しぶりですねお客さん!もう来てくれないかと思いましたよ!」

 

「最近は色々とありすぎてね。理不尽な運命に抗うべく奔走していたんだ……ついさっき、たまに癇癪を起こす女性の相手をしていてね。それはもう落ち着かせることにすごく苦労したよ」

 

「うわ……大変な人も居たものですねー」

 

 一瞬本当に嫌そうな表情を浮かべたものの、すぐに気持ちを切り替えて、鼻歌を口ずさみながらケーキボックスに小分けされたロールケーキを詰めていく。

 

 ──ここは、トリニティ自治区の外れにあるロールケーキ屋。

 

 人通りは非常に少なく、どの時間帯に訪れても襲われる心配がない……僕にとっては、比較的安心できる場所のひとつ。

 

 僕がたびたびロールケーキを食べていたのも、この店で購入していたから。それと、あの黒服も当たり前のような顔で紅茶と共に食べていたロールケーキもこれのことである。

 

 初めて口にしたときの感想は、まさに『絶品』の一言に尽きた。世に出せば間違いなく売れるだろうという味なのに、店主は世間に向けて売り出す気など毛頭なかったらしい。

 

 そのことを不思議に思った僕は、次に店を訪れたとき、何気なく店主に尋ねてみた。

 

 ……どうして、こんな場所で営業しているのか、と。

 

 ──その時のやり取りを、下記に記そう。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『皆さんって、平然と武力行使するじゃないですか。私はそもそもそういった荒事が苦手で……それに、最近のトリニティってちょっと雰囲気がピリピリしてて……少し嫌気が差して、この場所に店を構えたんです。まあ、キッチンカーですけどね』

 

『……へえ、そんな事情があったんだね。確かに、武力で物事を解決しようとする人間ばかりの中にいれば心がすり減って当然だろうし、雰囲気が悪いと感じれば、居心地が悪くなるのも分かるよ。誰しも自分の望む場所で、自分の望む形で店を構える権利があるからね。それを望み、選んだ君の判断はとても自然なことであって、むしろ賢明なものだったと思うよ』

 

『えへへ、そう言っていただけて嬉しいです!……でも本当にこの場所で良かったかもしれません。最近、誰の仕業か分かりませんが、急に店が爆発してしまうという事件が相次いでいるらしくて……もしも、世間の目につく場所に店を構えていたらと思うと──ゾッとしませんか?』

 

『ゾッとする以外なにものでもないね。店が爆発するなんて、とんでもない話だ。個人の仕業か、それとも集団の仕業かは分からないけど……少なくとも、そんな事件が続いている以上、常習犯だと見て間違いないだろうね。まあ、どちらにせよ僕から言わせれば迷惑以外の何物でもないけど』

 

『ですよね……だからこそ、こうやって細々と営業して、この店に気付いた人だけが購入してくれる……それって何だか、特別感があると思いませんか?』

 

『あるかもしれないね』

 

『──それに……』

 

『うん?』

 

『ここだと、何だか平穏そのものを感じれて落ち着くんです。私、平穏が大好きなので』

 

『──』

 

『……なんて、ですね!ついお客さん相手に話し込んじゃいました!では、どのロールケーキをご所望ですか?どれも作りたてホヤホヤ……お客さん?』

 

『──今ここで宣言しよう』

 

『え?』

 

『この店のロールケーキを買い続けると』

 

『へ?』

 

『これは今回のロールケーキの代金を含め、百回分の代金だ。これを先払いしておくよ』

 

『お客さん?』

 

『なに?とてもじゃないけどこんな代金じゃ到底足りないだって?なら、もう百回分追加しようじゃないか。何ならもっと追加して──』

 

『お客さん!!?』

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ──以上が、店主がこの場所で営業している理由となる。

 

 ……まさか、平穏を求める同志がいるとは思わなかった。キヴォトスにおいてこれは貴重な存在であり、その事実だけでこのロールケーキを購入する価値があった。それだけのことだ。

 

「お待たせしました!代金は事前にお支払いされているので、このままお持ち帰りしていただいて大丈夫です!」

 

 内心でうんうんと頷き納得していると、どうやら店主はロールケーキをケーキボックスに詰め終えたらしい。満面の笑みを浮かべながら、ケーキが入ったボックスを差し出してきた。

 

「ああ、ありがたく頂くよ……無くなり次第、またここに伺うよ」

 

「はい!いつでも来てください、ここで細々と営業していますので!」

 

 ありがとうございましたー!と、元気な声を耳にし、僕は軽く手を振りながら背を向けその場を去った。

 

「……さて」

 

 目的の品は無事に手に入った。あとは帰宅して、ベアトリーチェ相手で溜まったストレスを解消するために、優雅なティータイムを楽しむだけだ。

 

 ──本当にそれだけだった。

 

「──とても美味しいですよね、そちらの店のロールケーキ。私もたびたび買うのですが、味に癖が無く、口に含むと生地はふんわりと溶けて、控えめな甘さのクリームがすっと広がるんです。くどさがないので、気づけばもう一切れ……と、思わず手が伸びてしまいます」

 

 突如、背後からお手本のようにロールケーキを食レポする少女の声が聞こえてきた。

 

 ──なぜ?

 

「……君も、あの店を偶然見つけることが出来たのかな?だとしたら実に幸運だね。あの店のロールケーキは、味わうという行為そのものが一つの特権に等しい。誰もが簡単にたどり着けるわけじゃない場所に、たどり着けたという事実……それ自体が小さな奇跡だと僕はそう思うんだ。そんな小さな奇跡を享受するのもまた、誰もが持つ当然の権利だよね」

 

 周囲に誰もいない場所でわざわざ僕に話しかけてくる人物を怪しいと思う僕は、間違っているのだろうか。いや、間違ってなどいないはずだ。そんなことを思いながら、僕はおもむろに後ろを振り返った。

 

「権利……そうですね。そうかもしれませんね」

 

 その少女は、天使のような羽があった。

 

 ──そうとしか言いようがなかった。

 

「共感してくれて良かったよ。そういう君はこのロールケーキを買いに来たのかな?だったら、早く店に向かうといい。万が一売り切れてしまう可能性もあるからね……それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」

 

 僕はこれから、ストレス解消も兼ねた優雅なティータイムで忙しいんだ。

 

 そんなことを思いながら少女に背を向け、早足でその場から立ち去ろうとしたその瞬間──

 

「──待ってください」

 

 その場から立ち去ろうとした僕を、背後から引き留める声が聞こえた。

 

 ……間違いなく、僕の背後に居る天使のような羽がある少女の声だった。

 

 ──なぜ?どういった理由で?

 

 疑問は尽きないものの、下手に関われば僕の平穏が脅かされるかもしれない。ここは礼を尽くして丁重にお断りするのが賢明だろう。うん、それが正解だ。

 

「あのさあ、僕はこれでも忙しい身で──」

 

 だから、レグルス構文を駆使してそれっぽい正論をぶつけ、相手をドン引きさせつつ、その場を後にしようとした。

 

 ──しかし。

 

「『ゲマトリア所属の強欲の権化、レグルス・コルニアス』さん」

 

「──……」

 

 そう簡単にいかないのが、ここキヴォトスなわけであって。

 

「──少々、お時間いただけますか?」

 

 絶対に許さんぞ、レグルス・コルニアス。

 

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