ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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残しすぎた爪痕

 

「──どうぞ、お掛けになってください」

 

 ──どうして、トリニティ自治区の外れでただロールケーキを買っただけの僕が、今こうしてトリニティ総合学園のテラスで天使のような羽を持つ少女と向き合う羽目になっているのだろうか。

 

『──少々、お時間いただけますか?』

 

 彼女はそんなことを言いながら、僕のストレス解消の時間を妨害するかのように近付いてきた。

 

 その瞬間、僕の中で彼女への有罪判決は下った。

 

 だってそうだろう。せっかくの有意義な時間を、平然と踏みにじるような真似をしてきたのだから。

 

 だからこそ、僕は再び断る決意を固めた。

 

 誰もがドン引きするであろう、質と量を兼ね備えたレグルス構文をぶつけてやるつもりで。小説に換算すれば、四ページに及ぶほどの長大なレグルス構文を。

 

 ……ただ。

 

『──』

 

 彼女はどこか焦燥感を漂わせていた。

 

 僕の返答を待つ間も、視線は定まらず、足先は落ち着きなく揺れ、指先はぎゅっと組んでは離していた。なんなら、羽までもが心なしか落ち着きなく見えたかもしれない。それはあくまで僕の気のせいかもしれないが。

 

 ……彼女にとっては無意識であり、ほんの些細な癖に過ぎなかったのだろう。それは、よく観察していなければ見逃してしまうほど、わずかなものだった。

 

 ──これは僕だからこそ、つい気付いてしまったことでもある。

 

 強欲ムーブを続ける以上、僕という存在が他者からどう見られているかを、無視することはできない。もしどこかに不備があれば、その瞬間に命を落とすのも、自分自身なのだから。

 

 だからこそ、僕は人のありとあらゆる動きを見逃さなくなった。

 

 視線、仕草、声の抑揚、呼吸のリズム、立ち居振る舞い、相手との距離感──そうした細部の一つ一つを、無意識に追うようになってしまった。

 

 つまり、彼女がどこか焦燥感を漂わせていることに気付いてしまったのは、僕自身が原因である。

 

 強欲ムーブの代償が、ここにきて自分に降りかかるとは……代償と呼んでいいものかどうかは分からないが。

 

「……」

 

「……?どうかしましたか?」

 

「──ああ、何でもないよ。君の羽を見て綺麗だと思っただけだからね」

 

「はい!?」

 

「それじゃあ、失礼するよ」

 

 ──なんて、僕が勝手に感じたことを語っても仕方ない。

 

 彼女が座れと促しているのだから、ここは大人しく座っておこう。長く突っ立っていると、不審に思われるかもしれないし。

 

「……」

 

「……」

 

「──」

 

「──?」

 

 彼女は目をぱちくりと開いたままこちらを凝視しており、一向に座る気配がない。

 

「……あのさあ、君が丁寧に促してくれたから僕はこうして座ったのだけど、促した本人が立ったままでは、客人として招かれた僕の方が何となく居心地が悪くなってしまうと思うんだよね。君はそうは思わないのかな?」

 

「!?は、はい!その通りですね!し、失礼します……!」

 

 見かねて僕が声をかけた瞬間、招く側である彼女が、あろうことか完璧な客人の振る舞いで椅子に腰を下ろした。

 

 ……動きや表情からはすごく真面目な印象を受けていたが、案外、面白い子なのかもしれない。

 

「──こほん。お見苦しいところをお見せしました……改めまして、ここまでの道中でも軽く自己紹介しましたが、ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」

 

「何も言われずとも自己紹介が出来るって実に素晴らしいよね。人間関係を始める上で一番大事なことを分かっている子は違うということがよくわかるよ。そんな当たり前のことが出来ない人が世の中ことのほか多いからね……僕の名前は……わざわざ言わなくても良いという顔をしているね。まあ、それはそうかもしれないよね──君は、名前以上に僕のことをよく知っているみたいだからね」

 

「……」

 

 わざと間を作って確認するように促すと、桐藤ナギサは目を細め、ほんの一瞬だけこちらを射抜くように見据えた。その後、紅茶を口元へと運び、静かに喉の中へと流し込む。そして「ふう……」と息を吐き、丁寧にティーカップをソーサーに置くと、再び鋭い視線をこちらに向けた。

 

「まず始めに、プライベートに水を差すような真似をして申し訳ありませんでした」

 

 謝罪と共に深々と頭を下げるナギサ。その所作はとても綺麗で、どこか洗練されているように見える。

 

「全くだよ、本来ならそれは決して許されることじゃない。なぜなら、こうして他人の領域に踏み込むような真似をするなんて無作法の極みだからね。だけど、僕がこうして君の招きに応じ、なおかつ気分を害さずに座っているのは、ひとえに僕の寛大さのおかげだと思ってくれていい。君は今、随分と幸運に恵まれているってことにね」

 

 ──本当は、さっさと帰ることもできた。

 

 しかし、どこか死にかけのような目をした少女を無視して、平然と「さよなら」と立ち去れるほどの人間ではない。

 

 ……帰りたかったのは、紛れもない事実だが。

 

「……確かに、私は幸運かもしれません。こうして密かに探していた方を、思わぬ形でティーパーティの場に招くことに成功したのですから」

 

「──密かに探していた、だって?」

 

「はい」

 

 前言撤回、人でなしになっても良いから今すぐにでもこの場から立ち去りたくなった。

 

 招かれて早々に言われたのが密かに探していたなんて、想定外にもほどがある。

 

「始めはこうして招くつもりもありませんでした……つい最近、トリニティ自治区のどこかで、青いイヤリングを付けた全身白ずくめの男性をたまにみかけることがある、といった噂程度のものでした。私たち生徒たちにとって、生徒ではなく大人であり、男性であるということはあるお方一人を除いて珍しいと思ったのでしょう」

 

 全身白ずくめの男って……ああ、なるほど、そんなやつはレグルスしかいない。つまり、僕のことだろう。それにしても、客観的に見て、こんなふうに思われていたとは……まあ、すぐ忘れそうな顔と言われなかっただけ、まだマシかもしれない。

 

「君も今回分かってくれたと思うけど、僕は優雅なティータイムを過ごすために、こうして時々トリニティに足を運んでティータイムの準備をしていたんだよね……僕は基本的に無欲だから、何か大層な事を成し遂げるよりも、穏やかで安穏とした日々を享受しながらティータイムを嗜む……それ以上は何も望まない、そんなただの一般男性に過ぎないと思ってくれていい」

 

「──はい。確かにそれだけ聞くと、ティータイムがお好きな一般男性に過ぎません……それだけなら良かったのですが、ここ最近、話が変わってきたのです」

 

 ……何が?

 

 そんな疑問が、脳内を駆け巡る。

 

 僕は別に、彼女に対して何かした記憶はない。

 

 こうして目の前に座り、会話こそしているが、この状況自体が異質で異常なのだ。優雅なティータイムを過ごそうとしたら、どうしてこうなるのか……そっちこそ話が変わってはいないかと、問い質したい。

 

 ……最終的にこの場に来たのは、僕自身の判断だから、怒るに怒れないのだが。

 

「……まず初めに、私がレグルスさんのことを知ったのは数ヶ月前のことでした」

 

「君、今のうちに自首してきた方がいいよ。なに、心配することはない。正直に『自分はストーカーというティーパーティのホストとしてあるまじき行為をしてしまった』と白状してしまえば、罪はまだ軽く済むはずだからさ」

 

「ち、違いますっ!私はストーカーなんてしていません!そもそも、仮にそうだとしたらもっと早く接触していますし出来ているはずでしょう!?」

 

「……それもそうだね、疑ってすまなかった。この通り、誠心誠意謝罪するよ」

 

 とりあえず、彼女が僕のストーカーではないことは確かめられた。これで仮にもし本当にストーカーだったとしたら……想像するだけでぞっとする。

 

 もうすでに一人のストーカーを抱えているというのに、追い打ちをかけるつもりなのか。

 

「……こほん。レグルスさんを数ヵ月前に知った理由としては、正義実現委員会という部活に所属する副委員長の方から直接聞いたからです」

 

 なんとも凄そうな部活名だ。最近の学園には、こういう部活も存在するのか……いや、これは単に僕がキヴォトスの学園について何も知らなさすぎるだけかもしれない。

 

 ──生徒は、銃を使って僕を襲ってくるけどね。

 

「へえ、そういった理由だったんだね……まあ、それも仕方がないかもしれないよね。さっきも言ったと思うけど、僕はたまにトリニティに足を運んでいる。僕は僕という個人、そんな私財を守るのが精一杯の、ただのか弱い存在に過ぎないんだけどね。それでも、僕みたいな男性が珍しいという理由でつい目を向けてしまうのは人間としての本能だろう。僕はそれを否定するつもりはないよ。人が誰かに興味を抱くことはごく自然な営みだし、そういった権利は誰にでもあるからね。おおかた、それで知ったといったところかな?」

 

 そこまで僕みたいな大人の男性が珍しいのであれば、そういった事があってもおかしくはないだろう。

 

「──いえ、そういった理由で知ったわけでは無かったのです」

 

 ここまで長々と言ったというのに、僕は外してしまったらしい。自意識過剰にもほどがある……穴があったら、今すぐにでも潜り込みたい気分だ。

 

 ……とはいえ、強欲ムーブをやる上で、レグルスの自意識過剰な気持ちは欠かせない……僕は一体どうすればいいんだ。誰か助けてくれ。

 

「……へ、へえ、そうだったのか。それじゃあ、どういった理由で僕という存在を知ったのかな?」

 

「──戦車です」

 

「は?」

 

 目の前の彼女は、こちらを見つめながら、いきなり物騒なものをぶちこんできた。

 

 なんだ、僕がたまに戦車に襲われていることに対して煽るための新手の嫌がらせか?

 

「先ほど言った正義実現委員会の副委員長……こうして長々と言い続けるのももどかしいですね。名前は羽川ハスミさんというのですが……ハスミさんが、キヴォトスで突如として起きた混乱の原因を連邦生徒会長に問い質すために、シャーレに赴いたのです。その肝心の連邦生徒会長は失踪していましたが……」

 

 そこで一度区切り、ナギサはティーカップを口元に運び、紅茶を飲む。その顔は穏やかで、まるでティータイムを楽しんでいるかのようだ。

 

 紅茶を飲むときだけ穏やかな表情を浮かべるのは、いったい何なのだろう。この子は僕と同類なのだろうか。

 

「……ふう。その時にハスミさんは、そこでひと悶着があったらしく、目的のために動いていたそうですが……その時に、ある男性を助けようとした瞬間、信じられない光景を見たそうなんです」

 

 ある男性……ああ、先生のことか。

 

 当時、黒服が「連邦生徒会長が失踪した直後に呼び出された不可解な存在」と言っていた記憶がある。キヴォトスが本格的に混沌と化したのも、その時期だったはずだ。

 

 つまり、その男性はやはり先生に違いない。

 

 ……でも、そうだとしたら信じられない光景って一体なんのこと──

 

「──その光景というのは、レグルスさん。貴方が何もせずに複数の戦車を吹き飛ばしたというものだったんです」

 

「……?」

 

 いや、なんの話をしているんだろう。

 

 確かに、生徒だけでなく戦車にも襲われたことはあった。そのたびに、遠くに投げ飛ばしたり、周囲に被害が及ばないように破壊したりしていたけれど……それでも、いったい何のことを言っているのか全く分からない。

 

 戦車に襲われすぎて、どの出来事の話なのかさえ、まるで分からなくなっている。

 

「覚えていないでしょうか?ハスミさんが言うには、その時ほんの少しだけ会話を交えたと聞きましたが……」

 

「……残念ながら、僕はこう見えて常日頃から忙しい身なんだ。どんな出来事でも頭のどこかにはきちんと仕舞ってあるけれど、わざわざ意識して引き出さない限りは霞のように掴みづらくなるものなんだよね。だから今すぐ鮮明に思い出せないことがあるけど、決して軽んじているわけじゃない。君には本当に申し訳ないとは思っているよ」

 

 この身体はやけに物覚えが良く、覚えたことや学んだことをほとんど忘れない。ただし、忘れはしないものの、思い出さなければまるで霞のように薄れていくのも事実だ。

 

「……そういえば、ハスミさんがどのような容姿をしているか、お話していませんでしたね……ハスミさんは、正義実現委員会の黒い制服を着用していて、高身長の方で、とても大きな黒い翼がある方です。そのような方とお話しした記憶はありませんか?」

 

「黒い制服で、高身長で黒い翼……?」

 

 そんなに特徴がある子であれば、思い出すことも簡単だと思うけど──

 

『目の前で、あんな光景を見せられたら……私たちも警戒してしまいます。あなたが何者なのか。それを見極めるためにも──この後、詳しく話を聞かせてもらいます』

 

 ──あの子か……!

 

 そういえば、肥料を買って帰ろうとしたとき、戦車に轢かれかけたことがあった。僕は軽く息を吹きかけて、戦車を吹き飛ばした覚えがある。しかも、ちょうどそのとき、いつもの名乗りを口にしていた……!

 

「ああ、思い出したよ。僕を助けようとしてくれた子たちの内の一人だったね」

 

 思い出してスッキリした僕は、彼女が淹れてくれた紅茶を口に含む。

 

 ……慣れているせいか、どうしても自分の淹れた紅茶の方が美味しく感じてしまう。

 

 だが、せっかく淹れてくれたのだから、文句を言う理由などない。それに、この紅茶も十分に美味しい。互いにティータイムが好きそうだから、いつかゆったりと談笑してみたいものだ。

 

 ──まあ、そんな余裕はないけれど。

 

「──そして、初対面の人間である僕に対して銃口を向けた子でもある」

 

「……」

 

 少し嫌味を込めてそう言うと、ナギサは無言のまま目を細め、少し視線をそらす。しかしすぐに僕を見返すように視線を合わせ、頭を静かに下げてきた。

 

「……ハスミさんが申し訳ございませんでした。後ほどハスミさんにもその事について、謝罪するように伝えておきます」

 

「ああいや、別に気にしなくていい。あくまで銃口を向けられただけで、実際に危害を加えてくるような真似はしなかったからね。本来なら銃口を突きつけるという行為そのものが、僕というか弱い命に対する重篤な権利の侵害にほかならないんだけど……僕は寛大だからさ。わざわざその一点を取り上げて謝罪を強要するような、子供じみた真似をするつもりはないよ」

 

 もしも発砲していたら、先生の目の前で容赦なく地面に埋めていたかもしれないが。

 

「……そうですか、それは良かったです。とはいえ、警戒していたとはいえ初対面のレグルスさんに銃口を向けたのは事実ですので、ハスミさんにはこの事についてしっかり伝えておきます」

 

 律儀というか、なんというか。

 

 ティーパーティーのホストだったっけ?話を聞く限りでは、実質トリニティのトップらしい。

 

 ……なるほど、彼女がトップなのも納得できる。きっとその人間性が評価されて、周囲から後押しがあったのだろう。そう考えるのが自然だ……多分。

 

「少し脱線してしまいましたね。話を戻しましょうか……質問したいことがあるのですが、それは後でまとめて質問させていただきますね」

 

 さらっと、とんでもないことを言ったな、この子。

 

 そして彼女はまた紅茶を飲む。

 

 だからなんで紅茶を飲むときだけ、なぜあんな穏やかな表情になるのか。もしかして、いつもこんな感じなのだろうか……本当に気が合いそうだな。

 

「ふう……次に、レグルスさんのことを聞いたのは、私の友人からでした」

 

「まだあるのかい?」

 

 しかし、ナギサの話は続く。今度はどこの誰に何を聞いたのだろうか……僕の核心に迫るようなことじゃなければいいが。

 

「何でも、その時の私の友人は、PMCという企業を懲らしめたいということで……私は友人に牽引式榴弾砲を貸し出しました」

 

 PMC……ああ、首を彼方の空に蹴り飛ばしたポンコツロボのことか。心底どうでもいいから一瞬思い出すことが出来なかった。

 

「そして、私の友人は一仕事を終えた時、牽引式榴弾砲を返却しに来ました。その時に私は友人に聞いたんです。『役に立ちましたか?』と。そしたら──」

 

 と、何故かここで僕の方を凝視し始める。それはまるでどこか怪しんでいるような視線で──

 

「『あはは……実は、敵の数がそんなに多くなかったので使う機会がなくて……それどころか、後で先生から聞いた話なのですが、どういうわけかPMCの社員と思わしき集団が別の場所で全滅していたんです……』と、私の友人は答えたのです」

 

「…………」

 

 どう考えても、僕が蹂躙したカイザーの集団のことだ。

 

 確かに、やけに数が多いとは思っていたが……まさか僕一人に対して、ほとんど総動員させていたのか、あのポンコツロボ……?

 

「──もしかしなくてもレグルスさん。PMCを全滅させたのは、貴方ですよね?」

 

「……人違いだと思うよ。だいたい、おかしいと思わない?僕がたった一人でそんな集団を相手できるとでも思っているのかな?さっきも言ったと思うけど、僕は僕という個人、そんな私財を守るので精一杯の、か弱い存在なんだからさ」

 

「先ほどの戦車の件があるのに、ですか?」

 

「………………」

 

「……ふふっ、図星みたいですね」

 

 どこか満足そうに紅茶を口に運ぶナギサ。今だけは、あの穏やかな表情を少し妨害してやりたいと強く思った。

 

「──しかし、これだけではなく、レグルスさんの事はたびたび噂になっていました」

 

 しかし、穏やかな表情から一変。どこか真剣な眼差しで僕を見るナギサ。

 

「アビドス市街地でゲヘナの風紀委員を全員薙ぎ倒した、侵略してきたと聞いたPMCを木っ端微塵にした……『歩く災害』、『白い悪魔』、『違法聖職者』など、とにかく本当に噂が絶えませんでした」

 

「あのさあ!後半に聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど!?」

 

 彼女の口から出たそのあんまりな言いように、思わず声が大きくなった。

 

 いくらなんでも、ひどすぎるだろう。僕はただ正当防衛で自分の身を守っているだけなのに……!もしかして、襲われにくくなったのは、それが理由なのか……!?

 

「……ええ、中でも『違法聖職者』は本当にひどっ……ふふっ……!」

 

「……」

 

 そんなことで笑えるのなら、彼女が焦燥感を漂わせているのは、いったいどういう理由なのだろうか。何に対して焦っているのか、僕には知るよしもないが……

 

 それはそれとして、笑う彼女もまた失礼ではある。

 

「……こほんっ!いえ、ティーパーティーのホストとして、笑うところではありませんでしたね。特に『違法聖職者』という噂を流した人物は見つけ次第、厳重注意しておきます」

 

「あのさあ、そこは『歩く災害』や『白い悪魔』なんて物騒な噂をわざわざ流した人物こそ、厳重注意して然るべきだと思うんだけど……まあ、そこは見逃してあげよう。僕は寛大だからね。それよりも、もっと大事なことを聞かせてもらわないといけない。噂の真偽なんて枝葉の話よりも、今この場で君が何を考えているのか、その方がよっぽど重要だからさ」

 

 そして、僕は初めて彼女……桐藤ナギサを睨みながら口にした。

 

「──結局君は、何が目的で僕をこの場に招いたのかな?」

 

それを聞いたナギサは、ふう、と息をつき、真剣な眼差しでこちらを見据えながら口を開く。

 

「……たった一人でその場に居たPMCの兵力をほぼ壊滅させ、何もせずとも複数の戦車を吹き飛ばし、不良生徒やゲヘナ生徒相手に襲われても軽々と追い払う……それに、先ほどは言っていませんでしたが、ゲヘナでレグルス・コルニアスという人物を捕獲しようとする人物まで居るという噂まで……」

 

 改めて聞くと色々とひどすぎる。爪痕が残りすぎている。

 

「──レグルスさん。失礼を承知でお聞きします。レグルスさんは、何が目的でそのように動いているのですか?また、差し支えなければ『ゲマトリア』とはどのような集団なのか教えてくださる事は出来ますか?」

 

「……」

 

 正直、ナギサの質問は失礼にもほどがある。

 

 僕が何をどう動いたかなんて、彼女に気にする理由はないはずだし、ましてやゲマトリアのことまで知りたいだなんて……図々しいにも程がある。

 

 だがそれでも、彼女は「失礼を承知で」と言った。

 

 失礼だと自覚しながらも、どうしても知る必要がある何かがあるのだろう。

 

「君の言う通り、その質問はとても失礼極まりないけれど……まあ、自覚しているのなら話は別だね。この世の中には、君みたいに自分の言動をきちんと自覚できている人物は、実に貴重だからね。良いよ、特別に答えてあげよう。もしその自覚が欠けていたら……さて、どうなっていただろうね?」

 

「──」

 

 この時、ナギサの額に一筋の冷や汗が流れた。

 

 一体レグルスに何をされていたんだろうかと、そんな考えがよぎる。

 

 だが、もしものことを考えても仕方がない。そう内心で結論し、ナギサはすぐに思考を切り替えた。

 

「……まあ、目的といっても大層な物を掲げているわけではないけどね。僕が求めているのは『平穏』、たったそれだけだからさ」

 

「……『平穏』ですか?」

 

「ああ、僕は争いとか嫌いなんだよね。平々凡々とただただひたすら穏やかで安穏とした日々を享受できればそれで十分、それ以上は何も望んでないよ」

 

「……では、『ゲマトリア所属の強欲の権化』というのは……?」

 

「それは別に気にしなくていい。事情があってそう言っているに過ぎないからね……ああ、そういえばゲマトリアについて何も答えていなかったね……でも──」

 

 僕は紅茶が入ったティーカップを持ち上げ、目を閉じながらナギサにはっきりと告げた。

 

「残念ながら、ゲマトリアについては答えるつもりはないよ。義理もないからね。それに、ゲマトリアは僕一人で成り立っているわけじゃない。僕以外にも複数の人間が関わっていて、僕一人の一存で語ってしまえば、それは仲間たちの権利を侵害することになる──君も、自分の大切な仲間の秘密を、見知らぬ相手にあっさり話したりはしないだろう?」

 

「──それは、そうですね」

 

 ナギサは僕の答えに納得したのか、軽く頷いた後に紅茶を飲む。もちろん、穏やかな表情を浮かべながら。

 

「……セイアさんなら、何か知っていたりしたのでしょうか」

 

「うん?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 何か言ったような気がしたが、僕には聞き取ることが出来なかった。そのままナギサは穏やかな表情を崩さず、ティーカップをソーサーに置き、改めて僕を見据える。

 

「……では、レグルスさんはあくまで穏やかに過ごしたいだけであり、トリニティやゲヘナの味方とかではなく、特別何かしたいわけではない……という解釈でよろしいでしょうか?」

 

「なんでそこでトリニティとゲヘナが出てくるかは分からないけど……はっきり言っておくよ。僕はトリニティやゲヘナの味方をするつもりもなければ、理由もない。もちろん、アビドスにだって同じことが言えるね。さっきも言ったと思うけど、僕には僕という個人、そして自分の私財を守るので精一杯なんだ。それは誰だって持っていていい当然の権利だ。だからこそ、僕がどこかの勢力に肩入れするつもりは一切ないよ」

 

 しいて言うなら、ゲマトリアに所属しているだけあって、ゲマトリアの味方になるのかもしれない。だが、ゲマトリアはロクでもない集団だから、正直それも怪しいところだ。

 

「……そうでしたか、良かったです。本当に……」

 

「良かっただって?」

 

 ナギサは、心底安心したような表情を浮かべながらそう言った。あまりにも安心した顔をしているのを見て、つい僕は質問してしまう。

 

「──改めて、こうして急にこの場に招いてしまい、申し訳ありませんでした。私が主に確認したかったのは、ゲマトリアというのはどういったものなのか……そして、トリニティかゲヘナ、どちらかに肩入れしているような事実があるのか、その二点をどうしてもレグルスさんから確認したかったのです」

 

 ついにナギサが僕をこの場に招いた理由が判明した。

 

 今までのやり取りは、まさかそれを聞き出すためだけのものだったとは……不器用すぎないか、この子。

 

「レグルスさん、エデン条約はご存じでしょうか?」

 

「エデン条約……ああ、最近聞いたよ。トリニティとゲヘナ共に構成員を供出し合いある機構を設立し、その同機構によって両自治区の紛争解決を行うことで両学園間の全面戦争を回避する構想……憎しみ合うのはやめて仲良くしましょう、といったものだよね?」

 

「はい、そのような認識で大丈夫です。いま、トリニティとゲヘナは、エデン条約を前にして少しピリピリしている状態でして……そこに、もしもレグルスさんのような噂になっている方がどちらかに肩入れしているような事実があった場合、正直に申し上げると、より混沌と化してしまうような気がして……気分を悪くされたら申し訳ありません。私としても、出来るだけ平和に終わらせたいものですから……」

 

 ナギサは遠くを見つめるようにして、僕にそう告げた。その瞳には、どこか疲れや苦労が滲んでいた。

 

「なるほどなるほど、君も随分と苦労しているんだね。互いの学園の仲が悪いがために、そこまで気を遣わなきゃならないなんて、実に面倒な話だ。でもさ、僕たち人間というのは本来、対等であるべき存在なんだ。もちろん、特定の誰かを嫌ったり、苦手に思うこと自体は別に否定しないよ。人にはどうしても相性の良し悪しってあるだろうからね。だけどさ、一個人が何かをしたわけでもないのに、ただの先入観だけで嫌うなんて、そんなのは理不尽以外の何物でもないだろう?実際に被害があったのならまだ理解も出来る。けれど、根拠もなく疑いから入り、最終的には勝手に嫌悪し、憎しみ合う……正直言って、僕にはそういう在り方がどうしても理解出来ないんだよね」

 

 エデン条約の詳細を聞き、僕は思っていた本音をナギサにぶちまけた。

 

 はっきり言ってしまえば、トリニティとゲヘナが互いに差別し合っていることがよく分かる。

 

 エデン条約はそれをなくそうというものらしいが、そんな仮初めの条約で本当に変わるとは到底思えない。

 

 ……まあ、僕には関係のないことだから、どうしようもないけれど。

 

 そして、僕の本音を聞いたナギサはと言うと──

 

「………………はい、その通りですね。本当に……」

 

 どういうわけか目をそらしつつ、紅茶を飲んでいた。

 

 そこに穏やかさは微塵もなく、苦虫を噛み潰したような顔で、一口ずつ紅茶を口に運んでいたのだ。さっきまでの穏やかな表情はどこにいった。

 

「……レグルスさん、本日はどうもありがとうございました。こうした急なお招きにも対応してくださり、感謝の念でいっぱいです」

 

 だが、次の瞬間には安心したような顔に戻り、ティーカップを持ったまま軽く頭を下げてきた。

 

「最初は正直、礼儀知らずな子だとばかり思っていたけど……話してみるとそんなに悪くない子だと分かったよ。むしろ、あの状況の中でよくここまで頑張っている事が分かったよ。僕に直接手を貸せることなんて何ひとつないし、わざわざお節介を焼くつもりもないけど……それでも、君が少しでも報われるように、密かに応援しているよ」

 

「………………はい、お気遣いしていただき、ありがとうございます」

 

 さて、ナギサの方は用が済んだみたいだし、僕もこれ以上長居しても無駄だろうし、邪魔になるだけだろう。

 

「それじゃあ、僕はこれで失礼す──」

 

 だから後は帰って、当初の予定だったティータイムを過ごすだけだったのだが──

 

「──ナギちゃーん!居るー!?」

 

 突如、僕の背後の扉が少女の声と共に開かれた。

 

「ミカさん!?この時間はまだ外出している予定だったのでは……!?」

 

「思ったより予定が早く済んだから、ナギちゃんと一緒にお茶でもしたいなーって思って!……あれ、もしかしてお話し中だった?でも、ナギちゃんが先生以外をここに呼ぶなんてめず、ら……し──」

 

 僕は、背後から聞こえた少女を確認するために、顔を後ろに向けた。

 

 ──その少女は、ナギサよりもでかい天使のような羽があった。

 

 でっか……と、僕が内心で思う中、挨拶ぐらいはしようと僕は口を開こうとした。

 

 ──しかし、目の前の少女は僕を見るや否や、どういうわけか睨み付けながら、口を開いた。

 

「──ねえ、なんでここにゲヘナの人が居るの?」

 

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