ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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罵倒の中に可愛いを添えて

 

「──」

 

「……」

 

「……? ……??」

 

 ──トリニティの一角。

 

 空崎ヒナとレグルス・コルニアスが束の間の他愛ない時間を過ごしていると、思いもよらない人物……聖園ミカと鉢合わせた。

 

 刹那、レグルスは現実から逃げるようにそっと空を仰ぐ。

 

 その露骨な仕草を見たミカは、額に怒りの筋を浮かべながらも、気まずさを誤魔化すように視線をそらした。

 

「え、えっ……何この空気……?」と、そう言わんばかりに、ヒナは慌ただしく二人の顔を交互に見比べる。

 

 困惑と戸惑いの入り混じったその表情は、この場で唯一の癒しと言っても過言ではなかった。

 

「──あはは、ついさっき先生とお話しして気分が良くなってたのに……何でこんな時によりにもよって貴方の顔を見ることになるのかなあ。おかげで一気に冷めちゃったよ」

 

「そう思っていただけたなら光栄だね。仮に僕だけが気分を害していたなら、それはこの世でもっとも不公平で理不尽なことだった。でも君が、僕の完璧で完成された顔を拝んだことによって気分が害した。それでようやく、僕と君の間に対等という概念が成立したわけだ。だからこそ、いまこの瞬間だけは君に感謝してやれなくもない」

 

「なにナルシストみたいなこと言ってるの?それに、貴方と私が対等なわけがないでしょ?貴方は『違法聖職者』で、私は『ティーパーティーパテル分派の生徒会長』。存在自体が天と地ほどの差があると思うよ☆」

 

「僕はただ事実を口にしただけに過ぎないんだよね。それに、『違法聖職者』と『ティーパーティーパテル分派の生徒会長』の存在自体が天と地ほどの差。その順番でいくなら、僕が天を飛び回り、君が地を這いずり回るということなのかな?確かにそれは天と地ほどの差があるね。素晴らしい!実に君の言う通りだ!この僕が直々に褒めてあげよう。感謝すると良い」

 

「そんなわけないでしょ?勝手な自己解釈はやめてくれない?どう考えても逆じゃん。貴方が地べたに這いつくばってる方が様になると思うなあ……だから、その拍手止めてくれない?鳥肌が立っちゃうからさ☆」

 

「こうして褒めてあげてるというのに、ひどい言い分だなあ。称賛は素直に受け取るべきだと思うんだよ僕は。まあ、君みたいな捻くれ者には理解できないかもしれないけどね」

 

「……褒めてなんかいないじゃん」

 

「褒めてるとも。君の捻くれさをね」

 

「どうしよう。私、今すぐ貴方をぶん殴りたくなったかも☆」

 

「仮にも生徒会長を名乗る君が、人を殴るという思考になるだなんて……君の脳みそは全て筋肉か何かで出来てるのかな?……いや、確かに君だったらそのような手段をとってもおかしくないね。疑ってすまなかった。この通り、渋々謝罪するよ」

 

「──貴方がこの後無事であるように、祈るね。だから殴らせてね☆」

 

「本当にこの僕を殴るつもりなのかな?だとしたら止めておいた方が良い。何故なら、君が地べたに這いつくばる未来しか見えないからね」

 

 にこやかに微笑みながらも、互いに毒の混じった言葉を交わす二人。

 

 応酬はじわじわとエスカレートし、ミカは拳を強く握りしめ、レグルスの手はすでに空気へと触れていた。互いの得意分野をぶつけ合い、力で決着をつける気なのか──まさにその瞬間だった。

 

「──えっと、二人とも?」

 

 張り詰めた空気に、困惑した声が割り込む。

 

 ミカとレグルスは同時に、声のした方へ視線を向けた。

 

「その……二人って、知り合いなのかしら? それにしては、随分と物騒なやり取りをしている気がするんだけど……」

 

 声の主は空崎ヒナ。

 

 彼女は、今の今まで困惑を顔いっぱいに浮かべ、二人を交互に見続けていたのだ。

 

「……」

 

「──ふう……」

 

 ヒナを完全に置き去りにし、勝手に口喧嘩を始め、勝手に戦争寸前までこじらせていたミカとレグルス。

 

 そんなヒナの表情を見た途端、さすがに冷静さを取り戻したのか──ミカは拳を解いて黙り込み、レグルスは胸元に手を添え、ひとつ息をついてから口を開いた。

 

「──またしても君を煩わせてしまったようだね。まったく、これでは君が僕に呆れるのも当然だ。もう言い訳を並べるつもりもない。だから……好きなように、この僕という存在を裁いてくれないかな?君には昔から、その権利がある。きっと、君の判断なら、どんな結末でも正しいものになるだろうからね」

 

「!? ち、違うわ、そういうつもりで言ったんじゃなくて……!」

 

 存在を裁く?なぜどんな結末でも正しいなんて言うの?昔から権利があるって何?そもそも大袈裟すぎる……!

 

 そう思いながら、頭を下げるレグルスを前に、ヒナはあたふたと両手を前に突き出した。

 

「私がただ疑問に思っただけだから……その、これは私が聞いて良いのか分からないけれど──二人って、仲が悪いのかしら……?」

 

 ヒナは二人の顔を交互に見ながら、遠慮がちに、しかし純粋な疑問として口にした。

 

 自分の知らない少女とレグルスの物騒なやり取り。互いに邪険に扱っているようにも見えてしまい、そう感じたゆえの質問だった。

 

「仲が悪い、というよりこの捻くれピンク髪の方が一方的に僕を敵視しているだけだ。どういうわけか、どこの馬の骨が流したのかも分からない曖昧な噂を真に受けて、初対面からこの僕を盛大に馬鹿にしてきたからね。僕は彼女に対して何もしていないというのにさ」

 

「……」

 

 レグルスが捻くれピンク髪と称した人物を、ヒナはなぜか顎に手を添えながらじっと見つめる。

 

「捻くれピンク髪!?……ふう。貴方も大概に馬鹿にしてるよね?そんなんだから白い悪魔(笑)とか言われるんだよ?」

 

「(笑)を勝手に追加して捏造するのはやめてくれないかな?それって僕の尊厳と知的品位に対する権利の侵害だと思うんだよね。それと、僕を白い悪魔と呼ぶな」

 

「呼ばれない努力をしたらいいんじゃないかな☆」

 

「あのさあ、ブーメランって知ってるかな?君が自分で投げた言葉が、見事に君の後頭部へ突き刺さってると思うんだよね。どうしてそんなに器用に自爆できるのかな?いやあ、君のその才能だけは素直に感心するよ!」

 

「……っ!この……っ!」

 

 ヒナが思考している間、ミカはレグルスを睨みつけ、レグルスはそんなミカを見て楽しげに拍手する。思えば、この二人が出会ってから、会話に穏やかな気配は一度たりともなかった。

 

 今回でまだ二度目の邂逅であり、互いのことを深く知らないからこそ、こうなるのも仕方ないのかもしれない。

 

 だが、それにしてもレグルスがここまで積極的に煽るのは珍しい。天雨アコ以来のことかもしれなかった。なぜミカをここまで煽ろうとするのか。その理由だけは、レグルス本人にしか分からない。

 

「──貴女、もしかして『聖園ミカ』という人かしら?」

 

「……へ?」

 

 レグルスとミカの煽り合いが激しさを増す中、ミカをじっと見つめていたヒナが、ふいに何かに納得したような顔で口を開いた。

 

 ミカにとって、レグルスの隣に立つこの少女と会うのは初めてである。しかも、ミカは先ほどから自分の名前を一度も名乗っていない。

 

 それなのに、あっさりとフルネームを言われたものだから、素っ頓狂な声が漏れ、思わずヒナへ向き直った。

 

「『ティーパーティー・パテル分派の生徒会長』って名乗った時から、何となくそうかなって思ってたけれど……今の反応を見る限り、やっぱり当たりみたいね」

 

「──もしかして、私のこと知っていたの? やっぱりティーパーティーってこともあって、私って結構有名人だったりするのかな?」

 

 ようやく、ヒナとミカが対話することになる。

 

 ここで一度、両者の状況を整理しておこう。

 

 まずヒナについて。

 

 ヒナはエデン条約の件で、事前にある程度トリニティのことを調べており、その中でティーパーティーという組織の存在も把握していた。

 

 そのため、ミカの名前と容姿はどこかで結びついていたが、先ほどまでは確信には至らなかった……それがようやく繋がった、というわけだ。

 

 対してミカ。

 

 学園の代表として名を連ねているにも関わらず、割と好き放題に動く、トリニティでも屈指の脳筋少女である。

 

 彼女はある出来事をきっかけに焦燥感を抱えたままここへ来ており、エデン条約関連についてはほとんどナギサ任せ。当然、ミカがゲヘナのことを調べているはずもない。

 

 ──だからこそ、ミカはヒナについて何も知らないに等しい。

 

 そして今、ミカは改めて正面からヒナの顔を見る。

 

 ──こうして見ると、この子、お人形さんみたいで可愛いなあ。

 

 こちらを見上げるように見つめてくるヒナを前に、ミカはそんな感想を内心でこぼしていた。

 

「うん。私たちの間では結構有名……その、私の顔に何かついてる?」

 

「──んっ!?ううん!別に何もついてないよ!?お人形さんみたいで可愛いなって思っただけだから!」

 

「!?」

 

「はあ?君は今さら気付いたのかな?この子が愛玩で可憐で清楚で麗姿であるのは誰もが知っていて当然のことだろ」

 

「!?!?」

 

 ヒナの顔をぼんやり凝視していたミカは、慌てて本音を漏らしてしまい、その言葉に被せるようにレグルスが当然のようにヒナを褒めちぎる。

 

 突如ダブルで褒められたヒナは、驚きのあまり一瞬だけ口をぱくぱくさせたまま固まってしまった。

 

「……こほん。そ、そう……」

 

 頬をわずかに紅く染めながら咳払いし、気を取り直してミカへ向き直る。ミカはというと、相変わらず『ほえ〜』といった表情でヒナの顔を凝視し続けている。

 

 ……ミカは、いつになったら自分があることを完全に失念していることに気付くのだろうか。

 

「……一つ、貴女に聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら」

 

「うんうん!何でも聞いていいよ!」

 

 もはや何を言われても即肯定しそうな勢いで頷くミカ。

 

 可愛いは正義とはよく言うが、この場合の正義は一体どの分類に属するのだろうか。

 

「──どうして、レグルスと仲が悪いのかしら。貴女とレグルスの間で、何があったの?」

 

「──」

 

「……なるほどなるほど。君が疑問を抱くのは当然のことだね」

 

 ヒナにとってレグルスは、生徒に襲われていたところを助けた人物であり、陰ながらの恩人であり、会うたびに褒めてくれる大人だ。

 

 もちろん、世の全員が同じように感じるとは思っていない。結局は人それぞれなのだから。

 

 だが、ヒナの目の前で遠慮なく煽り合いをしている二人の様子を見るに、どう見ても不仲であることは明らかだった。

 

 ──だからこそ、気になったのだ。

 

 一体、何があればここまで噛み合わなくなるのかと。

 

「……あはは、何を聞くかと思えばそんなこと?それはね──」

 

「僕と聖園ミカが、出会った時から互いに気が合わなかったから。これに尽きるね」

 

 ミカが答えようとした瞬間、レグルスが割って入るように淡々と言い放つ。

 

「!?ちょっと、何を勝手なことを言って──」

 

「聖園ミカとは、ある出来事がきっかけで僕が優雅にティータイムをしていた最中に出会ったんだけどね。少し言葉を交わしただけで、それはもう驚くほど気が合わなくてさ。君も聞いていたでしょ?たった数分話しただけで、聖園ミカは僕を白い悪魔(笑)と呼び、僕は彼女を捻くれピンク髪と呼んでいる……本当に、それだけの関係だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「ちょっ、ちが──」

 

「別にどこにも誤りなんてないと思うんだけど?僕が言ったのは、純度100%の事実そのものだ。まあ、文句を言いたいのなら止めはしないよ?誰だって反論する権利はあるからね……だけどさ、本気でこの僕に噛みつくつもりなのかな?忠告しておくけど、やめておいた方が身のためだよ。君がどれだけ反論を積み重ねても、その程度の頭脳じゃ僕に勝てるはずがないんだからさあッ!」

 

「はあ!?貴方の言動一つ一つがほんっとうにムカつくんだけど!毎回煽らないと気が済まないの!?」

 

「それは君も同じだと思うんだよねえ!」

 

 互いに顔を寄せ合い、瞬間的に言い合いが再燃する。

 

 ……なぜレグルスは、このタイミングでわざわざミカを盛大に煽り、苛立たせるような真似をしたのか。

 

「……本当に気が合わないのね。そういうことも、あるにはあるのかしら……」

 

 ──それはただ、ヒナのことを思っての行動だった。

 

 まずご存じの通り、ミカは極端なまでにゲヘナを毛嫌いしている。

 

 もしヒナがその事実を知ったなら、どう感じるだろうか。無関心で済むかもしれない。反発するかもしれない。あるいは傷つくかもしれない。

 

 どうなるかはヒナ次第だが……少なくとも、心地よい気分にはならないだろう。

 

 幸い、今のところミカはヒナに悪感情を持ってはいない。今のミカは、ヒナという人物の事を全く知らないに等しいからこそ、悪感情を抱くことはない。

 

 それに、ヒナがミカの事をトリニティのティーパーティーであると分かっていながらも、そもそもトリニティのことを毛嫌いしていない。これも、二人が言い合いすることがない理由の一つともいえる。

 

 ──だがそれよりも、最も避けるべきなのは別の点だ。

 

 それは、ミカがレグルスを毛嫌いしていた最初の理由がヒナに露見すること。

 

 ──レグルスのことをゲマトリアの一員ではなく、噂だけを頼りに勝手にゲヘナ所属の男だと思い込んでいたミカ。

 

 もしヒナが、そんな誤解を理由にミカがレグルスを毛嫌いしていると知ったら、彼女は何を思うのだろうか。

 

 レグルスは、それを避けるためにこそ、あえてミカのヘイトを自分に向けさせていたのだ。ヒナにだけは嫌な思いをしてほしくない。ただ、その一心で。

 

「──聖園ミカ」

 

「だから──!って、ごめんね。つい大きな声を出しちゃって、どうかした?」

 

「君、彼女に対して僕と接する時の態度と比べて天と地ほどの差があると思うんだけど。これはどういうことなのかな?」

 

 ヒナが名前を呼んだ瞬間、ミカは先ほどまでの苛立ちを霧散させ、まるで陽だまりのような笑顔でヒナを見つめた。その表情は、レグルスの前で見せる険しさとは真逆だった。

 

 やはり、可愛いは正義なのだろうか?

 

 レグルス、お前も可愛くなれ。

 

「貴女は、トリニティのティーパーティーであり、生徒会長だから、もしかしたらエデン条約のことで色々とストレスが溜まっているのかもしれないわ。だからこそ、少しでも気が合わないと感じたら、つい邪険にしてしまうのかもしれない」

 

 ストレスが溜まっているのは、ヒナも同じだった。

 

 エデン条約の調印式が迫る中でも、そこら中を跋扈する不良生徒たちを鎮圧しなければならない。それが、風紀委員長であるヒナの役目。

 

 万魔殿を除けば、実質ゲヘナのリーダーでもあるのだ。

 

 そういう意味では、トリニティのティーパーティーも実質的にはリーダーであり、立場としてはある程度似通っている部分がある。

 

「でも、私はレグルスと出会ってから、あまりストレスを溜めることはなくなった。それが、こうして度々話すことによるものかは断言できないけれど……少なくとも、私にとっては良い方向に傾いた。それだけは分かる」

 

「……」

 

 ──それは僕も同じだ。

 

レグルスはそう言おうとしたが、疑似心臓のことが頭をよぎり、この時は上手く口にすることができなかった。

 

 きっと、それで自身にとっても良い方向に傾いたと自分で認めたくなかったのだろう。

 

「出会いは最悪だったかもしれないけど、もしかしたら貴女も良い方向に傾くかもしれない。それだけは言っておきたかったの。それに、こうして会えたのも何かの縁かもしれないし……エデン条約のことでも、他のことでもいい。もし、何か困ったことがあったら──」

 

 ヒナは、自分の視線をじっと受け止めるミカに向かって、穏やかに告げた。

 

「──その時は、相談に乗るわ」

 

 ──ヒナは、ミカがレグルスを毛嫌いしていることを知りながらも、嫌味ひとつこぼさなかった。きっと、ミカも良い方向に傾くだろう……そう信じて。

 

「……えっ、なにこの子、良い子過ぎない?」

 

 その瞬間、ミカは目の前の、名前も知らない初めて出会った少女に感動していた。

 

「お人形さんみたいに可愛いし、相談にも乗ってくれるって言うし、良いこと尽くしじゃん!」

 

「だ、だからお人形みたいは言い過ぎ──」

 

「ねえねえ。そういえば私、貴女の名前を聞いていないな。貴女とはまたお話したいからさ、名前教えてくれない?あと、連絡先も交換しようよ!」

 

「そういえば名前、言ってなかったかしら。ごめんなさい、偉そうな事を口走ったのに名乗りすらしないなんて……」

 

「良いよ良いよ!私は全然気にしてないから!むしろこっちが謝りたいよ!さっきから見苦しいものを見せてしまってごめんね?」

 

「……ありがとう。そう言ってくれて……私は──」

 

 ヒナは名乗る機会がこれまでなかったことを思い出し、いつものように、落ち着いた声で自身の名前を言おうとしていた。

 

 その間、ミカは連絡先を交換しようとウキウキしながらポケットからスマホを取り出し……それを見たレグルスは、どういうわけか悪どい笑みを浮かべていた。

 

「──ゲヘナ学園の三年生、空崎ヒナ。部活は風紀委員に所属していて、風紀委員長を務めているわ。よろしく」

 

「え゛?」

 

 ミカがゲヘナ学園という単語を聞いた瞬間、全身がピシリと固まる。

 

 そして、ここでようやく、自分があることをすっかり失念していたことに気付いた。

 

 ──よく見たら角があって、悪魔のような羽もあるじゃんっ!

 

 顔はお人形さんのように可愛く、愛玩で、可憐で、清楚で、麗しいヒナ。

 

 そのあまりの可愛さに目を奪われすぎたせいで、

『角や悪魔のような羽=ゲヘナ』という、キヴォトスで一般的とも言える方程式が、頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。

 

「……へ、へえ~、ヒ……貴女ってゲヘナだったんだあ。それだと話は変わ──」

 

「──おいおい、君は今さらそんなことを言うつもりなのかな?」

 

「っ……!?」

 

 ゲヘナだと知るや否や、態度を変えようとしたミカ。

 

 しかし、先ほどまで黙っていたレグルスが、ここで口を開いた。

 

「まさかとは思うけど、トリニティのティーパーティーの生徒会長である君が、ヒナのことをお人形さんみたいで可愛いだとか、愛玩で可憐で清楚で麗姿で当然だとか、相談に乗ると言ってくれて嬉しいだとか散々好き勝手言ったというのに、今さら全て無かったことにするなんてこと、しないよねえ???」

 

「っ!……っ!!」

 

 レグルスが敢えてヒナの名前を呼ばず、どの学園に所属しているかも言わなかったのは、ミカが思った以上にヒナに興味を示したからだった。

 

 ゲヘナだと聞けば手のひらを返すだろうと予想したからこそ、最後の最後、逃げられないこの瞬間にだけ告げようと決めていたのだ。

 

「どうしたのかな?そんなに口をパクパクとさせてさ。ほら、ヒナを待たせてるんだから早く対応してあげなよ。今の君は餌を求めている魚じゃないんだからさ、そんなことしている場合じゃないと思うんだよねえ!」

 

「っ!……っ!!…………っ!!!」

 

 ミカが何も言い返さないのをいいことに、レグルスはここぞとばかりに挑発を続ける。

 

 ヒナは二人のやり取りをすべて理解できず、ただ困惑するばかり。

 

 一方で、ミカは言葉を失い、全身を小刻みに震わせていた。

 

「──ちゃんは……」

 

「……え?」

 

 ──そして、ついにミカはヒナの方を見据え、感情を爆発させるように言った。

 

「──ヒナちゃんは!お人形さんみたいで可愛いし!愛玩で可憐で清楚で麗姿で、とっても良い子ッ!」

 

「!?!?!?」

 

 まるで狂気に突き動かされたかのように、ヒナの容姿と性格を褒めちぎるミカ。ヒナはそのあまりに突然の賞賛に、思わず固まってしまった。

 

 そして次に、先ほどまで煽ってきたレグルスの顔を見て──

 

「バカ!アホ!違法聖職者あああぁぁぁッ!!」

 

 ──言葉は罵倒だけを残し、ミカはその場から全速力で駆け去った。

 

「あのさあ!僕のことを罵倒しておきながらヒナをここに放置して君が逃げるだなんてどんな神経をしてるのかなあ!?早くここに戻ってこい聖園ミカあッ!!」

 

 ──しかし悲しいことに、レグルスの声が情緒不安定となったミカに届くはずもなく。ただ遠くへ消えていく、全速力で逃げるミカの背中を見つめることしかできなかった。

 

「本当に信じられない、ヒナをここに置いて自分は逃げるだなんて。これってヒナに対する権利の重篤な侵害だと思わない?」

 

「……まあ、名前と顔は完璧に覚えたから、また会う機会があればその時に改めて連絡先を交換しようかしら」

 

 ヒナは、今回だけではなく、会う機会さえあれば連絡先を交換するくらいはできるだろうと思ってそう言った。

 

「……君がそう思うのならそれで良いか。このことについては、僕から何も言うことはないね。後は、当人同士に任せることにするよ」

 

「……そうね。うん、そうするわ」

 

 そう言って、レグルスは疲れたように溜息をついた。不良生徒の騒動で疲れたのか、ミカとのやり取りで疲れたのか……今回の場合は圧倒的に後者だろう。

 

「──日も沈んできたし、ここからの帰路は僕とヒナで別方向だ。だから、今日のところはここでお別れとしよう。今日、またこうして君と話せて良かったよ……邪魔が入りすぎたかもしれないけどね」

 

 不良生徒の騒動に巻き込まれ、さらにミカという嵐にも翻弄された今日一日。レグルスは、数ある厄日の中でもトップクラスだと考えていた。

 

「……確かに色々あったかとしれないけど……悪い日じゃ、無かったと思うわ」

 

 そう思うのは、ミカとレグルスにこれでもかと褒められたからではないか?

 

 今すぐツッコミを入れたかったが、この場にそう疑問を持つ人物はいなかったため、それは叶わない。

 

「君がそう思ってくれたなら良かった……それじゃあね、ヒナ」

 

「──うん、また」

 

 こうして二人は別れた。次に会うのはいつだろうか……互いにそんなことを考えながら。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「……そういえば」

 

 レグルスと別れてから数分後、ゲヘナ学園に向かって戻るヒナはふと思う。

 

 今まで特に気にしていなかったが、レグルスと連絡先を交換すれば、いつでも話すことができるのではないか、と。

 

「でも、確証がないか」

 

 そもそもヒナは、レグルスがスマホを使っているところを見たことがない。

 

 もしかしたら、スマホ自体使っていない可能性もある。それはキヴォトスでは非常に珍しいことではあるが、全く無いとは言い切れない。

 

「……考えても、仕方がないわ」

 

 とはいえ、既に別れてしまった以上、今は聞くこともできない。外も暗くなり始めているし、今から戻るのは迷惑だろう。

 

 ──次に会った時にさりげなく聞くしかないと、ヒナは心に決めた。

 

「──うん?」

 

 そんなことを考えていた瞬間、ヒナのスマホから軽快な音が響く。

 

 軽快な音とは、自分のスマホに設定している着信音。誰かからモモトークでも届いたのだろうか。スマホを手に取り、パスワードを解除して通知を確認すると──

 

「──」

 

 ──そこにあったのは。

 

「……ふふ、いま?」

 

 スマホの通知欄に、聖園ミカが自分を友だち追加したという知らせだった。

 

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