ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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枯れることない想い

 

「──サオリ、私の可愛い生徒達の調子はいかがですか?」

 

「順調です。このままいけば、特に問題なく任務を遂行出来るかと」

 

「さすがですね。これもひとえにアリウススクワッドのリーダーである……サオリ。あなたの指導があってこそでしょう。今後も、貴女には期待していますよ」

 

「ありがとうございます。必ず、マダムの期待に応えてみせます」

 

 ──場所は、アリウス自治区に存在するアリウス分校。

 

 ゲマトリア所属にしてアリウス分校生徒会長、その実質的な支配者でもあるベアトリーチェは、アリウススクワッドを率いる錠前サオリを呼び出し、自らが丹念に『教育』してきた生徒たちの様子を尋ねていた。

 

「エデン条約の締結日が近づいていますが……ふふっ、ここまではすべて私の計画どおりに進んでいます。アリウスの憎悪と復讐が実るのも、もうすぐですよ、サオリ」

 

「……はい」

 

 ──かつて、トリニティ領内に自治区を持っていた数多の分派の一つ、アリウス。

 

 トリニティ総合学園の苛烈な弾圧を受け、自治区から追放されて表舞台から姿を消すことになった彼女たち。その混乱に乗じるように現れた大人こそがベアトリーチェだった。

 

 生徒会長として、指導者としてアリウスを掌握した彼女は、その可愛い生徒たちに、自らが定めた教義を刷り込んだ。

 

 ──お前たちを追いやったのはトリニティであり、ゲヘナでもある、と。

 

 その憎悪を糧にさせ、計画を確実に成就させるため、彼女は水面下で着実に行動を進めていた。

 

「──サオリ。アズサは計画どおり動いていますか? たびたびコンタクトを取っているあなたから、直接報告を聞きたいのですが」

 

 ベアトリーチェがサオリを呼び出す理由は、単に生徒たちの様子を知るためだけではない。

 

 己の計画に齟齬が生じていないか、その確認を怠らぬためでもある。

 

 それこそが、生徒会長である自分の役目だという確信が、彼女の言葉や所作の端々に宿っていた。

 

「……はい。アズサは──」

 

 サオリは、アリウスが外部に送り込んだスパイ……アズサの近況を、隠すことなく報告していく。

 

 ……このように、サオリは折に触れてベアトリーチェから呼び出され、抜かりのない報告を行う立場に置かれていた。

 

 アリウススクワッドのリーダーである以上、それも当然の責務なのだろう。

 

 その責任を自覚し、果たそうと努める姿勢を見せるサオリに対し、ベアトリーチェは一定の信頼を寄せていた。

 

「──以上です。今のところ、特に問題はないかと」

 

「……補習授業部、ですか。まあ、それはどうでもいいですね。今後の計画に支障が出ないのなら、何の問題もありませんから」

 

 いつの間にかアズサがトリニティの部活に所属していたらしいと報告を受けても、ベアトリーチェは興味すら示さず、一刀両断に切り捨てる。

 

 手にした扇子をゆるりと広げ、口元へ添えると、いつものようにニタリと不気味な笑みを浮かべた。

 

「──アズサは既に預言の大天使……百合園セイアの暗殺に成功しています。実に優秀なスパイとして機能していますね……この調子なら、桐藤ナギサの暗殺も容易くこなしてくれるでしょう」

 

「……」

 

 数ヶ月前、アズサがセイアの暗殺に成功したとサオリが伝えに来たとき、ベアトリーチェはそれはもう、見れば背筋が寒くなるほどの笑みを浮かべて喜んだ。

 

 邪魔者がまた一人消えたと、計画が順調に進んでいると、高らかに笑い声をあげたほどだ。

 

「桐藤ナギサの暗殺については、わざわざアリウススクワッドが出る必要はありません。アズサと数名の生徒たち……そして聖園ミカも戦力として運用し、任を果たしてもらいましょう」

 

「……よろしいのですか?」

 

「ええ。あなたたちには、別に果たしてもらうべき役割がありますから」

 

 アリウススクワッドを動かすのは、エデン条約の締結日、その時だと決めている。

 

 戦力を惜しむつもりはない。だが、決戦の場へ向けての準備は万全でなければならない。

 

 何故なら、ベアトリーチェにとって重要なのはそちらであり、暗殺されたセイアも、これから排除される予定のナギサも、所詮は計画の障害にすぎないからだ。

 

 己の野望を成就させるためならば──ミカのゲヘナへの深い憎悪すら利用する。都合の良い駒として扱い、憎しみに縛られた少女を、目的のために徹底的に使い潰すつもりでいた。

 

 ──おそらくミカ自身は、ナギサを殺そうなどとは思っていないだろう。

 

 せいぜい懲らしめるつもりで、手荒な“おしおき”をする程度のつもりだ。それを理由にナギサを確保し、檻へ放り込む……ただそれだけを考えている。

 

 ……だが、そんなことはベアトリーチェにとって取るに足らない些事。どうでもいいことだ。

 

 自身の存在をより高位のものへと昇華するためならば、使えるものは何でも利用する。目的のためなら、躊躇もためらいも一切ない。

 

 それこそが、ベアトリーチェという存在を象徴する生き様そのものだった。

 

「──サオリ。あなたはエデン条約の締結日に向け、私の指示どおりに準備を整えていれば良いのです。そうすれば、可愛い生徒たち……そしてアリウスの悲願は、必ずや成就します」

 

「……分かりました」

 

 ゲマトリアの構成員の中で唯一、キヴォトスに領地を持ち、独自の配下を育て上げた大人、ベアトリーチェ。

 

 虚無思想と憎悪、そして徹底した戦闘技術を柱に据えた教育体制を築き、表向きには可愛い生徒たちと呼びながら、内心では道具であり消耗品であり、使い潰すための資源でしかないと考えている、今後先生のアンタゴニスト(敵対者)になる存在。

 

 ──そんなベアトリーチェは、今日も変わらず、可愛い生徒へ向けて嗤っていた。

 

「もう下がっていいですよ、サオリ。聞くべきことはすべて聞けましたから……あなたには、期待していますよ」

 

「ありがとうございます……では、私はこれで失礼します」

 

 激励とも支配とも取れる言葉を受け、サオリは深く頭を下げた。

 

 エデン条約の締結へ向けた準備を進めるため、ベアトリーチェに背を向け、静かに歩き出そうとする。

 

「──サオリ、忘れていませんよね?」

 

「……?」

 

 不意に背中へ掛けられた声。その一言に、サオリはぴたりと足を止めた。

 

 振り返ると、そこにあるのは、先ほどまでの甘く歪んだ笑みではなく……まるで忠誠を試す審問官のような、冷たく研ぎ澄まされた視線。

 

 ──ベアトリーチェはゆっくりと、言葉を紡いだ。

 

「vanitas vanitatum et omnia vanitas」

 

「──」

 

 その意味を理解した瞬間、サオリの顔は悟り切ったような静かな表情へと変わった。

 

 帽子のつばへそっと指先を添え、深く深くかぶり直す。まるで、己の内側に沈む虚無と同調するように。

 

「……全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ」

 

「──ええ、今度こそ下がっていいですよ」

 

 その呟きは祈りではなく、誓いでもなく、アリウスで生きる者へ課された呪いの合言葉。

 

 サオリはその言葉を胸の奥へ沈めると、静かに踵を返し、静かにその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「待たせたな」

 

「……そこまで待ってないよ。思ったより早かったね」

 

「えへへ、サオリ姉さんが無事に出てこれて一安心ですぅ……今日のマダム、機嫌が良かったんですねえ……」

 

「……」

 

 ベアトリーチェとの会話を終えたサオリは、少し離れた場所で待機していた三人の少女のもとへ戻った。

 

 結構時間が掛かったと内心思っていたサオリは、早足で戻って来たが、ショートカットに黒いマスクを着けた少女……戒野ミサキから、『思ったより早かった』と言ったのを聞いたことで、ほっとする。どうやら、今日はいつもより早く戻ってきたらしい。

 

 ……そして、身体のどこにも傷が増えていないサオリを確認したミサキは、わずかに安堵の息を吐いた。

 

「マダムはアズサの近況を聞きたかっただけみたいだ。桐藤ナギサの暗殺に最も関わるから、気になっていたんだろう」

 

「暗殺……そうですね。アズサは百合園セイアを暗殺したから、次は桐藤ナギサを暗殺するんですねえ……きっと、百合園セイアが味わったのと同じように、ナギサが死ぬ瞬間は痛くて辛くて、苦しい思いをするんでしょうね」

 

「ああ。その苦しみこそが、この世界の理でもある……結局は、全てが虚しいのだから」

 

「もう少ししたら、トリニティとゲヘナは無くなるんですよね?だとしたら、もう密かにトリニティで雑誌を集めるなんてこともできなくなるんですよね……?」

 

「……だろうな」

 

「うわぁぁぁん!もうおしまいですぅっ!」

 

 緑髪の少女……槌永ヒヨリは、自分で口にした真実の重みを突き付けられた瞬間、でかい声で悲鳴を上げ、勝手に絶望を露わにする。

 

 今日も今日とて、この世界に絶望している様子だった。

 

「……」

 

 その様子を無言で見つめるのは、ガスマスクで顔を完全に覆われている少女、秤アツコ。

 

 サオリが世界の現実を語り、ヒヨリが悲鳴を上げて絶望するその光景を、アツコはどこか楽しげに眺めていた。いつものやり取りを聞けて、何となく面白いと思っているのかもしれない。

 

 ……アツコがガスマスクの奥で微かに浮かぶその微笑みに、サオリもミサキもヒヨリも気づくことはない。

 

「……そろそろ行こう。ここに居続けても仕方がない」

 

「そうだね。ほらヒヨリ、頭を抱えてないで行こう」

 

「虚しいですね、寂しいですね、苦しいですね、悲しいですね……どうせトリニティが無くなるなら、最後にスイーツをお腹いっぱい食べたかったです……」

 

 ここはベアトリーチェの居る場所からそれほど遠くない。長居すれば、何か言われるかもしれない……アリウススクワッドは早急に、その場から立ち去ろうとしていた。

 

 ──かと思われたが。

 

「……」

 

「……?どうした、姫?」

 

 アリウススクワッドの一人、アツコがサオリの肩を軽くポンポンと叩く。すると、スッと指を動かし、何かを伝えるようなジェスチャーを始めた。

 

 アツコの意思を理解したサオリは、軽く首を傾げる。

 

「──少し一人になりたい?姫、急にそんなことを……いや、そういう時もあるか。すまない、少し勘繰ってしまった。気にしないでくれ」

 

「ト、トイレに行きたいんですか?」

 

「ヒヨリ、そういうことをストレートに聞かないで……私は別に構わないよ。今は特に予定もないし、ふと一人になりたい……それくらい、誰でも思うことだよね」

 

「……ああ、そうだな。姫、いつも通り、何かあればすぐに私たちに知らせてくれ。先に行っておくから、また後で会おう」

 

「……」

 

 アツコは無言で頷き、ありがとうとジェスチャーすると、三人に背を向け、この場を離れていった。

 

「……姫、どうして」

 

 その背が次第に遠ざかっていくのを見つめながら、サオリは自然と疑問を口にした。

 

「──どうして最近、一人になりたがるんだ?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「……」

 

 ──静まり返った廃校舎に、足音だけが反響する。

 

 サオリ、ミサキ、ヒヨリの元を離れ、私は廃校舎の長い廊下を歩いていた。

 

 踏みしめるたび、床がわずかに沈む。その感触だけで、この校舎が長らく手入れされていないことが分かる。ゆえに、アリウスの生徒たちは、この廃校舎に決して近づこうとしない。それこそ、サオリやミサキ、隙あらば雑誌集めに奔走するヒヨリでさえ、この場所には足を踏み入れないのだ。

 

 だからこそ、私はこの場所を気に入っていた。一人になるには最適の場所だから。

 

 ──というのが、建前だ。

 

 決して、好き好んで一人になりたいわけではない。小さい頃から三人と仲良くしてきた自分にとって、孤独は本意ではない。それほど彼女たちは大切で、かけがえのない存在だった。

 

 なら、何故今こうして一人にならなければならないのか……それには、別の理由があった。

 

「……」

 

 廊下を歩き続け、私はある教室の前でそっと足を止める。

 

 ……そして、長年放置され、ボロボロになった引き戸の取っ手に指を掛け、慎重に力を加え開いた。

 

「……」

 

 一人きりの安心感に包まれ、言葉は一切発さず教室に足を踏み入れる。すぐに引き戸を閉め、廊下と教室を隔てた。

 

 ──誰にも見られていない。

 

 内心でそう安心し、ガスマスクの奥で小さく息をつく。

 

 サオリたちに怪しまれ、後をつけられたらどうしよう……いつもそう思うが、これまで気を遣ってくれているのからか、この場所に来たことが知られたことは一度もない。

 

 とはいえ、もし見つかったら見つかったで気恥ずかしく、いつもこの教室に入るとつい安心してしまうのだった。

 

「……」

 

 一息ついた後、ゆっくりと歩き出し、教室の奥へと足を向けた。

 

 向かった先は……窓際の端に置かれた、一つの机。

 

「…………」

 

 机の上には、あるものが静かに佇んでいる。

 

 私はそっと手を伸ばし、割れ物に触れるように慎重に持ち上げ、それを見つめた。

 

 ──それは、一つの瓶に入った白い薔薇だった。

 

 二年前、彼からもらった大切な宝物。

 

 その日、私たちは互いに花を交換し、また会おうと約束した。いま思えば、不思議な縁だ。きっかけは、彼が私に話しかけてくれたこと、そして私がちょうど花に興味を持ち始めたことだったのだろう。

 

 まだ幼かった私にとって、それは何にも代えがたい、かけがえのない贈り物だった。

 

 彼は、確かに私にこの宝物を託してくれた……その想いが、今も瓶の中で静かに輝いているように思えた。

 

 持ち帰ったその日に、サオリにはこの白い薔薇について尋ねられた。その時は嬉しいという気持ちに支配されていたせいか、自慢するように見せびらかしていた気もする。

 

 ……しかしそれ以来、私はサオリの前で花の話をすることは一度もなかった。

 

 ミサキやヒヨリに関しては、このことは知らない。おそらくサオリは、特にこの話題について口にしていないのだろう。

 

 ──それで構わなかった。

 

 この宝物だけは、私だけのもの。

 

 今後は誰にも見せず、独りで喜びを噛み締めていたい。

 

 枯れることのないこの想いを、ずっと、ずっと感じていたい。

 

 ……二年前を最後に、彼とは会うことがなくなった。

 

 運命も神も残酷で、私に再び会う機会を与えてはくれなかった。

 

 その間、虚しさや苦しみといった負の感情が蔓延するアリウスで、私は漠然と日々を過ごしていた。

 

「……」

 

 白い薔薇を見つめながら、ふと心の奥で考える。

 

 ──花は、いずれ枯れてしまう。

 

 どれほど鮮やかに咲き誇ろうと、最後に残るのは胸に落ちる儚く、虚しい感情だけなのかもしれない。

 

 なぜなら、花には寿命があるのだから。

 

 人間よりもずっと短い、生の期限が。

 

 手をかけなければ、すぐに弱り、色は褪せ、形は崩れ、そしてその小さな命はあっけなく静かに散ってしまう。

 

 ヒヨリが拾ってきてくれたボロボロの植物図鑑を読んで、私は知ってしまった……花は、そういう存在であると。

 

「……」

 

『vanitas vanitatum et omnia vanitas』

 

 どれだけ手をかけても、最終的に散ってしまう儚く小さな命。

 

 そう考えれば結局、全ては虚しいのかもしれない。

 

 どこまで行っても、全てはただ虚しい……それが、この世界の真実なのかもしれない。

 

 ──でも、もしそれが世界の真実で、全てが虚しいのであれば。 

 

 何で、私がちゃんと手入れ出来ていないのにも関わらず、二年前に貰った花でとっくに枯れてもおかしくないというのに。

 

 どうして、どうして──

 

「────」

 

 ──どうして、この宝物は、ずっと私の手の中で輝き続けているんだろう?

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「そういえば、数ある花の中でこのスミレだけずっと残っていますよね。他の花はたびたび入れ替えているというのに。花にも寿命があるので入れ替えるのは当然とは言えますが……一体どういう育て方をすれば、このスミレだけ咲き続けるような現象が起きるのでしょうか。私、非常に気になります」

 

「僕という存在から注がれる愛情、興味、そして気配りによって、そのスミレは美しさを維持し続けている。ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」

 

「なるほど、レグルスの神秘がそうさせてるかもしれないと。いやはや、不思議で仕方がないですね。その神秘をこの手で扱えないのが非常に残念です」

 

「人の話聞けよッ!」

 

 ミカに違法聖職者と叫ばれて逃げられ、ヒナと少し会話を交わしたあと、良い気分になりながら自身の部屋に戻ってきたレグルス。

 

 しかし、部屋の前には黒服が寂しげに佇んでおり、レグルスを見つけた瞬間──

 

『お待ちしておりました。一緒にお茶しましょう。私とレグルスの仲でしょう?』

 

 と、ふざけた口調で言い放った。

 

 ヒナと話した余韻、喜びがまだ残っていたからか、レグルスはそれをうっかり承諾してしまい……今になって後悔していた。

 

「──勘違いしないでほしいんだけどね。今日は僕の機嫌が奇跡的に良かったから、特別に君を招いてやっているだけなんだ。普段の僕なら、君をこの部屋に入れるなんて断固として御免だよ。マエストロ、ゴルコンダとデカルコマニーならともかくね」

 

「しかし、レグルスは部屋を借りている自覚があるからか、なんだかんだこうして招いてくださる……その人間性には好感を持てますね。契約を重視する私にとって、その人間性は貴重ですからね」

 

「人の話聞いてた?僕は機嫌が奇跡的に良かったから君を招いたに過ぎないと言ったよね?」

 

「世間ではそれをツンデレと言うんですよ」

 

「今すぐ君をここから突き落とそう。なに、窓は犠牲になってしまうけど致し方なしだ。どちらにせよ、修繕費は僕が払うんだからね」

 

「クックック……冗談ですよ」

 

 さすがに突き落とされたら無事では済まない。黒服は降参するかのように両手を上げた。

 

「……」

 

「……あのさあ、僕の顔を気持ち悪い笑みを浮かべながらじっと見つめるのは止めてほしいんだけど?あまりに長く凝視されると、寛大な僕でも多少は不愉快な気持ちになるんだよね。理由も告げずに見続けられたら、誰だって何のつもりだと疑問を抱くのは当然だ。これって僕という完璧な存在に与えられた肖像権の侵害だと思うんだよね」

 

「──いえ、いつ伝えようかを考えていただけですので」

 

「はあ?」

 

「……クックック、何でもありませんよ。少々長居し過ぎましたね。すっかり太陽は沈んでしまったことですし、私はこれでお暇させていただきます。一緒にお茶出来て楽しかったですよ、レグルス」

 

「……そうかい。これからは部屋の入り口で待ち続けるのは止めなよ。気持ち悪くて仕方がないからね」

 

「善処します」

 

「止めろと言ってるのが聞こえなかったのかな?」

 

 黒服は満足げな表情で両手を下ろすと、出口へと歩き出した。

 

 それを見てレグルスは深いため息を吐き、心の中で『できれば二度と来るな』と強く願う。

 

 ──どうせ断り切れずに招き入れてしまうのに。

 

「……では、レグルス」

 

 黒服はドアノブに手を掛け、部屋を出ようとした……が、顔だけわずかに後ろへ向け、不機嫌なレグルスを見ながら──

 

「──良い夢を」

 

 その一言だけを残し、今度こそ部屋から立ち去った。

 

「……」

 

 何てことのない台詞。

 

 太陽が沈み、静寂が支配する夜だからこそ出た、ただの別れの言葉。

 

 普通ならそれだけで済むのだが……。

 

「──分かってて言ってるのか、そうじゃないのか。はっきりしなよ黒服。これだからあの狂人は……」

 

 レグルスにとって、その言葉は複雑な気持ちになる要因でしかなかった。

 

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