ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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契約に近しいナニか

 

「あのさあッ!『本当に、おもしれー男だね。君は』とか言う前にまずは謝罪するべきだと思うんだよ僕は!人間の三大欲求の一つである睡眠欲を、まるで的確に狙い撃つかのように妨害し、そのうえ『ただ私と何か話をした気がする程度の曖昧な記憶として残るだけ』なんて、あまりにも都合の良すぎる一方的な嘘まで持ち出した。そして何事もなかったかのような顔で、また僕を夢の世界へと引きずり込んだ。当然のように、僕という存在に一切の許可も取らずにね。もう君も知っていると思うけど、僕はこれまで、君たち生徒に銃だの戦車だのを向けられ、撃ち込まれ、何度も何度も僕というか弱く繊細な存在の権利を侵害されてきた。だけどね、彼女たちはまだマシだった。ほんの少しだけ僕が分からせてあげたら、それ以降は襲ってこなくなったし、二度と同じ権利の侵害を繰り返すような愚かな真似もしなくなったんだ。それに比べて君はどうだ!『地獄の上映会』なんて勝手な名前を付けて、まるで観客気取りで僕を眺め続けた挙げ句、さっきも言ったけど、対話内容を君しか覚えていないという嘘まで重ねて、僕を惑わせ、動揺させ、困惑させる。これはもう偶然でも不注意でも何でもない。明確な意思を持った侵害行為だ。はっきり言おう、ここまで執拗に、ここまで悪質に、僕の権利の重篤な侵害をしてきた存在は君が初めてだ!ここまでやっておいて、君は一体どうやってこの罪を挽回するつもりなのかなあッ!」

 

「おお……実際にこうして聞いていると、ずいぶんと冗長ではあるが、一つ一つそのどれもが正論だ。逆にそこまで言語化できるのは、正直少し感心するよ」

 

「人の話聞いてた?僕は別に君の感心を求めているわけじゃないんだよね」

 

 ──レグルスは、セイアの策略によって再び夢の世界へと踏み込むことになってしまった。

 

 彼女の神秘によって織り上げられたその光景は、一度目と何ひとつ変わらない。花弁が静かに宙を舞い、視界の彼方まで花畑が広がる、あまりにも幻想的な世界だ。

 

 そんな穏やかな夢の世界に、二人の人物が向かい合って腰を下ろしている。

 

 それは、今回の件の犯人である狐耳の少女と、権利の侵害を突きつける大人の男性だ。

 

 ……平和なはずの夢の世界だが、どこか混沌として見えるのは、気のせいだろうか。

 

「──あ、いや、すまない。少々、柄にもなく興奮してしまったみたいだ。こんなことは初めてで……」

 

 実際、セイアは少し興奮していたのだろう。

 

 気まずそうに視線を逸らし、いつもは自信たっぷりに立っている狐耳も、心なしか垂れているように見えた。

 

「興奮……ああ、なるほど。『おもしれー男だね』なんて言葉が出てくるあたり、君はそれだけ感情が昂っていたというわけか。その感情そのものを否定するつもりはないよ。感情を抱くこと自体は、人間として自然の摂理でもあるからね。最も、僕の権利を侵害している君が、どれだけ興奮しようが僕にとっては何の価値もないと思うけど」

 

「さっきの台詞は忘れてくれると嬉しい。あと、その言い方は語弊しか招かないと思うんだが」

 

「僕はさっきから事実しか口にしていない。語弊も何も、僕が事実と思えばそれはれっきとした事実だということに変わりはないからね」

 

「……今ので、ティーパーティーとしての威厳が少し損なわれた気がするよ」

 

 既に損なわれてしまっているのでは?

 

 レグルスは訝しんだ。

 

 ナギサからは、噂話一つでエデン条約の障害になりかねないと判断され、レグルスの私生活の時間を侵害された挙句、トリニティへ連行された。

 

 ミカからは、ゲヘナの人間だと決めつけられ、罵詈雑言を浴びせられ、ヒナとの穏やかな時間に乱入され、再び罵詈雑言を受けてそのまま逃走された。

 

 そして今、向かいに座るからかいフォックスこと、百合園セイア。彼女は明晰夢を通じて、レグルスの醜態を何度も観測している。数にして66回もだ。

 

 それだけで、どれほどの権利侵害を重ねてきたかは想像に難くない。

 

 制御できないとは言っていたが、そもそもとして、覗こうとしなければ『地獄の上映会』を見ることもなかったはずだ。

 

 結論として、百合園セイアは、現状で最もレグルスの権利を侵害している生徒である事に変わりはないということになる。

 

 ──癖が強すぎる生徒しか居ない。

 

 そう思うほか無かった。

 

「──しかし、本当に不思議で仕方がない。なぜ私の夢の世界に滞在し去った後も、その記憶を全て保持する事を可能にしているのか。私の神秘で織り成す夢は、人が毎日見ているであろう夢……あたかも現実の経験であるかのように感じる観念や心像ではなく、『輪郭』だけが残り、『意味』は失われるはずの情報の集合体のようなものだ。私は、私の神秘が織り成す夢の世界をそう解釈した。しかしそれを君は、因果ごと、構造ごと、現実の体験として保持することが出来ている……これは、私の想定から完全に逸脱していることなんだ」

 

 夢の中で交わされた会話も、体験も、去った瞬間に意味を欠き、曖昧な輪郭だけが記憶の隅に残る──それが本来の認識だった。

 

 しかし、いま目の前に座る不機嫌そうな男は、その理論を根こそぎ破壊していたのだ。

 

「当たり前だよ。僕は誰にも縛られることなく、穏やかに暮らす事が出来ればそれで良い……そんな人間性だからこそ、そんな余計な干渉を受ける心配が無いというわけだ」

 

 ──もっとも、夢の記憶を保持できている理由と、レグルスの人間性はまったく関係ない。

 

 真の理由は、獅子の心臓によって肉体が停止しているレグルスが、外部からの干渉を無効化している点にある。加えて、小さな王による疑似心臓の寄生によって、本来五秒という制限付きの能力が、事実上無制限になっている事が挙げられる。

 

 さらに言えば、常に強欲ムーブを続けているレグルスは、強欲の権能を恒常的に発動させ、あらゆる事象を拒絶している。

一秒たりとも素を晒さないがゆえに、『輪郭』や『意味』に干渉されることもない。

 

 だから、結果としてすべてを記憶できているというわけになる。

 

 ……人間性は関係ないと言ったが、強欲ムーブが関係している時点で、人間性も関係しているのでは?

 

 その事実にツッコミを入れる者は、今この場に誰一人として存在しなかった。

 

「……私が招いておいて何だが、君は……君は、本当に何者なんだい?」

 

「何者かどうかは君の方が一番一方的に知っているだろうに、そうしてわざわざ聞くだなんてどんな神経しているわけ?……『ゲマトリア所属の強欲の権化、レグルス・コルニアス』。それ以上でもそれ以下でもない。君もいい加減理解してくれよ……何なら、むしろ僕が君に聞いてやりたいぐらいだ。夢の世界を作り出すことが出来る、こうして人を招くことが出来る、挙げ句の果てには僕の過去どころか数多の未来を覗く事が出来る。客観的に見れば、君の方がよっぽど不可解でしかないと思うんだよね」

 

「…………」

 

 ──本当に、どうしてだろうか。

 

 レグルスが、セイアに対して「不可解でしかない」という所感を述べているその間、張本人であるセイアは、そんな彼の呆れた表情を横目に、思考の海へと沈んでいた。

 

 ──正直なところ、セイア自身にも分からない。

 

 セイアの神秘は、制御不能なほどに暴走を繰り返し、過去、現在、未来の区別なく映し出す、扱いづらさ極まりない代物である。そこにセイア本人の意思が介入する余地は、基本的に存在しない。そのはずだった。

 

 しかし、レグルスを夢の世界へ招こうと意識した瞬間、神秘はそれに応えるかのように夢を織り上げた。先生を招こうとしても、うまくいかないというのに。

 

 ……この違いは、一体何なのか。

 

 数多の悲劇を映し出す明晰夢から現実逃避をしようとしても、神秘が応じてくれるのは数十回に一度程度。いつまで経ってもセイアに対して利敵行為しかしないというのに。

 

 ──先生とレグルスの違いは何だ。

 

 同じ大人で、同じ男性である以上、決定的な差は他にあるはずだ。やはり、レグルスの持つ規格外の神秘が関係しているのか。地獄の上映会を見せられたことと、何か因果があるのか。

 

 ……あるいは、この場に介入している“誰か”が、意図的に──

 

「──おいおい、こうして僕が呼び掛けているというのに、それを無視し続けているだなんて、一体どんな教育を受けてきたわけ?普通は相手が言葉を投げかけてきたら最低限の反応を返すものなんだ。肯定でも否定でもいい、聞いているという意思表示だけでも十分なんだ。それすら放棄して無視を貫くというのは、単なる無作法を通り越して僕という存在を意図的に無視していると受け取られても仕方がない行為だと思うんだよね」

 

 その思考を、強引に引き上げる声が響く。それは、訝しむような視線を向けるレグルスの声だった。

 

「──あ、ああ。少し考え事をしていたよ。失礼を働いてしまってすまない……それで、私に何か用かな?」

 

「どちらかと言えば、用があるのは僕の意思を無視してこの場所に招いた君の方だと思うんだけど」

 

 それはそうだ。

 

 今のセイアは冷静さを欠いている。だからこそ、質問に対して少しおかしな返しをしてしまった。

 

「まあ、それについてはもう良いよ。大目に見てやれなくもない。何せ、僕は寛大で慈悲深いからね。これくらいのことでいちいち怒るほど、器の小さい人間じゃないからさ」

 

 ため息とともに、やれやれと両手を上げる。

 

 レグルスにとってセイアは、権利を侵害し続けてきた生徒であるという認識に変わりはない。

 

 だが同時に、『話が通じる』という一点においては、相対的にマシな部類でもあった。

 

 ──それだけ、日々の被害が深刻だったとも言える。

 

「……その気遣いには感謝するよ。それで、私に呼び掛けていた理由は何かな?」

 

「そうそう、そうやって素直に感謝する。その姿勢は続けるといい。無駄に話をこじらせずに済むからさ」

 

 二人がこうして向かい合い、会話を交わしているのも、何かの因果なのかもしれない。

 

 ──だが、それを理解できる者は、今はいない。

 

「──君は、僕をここに招いて、何がしたいのかを聞きたいんだよね」

 

「……え」

 

 そんな中、レグルスはセイアに問う。お前は一体何がしたいのかと。

 

「君が言うには、現実の僕が目覚めれば、この夢で会話したことは忘れてしまい、何か話をした気がする程度の曖昧な記憶として残るだけと言っていた。けれども、実際は君が嘘をついたのか、僕はあの時の全てをはっきりと記憶していた」

 

 セイアにとっては想定外、レグルスにとっては嘘をつかれたと思っているこの状況。互いが思っていたのと違う事が起きているため、そういう意味では両者とも混乱状態とも言える。

 

 とはいえ、実際に混乱した様子を見せるわけではないが。

 

「もちろん、それについても詳しく問い質したいところではあるけどね。僕が気になったのは、会話した事を忘れると仮定した場合、次にこうして招く意味が無くなるだろうということなんだ」

 

 本当に全てを忘れてしまうのであれば、自身の自己紹介から全てをやり直し、繰り返さなければならない。しかも、何か会話した気がするという曖昧な記憶しか残らないのであれば、抱いているモヤモヤは増幅し、結果として何も良い事があるようには見えない。

 

「招いたとしても、全てまた一から始まってしまう。君は二度手間だと感じ、僕はさらに混乱するだけ。本来ならその状況に陥ってもおかしくないと思うんだよね。結果として僕は全てを記憶していたから、何も問題は無かったわけだけど……だけどさ、結果として君はまたこうして僕を招くような真似をしたのは事実だ」

 

 レグルスにとって、セイアという存在は不気味に映ってしまっている。今まで出会ってきたどの生徒と比べても、明らかに異質だと思っているため、警戒心を解く事はない。

 

「だからこそ僕には聞く権利があると思っている。どうしてこんな真似をするのかをね」

 

 理由を聞かなければ、納得できない。警戒心を解くことも、受け入れることもできない。

 

 ……しかし、それを聞いたセイアは──

 

「……ああ、えっと……その、だね……」

 

 視線を逸らし、紅茶を啜った。

 

 ──まさか、少しでも私の気持ちを味わってもらいたくて、困惑してもらいたくて、からかいにいきたくて、からかいフォックスになるためにこうして招いたのが理由だなんて。

 

 そんなこと、言えるはずがない。

 

「あのさあ、僕がこうして丁寧に質問していると言うのに、君はどこを見て紅茶を飲んでいるのかな?人と対話をする時は目を合わせる事が常識だし、紅茶を飲むにしても少し長すぎだ。質問を投げかけられている側が、黙ったまま優雅に一息つくなんて、普通はしないと思うんだよね。ほら、早く僕の質問に答えなよ」

 

 容赦のない追撃が襲う。

 

 セイアは紅茶の縁に視線を落としたまま、内心で慌てふためく。

 

 ──こんなことをしておいて、何も答えられないわけじゃないだろうね?

 

 そんな無言の圧を、はっきりと感じ取る。

 

 頭の回転には自信がある。だからこそ、今この場をやり過ごすための差し障りのない回答を必死に組み立てていると──

 

「──おや、どうして君がこんなところに……?」

 

 今のセイアにとって、話を逸らす事が出来るかもしれない一筋の光ともいえる存在が現れた。

 

「……シマエナガ?おいおい、まさか動物まで再現することが出来るだなんて、君の夢は何でもありってわけ?」

 

 その一筋の光というのは、ふわふわ純白の羽毛を持ち、雪の妖精とも呼ばれる鳥類界のマスコットキャラクター、シマエナガ。

 

 どこからともなく現れたそれは、セイアの袖の上にちょこんと乗り、その黒い瞳でセイアの顔をじっと見つめていた。

 

「──いや、これは……そう、そうだとも。私の夢は万能だからね。これぐらいお安い御用というわけだ」

 

 嘘である。

 

 セイアはきっぱりと言い切ったが、実際のところ、なぜ現れたのかは本人にも分からない。内心では困惑していたが、今は少しでも話を逸らしたかっただけである。

 

 ──判決、重罪。

 

「活発で警戒心が強いシマエナガに懐かれるだなんて珍しいと思ったけど、よく考えれば、この場所は君の夢の世界だから当たり前か。そこまでしてシマエナガに懐かれたかったわけ?」

 

「いや、夢とは関係なしに、私はどういうわけかシマエナガに懐かれやすい体質のようでね。こうしていつも仲良くさせてもらっているんだ」

 

「それならわざわざ夢で再現するんじゃなくて、さっさと起きて現実で会いにいってやればいいじゃないか」

 

 理解できない、とでも言うように肩をすくめながら、レグルスはいつの間にか満たされていたティーカップに口をつけた。

 

「──それは残念ながら叶わない。世間では、現実の私は既に死んでいる事になっているし、どちらにせよ、ここ最近ほぼ目覚めることなく夢の中を彷徨っているからね」

 

 レグルスの口の端からはしたなく紅茶が垂れ、白い机を汚していく。

 

 一瞬思考が停止し、咳き込む事こそなかったが、かつてナギサが見せたのと同じ、屈辱的な失態を自分も犯してしまう。

 

 そんなレグルスは無言でハンカチを取り出し、口元と机を拭いながら、低く問う。

 

「……………君が、死んでいる事になっているだって?訳が分からない、何をどうしたらそんな事になるのかな?説明を求むよ、百合園セイア」

 

「詳しくは言えない、私の元に来た彼女のためにも……私からはそう答えるしかないが、安心してほしい。私は生きているよ、美人なナースに介抱されながらね」

 

「あのさあ、それで僕が納得す……いや、今これ以上僕が問い質したところで仕方がないよね。どうやらデリケートな問題のようだし、空気が読める僕は相手の領域にむやみやたらに足を踏み入れるような真似はしないからね。特別に、今は聞かないでおくよ」

 

 人にはそれぞれ、触れられたくない事情がある。

 

 セイアの様子を見ていれば、それ以上掘り返すべきではないと分かる。

 

 ──何より、自分がされたら嫌だから。

 

 そんなことを内心で思いながら、レグルスは追及を止めた。

 

「……だけどさ、ここ最近、目覚める事なく夢の世界に彷徨い続けてるだなんて、それはそれで寝過ぎだと僕は思うけどね」

 

 ──ああ、だからあの時、突発的っていう不安定さを除けば、使いようによってはかなり有用だと評した時に、微妙な表情をしていたのか。レグルスはここで、ようやく腑に落ちることになる。

 

 突発的に起こりすぎるから、現実で目覚めることが出来ない。それがあまりに不便だと言うことを、セイアは伝えたかったんだろうと。

 

「だから私は……おや」

 

 セイアが言葉を続けようとした、その刹那。袖の上に乗っていたシマエナガが、ふいに身じろぎし、その場を離れ始めた。

 

 ──いつもは袖の上に乗りっぱなしだというのに、急にどうしたのだろうか。

 

 そんな疑問を浮かべるセイアを置き去りにして、小さな白い影が向かった先は──

 

「……おいおいおいおい。僕の頭の上は君の身体を休めるための場所じゃないんだけど。さっさと降りてもらえないかな?」

 

 ──まさかの、レグルスの頭の上だった。

 

「珍しいね。そうして私以外に懐くだなんて。案外、君の頭の上は居心地が良かったりするのかもしれないね」

 

「あのさあ、人の頭の上に乗るだなんて、いくら相手が小さくて愛らしい存在だからって、さすがに無断はいただけない。ここは枝でも止まり木でもないし、ましてや君専用の指定席でもないよ。だから早く降り……さっさと降りろよ!足でしがみつくのはやめてもらえるかなあ!?」

 

 頭を左右に振っても一向に降りる気配がないシマエナガ。特等席を見つけたかのように誇らしげにしているのが見てとれる。ほんの少しの間、降りろ降りろと言いながらシマエナガが降りるのを待ったが、一向に降りる気配が無いため、ため息を吐いて諦めるしかなかった。

 

「……ふむ、こう見ると意外と似合──」

 

「──ああそうだ。僕としたことが、危うく話が逸れるところだったよ。今は僕の頭の上に居座っている不届き者については二の次だ。さあ、早く答えなよ。どうして僕をここに招いたのかをさ」

 

「──って……い、る……」

 

 この流れで話を戻されるとは思っていなかったセイア。

 

 シマエナガという偶発的な存在を利用して、話題をなかったことにする──そんな目論見は、あっさりと潰えた。

 

 この問いは、答えるまで終わらない。

 

 逃げ道は、もうどこにもない。

 

「早く答えなよ、百合園セイア」

 

「…………………………」

 

「あのさあ、別にそれぐらい普通に答えれると思っ──」

 

「……………………だ」

 

「……は?」

 

 諦めて、視線を逸らしたまま、セイアは絞り出すように口を開いた。

 

「──君を、動揺させるためだ」

 

「──は?」

 

「『地獄の上映会』を見るきっかけになったのは君だ。どういうわけかこの夢の世界に招けるのも君だけだ。ここで交わした会話も、いずれは忘れてしまうだろうと踏んでいたから、一方的に君を知っている私が、私のことを知らないであろう君を前にして、少しばかり動揺させてやろうと思ったから……こうして招いた、というわけだ」

 

「──は??」

 

「……無論、一方的に君を招いた私に、最も非があることは理解しているよ。それでもなお、『地獄の上映会』を見るきっかけを作ったのが君である以上、君にも多少の責任はあるのではないかと、私はそう考えている。理不尽だと言われれば否定はしない。だがね、これは紛れもない事実だ。君が味わってきた理不尽を、私もまた体験した。だからこそ、そのお返しとして……君にも、ほんの少しだけ理不尽な思いをしてもらおうと思った。ただ、それだけの話さ」

 

「──は???」

 

「ある意味想定とは違ったが、こうして君を少しでも動揺させることが出来た……と、私は解釈しているのだが……その、その上で君をさらに動揺させてやろうと思っていて、ね」

 

「──は????」

 

 先ほどから、動揺どころか思考が停止してしまっているレグルス。

 

 ──百合園セイアは、一体何を喋っているんだ。僕を一方的に動揺させたかっただけ……は?

 

 脳内で情報処理が追い付かないため、『は?』という言葉しか思い浮かばない。それしか口にすることが出来ないレグルス。

 

「──またこうして、私に招かれて、私の話し相手になってくれないかい?」

 

 それを聞いたレグルスは。

 

「──はあ?????」

 

 それ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

 ──シマエナガが彼の頭部からふわりと離れ、静かに羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「……勢い余って、友達追加までしちゃってさ。私、本当に何してるんだろ」

 

 気晴らしに……なっているかどうかは分からないが。

 

 一人、考え事をしながら散歩をしている少女──ミカは、そう独り言をこぼした。

 

『まさかとは思うけど、トリニティのティーパーティーの生徒会長である君が、ヒナのことをお人形さんみたいで可愛いだとか、愛玩で可憐で清楚で麗姿で当然だとか、相談に乗ると言ってくれて嬉しいだとか散々好き勝手言ったというのに、今さら全て無かったことにするなんてこと、しないよねえ???』

 

「──っ、うるさいうるさい!違法聖職者は黙ってて!」

 

 ふいに脳内で響いた、忌々しい男の声。

 

 ミカは手で頭を振り払うようにして、その幻聴を追い出す。

 

 これでいい。これで悪は去った。

 

「ゲヘナだと思わなかった、あんな子が……」

 

 ──ミカは先日に、ゲヘナ学園に所属しているヒナとモモトークを交換した……してしまった。

 

「──いやいや、いくらお人形さんみたいで可愛いからって、私の目は誤魔化せないよ!ゲヘナの奴らは乱暴で横暴で、すぐ裏切るに決まっているから……!」

 

 現に、モモトークにはヒナからの連絡が一切ない。交換してからそれっきりの状態になっている。つまりこれは、私を嵌めるために何か画策している可能性が非常に高い。そんなものに騙されないよ、私は!そんな風にミカは意気込む。

 

「そう、そうに決まってる、決まってるんだから……」

 

 そう思わないと、この後の計画に支障をきたしてしまう。もう既にここまで来てしまったのだから……ミカはもう、戻れないのだから。

 

 ……セイアがああなった、その日から、ミカはもう──

 

「──って、うわっ……」

 

 考え事に没頭しすぎていたせいだろう。気付けば、あと数歩でゲヘナ学園の敷地に足を踏み入れるところまで来ていた。

 

「私ったら……いくらなんでも、ボーッとしすぎちゃった」

 

 目的地など最初からなかった。それでも、ゲヘナ学園の敷地に入るという選択肢だけは、あってはならない。

 

「さっさと、迂回しよ」

 

 早くここを離れて、トリニティ自治区へ戻ろう。そう思った、その時だった。

 

「──聖園ミカ?」

 

「え゛」

 

 横から、聞き覚えがありすぎる声。

 

「奇遇ね。巡回していたら、貴女とこんなところで会うなんて」

 

「……ヒナ、ちゃん」

 

 まさか、こんな場所で会うとは思っていなかったため、ミカの口から、間の抜けた声が漏れる。

 

「へ、へえ~、奇遇だね。私は別にそんなつもりは無かったけど……あっ、そういえば、この前のモモトークの承認ありがとね☆……それじゃ、私はこれで──」

 

 予想していなかったが、別にこの場をすぐに離れる事は可能だ。一応お礼だけ言っておき、さっさとこの場を離れてしまおう。

 

「待って。聖園ミカ」

 

「……えっ、なになに、どうしたの?」

 

 まさか引き留められると思っていなかったミカ。

 

 モモトークも問題なく交換できているはずだし、話したい事があればモモトーク内でも出来ないことはないはず……そう内心で思っていると、ヒナから予想外の事を告げられてしまうのだった。

 

「──ここで偶然出会ったし、あれ以降話す事もなかったから……私と、一緒にお茶でもどうかしら」

 

「──え゛」

 

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