ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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刻まれた運命(さだめ)

 

 またこうして招かれて私の話し相手になってくれないか……なんて言っていたけどさ。招くにしても限度ってものがあると思うんだよね。呼ぶ側には呼ばれる側の都合を考える義務があるし、これは礼儀以前に常識である話だ。相手の了承も取らず、時間も状況も無視して連れ出すのは招待とはいわない。それは単なる拉致に近い行為だとは思わないのかな?

 

「はあ……」

 

 星空に照らされたキヴォトスは寝静まり、その中をゆったりと歩きながら静かにため息をつく。

 

 こうして夜になれば、生徒たちは外での活動をやめ、それぞれの帰路をたどり、次の日へ向けて夢の世界へと身を委ねる。

 

 そして、地平線から太陽が昇れば、眠りに委ねていた身を起こし、青春を謳歌する者、戦争としか思えないような騒動を起こす者などが、それぞれの日常へと戻っていく。

 

 生徒たちが寝静まった夜は、実に歩きやすい。

 

 カツアゲされる心配もなく、テロに巻き込まれる不安もない。平穏を享受する身にとっては、これ以上ない環境だろう。

 

「百合園セイアめ……」

 

 ──もっとも、寝静まった夜が始まれば、先ほど冒頭で文句を言った通り、夢の世界へと強制的に招かれるわけだが。

 

「彼女は一体、僕の権利に対する重篤な侵害を何回繰り返すつもりなのかな?正直、数えるのも馬鹿らしくなってきたよ。どういうカラクリで夢の世界に招いているのか知りたいぐらいだ……何故か答えてくれないけどね」

 

 流れ弾に当たり、痛みに苦しむ羽目にならないように──保身として、それっぽく強欲ムーブを混ぜながら独り言を口にする。

 

 それは外を歩く際の身を守る手段のひとつであり、今ではすっかり身に染みついていた。

 

「……」

 

 夜空を見上げ、無数の星を眺めながら、最近のことを思い返す。

 

『君が言う“ゲマトリア所属の強欲の権化”という呼び名は、君自身が名付けたものなのかい?いやなに、他のゲマトリアにも似たような概念や称号が存在するのではと思ってね……権利の侵害になるから教えられないし、探ろうとしてるのがバレバレで無駄だって?……勘が良いね、君は』

 

『“地獄の上映会”で私が最も酷だと感じた場面はね、食事の後、彼方空まで君が吹き飛ばされた瞬間だ。静かに食事を嗜み、ようやく一息ついたその直後に待ち受けていたのが、理不尽そのものの爆破だったのだから。あれはひどく印象に残ったものだね……そんな過去の話より、君は未来で何か不吉な事とか観測したりしないのかって?……特にしないね。君を除いて、キヴォトスは平穏そのものだとも──嘘をついてないかって?……本当のことだよ。そもそも君は……いや、何でもない』

 

『私と君が最初に邂逅した時のことを覚えているかい?君がこの夢の世界を去るその直前に、私はこう言ったね。“覗き見フォックスをしてすまなかった”と。君の性格を考えれば、いずれその意味を問い詰めるつもりだったのだろう?だから、ここで先に答えておこうと思ってね……ほぼ文字通りに、私は明晰夢の中で、君の……入浴してるところを……観測し……いや、違うんだ。わざとじゃない、決してわざとではないんだ。まずは落ち着いて話をしようじゃないか』

 

『──また会おうか、レグルス。私はまた、ここで待っているよ……一体君は、権利の侵害を何度繰り返すのか、だって?──ふふ、今さらそんな問いに意味はあるのかい?もう互いに、引き返せる段階はとっくに過ぎている。少なくとも私は、そう解釈しているつもりだがね』

 

「……一体、何がしたいんだろうね」

 

 私に招かれて、私の話し相手になってくれないかと告げられた翌日から、眠りに落ちるたびに毎日毎日あの夢の世界に拉……招かれるようになった。元より夢を見る事が無くなったのが、あの夢の世界に招かれ、彼女と会話を交えることによって、夢を見る事を可能にしてしまったその事実に困惑した。

 

 自らの意思で目を覚まそうと思えば、起きることはできるらしい。

 

 ……だが、彼女はそれを認めなかった。

 

 夢の世界に招かれた以上、私は君と話をする権利があるはずだ──そう言い張り、席を立ってその場を去ろうとする僕を、彼女は全力で引き止めに来た。自分の足が引き摺られるのも構わず、袖越しに両手で思い切り服を引っ張ってきたのだ。

 

 あの夢の世界の仕組みを完全に理解しているわけではなかったが、いっそ世界の果てまで引き摺り回してやろうか?……そんな考えが頭をよぎった。

 

 しかし、いつまで経っても離す素振りを見せず、なおも必死に引き摺られている彼女の姿を見ているうちに、奇妙な哀れさが胸に湧き上がってしまい……結局、先に諦めたのは僕の方だった。

 

 それにより、最初から無意味でしかなかった攻防戦は、驚くほど呆気なく幕を下ろした。

 

『はぁ、ふぅ……ビクトリーセイアですまなかったね』

 

 ──今だけは、寛大すぎる僕を自画自賛をしても良いのでは?

 

 夢の世界だと言うのに、目の前で息切れを起こしている彼女を見て、内心でそう思った。

 

「それじゃあ、寝ているとはいえ起きているのとほとんど変わらないじゃないか。互いに意思を持って、言葉を交わし、対話を成立させている以上、それはもう休息でも夢でもない。少なくとも僕にとってはね。睡眠とは本来、意識や日々の責任から解放される時間のはずだ。それなのに、こうして思考を強制され、返答を求められ、会話に参加させられている。それは『眠っている』という状態の定義から、完全に逸脱していると思わないかな?つまり何が言いたいかというとさ。これは夢だから許される、なんて理屈は通用しない。現実と同等の干渉が行われている以上、扱いも同等であるべきだ──少なくとも、僕の睡眠の権利を侵害しているという事実だけは誤魔化せないよね」

 

 息を吐くのと同じ調子で、強欲ムーブのまま文句を垂れ流す。キヴォトスはすでに寝静まっており、その愚痴を耳にする者は、誰一人として存在しない。

 

「こんなことを言ったところで、どうせ今日も……は?」

 

 ──そんな中、スマホから一つの着信音が軽快に響き渡った。

 

「おいおい、こんな時間に電話をしてくる非常識な存在はどこの誰なのかな?まっ、そんな奴は一人しか居ないだろうけどさ……やっぱりそうだろうと思ったよッ!」

 

 ポケットの中で震えるスマホを取り出し、液晶画面に目を落とす。そこに表示されていたのは、『黒服』という二文字だった。

 

 今の時刻は深夜の1時30分。人によっては、すでに夢の中にいてもおかしくない時間帯だ。

 

 二年前、初めて顔を合わせたあの時からずっと思っていたが、どうやら黒服の辞書には配慮という言葉そのものが存在しないらしい。

 

 大きく息を吐き、嫌々ながら通話に応じる。無視したところで、執拗にかけ続けてくる未来しか見えないからだ。

 

『静かで良い夜ですね、レグルス。穏やかな時間を過ごせていますか?』

 

「君のせいで僕が大切にしていた穏やかな時間が一瞬で消え去ったんだけど?君は、この件についてどう責任を取るつもりなのかな?」

 

『ククッ……穏やかな時間を過ごせているようで何よりです』

 

「あのさあ!君はいい加減人の話を聞けよッ!」

 

 黒服との通話は、なぜか毎回似たようなやり取りから始まる。これがお決まりだって?冗談じゃない。

 

『聞きたいことがあります。レグルス、今あなたは部屋に居ますか?』

 

「……はあ、僕はいま久方ぶりに静まったキヴォトスを歩いて穏やかな時間を噛み締めているんだ。だから部屋には居ないよ。君のその電話一つのせいであっさりと台無しになったけどね」

 

『おや、珍しいですね……ちなみにですが、今はどの周辺を歩いていますか?』

 

「答える必要が無いと思うんだけど」

 

『とても大切なことなので』

 

「君とは無関係なことなのに、大切も何もないだろ……今はゲヘナを歩いているよ。全く、これのどこが大切な事なのか、僕には到底理解することが出来ないね」

 

 呆れるように、通話越しで黒服に対してやれやれと首を左右に振る。さっさと通話を終えても良いだろうか。

 

『丁度良いですね。私も今ゲヘナに居るんですよ。これはマエストロとゴルコンダにも伝える予定でしたが、まずはレグルスだけにでも伝えておきましょうか……レグルス。今から座標を送るので、その場所まで来てください。ちなみにですが、拒否権はありません』

 

「はあ!?君はこの僕に対して何を言って──」

 

 しかし、黒服にしては珍しく強引なやり方で、一方的に指示が下される。当然、素直に納得できるはずもなかったが──

 

「お話ししたいことがあります。まずはマダム……ベアトリーチェについて。そして──」

 

 ──それを聞いた刹那、決して無視することはできないと、直感的に理解してしまうことになる。

 

「──色彩についてです」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「改めて、良い夜ですね。レグルス」

 

「その良い夜が君によって台無しにされたんだけど?僕の穏やかだった気持ちを返してくれないかな?僕はただ静かに、誰にも邪魔されず、穏やかな時間を享受したいだけなのにさ」

 

 先ほど黒服から送られてきた座標は、ゲヘナ自治区の中でも、すでに廃墟と化した建物が立ち並ぶ一角。

 

 かつてはこの場所も、生徒たちの喧騒で溢れていたのかもしれない。だが今は深夜ということもあり、周囲に人の気配は一切なく、静まり返った空間はかえって不気味さを際立たせていた。

 

「本当に理解に苦しむんだけど。わざわざこんな場所を選ばなくたって、いつもの会議室か、最悪僕の部屋で十分じゃないか。何をどう思考したらここで話そうという結論に至るわけ?」

 

「私がこの周囲に居た事と、レグルスが思ったよりも近くに居た事が要因ですね。それに、ここなら人目がありませんので」

 

「そうだとしても、別にあのまま通話を続けても良かっただろうに、わざわざこんな場所まで足を運ばせる必要性が微塵も感じない。君は配慮ってものがなっていないんじゃないの?」

 

「通話という媒体は痕跡が残ってしまいます。たとえ暗号化されていようと、いつ、どこで、誰に拾われるかは分からないでしょう。機密を共有するなら、形に残らない方法を選ぶのが当然です……クックックッ、それが、この二人きりでの密談の理由ですよ」

 

「さっさと用件を話せよ!気持ち悪いなあッ!」

 

 黒服と二人きりになっても何も嬉しくない。どこに需要があるのだろうか。

 

 本当に時々気持ち悪くなる男だ、今さら驚くことでもないが。

 

 そんな内心をよそに、黒服の咳払い一つで場の雰囲気は否応なく切り替わる。

 

 ──真面目な密談の始まりだ。

 

「──では、手短にいきましょう。レグルス、あなたは覚えていますか?……ベアトリーチェが、どのような手段で崇高に至るのかを」

 

「……はあ、あの女の名前を聞くだけで全身から拒否反応が出てくるよ。未だに定例会議の度に突っかかってきては罵詈雑言の嵐、挙げ句の果てにはこちらに手を出してくる始末だからさ。良い大人があれだなんて、滑稽で哀れで可哀想すぎる話だ……おっと、すまなかったね。つい本音が出ちゃったよ。それで、どんな手段で崇高に至るかだっけ?以前に聞いた話を大雑把にまとめるなら、外部の力を借りて存在そのものを高位へと昇華しようとしている、そんなところだったかな?まるで最初から自分には崇高に至る資格が備わっているかのような言い草だったけど、はっきり言って、あの器じゃ無理な話だよね」

 

「ククッ、あなたがそう言うのであれば、そうかもしれませんね……覚えているようで何よりです」

 

 ベアトリーチェに対して、心の底から湧き上がる嫌悪を隠すつもりはない。どうせ向こうも同じ感情を抱いているだろうから。

 

 定例会議のたびに手を出してくるのなら、こちらだって壁だろうが何だろうが叩き付ける。それが当然というものだ。

 

 そもそも、手を出すという行為は、手を出される覚悟がある者だけに許されるのであって──

 

「──そのベアトリーチェが、崇高に至るための過程で、『色彩』をこのキヴォトスに呼び寄せてる可能性があります」

 

「……何を喋っているんだ、君は?」

 

 ──と、そんなことを考えていた矢先、黒服が言葉を発する。その内容にほんの僅かな間、思考が追いつかなかった。

 

「待ちなよ。定例会議のたびに、主に君が言っていたはずだ。色彩とやらがここに到来した場合、キヴォトスに終焉を齎すだとかふざけた内容をさ。仮にそれが真実だとすれば、その色彩って存在はどう考えても僕たちにとって明確な敵になるわけだ。僕の平穏に過ごすという権利そのものを侵害するかもしれない存在なんだよね?それなのに、そんな危険極まりないものをわざわざ自分から呼び寄せようとするなんて、一体どんな神経をしてるわけ?」

 

 既に色彩がキヴォトスに到来している可能性。これこそが、黒服が会ってどうしても伝えたかった内容。ゲマトリア構成員の全員が敵視しているはずなのに、どうしてそこでベアトリーチェが関わっているかのような発言をするのだろうか。

 

「正直に言えば、今のベアトリーチェが何を考えているのか、私にも分かりません。ただ、一つだけ確かなことがあるすれば、彼女は崇高に至る過程……その儀式の準備の中で、色彩を呼び寄せるきっかけを作ってしまった。その可能性が非常に高いということです。当の本人はその事実を知らないでしょうが」

 

 もしそれが事実なら、ベアトリーチェはとんでもない失態をやらかしたことになる。ゲマトリア最大の汚点になりかねないというわけだ。ふざけるな。

 

「そもそもとして、君はどうやって色彩が呼び寄せられていると判断したわけ?相手がどういう存在かもほぼ分かっていないんでしょ?」

 

「……ある場所で秘密裏に資料を漁っている際に、気になる古書を見つけまして。そこに色彩らしき記録がありました。曰く、『人々を狂気に陥れる光』であると」

 

 ある場所でという点は非常に気になったが、今はどうでもいい。ひとまず、その疑問は脇に置く。重要なのはただ一つ、色彩と呼ばれる存在は、光であるということ。

 

「太陽が放つ光や、照明が生む光……空間を伝播する波であり、粒子でもある、私たちが知る光とは根本から異なります。私がキヴォトスを日々観測している中、歪な存在を捉えた実体を持たないナニか、しかし光でもあるナニか……ああ、何と表現するのが正しいのでしょうね」

 

「君がそれをどう表現しようが今はどうでも良いことだよね。僕にとっての一番は、色彩とやらが僕の平穏を脅かすかどうかだからさ。分かる?それぐらいなら君も理解出来るでしょ?……で、未だにその色彩とやらはどこかに存在しているわけ?」

 

「どこかに存在していること自体はほぼ間違いないのでしょう……しかし、こちらがその存在を捉えたと認識した瞬間、反応は完全に消失しました。まるで観測されている事実そのものを察知し、意図的に存在を遮断したかのように。むしろ、こちらの存在を認知した上で、その場から離脱したと解釈する方が論理的かもしれませんが」

 

「はあ?色彩が光だって言うなら、意図的も何も認知もへったくれも無いでしょ?君たちの言葉を借りて言うなら、光っていうのは、ただ在るだけの現象。そこに意思だとか、目的だとか、選択なんてものが介在する余地は無いはずなんだよね──それじゃあまるで、光のくせに自我を持っているみたいじゃないか」

 

 ゲマトリアが把握している色彩に関する数少ない情報の中に、自我や意思を持つというのは存在しない。だが、今の話を踏まえるなら、その認識自体を改めざるを得ない可能性がある。

 

 ──なぜならゲマトリアは、それほどまでに色彩という存在を敵視しているのだから。

 

「……あらゆる可能性を考慮して、様々な対策が必要になってくるでしょう。そのためにも、まずはベアトリーチェを除いた彼らにも早急に情報を共有しなければなりません」

 

 黒服はそう言って、こちらに背を向けながら歩き出す。前に足を出す度に、廃墟と化している床を踏みしめる音がよく響き渡る。

 

「──レグルス、ひとまずはベアトリーチェに気を付けてください。彼女は、私達にも隠していることがあまりに多すぎるので」

 

「僕にとって、あの女が何を企んでいようと、僕に直接干渉してこない限りは放っておくよ、それと一線を越えないかぎりね。なぜなら僕は争いを好まない、平穏主義者だからさ……とはいえ、君はそうしてあの女の事を考えて、時間を無駄にしつつも忠告をした。それを無下にするのも薄情すぎる話だよね。素直に受け取っておくよ。人の想いに寄り添うこの僕に感謝すると良い」

 

「ええ、感謝しますよレグルス……それでは、私はこれで失礼します──良い夜をお過ごしください」

 

 レグルス構文を聞くことにもすっかり慣れた黒服は、こちらが満足するであろう解を迷いなく口にする。

 

 伊達に二年以上の付き合いではない。彼がどういう人物なのか……その本質を、すでに把握しているのだろう。

 

「しかし……」

 

 そんな黒服は背を向けたまま再び歩きだし、この場から去っていく……だがその最中、誰にも聞こえないほどの声で、独り言のように呟いた。

 

「──色彩が到来している可能性が示唆されているにもかかわらず、キヴォトスそのものには、いかなる異常兆候も観測されていない。この乖離が、いったい何を意味しているのでしょうか」

 

 その言葉を最後に、黒服はようやくこの場を後にする。それにより、この場所に残されたのはレグルス・コルニアスただ一人となった。

 

「……僕自身に完璧な平穏が訪れる日なんて、一体いつになるんだろうね。まったく、このキヴォトスには僕の権利を侵害しようとする存在が多すぎて困っちゃうよね」

 

 世界を救いたいわけでも、英雄になりたいわけでもない。望んでいるのはただ一つ、何者にも侵害されない、完璧な平穏……たったそれだけだ。

 

「さっさと帰ろう。このままだと夜が明けてしまうからね。愛情を込めて育てている花たちを最後に眺めて、穏やかな睡眠でも……ああ、でも百合園セイアが──」

 

 もう、この場に留まる理由はない。睡眠に入るまでのわずかな時間を頭の中で組み立て、穏やかに過ごそう、そうしよう。

 

 そう決めてこの場を離れようとした、その瞬間だった。

 

 ──開発だぁーーー!!!!

 

「……おいおい、こんな夜中だっていうのに騒ぎ散らかし、周囲に迷惑を振りまくのはいったいどこのだ──」

 

 ──静まり返った夜を切り裂くように、ありえない轟音が鳴り響く。

 

 呆れながら背後の叫び声に気付いて振り返ったその刹那、廃墟と周囲一帯が連鎖的に爆ぜ飛ぶ光景が視界に叩き込まれていた。

 

「────────は?」

 

 ──問題は、それが目前にまで迫っていたという事実だということ。

 

 距離と速度から判断して、爆破に巻き込まれるまで、約0.5秒後であること。

 

 戦車の砲弾やカイザーのミサイルとは、爆破の次元が違いすぎること。

 

 ……本当に、何もかもに問題がありすぎた。

 

 ──待て、待て待て待て。僕は今なにを見ているんだ?ただ帰って、静かに何の波風も立てずに趣味を全うしつつ平穏を享受しようとしただけなんだぞッ!それなのに、目の前に迫ってくるこの理解不能な光景はいったい何なんだ!?開発?は?どうして開発という言葉が周囲の建物を爆破するという結論に直結するんだ。思考の飛躍がひどすぎるだろう、論理が完全に崩壊しているだろッ!長年放置されていたであろう廃墟群を、こんな真夜中に爆破する意味がどこにある?普通は昼にやるものだよね?しかも周囲に人がいないことを前提にしてやるはずだ。それをこんな時間に無差別みたいな規模でやって、周囲に一般市民が居たらどうするつもりなんだ!?一瞬で命を散らせとでも言うのか、そんな勝手な話があると思っているのか。ありえない、ありえないありえないありえてたまるかッ!!この規模の爆発に巻き込まれたら、僕がどこまで吹き飛ばされるかも分からないんだぞ!?つまりこれは、僕の生存権を無断で賭け金にしているのと同じじゃないか!毎回そうだ、黒服が指定した場所まで来るたびに決まってこうなる事が多いんだッ!偶然で片付けられるわけがない、あいつが意図的に僕をこの世界から追放しようとしているんじゃないのか!?そうだろ!?……いやでもそれはおかしい。だったら、あそこまで僕と関わりを続ける理由がない。こう言っては何だが黒服とは他のゲマトリアと比べても何だかんだ付き合いが長いと自負している。時々気持ち悪いことには変わりはないが。いやいやそうだとしても結果的に僕の命を危険に晒しているだろうがッ!!最悪だ、ある意味もっとも性質の悪い権利の侵害だ。どうしてここまで侵害されなきゃならない?僕が何をしたっていうんだ。何事もなく、平穏に過ごしたいと思うことが、そんなに駄目なことなのか!?他人に干渉せず、誰にも迷惑をかけず、ただ存在しているだけで……いやいやいや待て待て待て冷静になれ。感情的になるのは合理的じゃない。今はこの場をどうするかが先決だ、考えろ、ひたすら考えるんだ。権能でこの場から離脱する?間に合うのか?頭では分かっている、分かっているのに止めるという動作そのものに身体が追いつかないんだよふざけるな間に合うわけがないだろうがどうして僕がこんな理不尽な状況で判断を迫られなきゃならない僕は何も悪くないのに僕の権利はどこに──

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「試験用紙が、試験用紙がっ……!?」

 

「跡形もなく吹っ飛ばされた……」

 

「せ、先生、ご無事ですか……」

 

「"こっちは大丈夫……"」

 

「なるほどなるほど、ここまでやると言うことですね……面白くなってきたではありませんか。ふふふっ……♡」

 

 ──温泉開発部による『開発』によって、補習授業部は目の前で試験用紙を跡形もなく吹き飛ばされてしまった。

 

 周囲の廃墟すら巻き込むほどの爆発を目前にして、補習授業部の面々は、怒りや困惑といった感情を隠すことなく露わにしていた。

 

「──!?」

 

 煙が立ち込めるそんな中、ヒフミが突如として弾かれるように顔を上げ、夜空を見据えた。

 

「"どうしたの、ヒフミ?"」

 

「い、いえ……気のせい、ですかね……?」

 

 先生がその行動に疑問を持ち、ヒフミを気に掛ける。だが、その当の本人は夜空を見据えたまま首を傾げたまま。

 

「一瞬、どこかで聞き覚えのある叫び声が聞こえたような……?」

 

 ──それを口にしたと同時に、視界の端で星が瞬いた気がした。

 

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