思えば、人生で初めて宇宙に到達した瞬間だった。
星々が瞬く夜空を文字通り貫く勢いで、気付けば身体は呆気なく大気圏を突破していた。その事実を理解した瞬間、久しぶりに泣きそうになった。こんな感情を抱いたのは、ビナーのビームを背後から受けた時以来かもしれない。
もっとも、強欲の権能が発動していなければ、今ごろ自分は鉄屑のように跡形もなく消し飛んでいたはずだが。まったくもって笑えない話である。
……やはりというべきか、あるいは嫌な予感が的中したと言うべきか。今回の爆発は、過去一と言っていいほど巻き込まれ方が酷かった。その結果、これまでとは比較にならないほどの勢いで身体が吹き飛ばされていた。
──いったい、時速何キロ出ていたんだろうか。
あまりにも速度が速すぎた上に、身体は絶え間なく高速回転を続けていた。必死に手足をばたつかせ、どうにか減速しようと試みたものの、勢いは一向に殺せない。適当に何かに触れて時間を停止させようにも、それすら上手くいかず……結局、絶叫しながら宇宙空間へと突入する羽目になった。
だが、僕は神様に見放されてはいなかった。
吹き飛ばされていく進行方向の先に、偶然にも小さな隕石が漂っていたのだ。足先がそれに触れた瞬間、反射的に隕石そのものを停止させ、即座にそれを踏み台にし、反動を利用して身体をバウンドさせることでどうにか進行方向の修正に成功した。同時に、過剰だった勢いも大きく削がれ、あとはもう成り行きに身を任せるだけになった。ほどよい速度まで落ちた身体は、そのままキヴォトスの地上へと向かっていくことになったというわけだ。
その後は、死んだような目をしながら、『今この瞬間に強欲ムーブを止めてしまえばそのままキヴォトスには戻れず、考えることを止めて宇宙を彷徨うことになるんだろうな』とか。『キヴォトスって地球と同じような球体してるんだな』とか。『だとしたら土星とか木星……もしくは地球そのものが当たり前の顔をして存在していたりしないか』なんて、現実逃避しながら──
「そんなに感情を荒立ててどうしたんだい?」
「────…………」
──そのままレグルスは、部屋で不貞寝したというわけだ。
「僕が感情を荒立てている?君は面白い冗談を言うんだね。常日頃から平穏だけを求めて生きているこの僕に、感情を振り回すなんて芸当は無縁なんだよね。根拠のない決めつけで人を語るのは止めた方がいい。それは事実の歪曲であり、ひいては僕自身の平穏を乱しかねないし、あまり感心しない行為だからさ」
「それは正論かもしれないが、明晰夢で見た君はわりと感情を荒立てていたと私は思うがね。だからこそ、私は君こそ面白い冗談を口にしているねと思っていたりするんだ」
「この夢の世界の果てまで君をぶん投げてみようとずっと考えていたんだよね。なに、恐れることはない。君が恐怖を感じる暇すらないように、一瞬で終わらせてあげるからさ。僕は優しくて慈悲深いんだ」
「冗談に決まっているじゃないか」
不貞寝をしたはずなのに、意識がゆっくりと浮上していく感覚。閉じていた瞼を開けば、そこにあるはずの部屋の天井や壁は、綺麗さっぱり消え去っている。代わりに広がっていたのは、どこまでも澄み切った青空。
そして身体を起こせば、すぐそばに椅子へ腰掛け、紅茶を嗜むセイアの姿がある。
──レグルスは、そんな光景にすっかり慣れてしまっていた。
「珍しいと思ってね、君がそんな不貞腐れるように怒っているだなんて」
「君の目は節穴なのかな?誰がいつ不貞腐れて怒っているだって?僕はただ、平穏を享受するのを邪魔する子たちに本気で日々の不当な干渉に対して正当に異議を唱えようか考えているだけだなんだよね。勝手な憶測で僕が不貞腐れてると決めつけるだなんて、僕の人格そのものに対する権利の侵害だと思うんだよね」
「……異議を唱えようというのは、もしかして私も含まれていたりするかい?」
「逆に含まれていないとでも思ったのかな?もしそう思っていたのであれば、自惚れにも程があると君は自覚した方が良いよ」
口ではそう言っているものの、レグルスの内心は、今夜巻き込まれた爆発の件について、本気で異議を唱えてやろうかという思いで埋め尽くされていた。
レグルスにとって、セイアが毎晩のように夢の世界へ招いてくることなど、周囲を爆発させて被害を出す連中に比べればずっと可愛いもので、些細な事だと思っている。
……もっとも、その比較対象が盛大におかしいことに目を瞑っているだけに過ぎないが。
「──まあ、そうだろうね。それについて私からは反論する余地はないね」
セイアはレグルスの胸中など知る由もなく、そう唱えられても仕方がないとでも思いながら、傍らのシマエナガを撫でている。このシマエナガはなぜ当たり前のように夢の世界に存在しているのだろうか。まったくもって謎である。
「とはいえ、だ」
『反論する余地はない』と言ったはずなのに、セイアはなおも続けるように口を開く。
それにレグルスは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、特に咎めることはせず、無言のままセイアの言葉を待った。
「今のレグルスを見ていたら断言できるよ。不貞腐れてるのはもちろん……君にとって、最低で最悪な地獄を味わったりしたのではないかとね」
それこそ、地獄の上映会にでも仲間入りするような出来事に巻き込まれたのではないかと、セイアは当然のように推測した。
なるほど、明晰夢を通して観測しているだけあり、レグルスに対する理解度だけは妙に高いようだ。
「あのさあ、ずいぶんと自信満々に答えているようだけど、もう一度言わせてもらうよ。僕は不貞腐れてなんかいないし、最低で最悪な地獄なんてものも味わっていない。事実確認もせずに他人の内面を決めつけるのはやめた方が良いと思うんだよ僕は。理解出来るかな?」
「──分かった。なら、君の口から事実確認をさせてもらないだろうか?」
「そうそうそれで良い……はっ?」
一瞬満足そうに頷いていたレグルスだったが、続く言葉を耳にした途端、眉を寄せ、唇を歪めたままセイアを睨み据えた。
そんなレグルスを見ても、セイアは一歩も引くことはない。むしろ、お前の口から直接聞き出してやる……と、そう言わんばかりに、静かにレグルスを見据え返していた。
「改めて考えてみれば、私はこうして君をこの場所に招いておきながら、いつも一方的に語ってばかりだった。それでは、あまりにも不均衡ではないかとずっと思っていたんだ。私は明晰夢を通して君を観測したに過ぎない。断片的な事実や出来事は知っていても、その内側……君がどう受け取り、どう解釈したのかまでは、何ひとつ知らないままだ。だからこそ、良い機会だと思った。私の知らない君の経験を、君自身の言葉で聞いてみたいとね」
「──」
「少しぐらい、良いだろう?」
なんだ。この瞬間をどこか不公平だと認めながらも、セイアは少しでもレグルスの内側を知ろうとしていたのか。
性格が悪いと評してはいたが、ほんの少しだけ、その評価を見直してやってもいいのかもしれない──
「……あのさあ」
──と、レグルスが思うはずがなかった。
「それは君にとって都合のいい建前に過ぎないよね?大方、僕の所属がゲマトリアだからって、少しでも優位に立とうとか、監視してやろうとか、探りを入れてやろうとか、そういう浅はかな魂胆が透けて見えているんだよね。君はすでに数え切れないほど僕の平穏と時間に踏み込んできている。そのうえさらに情報まで搾り取ろうだなんて、随分と欲張りだと思わない?聞く権利があるとでも思っているのかな?残念だけど、君が勝手に抱いた好奇心や警戒心は、僕が応じる義務を生む理由にはならないんだよね」
「ド正論レグルスはやめてくれ」
レグルスは、現実で眠るたびに夢の世界へ招かれ、幾度となくこうした会話を重ねてきた。
時間という概念すら曖昧なこの空間で、長く向き合い続ければ……彼女がどのような性格の生徒であるかなど、とっくに理解している。
──百合園セイアは性格が悪い。
レグルスは、セイアという人物に対してそう結論付けていた。
「……そのような意図がなかったとは言わないし、否定するつもりもないとも。ゲマトリアという組織は、少なくとも私たち生徒の視点においては『敵』として定義される存在だ。そして彼……先生も、きっと同様の認識を抱いているだろう。彼の旅路の中で、そう解釈せざるを得ない物語が、確かに積み重なってきたはずだからね。経験とは厄介なもので、一度そう位置付けてしまえば、簡単には書き換えられないものだ」
多分、おそらく、いや絶対にそう認識させたのは黒服が原因だろう。
『先生と有意義な会話が出来ました。彼をぜひともゲマトリアに引き入れたいものですねえ。クックック……!』と気持ち悪く笑っていたことをレグルスは思い出す。
「敵だと認識されても、僕にとってはどうでも良い──」
「──だけどもね」
レグルスがどうでも良い、仮にそうなっても平穏を享受出来るのであればそれで良い……と言い切ろうとした、その直前。セイアが被せるように口を開いた。
おいおい、人の話を遮るような真似までするなんて、君はどこまで僕の権利を侵害するわけ?……と、お得意である権利の侵害を突きつけようとしたが、それすら叶うことなく、セイアはさらに言葉を重ねた。
「最初に言ったことは紛れもない私の本音だ。『ゲマトリア』としての君ではなく、『レグルス・コルニアス』としての君から直接聞いてみたいんだ」
「…………………………はあ?」
ここ数日、セイアはひとつの疑問を抱いていた。どうして彼は、生徒を利用するような傾向が見られないにもかかわらず、ゲマトリアに属しているのだろうか、と。
レグルスとの対話を通して分かったことといえば、ひたすら平穏を求めているという事実だけだった。
所属に至った過程を明晰夢で観測しようと試みたこともある。だが、それが叶ったことは一度もない。
ゆえに、その真相を知る術はない。そして今後も、レグルスの口から語られることはないのだろう。現に、聞き出そうとしてすでに一敗している。
「ここには私とシマエナガしか居ないし、今後これ以上増えることもないからね。遠慮なく話すといい。私と君の仲だろう?」
聞きたいことは引き出せない。そして今後も、その望みは限りなく低い。つまり、セイアがレグルスを夢の世界へ招く必要性はどこにもない。
「自惚れすぎだろ君。僕は君と仲良くした覚えは一度たりともないんだけど?」
──だとしたら、なぜセイアはこうしてレグルスを招き続けているのだろうか。
「今後そうなるかもしれないだろう?」
「あのさあ。本当に君は僕を何だと……いや──」
セイアの要求に、レグルスはまず心底嫌そうな顔を浮かべ、空を仰いだ。
……だが次第に、その口元は三日月のように歪み、目もまた薄く細められていく。その変化を悟られぬよう、さりげなく正面を向き直ると、いつも通りの呆れた調子で口を開いた。
「──君がそこまで食い下がるというなら仕方がない。どうしても、と懇願するのなら聞かせてやらないこともないよ。本来なら断って終わりなんだけどね。黙秘権は誰でも所有しているものだし、それを侵される筋合いはもちろんない。それでもこうして譲歩しているのは、ひとえに僕の寛大さゆえだ。だから、君の執拗で身勝手な願いをあえて聞き入れてあげよう。感謝するといい」
──今夜、自身の身に降りかかった厄災の一部始終を、レグルス構文たっぷりで最後まで聞かせてやろう。
毎日毎日、こちらの都合もお構いなしに夢の世界へ呼びつけているのだ。それくらいの報いがあっても、罰は当たらないだろう。
……などと、レグルスはほんの少しばかりの嫌がらせを企てていた。
「ああ、感謝するよレグルス。ぜひとも、君が不貞腐れながら怒りに満ちていた理由、その話を聞かせてくれ」
セイアがその企みに察することはない。
紅茶をひと口含み、机の上にちょこんと鎮座するシマエナガを撫でながら、静かにレグルスが語り出すのを待っていた。
「……まず僕は──」
レグルスは語り始める。最後までレグルス構文たっぷりに、自身の身に降りかかった厄災の短い物語を。
その間、セイアは何も言わず、ただ静かに耳を傾けていた。
◆
「──というわけだ。全く、本当にひどすぎる話だと思わない?僕はただ、当然守られるべき平穏と秩序を求めているだけだというのに、その根幹を揺るがすような真似を平然とやってのけるんだからね。正直なところ、今すぐにでも張本人を捕まえて、一つ一つ順を追って逃げ道のないように事細かく問い質してやりたい気分だよ」
レグルスが語りはじめて約三十分。
黒服と会話した詳しい内容だけを伏せ、それ以外のすべてを語り終えたレグルスは、喋り疲れた喉を癒すかのように、おもむろに紅茶を流し込む。
……まあ、肉体は常に停止しているため、疲労などという概念は存在しないのだが。
「…………」
さすがのセイアも、レグルス構文を一時間も聞かされれば、脳が理解を拒み、心身ともに疲弊しているに違いない。
ほら、その証拠に先ほどから、セイアは一言も発していないではないか。
「──なぜ君が、この僕から目を逸らしているのかな?」
──しかし、どういうわけか、レグルスから目を逸らして、気まずそうな表情を浮かべているが。
「もしかして、僕の身に起きた事に心当たりがあったりするんじゃないの?それもそうだよね。君にはお得意の明晰夢というものがあるのだから、未来予知、あるいはそれに類する観測。どういう過程でこの事態が引き起こされたのか、どの選択が引き金になったのか……君なら、知っていても何らおかしくはないよね?」
「……私は何も知らないよ。ああ、何も知らないとも」
「僕から目を逸らしたまま言っても何の説得力もないんだけど。僕はさっさと答えてほしいんだよね、君が知っていること全てをさ」
「何も知らないと言っているじゃないか」
「僕はずっと疑問に思っているんだよね。この夢の世界の空はどこまで続いているのかと。まあ、それはそうと、君は幼少期の頃に『たかいたかーい!』はしてもらったことはあるかな?僕の疑問とは一切関係ないけど、君の幼少期の思い出を今ここで思い出させてあげよう。今からそっちに行くから、両手を上げて待っててもらうよ」
「冗談だ。全て知っているからこっちに来ないでくれ」
「なんだ、知っていたのかい?それなら最初からそう言ってくれたら良かったのにさ」
レグルスが懇切丁寧にお願いすると、セイアはようやくこちらへ視線を向け、静かに了承した。
──やはり、持つべきものは相手への気遣いと、何事も受け入れる自身の寛大な心である。
そう確信した瞬間だった。
「確かに私は知っているよ。君が地獄の上映会に収められてしまいそうな出来事……その背後に横たわる、思わず眉を顰めてしまうような物語をね」
「君は今僕のことを馬鹿にしたのかな?」
「今後観測しないための祈りみたいなものだよ……それでも君は聞きたいかい?正直な話、聞いたところで何も面白みがないと思うが」
「眉を顰めるだろうが、面白みがなかろうが、僕にとってはどうでも良いんだよね。僕はただ事実を知りたいだけなんだ。僕は無欲だから、それ以上は何も求めないよ」
「……そうか」
諦めたように、セイアは小さくため息をつく。おそらくレグルスは、すべてを聞き出すまでここを立ち去らない。それどころか、無理にでも眠り続け、この世界に居座る可能性すらある。
今のレグルスなら、本当にやりかねない。
「本当に良いのかい?」
「男に二言はないよ」
しかし、ノミ以下はこんなこと言わない。
「──分かった。今度は私の番ということだね……すまない」
どういうわけか、小さな声でここには居ない誰かに謝罪し、今度はセイアが語り始める。今渦巻いている、不快で、不愉快で、忌まわしく、そして眉を顰めるような物語の一部を。
それをレグルスは、不気味なほど静かにしながら、耳を傾けるのだった。
◆
「……これが、君の裏で起きていた、物語の全てさ」
セイアが語りはじめて約三十分。
細かい情報や個人情報をある程度伏せながら、セイアは全てを語り終えた。
これにて、レグルス自身の語った物語と、セイアが観測していた物語が結びつく。
二つの視点は重なり合い、ひとつの短い物語として完成した。
──トリニティの成績不振者を救済するために新設された『補習授業部』というもの。
そこに集められた彼女たちは、学力試験に合格できなければ全員そろって退学という、教育機関としてそれは本当にどうなのかと問いたくなる条件を課されていたらしい。
それでも、先生と共に切磋琢磨を重ね、模擬試験では着実に点数を伸ばしてきたのだという。
まず、第一次特別学力試験では、案の定というべきか、点数が足りず不合格。
まあ、そこまでは理解できる。人には得手不得手があるのだから。
補習と銘打たれている以上、勉強が苦手な生徒が集められているのだろう。
──だが、問題は第二次特別学力試験だった。
どういうわけか、トリニティの生徒である彼女たちが、次に受ける試験会場はゲヘナであったこと。
そこへ向かう道中でも様々な妨害に遭い、どうにか切り抜けて辿り着いてさあ試験を受けようとしたその刹那、ゲヘナに存在する『温泉開発部』が、ある人物からの情報を鵜呑みにして、会場を含む周囲一帯を爆破したらしい。
……そして、その会場の周囲に、レグルス・コルニアスという男は偶然居合わせてしまい──爆破に巻き込まれたらしい。
「なるほどなるほどなるほどなるほどなるほど……」
何度も何度も頷いて、理解を拒みたくなる内容をどうにか咀嚼していく。
レグルスは全てを理解した。トリニティの生徒であるのにも関わらず、よりにもよってゲヘナに試験会場を設定したのも、試験会場に辿り着くまでに様々な妨害を画策したのも、温泉開発部に会場を含む周囲一帯を爆破するように誘導したのも。
全部、全部全部全部──
『──どうかお気をつけて』
──桐藤ナギサの仕業だったらしい。
「僕は初めて、君と話して有意義な時間を過ごせたと思ったよ」
「……」
嘘つけ、そんなわけがないだろう。
と、セイアはレグルスに言おうとするが、その前にレグルスはおもむろに椅子から立ち上がり、セイアに背を向けて歩き出す。
「今日は早めにお開きにさせてもらうよ。何だかんだ言って、いつもは六時間以上も君に付き合ってあげているんだ。僕の貴重な時間を浪費してね。君にそれを当然だと思われても困るし、あくまで僕の寛大さと余裕の産物であって、義務でも責任でもないからね。だから今日は、現実の僕が目覚めるまで、この世界の花でも眺めながら静かに散歩するとしよう。誰にも干渉されず、誰の問いにも急かされず、ただ景色を眺める。それくらい、ささやかな望みがあったって良いよね?今日も君との対話に付き合った。対価としては安いものだと思うんだよね。だから、それぐらいの自由と静寂を享受する権利は、僕にだってあって然るべきだ……このまま乗り込んでやろうかと思ったけど、少しだけ寄り道しようかな。根拠もなしに言い続けるのは可哀想だからね」
「……その、現実の君が目覚めるには、もう少し時間を有すると思うが──」
君はそんな長時間散歩するとでも言うのか……その疑問を言い切るよりも早く、レグルスはふいに歩みを止め、顔だけをわずかに後ろへ向けた。
「──」
──レグルスは、満面の笑みを浮かべていた。
セイアに何かを告げることはなく、ただただその笑顔だけを向け、軽く一度頷いた。
そして再び顔を前へ戻すと、ゆっくりとその場を後にした。
「……」
セイアはしばらくのあいだ、椅子に腰掛けたまま硬直していた。
やがて、ふと思い出したようにシマエナガへ手を伸ばし、触り心地が良い小さな頭を撫でる。
……脳裏に浮かぶのは、先ほどの満面の笑み。
その意味を反芻しながら、あの瞬間に抱いた感想を、セイアはもう一度胸の内でそっと零したのだった。
──あっ、これ、ちょっとキレてる。