ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

55 / 58
偽りのない本音

 

「さて、彼女が僕を招き入れた場所までこうして足を運んだわけだけど……近付いただけでそんな反応をされるとは、随分と手厚い歓迎ぶりだね」

 

 ──昨夜、レグルスは夢を見ることがなかった。

 

 それが妙に引っ掛かり、小さく首を傾げるが、その違和感に長く意識を割くつもりはない。

 

 すぐに思考を切り替え、自身の目的を果たすため、レグルスはトリニティへと足を運んでいた。

 

 そして今、レグルスの言葉通りに手厚い歓迎を受けて──

 

「ここは、貴方のような方が近付いて良い場所ではありません。早急にお引き取りください」

 

 ──いるはずもなく。不良生徒のように銃口を向けられているわけではないが、その代わりに、清楚な白いベレー帽を着用している生徒たちから、レグルスを敵視するかのような鋭い視線が向けられていた。

 

「あのさあ、君たちついさっきまで遠巻きに僕のことを眺めていただけだったよね。なのに何で、僕がこの場所に近付いた途端、露骨に敵意を剥き出しにして睨みながら歩み寄ってくるわけ?少なくとも僕の記憶の中では、君たちに対して敵視されるような行動を取った覚えは一つもないんだけど?」

 

 ──レグルスが、トリニティの生徒に直接手を出したことはない。

 

 彼女たちはトリニティ所属、つまり不良生徒とは程遠い存在のはずだ……と、レグルスはそう思っていた。少なくとも、金銭目当てなどの理由で自分を襲うような真似はしないだろうと。

 

 その点においてはゲヘナの生徒とは違うだろうと……そう信じてきたからだ。

 

 だからこそレグルスは、この約二年間において、トリニティの生徒へ自ら手を出したことは一度もないと断言できる。

 

 ──今後も手を出さないという保証は出来ないが。

 

「……ええ、ここにいる私たちが、貴方によって被害を受けたわけではありません」

 

「じゃあなおさら意味が分からないんだけど。僕はご丁寧にわざわざ待ち伏せしてタイミングを見計らって一人の人間を詰めるような真似をする君たちを相手にしている暇は無いんだよね。そんなことをするよりもさ、自分たちが有意義に過ごせる時間を確保した方がお互いのためになると思わない?──ありがとう、君たちが話の分かる子たちで良かった。それじゃ、このまま通らせてもらうよ」

 

「無理やり通ろうとしないでください!まだ話は全然終わっていません!!」

 

 強引に突破しようとしたが、残念ながらそう簡単に事は運ばない。相も変わらず目の前には、道を塞ぐように立ちはだかるティーパーティーの生徒が居る。

 

 結局のところ、レグルスに残された選択肢は、彼女たちと会話することしかなかったのだ。

 

「あのさあ……何度でも言うけど、僕の記憶の中では、君たちに対して敵視されるような行動を取った覚えは一つもないんだ。僕は誰にも邪魔される筋合いは無いし、ちょっとだけある人物に用があってここまで来ただけに過ぎな──」

 

「それです」

 

「……は?」

 

「ある人物……それって、ナギサ様のことですよね?」

 

 レグルスが向かおうとしている先には、絶賛ナギサが引き籠っている場所……つまり、少し前にテラスへ案内されたあの建物があった。

 

 ……ナギサが前回と同じ場所に居るかどうかまでは分からなかったレグルスは、もし居なければ、生徒の誰かを捕まえて何としてでも居場所を聞くつもりでいた。

 

 だが、目の前に立つ彼女たちの反応を見れば、その必要は無いという事が分かる。

 

 ──間違いない。ナギサは、確実にこの建物の中に居る。

 

「……よく分かっているじゃないか。そうそう、僕は客人としてここに来たんだ。君たちは……なに分派かは知らないけど、君たちティーパーティーの代表である桐藤ナギサにね」

 

「──やっぱりそうですか」

 

「じゃあ、なおさら駄目です!今のナギサ様に、貴方を近づかせるわけにはいきませんし、ここに入らせるわけにもいきません!」

 

「はあ!?僕は客人として来たって言ってるよね!それ自体は君たちに直接関係があるわけでもないし、当然君たちに対して何か危害を加えるつもりもない。それなのに根拠も示さず、近づくなだのここには入れないだの、一方的に糾弾してくるってどういう理屈なわけ!?」

 

 何度も言うが、レグルスはトリニティの生徒に危害を加えたことなど一度もない。

 

 これがゲヘナの生徒であるならば、最初から敵視されていてもおかしくはない。むしろ襲われたとしても不思議ではないだろう。

 

 ──だが、相手はトリニティの生徒だ。

 

 それなのに最初から疑われている……その事実に対する怒りと困惑が、レグルスの内心を強く支配していた。

 

「……今のナギサ様は、いつもの時と比べて様子が違うのです。いつものように美しい所作で紅茶を飲み、華やかな笑顔を浮かべているあのナギサ様が……!ここ最近は部屋に閉じ籠ってしまって、私たちと顔すら合わせないようにまでなっているんです。今の私たちは、部屋の前で紅茶を置くことしか出来ていないんです……!」

 

 君たちはニートの親か何かなのかな?

 

 レグルスがそう言いかけたが、これ以上話がややこしくなり、面倒なことになるのは目に見えていたため、ひとまず口を閉じたまま相手の言い分を最後まで聞くことにした。

 

「私たちは考えました、ナギサ様をあんな風にしたのは誰の仕業なのかと。最初はゲヘナの仕業だと考えましたが、ナギサ様はゲヘナと会話するはずがないので、真っ先にそれは除外しました」

 

 いくらなんでも決めつけが過ぎないだろうか。

 

 エデン条約を締結しようとしているのがナギサだと分かった上で、そう決めつけているようにしか見えない。ゲヘナと会話せずにどうやってエデン条約を進めようというのだ。

 

 ……無理やりゲヘナのせいだと言い張るよりは、まだマシかもしれないが。

 

「その後、私たちが一丸となって、ナギサ様がここ最近どのように動いていたのかを調べている中で……ナギサ様が客人として正式に招いたリストの中に貴方の名前があったのです。『レグルス・コルニアス』と」

 

「あのさあ、それって君たちが勝手に見て良いものじゃないよね?セキュリティとして終わってるんじゃないの?」

 

 関係者以外見てはいけないものを勝手に見てしまっているティーパーティーの生徒たち。これも全ては愛しいナギサ様のため、異論は認めない。いや認めさせろ。

 

「それだけなら良かったのですが、貴方がナギサ様に招かれていながら、客人としてあるまじき行為をしたという噂が、ティーパーティーの中で広まりました」

 

「僕があるまじき行為をしたって?おいおい、冗談はよしてくれないかな?僕は君たちと違って、少なくとも誠実さというものを重んじている人間なんだ。だからこそ、客人として招かれた以上、その立場に相応しい振る舞いは徹底している。無闇に干渉しない、無礼を働かない、余計な波風を立てない。それぐらいの分別は最初から持ち合わせているよ。それを、どこの誰が流したのかも分からない噂話一つで『あるまじき行為』と断定するなんて、さすがに少し失礼すぎると思うんだよね」

 

「だったら!なぜ客人の貴方が立ち去った後にナギサ様とミカ様が大喧嘩したという噂が流れるのですか!?あんなにも仲が良いお二人がですよ!?こんなの、貴方がその場を掻き乱し、そのような異常事態を起こしたのも同然でしょう!?むしろそれしか考えられません!」

 

「それは聖園ミカという捻くれ者が僕という人物像を勝手に勘違いして暴走しただけだッ!君たちの憶測だけで勝手に語るのはやめてもらえないかなあ!?」

 

 何も悪いことをしていないというのに、勝手な解釈によってレグルスの印象はどんどん悪化していく。いくらなんでも少しばかり理不尽ではないだろうか。

 

 一体どこの誰だ、この生徒たちをこんな風にしたのは。

 

「ただの憶測だけではありません……私たちは聞いたのです。ここ最近、ゲヘナで蹂躙している野蛮な男性が居ると。その男性は白髪であり、白い服を着用し、青いイヤリング着けてどこか胡散臭そうな表情を浮かべ……そして、聖職者のような見た目をしていながら、全くと言っていいほど良い噂を聞かないため、その男性は『違法聖職者』と名付けられたと……どう考えても、貴方のことですよね?」

 

「聖園ミカあッッ!!!」

 

 ──そう、ほとんどの原因がミカにあった。

 

 ミカはトリニティの生徒たちにレグルスのことを『違法聖職者』と称して広め、その言葉をきっかけに噂は噂を呼び、今ではティーパーティーの生徒たちほとんどに伝わっていると過言ではないほどになっている。

 

 ただでさえロクでもない噂が流れていたというのに、そこへミカが火に油を注ぐような真似をしたことによって、レグルスはトリニティへ近付くだけでも危険視される存在の一人となってしまっていた。

 

「……良い噂を聞かない貴方を、今のナギサ様にお会いさせるわけにはいきません。まず前提として、今回ナギサ様が貴方を招待していない以上、貴方にナギサ様とお会いする権利はありません。ですので、おとなしくここから立ち去る以外の選択肢はないのです」

 

「あのさあ、その要求はちょっと一方的過ぎるんじゃないの?僕は、ナギサの見識を広めるという意味でも、少しは部外者とも関わりを持つのも大事だと思うけどね」

 

「何度も言いますが、ナギサ様に招待されていない以上、貴方にナギサ様とお会いする権利はありません。お引き取りください」

 

「…………」

 

「早急にここから立ち去ってください!」

 

「私たちはナギサ様を癒すのに忙しいので!」

 

「噂が恐ろしいので、出来れば近づかないでください!」

 

「『違法聖職者』!」

 

「おいおい言わせておけば好き放題並べ立ててくれるじゃないかッ!具体性の欠片もない噂話を盾にして、相手を一方的に排除しようとするその姿勢こそがよっぽど不誠実だと思わないかなあ!?君たちはいま僕という個人に対して、一方的に接触の機会を断絶し、名誉を貶めている。これは明確に僕の権利の重篤な侵害だッ!それと今『違法聖職者』と言ったのは誰なわけ!?」

 

 互いに譲らないまま、言い合いは次第にエスカレートしていく。

 

 このままではレグルスはナギサの元へ辿り着くことはできず、レグルスの思惑も達成不可能となる。

 

 ナギサを守るというティーパーティーの強い意志と、ナギサに会うための決定打を欠くレグルス。この状況が続けば、やがてレグルスの方がその場を立ち去らざるを得なくなるが──

 

「──ここで集まって、何をしているのですか?」

 

 ──ここで、レグルスと言い合いしている彼女たちの背後から、聞き覚えのある声が響いた。

 

「……うん?」

 

 ほんのわずかな時間ではあったが、レグルスはその人物と言葉を交わしている。だからこそ、その声には覚えがあった。

 

「良かった!貴女もこの方を説得するのを手伝ってください!どうしてもナギサ様に会いたいと言って止まってくれなくて……!」

 

「私たちが最後の砦なんです!ナギサ様をお守りするんです!」

 

「どうかご協力お願いしますっ!」

 

 丁度良いところに助っ人が現れたと言わんばかりに、ティーパーティーの面々は一斉に声を上げ、レグルスをここから追い出すための協力を求める。

 

 愛しのナギサ様を守るためなら、戦力はいくらあっても足りない。そんな必死さがそこにはあった。

 

「一体どういうことで──」

 

 この人たちは何をそんなに必死になっているのか。突然協力を求められた暫定の助っ人は、わずかに困惑した様子を見せ、『この方です!』とティーパーティーの一人がそう言って指を差した先へ視線を向けた。

 

「──!」

 

「……君は──」

 

 それにより、互いがその存在を認識し、少しだけ驚愕した。

 

 ……ナギサに招かれ、対話を交わし、ミカの乱入によって『違法聖職者』という不名誉極まりないあだ名を広めた真犯人が彼女であったと判明した、あの日のこと。

 

 テラスから立ち去る際、出口へと続く入口で、レグルスは一人の生徒と出会っている。それは、今もなおレグルスをこの場から追い出そうとしているティーパーティーの面々と同じく、清楚な白いベレー帽を被った少女。

 

「──貴方は、あの時の……」

 

 ──レグルスが立ち去る間際にロールケーキを手渡した、パテル分派の生徒だった。

 

「……もしかして、この方と一度お会いしたことがあるのでしょうか。でしたら、私からもお願いします。この方にここから立ち去るよう、説得していただけませんか?」

 

 一人がそう言って、パテル分派の生徒に説得を促す。こうなれば、彼女が何かしらの行動を起こさない限り、この状況が動くことはないのだろう。

 

 レグルスは目的のためにナギサと会おうとし、ティーパーティーはそれを阻む。このままでは、そんな膠着状態が続くだけ。

 

「──」

 

 説得を促された彼女は、ティーパーティーの面々とレグルスを交互に見やる。

 

 やがておもむろに目を閉じ、わずかに思案するように沈黙した後、静かに目を開いた。

 

 ──その視線は、まっすぐにレグルスへと向けられていた。

 

「……レグルス・コルニアスさん」

 

 そして、両手を静かに重ねると、落ち着いた声音で告げるのだった。

 

「──ナギサ様がお呼びです。ご同行を願います」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「僕が言うのも何だけど、君はそれで良かったのかな?適当にそれらしい理由をでっち上げて、僕を追い出すことも出来ただろうに……彼女たちに恨まれたりしない?」

 

 レグルスは、前を歩く彼女の背中へと疑問を投げかける。

 

「……大丈夫だと思います。皆さんのヘイトはレグルスさんに向いていますし、私が恨まれることはないと思うので……むしろ、ごめんなさい。今回のことで、かえってレグルスさんへの恨みを強めてしまったかもしれません」

 

「恨まれたところで、僕としては別に構わないんだけどね。感情なんてものは所詮は他人の内側の問題だし、それが僕に直接的な不利益をもたらさない限り、いちいち気にする義理もない。少なくとも、それによって僕個人の私財が減るわけでも、生活が脅かされるわけでもないならね。その恨みを理由に、僕の所有物に手を出すとか、奪うだとか、そういう実害を伴う行為に出るというのなら話は別だけどさ」

 

 ……現在、二人はティーパーティーの面々から離れ、ナギサのいる建物の廊下を歩いていた。

 

 彼女がわずかに前を行き、その後ろをレグルスが追う形となっている。本来であれば人の気配があってもおかしくはないはずだが……廊下には、誰一人として姿が見えない。

 

 ナギサが周囲のティーパーティーを意図的に遠ざけているのか、静寂だけがその場を支配していた。

 

 ──ナギサ様が!?

 

 ──そんなわけがないです!

 

 ──何かの間違いじゃ……!

 

 ──やはり違法聖職者……!?

 

 案の定、ナギサに近付くことを許すはずがないのか、『ナギサ様がお呼びです』と告げられたティーパーティーの面々は、信じられないといった様子で口々に否定した。

 

 だが、仮に本当にナギサの招待であるならば、話は別だ。レグルスには、ナギサと会う正当な権利が生まれることになる。

 

 それでもなお会わせないとなれば、先ほど彼女たち自身が口にしていた『招待されていない以上、ナギサ様と会う権利はない』という理屈と矛盾してしまう。ティーパーティーが、平然と矛盾を押し通す集団だと見られるわけにはいかない。

 

 そして、代表であるナギサの意思が本物であるのであれば、それに逆らうこともできない。

 

 ──結果として、彼女たちはレグルスが建物の中へ入ることを認めざるを得なかった。

 

「……しかし、本当に助かったよ。彼女たちが思いのほか強情でね、さすがにあのままじゃ少し面倒なことになっていた。僕は無用な衝突を好まないし、ああいう押し問答に時間を割くのも本意じゃないからさ。もし君があの場に居なかったら、互いに引くに引けなくなって、延々と醜い言い合いを続けていたかもしれないね。結果として、誰にとっても得のない時間が積み重なるだけだ。いやはや、君が介入してくれて本当に良かった」

 

「……あの時の、ほんの少しのお礼みたいなものですので、気にされなくて良いですよ」

 

「──ん?いま何て言ったのかな?」

 

「いえ、そう思っていただけて何よりです。と、言っただけです」

 

 言ってから少し気恥ずかしくなったのか、彼女は頬を掻き、ベレー帽を軽く弄って誤魔化すように視線を逸らす。最初の言葉はレグルスには届いていなかったらしく、レグルスは小さく疑問を口にしつつも、わずかに首を傾げるだけでそれ以上追及することはなかった。

 

「同じ人間である以上、僕たちの根本は対等であるべき存在だからね。確かに立場や役割によって明確な上下関係が生まれること自体は否定しないけど、その上下関係はあくまで役割の違いであって、人としての価値の優劣じゃないからさ。その立場を盾にして、一言も感謝すらしないなんてものは論外だと思うんだよ僕は」

 

 後ろを歩くレグルスは、どこか満足したようにうんうんと頷いていた。

 

 彼女は前を向いて歩いているため、その様子が見えているわけではない。だが何となく、『嬉しいのかな?』と、内心でそんな曖昧な感想を抱きながら廊下を歩き続ける。

 

「……ナギサ様は、皆さんからとても慕われているお方なんです」

 

 ──ふと、彼女は胸の奥に浮かんだ想いを、そのまま言葉にしていた。

 

「──知っているよ。彼女たちのあの反応を見れば、一目瞭然だね」

 

「はい。私たちティーパーティーの代表として、どんな些細なことにも率先して動いてくださるんです……テレビや記事でもたびたび報道されているのでご存じかもしれませんが、トリニティとゲヘナの不可侵条約であるエデン条約についても、ナギサ様が中心となって調印式に向けた準備を進めてくださっています」

 

 そこで一度言葉を区切ると、彼女は歩みを止めないままわずかに俯き、ぽつりぽつりと言葉を続けた。

 

「ですが……そんなナギサ様にも、限界というものがあったのでしょうね。気付けば、いつの間にか部屋に閉じ籠ってしまい……私たちは何も知らされないまま、蚊帳の外に置かれてしまいました。発端となった出来事について尋ねても、『大丈夫です』と繰り返すばかりで、私たちに何も相談してくださらないのです。何でも、どんなことでも、一人で抱え込もうとする。それがあの人の悪い癖だと、私はずっと思っています」

 

「……」

 

「ナギサ様が正しいことをしても、誤ったことをしても、ティーパーティーの一員である私たちは、称賛することも叱責することもできない。それが、私は歯痒くて仕方がないんです」

 

 それは、何一つ偽りのない本音だった。

 

 自分のような平凡な立場とは違い、ナギサはティーパーティーの代表という重責を担っている。だからこそ、背負うものが多いのは理解している。

 

 それでも、行き詰まったその時くらいは、一人の人間として、周囲を頼ってほしい。どうか、一人で抱え込まないでほしいと。

 

「……なので、いま私たちがすべきことは、どうしたらナギサ様が私たちに気兼ねなく相談してくださるのか。一人で抱え込む事をやめてくださるのか──少なくとも、ティーパーティー内で広まっている噂を利用して、その人物を一方的に糾弾することではないはずです」

 

「……君には、そう見えていたのかな?状況というのは、見る角度や前提次第でいくらでも姿を変えるものだから、答えを一つに絞るのは、少し早計かもしれな──」

 

「──いえ、私にはそうにしか見えませんでした。だから、状況から見て察するのは簡単でした……実際、私も噂を耳にしていたのもありますが……」

 

 レグルスの言葉すら遮って、強く断言する。今するべき事を間違っていると。ましてや、関係者ではない人物を巻き込むのはおかしいのではないかと。彼女はそう強く思っているのだ。

 

「……君は、ナギサの事がよっぽど大切なんだね」

 

「はい。確かに私は、ナギサ様を尊敬し、敬愛しています」

 

 前を歩いていた彼女が、不意に足を止め、ゆっくりと振り返ってレグルスへと向き直る。それと同時に、どうしてこちらを向いたのかと内心で首を傾げながら、レグルスも歩みを止める。

 

「……ですが──」

 

 ──そして、彼女はまた偽りのない本音を告げた。

 

「──この気持ちは、ナギサ様だけでなく、他のお二人に対しても変わりません。今の私の目標は、ナギサ様を一人しないことももちろんですが……もう一つは、三人が再び楽しそうに談笑しているお姿を見ることです。その光景を胸に刻みながら、ティーパーティーの一員として三人のお役に立てるのなら……私は、それで十分です」

 

 ……今ではすっかり、三人で談笑する姿を見ることもなくなってしまった。

 

 それがエデン条約に関係しているのかどうか、彼女には分からない。断言することもできない。

 

 それでも、そんなことはどうでもよかった。ただもう一度、三人で笑い合う光景を見ていたい。

 

 そんな強い想いが、彼女の中には確かにあった。

 

「──っ!す、すみません!私、自分勝手にべらべらと喋りすぎました……!ましてや、レグルスさんは無関係者だというのに……!」

 

 自分の気持ちをぶちまけすぎたことに気付き、彼女は両手で頬を押さえる。羞恥に耐えきれず、顔を真っ赤に染めていた。

 

 これでは、『自分ばかり喋りすぎじゃないか』と言われてもおかしくない。

 

「──素晴らしい……っ!」

 

「……へ?」

 

 だが、次に響いたのは、叱責でも呆れでもなく。まるで称賛するかのような、力強い拍手の音だった。

 

「いや、本当に素晴らしいよ君は!今の言葉の一つ一つ、どれも取り繕いのない本心から紡がれているのが手に取るように分かったよ。誤魔化しも打算もない、純度の高い意思だ。ここまで淀みなく、自分の想いを言葉に出来る人間なんて、そうそう居るものじゃない。ナギサを想う気持ち、そして他の二人に対しても変わらないその姿勢。どれか一つに偏るでもなく、三人全員を同じように大切にしようとしている。その在り方は、実に誠実で、実に健全だ。少なくとも、外から聞きかじった噂に振り回されて誰かを断罪するような連中とは、比較にならないほど立派だと言っていい!それに何より『一人にしない』だなんて、簡単に言える言葉じゃないよ。それは覚悟だ。責任だ。相手の弱さも、迷いも、全部受け止める覚悟が無ければ口に出来ない言葉だ。君はそれを、何の躊躇もなく言い切った!……いいね、実にいい。僕はそういう人間を高く評価するよ。自分の立場を弁えながら、それでも出来ることを模索して、誰かのために動こうとする。その姿勢は、間違いなく称賛に値するよ!」

 

「えっ!?えっ、えっと、えっと……!」

 

 最後までレグルス構文たっぷりの称賛を浴びせられ、彼女は驚き、恥じらい、そして困惑していた。

 

 レグルスからここまで長い言葉を引き出すには、それ相応の理不尽な出来事か、あるいは心から称賛するに値する出来事でなければならない。

 

 彼女は、その後者を引き出したのだ。それはきっと、誇っていいことなのだろう。

 

「少なくとも今この瞬間、君の言葉は誰よりも真っ直ぐで、誰よりも価値があった。だから胸を張ればいい。君が恥じる必要なんてどこにもないよ」

 

「あ、あ、ありがとうございますぅ……」

 

 あまりに過分な称賛に、恥じらいは収まらない。

 

 それでも、どこか嬉しさが滲んでいたのか、彼女は小さくそう答えた。

 

「……こ、こほん!」

 

 気持ちを切り替えるように軽く咳払いを一つ。そして改めて、真っ直ぐにレグルスを見据えた。

 

「──遅れてしまいましたが、まずはティーパーティーの一員として、私から謝罪を。この度は、無関係であるレグルスさんを、私たちの私情に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」

 

 そう言うと、彼女は深く、深く頭を下げた。

 

 噂によって広まってしまったレグルスの人物像。それをもとに行われた、一方的な糾弾。そのすべてを背負うように、彼女は代表して謝罪した。

 

「君は一切気にしなくていい。むしろ、余計な手間をかけさせてしまったのは僕の方だ。すまなかったね。この通り、深く謝罪するよ」

 

 レグルスも、彼女に迷惑をかけたのは事実。だから、この場で同じく深く謝罪する。それと同時に、もしも謝罪するのであれば、自身を糾弾したティーパーティーの面々であるべきだろうと、レグルスは内心で思う。

 

「……このまま廊下を進んだ突き当たりに、私たちもあまり利用しない裏口があります。そこから出れば人通りの少ない場所に出られるはずです。誰にも見つからずにトリニティから離れられると思いますので、そちらを利用してください」

 

「そこまで配慮してくれたんだね。やっぱり君は素晴らしい子だ」

 

 ──そう、彼女がレグルスを連れてこれまで廊下を歩いていたのは、レグルスがティーパーティーに見つからないように出られる場所に案内するためだった。これには思わずまた称賛してしまうレグルス。一体、何度称賛させれば気が済むのだろうか。

 

「あ、ありがとうございます……何だか私も、少しスッキリすることが出来ましたので、後に、改めてナギサ様の元に行ってみようと思います」

 

「──それなんだけどさ」

 

 彼女の言葉を受けて、レグルスが口を開く。

 

「君を利用する形になってしまって申し訳ないんだけど、僕がこの裏口から出てトリニティを去る前に、一度ナギサに会わせてもらえないかな?もともと彼女に用があってここまで来たんだ。君の話を聞いたあとだと、なおさら言いたいことが増えてしまってね」

 

「……へ?」

 

「ああ、本当に申し訳ないとは思ってるよ。必要であれば、後で僕に何でも要求してもらって構わな──」

 

「い、いえ、そうではなくて……」

 

「……ん?」

 

 やはり、怒らせてしまったのかと、レグルスは内心で判断した。自分の立場を弁えず、無理を言っているのだから当然だろう、と。

 

 だからこそ、レグルスは彼女の要求には何でも応じるつもりでいたのだが……どうやら、彼女が言いたいのはそういうことではないらしかった。

 

 ──そして、それはどうやら、彼女にとっては予想外の事だったようだ。

 

「レグルスさんは、あの場に居たティーパーティーの糾弾から逃れるために、ナギサ様から客人として招かれた経歴を利用して、ナギサ様とお会いしたいと嘘をついたのではなかったのですか……?」

 

「……?違うけど?僕は本当にナギサに会いに来たんだ。これは嘘でもなんでもないよ」

 

「えっ」

 

「えっ?」

 





いつもお気に入り、評価、感想、誤字脱字報告等ありがとうございます。とても励みになります!

今回のお話ですが、当初はレグルスがどういう経緯でナギサの元に辿り着いたのかを冒頭で軽く回想シーンを挟んでから、そのままナギサとの対話に移る予定だったのですが、回想シーンで書きたいことを書いていたらかなり長くなってしまい、当初の予定が盛大に狂ってしまったため、回想シーンでまるまる一話を使うことにしました。

前話の終わり方からして、レグルスとナギサの対話だと思っていた方が大半だったと思います。作者自身もそう思っていた時期がありました。本当に申し訳ないです……。

次回は今度こそレグルスとナギサが対話します。これは嘘でもなんでもありません。嘘だった場合は、レグルスに"死刑"(デス・ペナルティ)を受けてもらいます。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。