「……」
ある一人の少女が、わずかに足取りをふらつかせながら、トリニティ本校舎から離れた建物……補習授業部が滞在している別館の廊下を歩いていた。
「…………」
──その少女の名は、桐藤ナギサ。
ティーパーティーのホストを務める人物であり……つい先ほどまで、レグルスによるレグルス構文を浴び続けていた張本人だ。
そんなナギサは現在、補習授業部と先生に、これまで試験に関して行ってきた所業を謝罪するため、別館を訪れていた。
冒頭で描写した通り、足取りはわずかにふらついているが、それでも補習授業部が居る教室へと、確かな意思をもって歩みを進めていた。
『──試験会場を爆破し、彼女たちの試験を妨害するのみならず、僕と同じ一般人に該当する先生すらも爆破に巻き込んだ人でなしと言ってるんだよ僕は』
「……救いようがない人でなし、ですね」
ふらつく足取りのまま、ナギサは自嘲するように小さく息を吐いた。
ナギサにとって、これまで多くの人物と関わってきた中で、あそこまで明確に断じられたのは、初めてのことだった。
……あの時のナギサは、あまりにも冷静さを欠いていた。
トリニティ内で条約締結を妨害しようとする裏切り者を探すためとはいえ、試験会場を爆破するなど、どう考えても度を越していた。
レグルスが口にしていた通り、あの場には補習授業部の生徒だけでなく……生徒とは異なりヘイローも持たず、銃弾一発で致命傷になり得るほど脆い身体の先生も居たのだから。
エデン条約に真摯に向き合い、何よりも他者を思って行動できる自分であれば、裏切り者を探る手段など、他にもいくらでもあったはずだ。
ほんの少しでも冷静でいられたなら、誰かに危害を及ぼさない方法を選ぶことも、決して難しくはなかったはずなのに。
仮にその手段でナギサ自身に被害が及ぶのだとしても、その時は先手必勝で相手にロールケーキでもぶち込んでやればいい。
なに、親友であるミカ相手にたまにやっていることだ。ナギサにとっては、さして難しいことでもないだろう。
「……ゲマトリア、ですか」
その名を知ったのは、友人であるヒフミから聞いたのが最初だった。
加えて、『ゲマトリア所属の強欲の権化』と名乗りながらゲヘナで暴れている……そんな噂を、ティーパーティーの生徒からも耳にしており、後にナギサ自身が接触し、その場へ招いたことで、当人であるレグルスの口からもその名を聞くことになる。
──その名こそがゲマトリア。キヴォトスに住んでいるにも関わらず、レグルスの口から聞くまで一切知ることがなかった、正体不明の組織だった。
あの日、レグルスが対談の場を後にし、『違法聖職者』というあだ名をティーパーティー内で広めた犯人であり、ナギサの大切な友人であるミカの小さな口にロールケーキを思い切りぶち込んだ後、ナギサは独自にゲマトリアについて調べ始めた。
……しかし、結果として何の成果も得ることが出来なかった。ネットで調べても、関連する情報は一つとして手に入れることが出来なかった。
表記を変えてみる。英字にしてみる。類似しそうな単語で検索をかけてみる。そして、過去の記録、古い文献など手を伸ばせる限りの情報源に当たったつもりだった。
──それでも、何も出てこない。
存在しないとでも言うように、最初からその名に触れた痕跡すら、どこにも残されていなかった。
過去にそういう組織があったのかどうか。類似する思想を持つ集団が存在したのかどうか。そもそも、ゲマトリアという言葉自体が何を指しているのかすら……今でもそれは分かっていない。
「──レグルスさん」
当時は、そこまで重要視していなかった。
どれだけ調べても一切の情報が得られないのであれば、それは相手側が徹底的に秘匿しているということ。
ならば、分からなくても仕方がない……そう結論づけて、思考を打ち切るつもりだった。
「──レグルス、さん……」
だが、今は違う。
やはり、ゲマトリア……いや、レグルス・コルニアスという人物を、もっと知りたい。
とにかく知りたい。知り尽くしたい。
エデン条約において、最も部外者であるはずの彼がなぜ、こんな人でなしのためにわざわざ足を運び、自分を変えるきっかけを与えてくれたのか。
先生とはまた違う、一人の大人。
そして、先生とは異なる視点を持つ、まだ理解しきれていない一人の男性。
……もし機会があるのなら、今度はプライベートで招いて、ゆっくりとお茶でもしてみたい。
ナギサは、胸の内でそう願う。
「──ハッ!?い、今はそれよりも、私が今やるべきことを……!ゲマトリアという組織の情報収集……いえ、レ、レグルスさんのことをもっと知るのは、後からでもできますので……!」
やめとけナギサ、その先は地獄だぞ。
世の中には詳しく知らない方が良いことだってある。もしナギサが、ゲマトリアという組織の実態を知ったとしたら……その時、彼女は何を思うのだろう。
ゲマトリアは、キヴォトスの神秘を探求し、研究するためならば、生徒を利用し、追い詰めることすら厭わない集団だ。
その在り方は、ナギサとは相容れないだろう。知ってしまえば、きっと失望する。そして、その先にあるのは、絶望に他ならないだろう。
……レグルス個人に焦点を当てるのであれば、話は違ってくるかもしれないが。
「──っ、着きました、ね……」
──閑話休題。
ついにナギサは、補習授業部が試験勉強を行っている教室の前へとたどり着いた。
……そして、これから自分が行うべきことを、改めて胸の内で確かめる。
試験に合格しようと奮闘していた四人の生徒と、先生に対して、これまでの努力や積み重ねを踏みにじるような行為をしてしまったことと、二度と今回のような事はしないと誓うこと。
それらすべてを、自分の言葉で誠心誠意謝罪することで、皆に伝えなければならない。それをすることで、ティーパーティーのホストとして、桐藤ナギサ個人としてようやく一歩進めることができる。
「……許してもらえるのでしょうか」
怯えるように、ナギサは小さく呟く。
裏切り者を探すという名目を盾にして、試験会場そのものを爆破し、彼女たちから試験を受ける機会すら奪ってしまった。
教室の扉を開けた瞬間、あらゆる負の感情が自分へと向けられたとしても、何ひとつ不思議ではない。
考えたくもない想像が、ナギサの脳裏をよぎる。
──だが、その点については、少しだけ安心してほしい。
例え、疑心暗鬼に陥ったナギサが、エデン条約締結を阻むスパイを炙り出すために設立した部活だったとしても……補習授業部は、いずれ必要とされる存在だったのだ。
一年生にも関わらず、上級生の試験を受け自爆し、そうでなくても単純に成績不良であった、下江コハル。
トリニティの次期生徒会長候補であったが、公衆の面前で露出行為を行うという奇行に走った、次期露出代表である浦和ハナコ。
転校生でありながら、学内で暴力事件を起こして派手に暴れた、白州アズサ。
全てはペロロ様のため。開催されるライブに全力を注ぐために試験をぶっちし、ブラックマーケットで犯罪集団の代表を担っていると噂されているとんでもない少女、阿慈谷ヒフミ。
……そう、もう一度言おう。補習授業部は、いずれ必要になる部活だったのだ。
少なくとも、表面上の経歴だけを見れば、問題児の集まりであることは否定できない……いや、全員がそれぞれの問題を抱えているとは分かるのだが、一人だけ内容が濃すぎないだろうか。
さすがはファウスト様。レグルスにペロログッズを買わせた少女は、やはり格が違う。
「──いえ、許してもらえるかどうかという話ではなく……誠心誠意、謝罪するという行為そのものに、きっと意味はあるはずです」
……扉の向こうからは、いくつもの声が重なって聞こえてくる。間違いなく、補習授業部の彼女たちだろう。
試験を妨害されたという事実があるにもかかわらず、教室の空気は驚くほど賑やかだった。それこそが、彼女たちの強みでもあるのだろうか。扉越しでさえ、それがはっきりと伝わってくる。
「……大丈夫ですよ、私。大丈夫です」
ナギサは小さくそう言い聞かせ、静かに決意を固め、扉をノックするのだった。
◆
「──?せ、先生でしょうか?」
「やっと来たの先生?ちょっと遅れるって聞いてから、結構時間経ってるし……」
「先生は普段から忙しそうだから、無理もないと思う」
「はーい、開いていますよー?」
最後の特別学力試験に向けて、今日も補習授業部は勉強に励んでいた。
そんな中、不意に教室の扉が何者かによってノックされる。その音は、静かな教室の中に小さく響き渡った。
それに対し、ヒフミ、コハル、アズサは、先生がようやく来たのだと思い込み、一方でハナコは扉の向こうにいる人物へ向けて声をかけた。
その返事の代わりに、扉の向こうに居る人物によってドアノブが回され──
「……お、おじゃまします。皆さん」
──現れたのは、ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサだった。
『────っ!?』
その姿を目にした瞬間、補習授業部に緊張が走る。
それもそうだろう。試験を爆破という形で妨害し、意図的に退学へと追い込もうとした張本人が居たのだから。この場においては、敵と見なされても何らおかしくはない存在だった。
「──な、ナギサ様……!?」
ヒフミは、ティーパーティーのホストが突然この場に現れたことへの緊張と、試験を滅茶苦茶にした張本人がなぜここに来る必要があるのかという困惑から、思わず声を上擦らせた。
「え!なんで……!?もしかして、また私たち……っ!」
コハルは、再び試験を妨害されるのではないか。そして、本当に退学になってしまうのではないかという恐怖に、目に涙を滲ませる。
「……桐藤、ナギサ」
アズサは短く名を呼び、視線を鋭く向ける。
その全身からは、次にどんな手を打ってくるのかを見極めようとする、強い警戒心が滲み出ていた。
「……あら、あらあらあら……補習授業部へようこそ、桐藤ナギサさん」
三者三様の反応が交錯する中、ハナコがゆっくりと立ち上がる。腰掛けていた椅子から離れ、ナギサへ向けて、一歩、また一歩と、静かに距離を詰め──
「──一体、何をしにこの場へいらしたのでしょうか?」
笑顔を浮かべたまま、ナギサにそう質問した。
「…………」
──警戒されている。
ナギサは、反応を見て短くそう結論付けた。
それは当たり前だ。あそこまで徹底的に試験を妨害すれば、警戒されるのは当然のこと。スパイを探すためとはいえ、その手段としてはあまりにも非人道的で、卑劣すぎたのだ。
──大丈夫。まずは謝罪から、今までしてきたことに対する謝罪を行う。話はそれからだ。
誠心誠意謝罪する。これは、補習授業部に対してももちろん、その顧問である先生と、引き籠っている間迷惑かけたティーパーティーの子たちに向けてでもあり──
『──僕に直接手を貸せることなんて何ひとつないし、わざわざお節介を焼くつもりもないけど、君が少しでも報われるように、密かに応援し続けるよ』
改めて、自身を見つめ直すきっかけをくれた彼に対してでもあった。
……さあ、早く謝罪を──
『君がそれを初めてやったことだっていうのは理解して──』『だけどさ、それとこれとは話が別なんだよね。経験がないから分からなかった、で済ませていいラインと、そうじゃないラインの区別くらいは──』『事前告知もせずに建造物を爆破するっていう行為がどれだけ危険性を孕んでいるかなんて、わざわざ経験しなくても──』『何より問題なのは、そこに第三者が介在する可能性を完全に軽視している点だよね?ここまできたら、君たち生徒だけで完結する話じゃ──』『実行したということは、つまり君は巻き込まれても仕方がないという前提を無意識のうちに許容していたことになる。それがどれだけ傲慢なことか──』『周囲にどれだけの影響を与えるかを常に考え続けなければならない立場だということだよね。やっぱり、影響力が大きい人間ほど、行動には慎重さが──』『これは別に君を貶したいわけでも、責めたいわけでもない。ただ事実として、君の行動は多くの前提を無視して成立していて、その結果として僕や先生のような無関係な人間の安全を脅かした。その一点において、君のやったことは明確に間違って──』『改めて、君は再認識するべきだよね。その行為がどれだけ危険で、どれだけ無責任で、どれだけ他人の権利を踏み躙っていたのか──』『そう、これって僕の権利の侵害だよね?』『先生の権利の侵害だよね?』『ティーパーティーの子たちの権利の侵害だよね?』『試験勉強をしていた補習授業部の子たちの権利の侵害だよね?』『ナギサ自身の精神の権利の侵害だよね?』『権利の侵害だよね?』『権利の侵害だよね──』『権利の侵害だよ──』『権利の侵害だ──』『権利の侵害──』『権利の──』『権利』『権利』『権利』『権利』『権利』
『──それってさ、権利の重篤な侵害だよね?』
──謝罪、を……
そしてナギサは、ゆっくりと息を吐き、覚悟を決めたように視線を落とし、両膝をつき、そのまま上体を深く倒し、額が硬い床に触れ、静かに両手を前へと揃えた刹那──
「──権利の侵害をして、申し訳ありませんでした……!」
「ナギサ様!?」
「えっ!?なんて!?」
「権利の、侵害……?」
「あ、あら……?」
謝罪の言葉にレグルスの一部が混ざってしまい、それを皮切りに場は一気に混沌へと飲み込まれていくのだった。
「"みんなごめん、遅くなっちゃって──って、ナギサ!?えっ、何この状況!?"」
……なお、その後ちゃんとした言葉で謝罪することが出来たそうな。
◆
「これでナギサも、少しは僕たちのような一般市民の気持ちを理解できたはずだよね。自分の内側にあるものをちゃんと言葉にして外へ出す。それだけで、互いの距離は確実に縮まるものなんだ。黙って抱え込んでいるだけじゃ、何も伝わらないし、何も変わらない。そうやって言葉を交わして、理解を積み重ねていくことで、ようやく対等な関係が成立するんだ。これこそが、一方的に押し付けるでもなく、閉ざすでもなく、ちゃんと向き合うってことなんだよね。そうやって意思を交わし合って、僕たち人間は初めて成り立つことが出来る存在なんだからさ」
──ナギサが補習授業部へ謝罪をしている最中、レグルスはすでにトリニティを後にし、帰路についていた。
「彼女が居てくれて本当に良かった。もしも居なかったら、ナギサは人の心がないまま突き進むところだったからね。それだと僕としては非常に困っていたところだった。そういう意味では、ナギサはあの子に感謝すべきだよね」
レグルスにとっても、ナギサにとっても、あのパテル分派の少女の存在は間違いなく大きな意味を持っていた。
彼女がナギサを慕い、そしてレグルスを一方的に拒絶しなかったからこそ、双方にとってこれ以上ない結果へと繋がったのだから。
「──まあ、僕のしたことといえば、ほんの少しでも平穏を享受できる状況に近付けただけなんだけどね。余計な衝突を減らして、無駄な混乱を出来るだけ抑えて……だから、大したことをしたつもりもないし、殊更に評価されるような行為ではないだろうね」
──レグルスにとって、ナギサにはエデン条約を確実に成功させてもらわなければ非常に困ることになってしまう。
ナギサのもとに訪れたのも、少しでも平穏へと近づく可能性を高めるため。条約締結の前にナギサが潰れてしまえば、レグルスにとっても何の利もないからだ。
だからこそ、わざわざ時間を割いて会いに行く必要があった。
……しかし、突然現れて、言いたいことだけ言って去っていったのだ。ナギサからすれば、レグルスはさぞ厄介な存在に映ったことだろう。
口では感謝を伝えられたとはいえ、内心でどう思われているかは分からない。嫌われていたとしても不思議ではないし……むしろ当然かもしれない。
そう考えながら、レグルスは小さく息を吐いた。
「……彼女の手腕に、僕が求める平穏が懸かっている。余計な問題もなく進んでくれるのが一番なんだけどね」
──レグルス個人としては、ナギサのことを好ましい生徒だと認識している。
客観的に見れば、度を越えた手段を平然と取る人の心がない生徒と言われても仕方がない振る舞いをしているが、その根底にあるものは、決して争いを好む性質ではない。
もし本当に争いを望むのであれば、自ら進んでエデン条約を締結しようなどとは思わないはずだ。トリニティとゲヘナの不和こそが、争いの火種のひとつでもあるのだから。
だからこそ、その確執に終止符を打とうとするナギサの姿勢には、素直に期待したくなる。できることなら、ゲヘナの不良生徒に二度と襲われるような事態すら、遠ざけてほしいものだ。
「求めている結末は、きっとナギサと僕は同じだ。過程や手段に違いがあったとしても、行き着きたい場所そのものは一致している。断言してもいいね」
──平穏を求めるという一点において、レグルスとナギサには確かに通じるものがある。その点に関してなら、案外話も弾んだりするのかもしれない。
そう考えると、目立たない場所で、たまに一緒にお茶をする……そんな関係も、悪くはないだろう。
もっとも、これからのナギサはエデン条約の件で忙しくなるだろうから、その機会がいつ訪れるのかは分からないが。
「ナギサが今後何を思って、どんな行動を取るのか……まあ、気にならないと言えば嘘になるけどね。とはいえ、悪辣な手段に出ない限りは、その選択は尊重されるべきだよね。誰かに強制されるものじゃないし、本人の意思で進むからこそ意味があるんだからさ。まっ、明らかにおかしな方向へ逸れ始めたと分かった瞬間は別だけどさ。その時は遠慮なくロールケーキでも口にぶち込んで、物理的にでも止めてやってもいいね」
なんて事を言うんだお前は。その前にナギサに『権利の侵害』と言わせた事に責任を取れ。
「さっ、早く帰ろう。僕にとっての、僕だけの平穏を享受出来る場所が待っている」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、レグルスは帰路を辿る。
この後の予定は特にない。定期的にゲマトリアで集まる機会はあるものの、今日はその予定も入っていないからだ。
──だからこそ、今この時間は、レグルスにとって束の間の平穏を享受できる貴重なひとときでもある。
さっさと帰って、何にも邪魔されることなく穏やかに過ごす。それこそが、レグルスにとって何よりの至福なのだから。
「──うわっ……何でいつも変なタイミングで出くわすかなあ……お願いだから、今すぐ私の視界に入らないどこかに行ってくれないかな☆」
──しかし、平穏を享受しようとしても、そう上手くいかないのがお約束というもの。
聞き覚えのある声が耳に届いた瞬間、レグルスはそちらへ視線を向け、そこに立つ人物を認識すると、露骨に眉をひそめた。
「それはこっちの台詞なんだけど?──聖園ミカ。せっかく気分良く過ごしていたというのに、君の一言で全部台無しだ。本当に余計なことをしてくれたよね……それで?この落ちた気分を、君はどうやって責任を取ってくれるつもりなのかなあ?」
ティーパーティーのパテル分派の代表にして、生徒会長である、聖園ミカ。
帰路を辿っていたレグルスは、そんな彼女と偶然にも鉢合わせてしまう。
「責任なんかとるわけないじゃん、そんな筋合いもないし。何を言ってるの?」
「筋合いが無いのであれば、わざわざ僕に突っかかってきた意味が分からないんだけど?余計なことを言うその口にロールケーキでもぶち込まれたいわけ?」
「ちょ、ちょっとやめてよそれはっ!」
軽く脅しただけだというのに、ミカは慌てて口元を押さえ、露骨に動揺を見せる。
この目で見たわけではないが、もしかすると本当にナギサにでもやられたのだろうか。
やはり、ミカを黙らせるにはロールケーキをぶち込むと脅すのが正解なのかもしれない。
「……あーあ、貴方に出くわすなんて本当にツイてないなあ。ヒナちゃんだったら良かったのに」
「──ああ、そういえばあの後、ヒナと連絡先は交換した?君は無様に絶叫しながらその場から逃げていたけど。無様に絶叫しながらね」
「殴っていいかな?良いよね☆」
「すぐに人を殴ろうとするだなんて、やっぱり君の脳みそは筋肉で埋め尽くされてるのかな?」
「殴るよ?」
拳を強く握りしめ、レグルスへと向けるミカ。そのまま振り抜かれてもおかしくはない空気だったが……不意にミカは拳を下ろし、視線を伏せてぽつりと告げた。
「──交換したよ。まだこれといって何もやり取り出来てないけどね」
「……へえ、仮にもゲヘナ嫌いである君がそんな──」
「もう良いでしょ?今は貴方と話したい気分じゃないし。というか話したくないから」
「は?」
最後までレグルスの言っていることに耳を傾けず、ミカは意味が分からないという表情を浮かべているレグルスの隣を通りすぎて、無視してそのままその場を立ち去っていく。
「おいおい、言うだけ言って勝手に立ち去るだなんて、自分勝手にも程があると思わな──はあ、まあ良いか……そんなことよりも僕は君に聞きたいことがあったんだ。君は仮にもティーパーティーの代表の一人なんだから、エデン条約についてナギサに協力してるのかな?もししていなければ、余計なお節介かもしれないけどしてあげた方が良いと思うよ。今だったら、ナギサも泣いて跳び跳ねて喜ぶんじゃないかな」
泣いて跳び跳ねて喜ぶかどうかはさておき、レグルスは単純な疑問を抱いていた。
ナギサが一人でエデン条約の締結に取り組んでいるように見えるのなら、友人であるミカが隣で支えてやってもいいのではないかと。
……もっとも、ミカは筋金入りのゲヘナ嫌いだ。
そういう意味では、協力を拒む理由があっても不思議ではないのだが。
「──」
レグルスの言葉を受けた瞬間、ミカの足が止まる。
そして、その場に立ち尽くしたまま、わずかな沈黙が流れ……やがて、背を向けたまま、ミカは口を開いた。
「ナギちゃんは、私が隣に居なくても大丈夫だよ」
そして、ほんの少しだけ顔を後ろへ向けて──
「──私は私で、別の方法で
人差し指を顎に当て、いつもの調子で笑みを浮かべそれだけを言い残すと、ミカはレグルスが何か言い返すよりも早く、駆け足でその場を去っていった。
「……」
レグルスは、前回のようにミカの名を叫んで戻ってこいと言うわけではなく、ただ、駆け足で去っていくその背中を、黙って見つめ続ける。
「…………」
ふと、ミカと同じティーパーティーの代表である、ナギサとセイアの顔が脳裏をよぎる。
──言葉にはできない、わずかな引っかかり。
それを振り払うように、短く呟く。
「……まさかね」
──その一言には、ミカが今後、自身が求める平穏を脅かす存在になり得るのではないか、という微かな危惧が込められていた。