ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

63 / 66
誰よりも知っている

 

「僕はこれでも、気遣いのできる人間だからね。君がどういうわけか動揺して、訳の分からないことを口走っていたとしても、少しくらいなら待ってあげなくもない。何しろ、僕は君とは違って大人だからさ。相手が取り乱しているときに急かしたり、無理に話をさせたりなんて、そんな無粋な真似はしないよ。まずは深呼吸でもして、気持ちを落ち着けるといい。自分の言いたいことを整理して、僕にきちんと伝えられる状態になるまでの準備くらいは、慈悲深い僕がさせてあげるよ」

 

 対面に座る生徒へそう言い聞かせると、どこまでも寛大で慈悲深いレグルスは、自身の時間という私財を消費し、相手を気遣うことにした。

 

 当然、相手はそれをありがたく受け取るべきである。

 

 決して、その厚意を当然のものとして扱ったり、ましてや権利の侵害をするような真似をしてはならない。

 

「──ふう……」

 

 生徒は言われた通り、深く息を吐いた。

 

 どうやら、深呼吸をすることで多少なりとも気持ちが落ち着いたらしい。

 

 ここは現実の世界ではないが、そんな行為に意味があるのかと問われれば──当然、あるという答え一択だ。

 

 現実だろうと夢だろうと、それは関係ない。気持ちを落ち着かせようとする、その行為そのものが大切なのだから。

 

「……それで?」

 

 寛大で慈悲深い心を持つレグルスは、満足そうに頷きながら、生徒の言葉を待った。

 

 こういうとき、こちらから無闇やたらに催促するような愚かな真似はしない。相手が自分の言葉を整理し、話す準備ができるまで待ってやる。

 

 そうして相手の権利まで主張してやることによって、無駄な争いを避けることができる。

 

 ──何て素晴らしいのだろうか。

 

「レグルス」

 

 そして、生徒は口を開く。

 

 次なる言葉を紡ぐことで、相手を納得させるほどの威力を持って……今この瞬間だけでも、全力でぶつけるのだ。

 

「──ナギサが危ないんだ」

 

「僕は帰らせてもらうよ。それじゃあね、セイア」

 

「君も私に対して、だんだん遠慮がなくなってきたね」

 

 ──駄目だったようだ。

 

 先ほど深呼吸までして精神を落ち着かせていた生徒……セイアは、若干呆れられていることなど気にも留めず、何としてでもレグルスを引き留めようとする。

 

「僕をこの夢の世界に招くこと自体は、まあ、百歩譲って良しとしようじゃないか。いつも通りだからね。君にも君なりの事情があるんだろうし、僕だって相手の事情を一切考慮しないほど狭量な人間じゃない。何より、こうして君と話をすることそのものまで否定するつもりはない。そこまで僕は冷たい人間じゃないからさ」

 

 椅子から立ち上がっていたレグルスは、再びセイアの対面になるように椅子へ腰を下ろす。

 

 そして、ティーカップになみなみと注がれた紅茶を眺めながら、深いため息を吐いた。

 

「ただし、勘違いしてもらっては困るんだよね。僕がここへ来ているのは、君に呼ばれたから仕方なく付き合っている、なんて話じゃない。忙しい身であるこの僕が、わざわざ自分の時間を割いて、こうして直々に君と会おうという意思を持っているからこそ、今この場で初めて僕たちは言葉を交わせているんだ。そこを君は改めて、その大前提を理解しなければならない」

 

 そう言いながら、レグルスは紅茶を飲むためにティーカップを持ち上げ、口元へ近づける。

 

 ──なみなみと入っているせいで、非常に飲みづらそうだ。

 

「まあ、その辺りについては、もう君も十分に理解したという前提で話を進めてあげようじゃないか。いつまでも同じことを説明しているほど、僕も暇じゃないからね。僕としては、君が僕の言ったことをきちんと理解してくれたものとして扱うくらいの寛大さは持ち合わせているんだ……それで、君はさっき『ナギサが危ないんだ』と言ったね」

 

「──ああ、言ったとも。駄目だったかい?きっと君なら、理解してくれるはずだ」

 

「理解できるわけがないよねッ!?」

 

 レグルスは嘆き、紅茶の入ったティーカップを勢いよくソーサーへ叩きつけた。

 

 権能によって、ティーカップを通して紅茶そのものが停止しているため、ティーカップの中身は一滴たりとも溢れず、揺れすらもしないという芸当を見せる。

 

「あのさあ、人に何かを伝えようというのなら、情報の量と質、その両方が大切なんだよ。これは別に難しい話じゃない。コミュニケーションというのは、そもそも互いの間にどれだけの情報格差があるのか、それをきちんと把握した上で成り立つものなんだからね。自分だけが知っていることを、相手も当然知っているものとして話を進めるなんて、それこそ話をする以前の問題だよね?それなのに君は何だッ!何が『ナギサが危ないんだ』だよ!それだけで僕に何を理解しろっていうわけ?」

 

 おそらく、セイアお得意の明晰夢によって、何かを知ってしまったのだろう。別に、それくらいのことならレグルスにも理解できる。これまでの彼女の言動から察することだってできる。

 

 ──しかし、今の段階でレグルスから出てくる感想など、『だからなんだ?』の一言に尽きる。

 

 何が起きたのか。どうしてナギサが危ないのか。そもそも、何を知ったというのか。

 

 そこを何一つ説明せず、ただ『ナギサが危ない』とだけ言われても、レグルスにしてみれば判断のしようがない。

 

 ……それじゃあ、わざわざここまで長々と構文をつらつらと言葉にする必要があったのだろうか?

 

 最初から『何があったのか説明してくれ』と一言で済ませれば、それで話は早かったのではないか?

 

 これだからレグルスはレグルスなのである。

 

「私だって全てを知ることができたなら、それを君に話しているさ。けれど、残念ながら私も万能というわけではないからね。知らないことまで語ることはできない……君と私は、深い関係にある『契約者』なのだから。本当に全てを知っていたのなら、その全てを君に伝えていたとも」

 

「……というと?」

 

「──ああ。私が明晰夢を通して観測できたのは、あくまでほんの断片に過ぎなかったんだ」

 

 セイアの神秘によって未来を観測することのできる明晰夢は、必ずしも、その場で起きている全てを映し出してくれるとは限らない。

 

 良い未来であろうと、悪い未来であろうと、その光景を断片的にしか見ることができないことは、これまでにも何度となくあった。

 

『あは─……─っと、────に楽しかった───。ナギサ────友──っこ』

 

『──っ、私は、確かに許されないことをしました……!ですが、一体何が理由でこんな──』

 

 ──そして、セイアが理解できたのは、ある二人がナギサを取り囲み、そのうちの一人が銃口を突きつけ、無慈悲にも彼女を滅多打ちにしていたということだけだった。

 

「その二人の人物は、闇夜に紛れていた。姿を捉えることは難しかったし、聞こえてくる声にも、どうやらノイズが混じっていた……いや、違う。結局のところ、そんなことは些細な問題だろうね。どういう理由であれ、私の神秘がそうさせた……その事実だけは、何も変わらない。変わることは、ない」

 

 一体、どんなことを言われたのだろうか。どれほど絶望したのだろうか。どれほど怖い思いをしたのだろうか。

 

 ──それは、セイアにも計り知ることができない。

 

 いくら知ろうとしても、明晰夢の中へ介入して妨害することも、彼女に助言をすることさえもできない。見えているけれど、触れることはできない。

 

 だからこそ、どれだけ願ったところで、完全に同じ思いを共有することもできない。

 

 そんなセイアは、己の無力さに嫌気が差していた。

 

「──そう、私は信じていた。少なくとも、つい最近まではね」

 

 セイアの瞳に、『契約者』の姿が映る。

 

 意図した形であれ、意図しない形であれ、閉じ籠もっていた夢の世界から無理やり連れ出された、どこまでも強欲な男。

 

 その姿を、セイアは隅々まで捉えていた。

 

「私の未来予知は、『よく』当たる。だが、『必ず』ではない。未来を垣間見ることと、未来を確定させることは、似ているようでまったく違う……百発百中なんてものではない、だろう?」

 

 ほとんど無理やり契約を結ばされたことを思い出しながら、セイアは当時、強欲すぎる男が口にしていた言葉を少しだけ変え、契約者であるレグルスへ向けて告げる。

 

「観測した未来が99%訪れるのだとしても、残りの1%は間違いなく存在している。かつての私はその僅かな可能性さえも自分の予測に組み込み、100%という数字に仕立て上げようとしていた。まるで、結末まで記された未来を一つの物語として完成させるかのように」

 

 それは決まって、青春物語とは到底呼べないような、悲惨で色褪せた軌跡ばかりだった。

 

 そこに希望など存在しない。光に照らされた未来など、微塵も信じてはいなかった。

 

 ──だが、もうその考えは捨て去った。

 

 未来という物語に、最初から結末まで書かれている必要なんてない。むしろ、最後の一頁が空白だからこそ、物語はまだ続いている。

 

「私が見たのはあくまで断片だ。彼女が傷つけられる光景と、その前後にある僅かな言葉。それだけしか私は知らない。ならば、それ以上のことを勝手に書き足すべきではないだろうね。では、残された頁を誰が埋めるのか?……それは、私には分からない」

 

 けれど──と、一拍おいて、セイアはここまで黙って言葉を聞き続けているレグルスへ、より一層真剣な眼差しを向ける。

 

「少なくとも、君なら……レグルスなら。その空白を『仕方がなかった』という言葉で埋めたりはしない。だから私は、君に一つ預けたいんだ。私には見ることしかできなかった、その先──ナギサの未来を」

 

 セイア一人では、あまりにも力不足だ。そして、不用意に表へ出れば、自身の命を狙われる可能性もある。

 

 だからこそ、レグルスに──『契約者』に情報を渡すことで、ナギサの未来を託そうとする。

 

「──なるほど、なるほど」

 

 詳しい内容を聞き終えたレグルスは、どこか満足そうに頷いた。

 

 ──そうそう、やはり物事というのは、こうして筋道立てて説明されるべきなんだよ。曖昧なまま相手に理解を求めるなんて、あまりにも不誠実なのだから。

 

 そんなことを考えながら、レグルスはそのまま椅子から立ち上がり──

 

「お断りさせてもらうよ。僕には荷が重すぎるからね。それじゃあセイア。また明日、夢の世界で会おう」

 

「待て待て、待ってくれ、レグルス」

 

 ──その場から、あまりにも自然に立ち去ろうとするため、セイアは言葉の限りを尽くして、全力で彼を引き留める。

 

「なに?僕の時間という私財を散々奪っておいて、それでもまだ僕を引き留めようっていうわけ?君は僕のことを何かにつけて『強欲』だなんて決めつけるけどさ、そもそも僕は無欲で理性的な人間なんだ。そんな僕が自分の時間まで粗末に扱わなきゃいけない理由にはならないよね?」

 

「ここまでの話の流れを踏まえても、そこは引き受けるところなんじゃないかい……!?」

 

「そんな流れなんて僕は知らないよ。君が勝手に作った物語の筋書きを、さも当然のように僕に押しつけないでくれないかな?」

 

 レグルスは、セイアがよく小説を読むことを知っている。

 

 だからこそ、彼女の言葉遣いが難解で、遠回しすぎることも理解していた。人によっては、それだけで無用な誤解を招き、トラブルの火種にすらなりかねないだろう。

 

 もっとも、レグルス自身も『レグルス構文』を駆使しているため、別の意味で言葉が難解なのだが。それでも、何となくセイアの言わんとしていることを理解できるのは、彼女との付き合いがあるからだけではない。

 

 ゲマトリアの構成員であるマエストロやゴルコンダと話してきた経験もまた、彼女の言葉の意味を読み取る助けになっているのだろう。

 

 お前ら普通に喋れよと叫びたいところだが、レグルスにそれを叫ぶ資格はない。何しろ、レグルス自身もまた、別の方向性で言葉をこねくり回す側の人間なのだから。

 

 残念だったな!

 

「君は随分と馬鹿みたいに遠回しに言葉を並べていたけど、結局のところ、一言で言えば『ナギサを助けてほしい』ってことなんでしょ?だったら、なおさら駄目だ。僕は引き受けるつもりは毛頭ないよ」

 

「……なぜだい?私には、君とナギサは思いのほか似ているように見えた。物事の捉え方も、譲れないものに対する頑固さもね。だからこそ、君は彼女に対して、少なくとも悪い感情は抱いていないものだと思っていたのだが……」

 

「ああ、君よりは好ましいと思ってるよ」

 

「……………………………………」

 

 こいつ、言わなくていいことをはっきり言いやがった。やはり、私に対して遠慮がなさすぎるのでは?

 

 セイアがジト目になりながらレグルスを凝視していると、当の本人はさも当然のことを言ったかのような顔をしながら、呆れたように口を開く。

 

「──だけどさ、それは『契約』の範囲外だ。君の願いは、僕に不幸や理不尽が降り注ぐ未来とは無関係だし、僕自身が享受する平穏の権利を脅かすとは思えないんだよね」

 

「……ナギサに理不尽が降り注いでも、許容するということかい?」

 

「ある四人に理不尽を与えたという意味では、それでも良いかもしれないけどね。でも、そもそもとして──」

 

 一度くらい理不尽を受けても、ナギサは文句など言えない。涙ながらであろうとも、喜んで受け入れるべきだろう。

 

 ──もっとも、レグルスはそんな理由で断っているわけではないが。

 

「──セイアが直接、被害を被るわけではないんだよね?だったら、なおさら僕が動く必要性なんて感じないんだ。そもそも、僕と君の『契約』がどういうものだったか、忘れたわけじゃないでしょ?あれは僕と君が、お互いに最大限利用し合うことを前提として結ばれたものだ。僕が君を守る代わりに、君は僕に未来を見せる。そして、互いに平穏を享受できるようにする。実に分かりやすい話だったと思うんだけど。そこに、君の知人が危ないから助けてあげよう、なんて条件が含まれていた覚えはないんだけどね」

 

「……それは──」

 

 レグルスにとって、セイアの命が脅かされない限り、いくら『契約』を結んでいるとはいえ、そこまでする義理はまったくない。

 

 セイアの友人であるのなら、セイア自身が何とかする。そのほうが、ナギサにとっても喜ばしいことだろう。

 

「それこそ生徒のみんなの教職者であり聖人である、先生に頼めば良いじゃないか。今の君は、やろうと思えば先生と連絡を取り合うことだって可能なはずだよね。僕の時間という私財の権利の侵害をする前に、先生に頼りなよ」

 

「……」

 

 ……確かに、先生は頼れる大人だ。

 

 生徒たちのことを第一に考え、大人として、セイアを含めた全生徒の責任を背負ってくれる。キヴォトスにいる、すべての生徒の味方であろうとしている。

 

 一部、よく分からない噂が流れているとも聞くが──どこまでも真摯で、誠実な人間であることは、セイアもよく知っている。

 

 ──だけど、だけども。

 

 セイアは、それでも思う。

 

「……レグルス」

 

 ──ゲマトリアに所属し、客観的に見れば、悪い大人でしかない、レグルス・コルニアス。

 

 そんな君を、先生という存在を差し置いてまで、私が最初に頼ろうとした。最初に伝えようとした。最初に、話を聞いてほしいと思った。

 

 その理由を、君は本当に何一つ理解していない。

 

 私がここまでになってしまったのは、君の責任だ。

 

 君が、百合園セイアという人間の未来、そのものの軌道を無理やり変えてしまったのだから。

 

 ──だから、責任を取るべきだ。

 

「先生じゃなくても、君を介護してくれる美人のナースであるミネにでも頼ったらいいんじゃない?君の頼みなら、喜んで引き受けてくれるよ。だから僕は、君のその頼みを引き受けるつもりは──」

 

「良いのかい?そんなことを言って」

 

「──は?」

 

 セイアは口元に袖を添え、目を細めながらレグルスを見据える。

 

 対するレグルスは、あからさまに不機嫌な顔を浮かべ、口元をつり上げた。

 

「……今回のエデン条約の調印間近まで漕ぎ着けられたのは、ナギサの尽力によるものだ。彼女がいなければ、エデン条約そのものが空中分解したまま、トリニティとゲヘナの紛争を終わらせる、そのきっかけすら生まれていなかっただろうね」

 

「……?ああ、それはそうだろうね。ナギサの尽力によって、キヴォトスがより平穏に近付くのは間違いない。僕もたまに、トリニティとゲヘナの生徒同士の争いに巻き込まれることがあるんだよ。本当に、たまったものじゃないよね。お互いに罵詈雑言を浴びせ合って、皮肉を言い合って、そのうえ相手がどういう人間なのかも知らないくせに、『トリニティだからこうだ』『ゲヘナだからこうだ』なんて、相手の立場だけを見て一方的に決めつける。もちろん、全員が全員そうだなんて言うつもりはないよ?そこまで乱暴な括り方をするほど、僕も物事を知らないわけじゃないからね。ただ、それでも見ていて思っていたよ。もう少し、互いに冷静になったらどうなんだい、とね」

 

 そういう点では、レグルスもナギサには感謝しているのだろう。

 

 レグルスにとって、平穏を享受できるのであれば、余計な争いを取り払ってしまった方が損はない。むしろ、自分の望む環境に近付くという意味では、歓迎すべきことですらある。

 

「だからといって、僕が君の願いを聞く理由には──」

 

「レグルス」

 

「あのさあ!人の話を遮って自分の言いたいことだけを好き勝手に話すって、それは人としてどうなのかなあ!?それって僕に対する明確な権利の──」

 

「君は今まで以上に、トリニティのスイーツを買いにくくなるだろうね」

 

「──は?スイーツ?」

 

 だからこそ、セイアは狡い手段に出た。

 

「私は知っているとも。君がたびたびトリニティへ足を運んでいることくらいはね。そこでスイーツや紅茶のティーバッグを買っていることも知っているし……何より、それを君自身の口から聞いたことだってある。君が思っているより、私は君のことを知っている。これまでにも、そういう機会は決して少なくなかったのだから」

 

 ──レグルス以外の、ゲマトリア構成員たち。君たちはどういう経緯でレグルスを引き込んだのか知らない。そこには様々な過程があり、最終的に『ゲマトリア所属の強欲の権化、レグルス・コルニアス』という存在を定着させたのだろう。

 

「だが、もしナギサが何らかの理由で、エデン条約の調印式にすら辿り着けなかったとしたら? 条約はまた中途半端なところで空中分解し、トリニティとゲヘナの溝は、今よりも深くなってしまうかもしれない。君がいつものように平穏を望んで、何食わぬ顔でトリニティへ足を運んだとしても……そこで待っているのは、必ずしも君が望んだ平穏とは限らない──君はまた、権利を侵害されることになるかもしれない」

 

「──」

 

 ──だが私は、君たちが知らないことまで知っている。

 

 こうして夢の世界で言葉を交えていることも。互いに知り得ないものまで共有し、契約を結び、そして私の未来を変えたことも。深淵の底へ叩き落としたあの女が、まさかこうして自分が生きているなどとは、夢にも思わないだろうということも。

 

「しかし、君がそこまで言うのなら、仕方がないね。君の言う通り、君自身の時間という私財をこうして私のために割いていることも事実だ。そう考えれば、それを『権利の侵害』だと言われても……否定はできないのだろうね……そう、仕方がないんだ。君がそこまで主張するのなら、私も引くとしよう。レグルス、無理強いしてすまなかったね」

 

 ──間違いない。これだけは、間違いないと断言できる。

 

 彼、彼女たちは、最初に出会ったばかりのレグルスのことを知っている。その容姿も、性格も、そして彼が抱える強欲さも。

 

 おそらく、ある程度把握した上で、彼をゲマトリアへ引き入れたのだろう。

 

「今日の茶会は、ここでお開きにしよう。今日ここで交わした言葉も、君の記憶の彼方へ沈めてしまって構わない。今後、君が気にすることがないようにだけ──」

 

「──セイア」

 

「……何かな?レグルス」

 

 ──だが、間違いなく断言できる。

 

「僕は、引き受けないとは言ったけどね。干渉しないとは一言も言ってないんだ。君の願いを『引き受ける』つもりはない。ナギサを助けることを僕自身の責任にするつもりもないし、君との契約に存在しない仕事を、僕の時間を削ってまで請け負うつもりもない。それについては今も何一つ変わっていないからね。ただ、僕が望んでいるのは、ただ平穏に過ごすことだ。僕が何をするでもなく、勝手に周囲が争いをやめて、勝手に物事が丸く収まって、僕は僕で静かに紅茶でも飲んでいられる。それが一番いいに決まってるよね?」

 

「……レグルスにとっては、そうかもしれないね」

 

 ──ゲマトリア構成員よりも、他の生徒よりも、先生よりも。

 

「だから、その『干渉』をするために、君には僕に対して果たすべき義務がある。そうでしょ?」

 

「……一体、なんのことだろうか。私に聞くことなんて、君にはあるのかな?」

 

 ──私は誰よりも、レグルスを知っている。

 

「──明晰夢で見た、ナギサの居場所を教えなよ」

 

 それを聞いたセイアは、『むふー』と、どや顔を浮かべるのだった。

 

 アナライズフォックスですまない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。