ゲマトリア所属の強欲の権化   作:ぬこぱんち

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皆様のおかげです!本当にありがとうございます!
これからも強欲ムーブするレグルス(?)をよろしくお願いします!



透き通った謎の来訪者

 

「学習しろよ僕!?」

 

 怒声が静寂を破る。鋭く張り詰めた声は、誰かに向けたものではない。だが、誰よりも厳しく、誰よりも容赦なく、自分自身へと向けられた断罪だった。

 

 その直後、思考よりも速く行動が先んじた。怒りの矛先を見つけた僕は、己の額を目の前の机へと振り下ろす。

 

 硬質な打撃音。衝撃と共に、木材が悲鳴を上げた。

 

 綺麗に整えられた木製の机は、一瞬で無惨な姿を晒した。天板はひび割れ、足は折れ、四方へと破片が飛び散る。まるで、何かの呪いにでもかけられたように、机は音を立てて崩れ落ちた。

 

「あっ」

 

 短く漏れた声は、あまりにも間抜けで、そして致命的だった。自らの過ちに即座に気づく。そして、その気づきがさらなる自己嫌悪を招く。

 

「やってしまった……」

 

 口をついて出た言葉に、後悔がにじむ。これは単なる破壊衝動などではない。

 

 どうやら、先程の行動は強欲ムーブだと判定されてしまい、獅子の心臓が発動してしまったらしい。

 

 決して暴力ではない。だが、強欲とは自分以外のすべてを、自分の理屈で包み、捻じ曲げ、呑み込んでいくようなもの。その発端を、無意識のうちにやってしまった。

 

「はあ……」

 

 深いため息を吐く。

 

 権能を発動している間は痛みなど感じるはずがないが、何故かこの時は額に妙にリアルな痛みを感じた気がした。

 

 そして、床に散らばった机の残骸を見下ろす。それを見ていると、あいつ──黒服に言ってやろうかと考えがよぎる。

 

『もしかしたら、この破壊行為は僕の不手際もあったかもしれない。だけどさ、そもそも君が中途半端な耐久力しかない机を用意したという原因もあると思うんだよね。だったら、責任の一端はそちらにもあるはずだ。僕は君が言う元実験室とやらに、善意で住んでいる立場なんだからさ』

 

 黒服の姿が脳裏をよぎる。冷徹で、機械のようなあの視線。彼ならば、クックックといつものように笑いながらでもこの理屈を受け入れるかもしれない。

 

 だが、それでも。

 

 「……やめておこう」

 

 そう呟く。

 

 この破壊してしまった代償は、手持ちの資金から補えばいい。元より、そこに不足はない。だが、それでも釈然としない感情は消えなかったが。

 

 ……まあ、とにかく。

 

「強欲ムーブばんざいッ!」

 

 そんな謎の発言をしてから、崩れた机の残骸を見なかったことにして、誤魔化すように窓際に視線を移す。そこに飾られてあるのは……色とりどりの花々。

 

 昨日、自分の手で買ってきた花たち。薔薇、チューリップ、ヒヤシンス──など、この部屋の無機質な空気にささやかな彩りを添える命。

 

「……すごい、華やかになったな」

 

 小さな呟きは、自然と口をついて出た。冷たい、無機質な元実験室の部屋。その中で、この一角だけが確かに輝いていた。

 

 この部屋は、黒服の説明によれば、とある生徒のために設計された実験室。高性能なセキュリティ。贅沢すぎる家具。日常の中では到底出会うことのない設備の数々。

 

「花を購入したのは正解だったな……さすが僕」

 

 温もりをわずかに感じた気がしたところで、優雅に咲き誇っている花たちを見て回る。でも、こうして見ているとどうしても目を引く花が一輪ある。

 

 ──それは、スミレだ。

 

 淡い紫色をしたか細い花。

 

 他の薔薇やチューリップなどに比べれば、明らかに見劣りする。華やかさも、香りもほとんど感じない。だが、それでも──それでもなぜか、目を奪われる。

 

「……なんでだろうな」

 

 スミレに手を伸ばし、けれど触れることはしない。その小さな花に触れてしまえば、何かが壊れてしまいそうで。

 

 これは、アツコ……秤アツコが僕に渡してくれた花だ。

 

 花たちの中で、最も目立たず、最も小さい。それなのに、何故か一番輝いて見えた。

 

「……わからない」

 

 言葉が零れる。自分のことなのに理解が追いつかない。

 

『レグルス・コルニアス』は強欲を冠する男。女性という存在を、自らの理想像で塗り固め、それに反するものは全否定した愚か者。

 

 その中でも、もっとも人の神経を逆撫でする言葉──

 

『──君は処女かな?』

 

 その台詞ひとつで、何人の読者が、視聴者がドン引きしたのだろうか。もしも自分が女性で、目の前で聞いていたなら、確実に男として象徴であるソレを粉砕しに行っただろう。

 

 女性の敵でもあり、その理不尽な強欲さに老若男女問わず、かつ言動にもドン引きするのは間違いなかったはずだ。

 

 ただ、アツコは違った。

 

 彼女は、ありのままの『レグルス・コルニアス』を、拒絶するどころか受け入れてすらいた。

 

 むしろ、会話の主導権を奪うほどの強ささえあった。

 

「だからこそなのか……?」

 

 小さな王が発動し、疑似心臓の寄生先が増えたのは。

 

 ──ここまである多数の生徒に合ってきた。主に不良ばかりで基本的にカツアゲ目的だったが……やはり、不良以外で特に印象に残っている生徒が、二人いる。

 

 ゲヘナ学園所属の空崎ヒナ。

 

 どこ所属か分からない秤アツコ。

 

 ヒナは規律を重んじる雰囲気でありながら、どこか常に疲れ切ったような、乾いた目をしていたような気がした。だが、僕を助けたまさにあの時、力を問われるような場では、冷徹なその強さを僕に見せてくれた。

 

 一方、アツコはその真逆。まるでこの世界そのものに対して無垢で、物珍しげにすべてを見つめる少女だった。だが、底の見えない目の奥に潜むものは、ある意味ヒナと同じように感じた。

 

 だが、それだけじゃ分からない。

 

 ──この二人の共通点は何だ?

 

 なぜ、彼女たちだけが、僕の王国に受け入れられたのか?

 

 他の生徒と比べ、明確に異なるその点は、どこにある?

 

 僕には、まだその答えが見えていない。あまりにも情報、経験が少なすぎる。

 

 そもそも、『小さな王』は、なぜ手が触れ合うことで発動するのか?

 

 そして、なぜ僕はそれが発動したと分かるのか?

 

 疑問は疑問を呼び、頭の中はもやのようなもので覆われていく。考えれば考えるほど、霧は晴れず、視界は曇っていく。

 

「逆に、ありとあらゆる人物と手を触れあってみるか……?」

 

 自分で口に出して、思わず笑ってしまう。

 

 いや、ただの変質者だろ、それは。

 

 元々この男──レグルス・コルニアスはまともじゃない。今さら常識なんて枠に縛られても仕方がない。

 

 ……だが、もし本当に、触れるだけで疑似心臓の寄生先が広がるのだとしたら?

 

 理屈を抜きにして、単純に──僕は、手を差し出すだけで、数多の人物を嫁として集めることができてしまうことになる。

 

「ただの屑やん……あっ、ノミ以下か」

 

 吐き捨てるように自嘲する声が漏れる。

 

 ──そんな事を考えながらも、僕の視線は小さなスミレに注がれたまま。

 

 儚げなその姿に、やっぱり特別なナニかが宿っているような気がして、どうしても目が離せなかった。

 

「ふう……」

 

 とりあえず──今後の方針は決まった。

 

 誰にも触れられない。誰も僕の領域に踏み込ませない。

 

 徹底的に強欲を極め、誰にも手を伸ばされない存在になる。

 

 それが、僕にできる最も確実な自己防衛であり、支配でもある。

 

「そういう意味でも、明日から色々と忙しくなりそうだ……」

 

 独り言のように呟いて、僕はようやく小さなスミレから視線を外し、重い足取りで寝室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、三ヶ月が経過した。

 

 僕は相変わらず、この異常な世界で、強欲ムーブを極めながらも日々を過ごしていた。

 

 最初こそ、どこに行っても爆破によって崩壊する建物と、妙に洗練された制服姿の少女たちに戸惑ったが、時間が経つにつれて、この世界の常識というものに身体が馴染んできた。

 

 この三ヶ月を思い返すと、色々な出来事が思い浮かぶ。

 

 ──ある日、河川敷で散歩していると、また僕は不良達に絡まれた。 武器を手にした彼女らは、問答無用で僕に向かって突っ込んできた。

 

『いきなり襲うなんて相変わらずだね君たちは!そんなに叫びながら僕を襲ってきて、ヘルメットも被っていたら喉が乾いて水が欲しくなるだろう? ほら、ここは僕の善意で水をあげるからさ、ありがたく思ってここから引いてくれないかな?』

 

 そう言って、僕は近くの川から水流を引き上げ、それを彼女らに見せつけながら頭上にぶちまけようとした。僕の頭上でうねる水の塊に、不良達は恐怖で硬直した。

 

『なにあれ!?どうなってるの!?』

 

『怖い怖い怖い怖い!!』

 

 そんなこと叫びながら、一目散で僕から逃げていった。

 

 また別の日には、まるで西部劇のごとく、僕を見るなり銃を抜いた者たちもいた。

 

『あのさあ、君たちはどうして僕に会った瞬間に発砲する脳筋思考なのかな? どういう教育を受けていたらそういった思考にたどり着くのか甚だ疑問だよ。それで僕の神聖な身体に傷でも入ったら、どう責任をとってくれるんだい?』

 

『あいつの身体どうなってるんだよ!?』

 

『だ、弾丸が……お手玉に……!?』

 

 彼女らの銃声とともに発射された数発の弾丸は、僕の目の前で静止し、そのまま宙を舞って、手のひらの上で踊り出す。

 

 僕は弾丸お手玉をしばらく続け、そしてすべてを地面に落とした。ほんの一瞬だけ静寂が流れ、不良達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 

 ──そんな騒がしい日常の中、僕は時折ヒナと遭遇することがあった。

 

 彼女とは最初の出会い以来、深い会話を交わしたことはない。

 

 けれど、彼女の佇まいと、その瞳の奥にある責任感のようなものに、どこか共鳴する感覚を覚えていた。

 

 お互い、疲れているのだろう。

 

 この理不尽な世界の中で、妙に似通っているなと感じた。

 

 それ以外にも、例のゲマトリアメンバーとは数度顔を合わせた。

 

 黒服は毎回『レグルス、あなたの身体を研究させてください』としつこく研究室に誘おうとしたり。

 

  マエストロは自身の謎の作品を見せつけては『今回も傑作だ』とギギギギと軋みがうるさかったり。

 

 ゴルコンダとデカルコマニーは、それぞれ何の権化と名乗るべきかで未だに名乗りを決めかねていて、議論ばかりしていたり。

 

 ゲマトリアは濃いメンバーしか居ないと改めて感じた。

 

 ベアトリーチェは、僕が居ると露骨に避けてきた。

 

 あの女はいずれ粉微塵にしてやっても良いのかもしれない。いつかゲマトリアメンバーにも許可を貰ってみようと思う。

 

 ──アツコとは、あれ以来一度も会っていない。

 

 どこで何をしているのか、消息すら掴めない。ひそかにまたあの公園に来ていないかと足を運んだりしているが、あの赤みがかった瞳をもう一度見ることは叶っていない。

 

 そんなこんなで、僕は生き延びてきた。

 

 生き延びるために、強欲ムーブも洗練された。

 

 触れれば発動する『小さな王』を避けるために、誰とも物理的接触を避け、距離を置くことを徹底した。

 

 しかし──

 

「髪が……完璧に、白く……?」

 

 ある日、僕は鏡の中の自分を見て絶句した。

 

 かつて銀色だった髪は、今では雪のように白く、根元からすっかり色を失っていた。

 

「終わった……」

 

 これではもう、誰がどう見てもレグルス・コルニアスそのものだ。 あの、忌まわしきノミ以下の屑と完全に一致してしまった。

 

「……この状態のまま、アツコに再会したらどうなるんだろうか」

 

 想像してみる。

 

 いつものように公園に足を運び、ふとした偶然でアツコと再会する。

 

 そして彼女は、僕の髪を見て小首を傾げながら──

 

『うーん……何だか、髪の色抜けた?』

 

「嫌すぎる……!」

 

 頭を抱えて崩れ落ちそうになりながら、僕は自分の姿に心底絶望した。

 

 これが、強欲の代償というやつなのか。

 

 いや、もしかすると試練なのか?

 

 僕の存在を、この世界が許すかどうかを試しているかのように。

 

「そんなわけあるか!」

 

 僕は鏡に向かって怒鳴った。

 

 だが、どれだけ声を荒げたところで、鏡に映る姿は変わらない。そこに居るのは、まごうことなきノミ以下。

 

 銀の面影すら失われ、完全なる純白となった髪が、僕に圧倒的な敗北を告げている。

 

「……僕が、何をしたっていうんだ……」

 

 声が震える。

 

 強欲に生きた代償は、容赦なくその身に現れたらしい。

 

 何がどう間違って、ここまでストレスを溜め込む羽目になったのか。どう考えても強欲ムーブが原因だ。

 

 絶対に許さないぞレグルス・コルニアス。

 

 ──ピンポーン

 

 そのとき、軽快な電子音が部屋に鳴り響いた。

 

「……来客?」

 

 心の底からどうでもよかったが、チャイムが鳴るということは、誰かがこの部屋の前にいるということだ。

 

 しかし──この部屋のセキュリティは、黒服と協力しながら施したものだ。許可された人物以外は、入ることはおろか近づくことすらできない。つまり、訪れる可能性のある人物は限られている。おそらく、またアイツだ。

 

「黒服……」

 

 眉をしかめながら、僕はため息をつく。

 

 実験台云々の話を持ち出してくるあの男以外、今ここに来る理由はないだろう。今このタイミングで訪れるなんて、あまりにも容赦がなさすぎる。

 

 僕は鏡から視線を外し、足音を響かせながら扉へ向かう。どこか苛立ちを押し殺しながら。

 

 ──が、僕は一つだけ、決定的なミスをしていた。

 

 いつもなら、モニター越しに訪問者の姿を確認してから、扉を開けるのが習慣だった。だが今回は、白髪になったショックのあまり、そのプロセスをすっ飛ばしてしまった。

 

 そのまま、勢いよく扉を開けてしまった。

 

「あのさあ!僕は実験台にはならないって何度──」

 

「バアッ!」

 

「モゥワァ!?!?!?」

 

 何かが飛び出してきた。

 

 というより、誰かが、である。

 

 反射的に後ずさった僕は、腰が抜けかけたまま呆然と立ちすくむ。

 

「驚きましたか!? 驚きましたよね!? いえーい、ドッキリ大成功ー!」

 

 僕を置いてけぼりに、目の前の人物は満面の笑みを浮かべて両手を掲げている。茶目っ気に満ちたその表情と、テンションの高すぎる声が、逆に恐ろしい。

 

「……は?」

 

 この時点で、ようやく僕の脳は警戒信号を発し始めた。

 

 いや待て、何かがおかしい。

 

 確かに、ゲマトリアメンバーなら、このセキュリティをすり抜けてここまで来ることはある。だが、今目の前に居るこの少女はゲマトリアメンバーではない。

 

「……この僕に、こんな不敬な真似をするとは、いい度胸じゃないか」

 

 最大限に警戒しながら、声に怒気が混ぜる。

 

 ゆっくりと体勢を立て直しながら、僕は鋭く少女を睨んだ。

 

「君のような人物をここに招いた覚えはないんだけど。君はどこの誰で……どうやってここまで来たのかな?」

 

 少女は、ようやく笑いを収めると、ふう、と小さく息を吐いた。

 

 茶化した様子は残っていたが、その奥にある何かが、少しだけ変わったような気がした。

 

「それでは、単刀直入に言いますね」

 

 ──えっ?

 

 そう言って、僕の方へ一歩踏み込んだ。

 

 そして、僕が見えたのは、透き通るような水色の瞳。片目は前髪によって隠されているが、その視線が、僕の金色の瞳と真っ直ぐに交わる。

 

 そして、彼女はこう言った。

 

「──貴方は何者ですか?」

 

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