ぼろ布のほつれ(切り札の相棒ヤリモンを試合で温存してたら病んだ件) 作:もう助からないゾ♡
「頼むわよ、バクレシア!」
盛り土で作られたリング上に、新たなヤリモンを繰り出した。
私の二番手のヤリモンは食
『水属性のジェイリアンに対して、ヒカリ選手は土属性のバクレシアを繰り出しました。属性相性的には、ヒカリ選手の優勢かァ⁉』
『どうでしょうね…』
『フッ太選手のジェイリアンは先ほどのマキ選手との試合でも土属性のクロップスを圧倒しています。相性不利を容易く覆す力があると見るのが妥当でしょう。』
『流石、『白い悪魔』の異名を冠するだけはありますねェ!』
『ですが、バクレシアも手数とリーチは相当なものです。ジェイリアン相手にも十分対抗できるヤリモンではあると考えます』
確かに、相性では有利ではある。しかし、その上で楽観視できる相手ではない。
現に、アイツはジェイリアンを交代させる素振りを見せていない。
リングは粘土を基盤に砂を上から撒いた盛り土。加えて、先ほどスプラッシュで撒き散らされた大量の水。植物の
加えて、リングを照らすライトも十分な光量がある。
リング上のバクレシアのコンディションは上々。外界のそれと何ら遜色ない。
「バクレシア、『ソーンウィップ‼』」
「ジェイリアン、『明鏡止水』」
バクレシアが無数の棘蔓をジェイリアンに向かって叩きつける。
小回りこそ効かないが、リーチはほぼ互角手数はこちらが上。相手が6本なら、こちらはで10本以上だ。
手数の利を活かし、中遠距離からじわじわ削る。
『ヒカリ選手、いつもの高機動なスタイルとは打って変わって、リングの中央でどっしりと構えてますねェ‼』
『えぇ。それでいて、あのジェイリアン相手に有効射程圏内への接近を許していない。重量級ヤリモンの扱いも心得ていますね。』
『やはり新世代のスタートレーナー。一芸に秀でるだけではないということでしょうか。しかし…』
『バクレシアの攻撃が当たっていないィ…!?』
…やはり当たらない。
いや、正確には一部の攻撃は掠めているのだが、クリーンヒットに至っていない。
ジェイリアンは今までの試合を見た限りでは、特段機動力の優れたヤリモンではない。
しかし、時に紙一重で躱し、時に触手で打点をずらし、時にその頭部の
『明鏡止水。ヤリモンの集中力を高め、回避能力を向上させる水技です。しかし、これほどの精度とは…』
ジェイリアンの四つの目が、こちらの攻撃を正確に処理する。空中浮遊により肉体の予備動作を隠し、クリーンヒットを許さない。
こちらの攻撃の僅かな間隙をついて、触手を攻撃直後のこちらの棘蔓に絡ませてきた。
『これは、吸血攻撃ッ⁉決まるか⁉』
油断も隙も無い。でも、
ブチリ…という音とともに、触手に絡まれた棘蔓が千切れた。――否、
『これは、自切?』
「……!3時!」
瞬間、ジェイリアンの側面を、
『千切れた蔓が再生した…⁉しかし、フッ太選手の冷静な指示により皮一枚で触手のガードに防がれた‼』
(まだ反応が間に合うのね。だったら…)
「バクレシア、サウザンブランチ!」
さらに手数を増やす。土壌から得たミネラルと光合成によって得た栄養で、無数の枝を伸ばし、動体視力も予備動作も関係ないレベルの物量の枝を叩きつける!
『…なるほど、バクレシアの優れた再生力を生かした耐久戦術ですか。ヒカリ選手、考えましたね』
相手のジェイリアンがいくらタフでも、こっちは手数とリーチで勝り、土壌からの栄養と光合成で無尽蔵に回復できるバクレシアなのだ。耐久戦で負ける道理はない。
徐々にではあるが、ジェイリアンの被弾が増えていく。
「…ジェイリアン、『ソニックハウル』」
アイツの手招きに合わせ、ジェイリアンが空中で反転。カサの内側の空気孔から強烈な衝撃波を繰り出した。
「……ッ!!」
強力な風属性技だ。こちらの弱点属性だけあって、攻撃に回していた大量の蔓と枝葉が一掃された。さらに衝撃波の反動を利用し、ジェイリアンが一気にこちらのリーチ外へ逃れたのが見えた。でもね…
『バクレシア、強烈な弱点攻撃を喰らうも、これを耐えるゥ!』
…こちらの弱点を突いたとは言え、所詮は属性不一致技。
枝葉を砕かれたためにリーチこそ縮まったが、防御用に回していた蔓が緩衝材となって、本体に致命的なダメージは受けていない。
加えて、あの衝撃波は空気孔への負担が大きく、使えば使うほどに威力が落ちる。連発はできないはず…。
「今よ!『ライフエナジー』!」
バクレシアがさらに大地に根を降ろし、急速に栄養を吸い上げる。それに伴い、砕かれた枝葉を再生させる。
『カウンターで一気に畳み掛けるかと思いきや、ヒカリ選手、バクレシアの回復を優先しましたァ!』
『ジェイリアンが後退した分、バクレシアが失ったリーチを回復させる必要があると踏んだのでしょう。あれだけ距離があれば吸血攻撃も防げますしね』
アイツも衝撃波の反動で距離を取った以上は、触手をこちらの本体に接触させる必要のある『エンジェルキッス』は易々とは打てない。
今の内に回復し、被ダメージ差の有利を確固たるものとする。
スパールス戦で撒かれた水のおかげか回復の効率も良い。
「……随分頑丈なヤリモンに成長させたね」
「なに?降参でもしたくなったの?」
「いいや、正直こっちとしても助かるよ。…良い練習台になりそうだ。」
「……⁉」
らしくないアイツの不気味な言動とシンクロして、距離を取ったジェイリアンの周りに湯気が漂いだした。それと同時に、唇が、フィールド上の空気が一段乾いた気がする。
…周囲の水蒸気が水滴に転じる、強力な水技の前兆。
「『種ガン』!」
「『ビッグウェーブ』」
ジェイリアンの周りに集まった蒸気が凝集し、水滴に、そしてフィールド全体を呑みこまんとする瀑布へと変貌した。咄嗟に撃ちだした種ガンはあっさりと呑みこまれてしまった。
『水の無いところでこのレベルの水属性技を…!』
ゴウゴウと地響きを立てて、フィールド中の土砂を呑みこみながら、バクレシアの4倍ほどの丈の大波が迫る。
大地に深く根を張ったバクレシアには回避は不可能。
…さらに深く根を張り大波をやりすごすか?
否、あの波は下の土砂さえ削る勢いだ。仮に根は耐えられたとしても、地面に露出した茎、花その他もろもろは壊滅的な打撃を受ける。葉が全滅し光合成ができなければ自慢の再生力も十全に発揮することは不可能。
ゆえに…
「バクレシア、『驚天動地』!!」
『あれは、土属性の奥義の…!』
和の里、温泉宿の近くを徘徊していたおじいさんに教えてもらった
バクレシアは根元の、フィールド背後の土砂を総動員し、迫る大波目掛けてぶつける。
ビッグウェーブと驚天動地、両者の大技が真正面から衝突し、拮抗する。
余波で飛び散った泥水が観客席の一部にぶちまけられた。あまりの威力のぶつかり合いに、解説役も観客も言葉を失っていた。
「ァあああああああああ‼」
「………!」
そして突然、拮抗が崩れる。リング全てを総動員したかのような莫大な土砂が瀑布さえも呑みこみ、フィールド全体を覆い尽くした。
バクレシアは疲弊しつつも、私の前で未だ戦闘態勢を保っている。ジェイリアンの姿は見当たらない。大量の土砂の前に生き埋めになったか。
そして割れんばかりの歓声が会場に広がった。
『フィールド全体を塗り替える大技同士のぶつけ合いィ‼これを制したのはヒカリ選手ゥ!!』
『相性差もあるとはいえあの大波を押し返すとは、凄まじい底力です。』
『かの白い悪魔を討ち取ったヒカリ選手。白い悪魔を失ったフッ太選手は次にどんなヤリモンを繰り出すのか?』
「ペッ…ペッ、勝った…焦ったけどなんとか勝てたわね」
口の中に泥水が入ってしまった。それを拭いつつ、アイツの表情を伺う。
自慢のヤリモンを倒されたアイツは、驚いているのか、焦っているのか、はたまた怒っているのか。
「………」
無表情?そういえば、なぜスターディスクを使ってジェイリアンを呼び戻さない?
たとえヤリモンが土の下であっても、スターディスクの回帰機能でいつでもディスク内に収容できる。
「ジェイリアン、そろそろ
ニチャリ…とアイツは笑った。
瞬間、リングに上がった悲鳴。
「…⁉、バクレシア‼?」
バクレシアの物だ、バクレシアの体が急激に
……吸血攻撃‼、いったいどこから…⁉
「まさか…!」
そして次の瞬間、地面の
ダメージに悶えるバクレシアの足元から、生き埋めになったはずのジェイリアンが姿を現す。その悠々と飛び回る姿からはまるでダメージを感じられない。
それどころか、以前よりも力強ささえ感じる…!
『なんと、あの土石流に呑みこまれてなお、ジェイリアンはピンピンしています!』
『いくらか相殺できていたとはいえ、あの土砂を耐えきるとは…。凄まじいタフネスです。』
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「タフネス、だけでは説明がつかないわね」
「うむ」
ところ変わって、研究者用観戦室。ルナ博士とブリトラが観戦を続けていた。
「バクレシアの様子を見るに、小僧のヤリモンは土中に潜み、バクレシアの根っこ側から吸血攻撃を仕掛けたように見えたのじゃが…」
「ええ、恐らくね」
「地中に潜むにしても、悠長に地面を掘る時間などなかったじゃろ。あの土砂攻撃が直撃しておれば、吸血攻撃による回復込みでも帳尻が合わなかろうて。さすれば、どうやってあの攻撃をしのいだと見る?」
「私は専門家じゃないし、あくまで私の勝手な予想なのだけど」
…と前置きしたうえでルナは答える。
「彼、波と土砂が衝突する直前に、土砂側の方に細工をして、ジェイリアンが隠れられるだけのスペースを作ったんじゃないかしら?」
「しかし隠れられるスペースを作るといったって、どんな細工じゃ?水流レーザーで土砂を直接削ったわけでもあるまいし」
「本命の大波が土砂と衝突する少し前に、とても速い水流が土砂の根本に衝突しているわ」
「その程度で土壌は浸食できんじゃろ」
「浸食までする必要はないの」
「??」
「バクレシアが攻撃用にかき集めた周囲の土砂は、度重なる栄養吸収によって極端に乾いていたから」
「……なるほど、水締めかの」
植物は土壌から水様性の栄養分を補給する際、必ず土壌の水分も同時に吸収する。これにより、土壌中の水分は欠乏し、砂の粒子に間隙が生まれる。
本試合でも、バクレシアは蔓や枝葉の再生のため、相当量の栄養と水分を土壌から吸収しており、土壌が乾く要因となった。
そして乾いた砂というのは空隙を多く含んでおり、実に全体積の40%ほどは空気だとさえ言われている。その間隙に水が入ると、砂粒子同士の摩擦力低下、さらには水の強力な表面張力により砂粒子同士が接近することで、砂の体積が減る。
これが、砂に水をかけると縮んだように見える、いわゆる「水締め」の原理だ。
そして、フッ太は少量の水流を衝突前の砂壁にぶつけることで、砂壁が収縮し、水面に沿った窪みを作り出したのだ。
加えて適量の水締めは土壌の強度を上げる働きがある。
水で固まった根本の土砂がストッパーの働きをし、土砂の進行が部分的に阻害された。それでも動きを止めない上部の乾いた土砂が慣性のままアーチ状に、大波に衝突することになった。
そして上部に対し下部の土砂の進行速度が落ちたことで、下部の窪みを更に広げるように、砂壁にアーチ状の空間が形成されたのだ。
「衝突のタイミングに合わせ、水流に乗ってジェイリアンは水で満たされた穴倉へと潜入。穴倉から土中へ触手を伸ばし掘り進めて、バクレシアの根に吸血攻撃を仕掛けた、といったところかの?」
「そんなところかしらね。水属性ヤリモンからすれば多少土が湿気ていた方が掘りやすいだろうし」
「もし、貴様の娘が相殺以外の方法を選んでいたらどうなっていたんじゃ?身を隠す土砂がない分隠れれんぞ?」
「それはそれで、根の周りの土砂を水流で取り除ける分、攻撃を仕掛けやすくはなるでしょ」
「なるほどのう…。にしても、少し崩れたら生き埋めになりかねん場面に突っ込ませるトレーナーも、その指示に従うヤリモンもどうかしてると言わざる負えんがの」
「…それだけ、互いを深く信頼している、といったところかしらね。或いは…」
ルナはそう言葉を濁すと、画面に映る、圧倒的劣勢の中それでも抗おうとする娘の姿を見つめていた。
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「バクレシア、『ライフエナジ―』‼……⁉、再生できない⁉?」
「ジェイリアン、明鏡止水。」
甚大なダメージを回復させようと回復技を指示するも、バクレシアの再生が遅々として進まない。なぜ?
再びバクレシアの全身を見遣る。棘蔓と枝はほぼ全滅。頭部の花、茎は甚大なダメージを負っているが光合成自体はまだできそうだ。
まさか…。
『…なるほど、先ほど地面の下から撃った『ソニックハウル』は、バクレシアの
…今のバクレシアは吸血攻撃と基部へのダメージにより脱水状態。
新たに根から水を吸収できなければ失った組織の再生は到底不可能。
蔦を起点にする『ソーンウィップ』も、枝を増殖させて打ち据える『サウザンブランチ』も、もう打つことはできない。
…こうしている間にも、アイツとジェイリアンは集中力を高めている。
「だったら、もう一回!『驚天動地』!!」
再び周囲の土砂をかき集め、ぶつけようとするバクレシア。
しかし、根のダメージのために土砂を思うようにかき集められず、加えて、大波との衝突により大量の水を含むこととなった土砂は、重くコントロールが効きにくい。加えて、吸血攻撃で力を吸われた今のバクレシアでは…。
「まだ、攻撃を放てるとはね。」
なんとか繰り出した土砂の波状攻撃も、先刻のものと比べるとあまりに小規模で、貧弱。集中力を高めたジェイリアン相手ではあっさり躱され、背後を取られた。
「でも終わりかな。『エンジェルキッス』」
「………ッ!」
ジェイリアンの
「バクレシア‼」
バクレシアは、力無く地面に臥した。
『バクレシア、戦闘不能!』
『勝利を飾ったのは、やはりこの白い悪魔、ジェイリアンだった!!』
『…善戦こそしましたが、ジェイリアンにあまりダメージ感じられませんね。タフなバクレシアの体力を、そのまま吸血攻撃で奪い取った結果、といったところでしょうか。』
『ヒカリ選手、苦しい展開です』
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「……随分頑丈なヤリモンに成長させたね」
「いいや、正直こっちとしても助かるよ。…良い練習台になりそうだ。」
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…アイツの言葉が脳内で反響する。
私は、バクレシアの耐久力、再生能力が有利に働くと考えて、バクレシアをジェイリアン相手にマッチアップさせた。
けど恐らくそれ以上にアイツは、土属性ヤリモンに対する戦闘をシミュレーションしてきたのだろう。
己を知り敵を知る。
その積み重ねに対して、私の土属性ヤリモンに対する造詣はあまりに浅かった。
…それが、この結果だ。
油断を晒し、読み合いと戦術で負け、誘導されるようにジェイリアンに力を根こそぎ奪い取られた。
そしてなにより、私の采配の所為で、バクレシアにたくさん痛い目に遭わせた。
前の試合のスパールスの頑張りを無駄にした。
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「さあ!今日もバリバリスの経験値とお小遣いになりなさい!」
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かつて、アイツとチケープに言い放った言葉がふと思い出される。
…そっくりやり返された形だ。チケープではなくジェイリアンに、だが。
「一応、聞いておくけど」
アイツが神妙そうな顔つきで口を開いた。
「今の状況なら100回やったら僕が100回勝つよ。それでも、やる?」
バクレシアの力を吸い取ったジェイリアンからは、今まで以上のプレッシャーを感じる。
そしてそれに呼応するように、アイツの手に持つスターディスクが、こちらを塗りつぶさんばかりに輝いている。
…ほんの2か月前まで光らなかったのが嘘みたいな、強烈な輝き。
……敗北。
その二文字が脳裏にちらつく。
(これ以上戦っても…、徒にヤリモンを傷つけるだけ。バリちゃんまで…!)
「……ッ」
掌が熱い。手元の、バリちゃんのスターディスクからの熱だ。
スター鉱石が輝いてる。アイツらの輝きに対抗するように。
それだけじゃない、スパールスのディスクも、バクレシアのディスクも…!
(ここまで頑張ってきたあの子たちの気持ちを蔑ろにして、私が気持ちで負けてどうするんだ!)
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『逃げんじゃないわよ!』
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かつて、バトルを仮病で断ろうとしてきたアイツに言い放った言葉だ。
それからもアイツは嫌々ながらもバトルを重ね、ここまで上り詰めてきた。
…私が逃げて、どうするんだ!
「…アンタがこれから100回勝つっていうんなら、私とバリちゃんが101回目を引くまでよ。…そして、チケープにも勝つ。」
私の決意も睨みつけるような視線もどこ吹く風か、アイツは深呼吸し、溜息をつく。
余裕、油断?いや…
「………そうか、分かったよ。なら、101回目も僕とジェイリアンが勝つ」
アイツとジェイリアンの圧が更に強まる。室内だというのに、まるで暴風雨に煽られているような威圧感…!
「行くわよ…!バリちゃん」
スターディスクを持つ腕が震える。……これは武者震いよ…!!
最初に捕まえたヤリモンにして切り札。
電気リス型ヤリモンのバリバリッサに、バトンは繋がれた。
次で幕間終わらせます。