魔王バルドVS勇者セージ ~極悪非道なバーコードハゲ魔王をフサフサ勇者がやっつけるお話~   作:ナオ3

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フサフサの謎に迫る


十二話 セージの家

 魔王城・黒曜の間。

魔王バルド・コードは、静かに玉座に座していた。

その前にひざまずくのは、訪問支援課を統括する幹部、“クラーフ・ネルト”。

彼は緊張感を抑えつつ、淡々と報告を始めた。

 

 

「――転移用魔方陣の設置、完了いたしました。術式の安定も良好。

 三日後の予定に、問題はございません」

「……確認は?」

「全項目において成功しております。座標固定、遮断結界、精度調整……全て問題ございません」

 

 

魔王バルド・コードは、静かに頷いた。

視線だけで威圧するその佇まいは変わらないが、言葉はいつになく落ち着いていた。

 

 

「そうか。……予定通り、三日後に転移する」

「はっ」

 

 

短い応答。しかし、そこに不安が差す。

クラーフは、少しだけ逡巡した。

 

 

(言うべきか、言わざるべきか――)

 

 

迷いが数秒。だが、忠義はそれを超えた。

誤魔化せる類の内容ではない。

 

 

「……陛下。ひとつ、懸念事項がございます」

 

 

バルドの目が細くなる。

 

 

「言え」

「はい。セージ様のご自宅――あの“家”についてです。

 現地で魔方陣を設置中、術師たちが一様に違和感を覚えました。

 当初は偶然かと考えましたが、私自身が“精神探知”を用いたところ、明確な反応を得ました」

 

 

バルドの目が細くなる。

 

 

「反応……?」

「はい。“魔術儀式の痕跡”です。

 人間の基準からすれば高度な、長期的なもの。

 加えて、家そのものに――“強力な思念”が染み込んでおります」

「……具体的には?」

「慈しみ、守護、祝福……それに類する感情、あるいは意志です。

 術式そのものは無害であり、攻撃性・拘束性・探知性も一切ございません。

 ただ、それが“異様なほど強い”のです」

 

 

玉座の前に、静寂が満ちる。

重圧のような沈黙――だが、怒気ではない。

バルドは低く、冷静に問うた。

 

 

「……それは、危険なものか?」

 

 

クラーフは、まっすぐに頭を下げた。

 

 

「いえ。断言いたします。

 あの空間にあるのは、“害”ではなく“庇護”です。

 外部からの侵害や呪いを拒絶する、非常に強力な“優しさの結界”に近い。

 我々にも実害はなく、むしろ安心感さえ覚えるほどでした」

 

 

「……その感覚は、大事にしろ」

「……陛下?」

「お前は“感じた”のだろう。

 理屈ではなく、己の中で“何かが違う”と。

 それこそが、判断の礎になる。……見過ごすな、クラーフ」

「はっ……!」

 「感じたこと――それは、事実の一つだ。術式や構造以上に、尊重されるべき“感覚”だ」

「……光栄に存じます」

 

 

バルドはしばし沈黙し――やがて、静かに命じた。

 

 

「……その家の調査は、今後一切行うな」

「……陛下?」

「その家について、これ以上の探索・分析を禁ずる。

 詮索は、私の訪問時に私自身が行う。

 お前たちは、それ以上を知る必要はない」

「……畏まりました」

 

 

「その家の真実を知るのは……私だけでよい。

 私はあの場所へ赴き、“見る”。その上で判断する」

 

 

クラーフは一礼し、言葉を止めようとしたが――

思わず口に出たのは、個人的な感想だった。

 

 

魔王は玉座から立ち上がる。

その姿には、いつもの冷厳さの中に――ほんの僅かに、柔らかな色が宿っていた。

 

 

「三日後。私が行く。

 あの家に宿るものと――向き合うためにな」

 

 

 広間に再び静けさが戻る。

バルドは、玉座の上でしばらく黙考していた。

 

 

(“祈りの家”……か)

 

 

セージが、自分に見せなかったこと。

あるいは――知らなかったこと。

その場所に、何が残されているのか。

魔王はまだ、知らない。

だが、その空間に“何か大切なもの”があることは――もう、確信に近かった。

 

 

 

 

 

一般の者が足を踏み入れることのない、魔王の私室。

 

 

 

 

 

広く荘厳でありながら、装飾はほとんどない。

玉座の間のような煌びやかさはなく、ただ静かに、黙して時間を受け入れるような空間だった。

 

その中央に、魔王バルド・コードは一人、腰掛けていた。

 

窓辺に置かれた魔導灯の明かりが、髪の影を伸ばす。

指先には、何もない――ただ、思案が沈黙を支配していた。

 

 

「……セージの家、か」

 

 

呟いた声は、誰に聞かせるでもない。

だがその響きは、深い。

 

 

(セージの家――あの場所が、呪いを退けたというのか)

(……セージの家に何かがあるのか?)

 

 

魔王の瞳が、ゆっくりと閉じられる。

 

――たしかに、あの家には“何か”があるのだろう。

だが、それが“呪いを打ち消す”とはにわかに信じがたい。

 

なぜなら、バルド自身が最も理解している。

自分の呪いは、誰にも干渉させぬように創ったのだと。

 

“結界も破れない”

“秘薬も届かない”

“信仰さえすり抜ける”

 

――それが、魔王の呪いだった。

 

重く残る問いが脳裏に甦る。

 

魔王たる自分がかけた、全世界規模の呪い。

髪という“希望”を奪う呪い――

かつて、自分が全人類に対して放ったもの。

 

その呪いが、セージには発動しなかった。

 

魔王は直感で確信する。

 

 

 (偶然ではない。あの家に、何かがある)

 

 

訪問支援課の報告。

「慈しみ」「守護」「祝福」といった思念。

それらが空間全体に沁み込み、今もそこに残っている。

 

――だが。

 

 

(ならば、なぜ今まで誰も“調査”を行わなかった)

 

 

バルドはその理由を、すぐに思い出す。

 

かつて――各国がその呪いを解こうと試みた。

 

国家を挙げて研究班を組織し、

莫大な予算を投じてあらゆる方法を試みた。

 

聖域を封じた結界。

神樹の樹液を濾過した秘薬。

 

だが――

 

何一つ、呪いに“かすり”すらしなかった。

 

魔王の呪いは、理屈ではなかった。

その根幹は、“感情”だったからだ。

 

 

(私が、憎み、恨み、悲しんだ。心の底から。

 誰にも理解されなかった想いを、ただ一つの呪いに込めた)

 

 

それは、自らの“怒り”であり、

“孤独”であり、“拒絶”だった。

バルド自身も、もう解除する方法は持っていない。

呪いの構造は、魔王である自分の命そのものに結びついている。

たとえ命令で解除しようとしても、“呪いのほうが拒否する”。

それほどまでに根が深く、重く、強固だった。

 

 

(だが……)

 

 

それでも、セージには発動しなかった。

だからこそ、セージの存在は異常だった。

発動条件を満たしていながら、

彼だけが――何の影響も受けなかった。

発症が遅れているわけでもない。

フサフサどころか、むしろ見事な髪質を保っている。

それも、“人間”でありながら。

 

一体――なぜだ。

 

 

(あの家に“守り”があるとするならば。

 それは私の呪いすら退けた、“想い”だというのか?)

 

 

あり得ない。

 

そう思いたい気持ちと、

あり得るのかもしれないという、奇妙な予感。

 

バルドは小さく息を吐き、目を伏せた。

 

 

(父、ジョージ・クローネ)

(母、セレーナ・クローネ)

 

 

名簿で見たことがある。

調査機関が提出した、簡素な経歴報告も目を通した。

 

父はかつて冒険者だったが、引退後は特に記録なし。

母に至っては、病弱であった以外に、魔術的素養の記載も一切ない。

 

 

(どう見ても……“呪いに抗える血筋”ではない)

 

 

だから、誰も疑わなかった。

そして、魔王自身も――それ以上は調べなかった。

セージの“家”も、“素性”も、最初の段階で軽く確認されただけだった。

 

 

(……それを確かめるためにも、私はあの家へ行かねばならない)

 

 

自らの足で、目で、心で。

“なぜ呪いが退けられたのか”――

いや、それ以上に、“誰が、何のためにその家を作ったのか”を。

魔王は背を向け、扉へと向かいながら、心の中で最後の確認をした。

 

 

(ジョージ・クローネ)

(セレーナ・クローネ)

 

 

――名前だけは知っている。

だが、それ以上は――

 

 

「……今は、調べない」

 

 

 低く、小さな呟きが、部屋の中に溶けていった。

あえて知らずに行く。

あの家に、彼らに、セージに――何が遺されたのか。

それを、“自分の足”で、“自分の心”で、確かめるために。

魔王は、少しだけ“怖れていた”。

もしあの家に踏み入れたとき、

その呪いが――“自分すら拒絶”したら、どうしようかと。

だがそれでも――

踏み込む価値が、あの場所にはある。

 

 

(セージ……お前が育ったその家に、私は行く)

 

 

そして、見極める。

 

呪いの行き先を。

感情の行き着く場所を。

 

自分の存在そのものが、“誰かの祈り”によって変わるのかを。

その家に、何があるのか。

何が彼を守り、何が呪いを弾いたのか。

そして、それが“自分にとって”何を意味するのか。

 

バルド・コードは、あの家に――

セージという存在に、“知らなかった何か”を見ようとしていた。

 

そして、それはもう、調査や干渉では届かない場所にあると感じていた。

 

 

(……私が見る。それでいい)

 

 

魔王は静かに立ち上がる。

三日後、自らの足で“その場所”に立つ。

その時こそが、真実との邂逅の時だと――彼は確信していた。

 

そして、バルドは思い出す、セージと初めて会った時の会話を。

 

 

 

 

 

「……あの家には、父と母との思い出があります」

「父が亡くなって、もう何年も経つけど……壁に傷があるのも、古い床が軋むのも、

 昔一緒に修理した棚とか、父が作った椅子とか……」

「母の事は父から聞いただけでしか知らないけど、3ヵ月ほど過ごした過去がある」

「……そこに、俺がいる理由がある」

「大げさなこと言ってるつもりはありません。ただ……あの家、俺の居場所なんです」

 

 

 

 

 

「……ならば、その想いも含めて、見届けよう。私自身の目で」

 

 

その呟きは、誰にも届かなかったが――

近づきつつある“邂逅”の気配だけが、静かに空間を震わせた。

 

 

それは、魔王という孤高の存在が、世界と再び繋がろうとする一歩だった。

 

それが、“魔王”としてではなく――

一人の“男としての決断”だった。

 

 




断言しますがセージが特別な血筋ということは一切ありません。
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