魔王バルドVS勇者セージ ~極悪非道なバーコードハゲ魔王をフサフサ勇者がやっつけるお話~ 作:ナオ3
まだ彼が「魔王」と呼ばれるずっと前のこと。
名門中の名門、魔族の中でも頂点に君臨する一族に、ひとりの子が生まれた。
その名はバルド。
その誕生は天変地異を招き、星々が輝きを増し、あらゆる預言者が口を揃えてこう言った。
「この子は、魔族の歴史を変える。」
その言葉に一切の誇張はなかった。
幼いバルドはすでに神童の名をほしいままにし、
剣を取れば百戦錬磨の猛者を圧倒し、
術を唱えれば大地が割れ、星が軌道を変える。
さらに、彼は類まれなる美貌とスタイルを備えていた。
長身で、しなやかで、彫刻のような整った顔立ち。
知性と気品を宿したその瞳は、多くの魔族の心を奪い、
「完璧」そのものとして育っていった。
――ただ、一つだけ。
彼には、どうしても“手に入らなかったもの”があった。
髪の毛である。
しかも、完全にツルツルではなかった。
頭頂部に申し訳程度に残った数本の髪。
左右に伸び、風になびくそれらは、どこからどう見てもバーコード。
そしてその数本が、完璧すぎる容姿に容赦なく目立ってしまった。
「う、美しい……でも頭が……」
「神に選ばれしバルド様の、唯一の……その、あの……」
「なぜあんなに儚げな数本なのに、あんなに主張が強いんだ……」
人々は恐れと敬意を込めて、彼のことをこう呼ぶようになった。
“哀しき神童”
髪以外、全てを持ちすぎてしまったがゆえに、
たった一つの欠落が、異常なまでに際立った。
完璧な外見に、完璧な能力。
そのどれもが、彼の“みすぼらしい頭”を引き立ててしまう呪いのようだった。
周囲が見ぬふりをしようとすればするほど、
その“頭部の静寂”は場を支配した。
ある日、バルドは彼なりに精一杯の勇気を出していた。
相手は、魔族の中でも並ぶ者の殆どいない名門の令嬢
“リリア・ノワール・ヘルフェン”
その気高く、凛とした雰囲気。
圧倒的な実力と、高慢とも思える態度。
バルドとは家柄も才能も拮抗しており、何かと張り合う間柄だった。
だが、バルドは知っていた。
彼女の誰にも見せない柔らかな表情。
ふとした瞬間に口にする詩の一節。
誰にも気づかれない、小さな優しさ。
だからこそ——
「……リリア、ちょっと、話があるんだ。」
バルドは、初めて本気で勇気を振り絞った。
彼女に呼びかけ、自分の想いを伝えようとしたのだ。
バルドは、風に揺れるケープを整え、一歩前に出た。
その瞬間。
ヒュウウウウ……ッ!!
風が吹いた。
冷たい、高原の風。
優雅な彼のマントをふわりと舞い上げたその風は——
なぜか、ちょうどバルドのバーコード地帯を完璧な角度でなで上げた。
シャアッ……!
数本の髪が、空を切り、舞い上がる。
キラキラと光を反射しながら、悲しくも美しく宙に浮かぶ――
そして、次の瞬間。
リリアは、吹き出した。
それは、気品を捨てた実に豪快で、下品で、そして遠慮のかけらもない笑い声だった。
「……ぷっ……くくっ……あ、あっははははははははは!!!!!」
魔界のお嬢様、上品さのカケラもない大爆笑。
「ちょっ……ちょっっっ!!何アレ!?なに!?今の!!」
「えっ!?なに!?髪!?髪あったの!?いや、あれ髪って言っていいの!?」
「ふっ……ふふっ……っぶはっ……!!」
「いやちょっ……あんな器用な生え方ある!?ねえ!?なにそれ!?マジックかよ!?」
「や、やばい……なんっっっっっっでその頭だけ……あっ、無理……息できない!!」
「やばいやばい……待って、息できない……!!」
バルドは困惑していた。
観衆もザワついていた。
何がそんなに面白いのか、誰もわからなかった。
だが、彼女は容赦なく続ける。
「バルド・コードの……ハゲ……!」
「略してバーコードハゲじゃん!!」
バルドの顔が、みるみる蒼白になっていく。
だが、リリアは止まらない。
その笑いは、すでに暴力であり、呪いであり、時代を動かす“現象”だった。
「今日からあんたは、“バーコードハゲ”だぁーーー!!」
そのとき、少年バルドの心に、静かに何かが壊れた音がした。
――静寂。
リリアは気にしない。むしろ誇らしげだった。
「いやぁ~うまいこと言ったわ私!これは流行る、絶対流行る!!」
そして、本当に流行った。
それからというもの、バルドの影でクスクス笑う者たちが現れ、
学校では「バーコードハゲって誰のこと?」という茶化しが横行し、
あらゆる魔界の掲示板では「バルド=バーコード」が定着していった。
その日を境に、あの言葉は魔界中に広がった。
「バーコードハゲ」。
あまりに語呂が良く、広まりやすかった。
神童・バルドが、完全なる嘲笑の対象へと変わった。
誰も面と向かって笑わない。
だが、目線が頭に向けられるたびに、彼はあの日のリリアの笑い声を思い出す。
完璧すぎたがゆえに、たった一つの欠点が世界に笑われる。
それが、神童バルドを魔王バルド・コードへと変えた瞬間だった。
そして、彼は決めた。
「ならば、お前たち全員、私と同じになれ。」
髪のある者など、存在しなければいい。
違いがあるから、笑われる。
ならば、すべてを等しくしてしまえばいい。
人間も、魔族も、神々も——
みーんな、バーコード!!
みーんな、うんこヘア!!
かくして、世界は魔王の呪いに染まった。
それは、復讐であり、悲鳴であり、そして一種の“平等”だった。
——そして今なお、世界はその呪いに覆われている。
暗闇の中、静かに目を開けた。
そこは、闇より黒い帳が垂れる王の寝所。
豪奢な黒曜石の柱、赤黒い天蓋、禍々しい装飾品。
誰の侵入も許さぬ静寂に包まれた、魔王バルド・コードの私室。
魔王は、ふぅ、と低く息を吐いた。
また、あの夢だ。
あの日の記憶。あの少女の笑い声。あの風、あの頭頂部。
そして、世界が崩壊したきっかけ——
「……バーコードハゲ、だと……ッ!!!」
寝台が揺れる。
その怒気に反応して、周囲の魔力がざわつき始めた。
長く保たれてきた結界が軋み、柱に貼られた魔除けの符がバチバチと火花を散らす。
魔王は、ベッドの上で、拳を震わせた。
「語呂が良すぎるんだよ……ッ!」
思い出すたびに殺意が湧く。
なぜ、あの日、あの瞬間、風は吹いたのか。
なぜ、あの少女はあんなにもピンポイントで笑ったのか。
「リリア……貴様……300年経っても……貴様の声だけは耳に残っているぞ……ッ!」
部屋の床にヒビが走る。
そしてその揺れは、魔王城全体に伝播していった。
________________________________________
その頃、魔王城・地下の作戦会議室。
「うわ、揺れてきたぞ」
「はいはい、感情震度発生。現在、震度5.8コードってとこかな」
「マジかよ、まだ午前三時だぞ……。また夢見たな、あれは」
地震のような揺れにも慣れた様子で、部下たちは机の下に素早く潜る。
魔王専用感情震度表が壁に掲げられている。
• 震度1コード:小さく溜息。昼寝時にうなされたか。
• 震度3コード:明らかに不機嫌。旧友の裏切り思い出しパターン。
• 震度5〜6コード:リリアの悪夢発生。
• 震度8以上:爆発。髪関連で誰かが実名で笑った時。
「今回、明らかにリリアだな。あの笑い声、300年経ってもトラウマか……」
「てかさ、**“バーコードハゲ”**って語呂、今思っても天才的だよな」
「おい、聞こえたらお前だけ爆散するからな。やめとけ。」
全員、震度とキレ具合を予測しながら、冷静に魔王の感情分析を進めていく。
魔王城は、耐震性能10等級の設計。
バルドが王となった後、自らの感情爆発を見越して設計させたものだ。
今日も崩壊は免れたが、天井の装飾がいくつか落下し、廊下のシャンデリアは10回転して地面に突き刺さった。
________________________________________
再び魔王視点。
魔王は、額に手を当てながら、深く息を吐いた。
「私は……なぜ未だに、あの時のことを……」
バーコードハゲ。あのリズム、あの響き、脳に残る忌まわしき語感。
それを最初に発したのが、他でもないあの少女だった。
リリア・ノワール・ヘルフェン。
魔王が憎み、恐れ、決して忘れることのできない存在。
そう、バーコードハゲという名をこの世に解き放った、罪深き“笑いの化身”。
そして今日も、魔王は誓うのだった。
「私がこの世界を支配する限り、貴様だけは……絶対に許さぬ……ッ!!!」
ドゴォォォン!!!
その怒りの余波でまた小さな地震が起き、
部下たちは再び机の下に身を滑り込ませた。
「二度寝無理だな……」
「マジで早く誰かあの夢の記憶、消してやってくれ……」
こうして、世界は今日も、魔王の感情で揺れるのだった。
人の身体的特徴を笑ってはいけません。
笑った人には些細な悪戯でも、笑われた人にとって重度のトラウマになることがあります。
思わず笑ってしまったのならごめんなさいしましょう、指さして笑うのは論外です。
笑った魔族は魔王様に念入りに復讐されています