魔王バルドVS勇者セージ ~極悪非道なバーコードハゲ魔王をフサフサ勇者がやっつけるお話~   作:ナオ3

21 / 26
帰宅後の魔王様の様子


十四話 答えを求める者

魔王城・黒曜の間。

厳重な警備と結界に覆われたその転移室に、淡い光が灯る。

 

魔導転移陣が静かに脈動し、空間がわずかに歪む。

数秒後、光が収束し――漆黒の外套をまとった男が現れた。

 

魔王、バルド・コード。

 

その姿が完全に転移陣の中心に定着すると、周囲に控えていた魔王直属の幹部と側近たちは、一斉に跪いた。

 

 

「魔王陛下、お帰りなさいませ」

「転移、正常完了を確認。術式干渉なし」

「体調に異常は――」

 

「……不要だ」

 

 

バルドが片手を軽く振ると、全員がぴたりと口を閉じた。

ただ、その場にいた誰もが――即座に察していた。

 

 

(……何かが違う)

 

 

覇気、魔力、威圧――どれも変わらない。

だが、明らかに違う“何か”が、魔王の内側に宿っている。

 

それは、誰もが見たことのない――柔らかさだった。

 

漆黒の外套を揺らし、静かに転移陣の中心から歩み出るその姿は、以前と変わらぬ威厳を湛えている。

 

だが。

 

その場にいたすべての部下が、一瞬、息を呑んだ。

 

 

(……あれ?)

(なにか……違う……?)

(……いや、いやいやいや、気のせいか?)

 

 

思わず互いに目配せを交わす護衛たち。

誰も口に出さないが、**“魔王様の空気が違う”**ことを全員が察知していた。

 

言葉にすることはできない。

だが、空気が違う。視線の重みが違う。

 

まるで“刃”だった魔王の気配が、ほんの僅かに――“布”に近づいたような。

 

側近の一人が、ほんの僅かに目を見開いた。

 

 

(……あの魔王様が、穏やかに見える……?)

 

 

あり得ない。魔界歴の記録に存在しない。

だが確かに、今そこに立っている魔王は――帰ってきたのではなく、“何か”を連れて帰ってきた。

 

 

(……な、なにこれ!?)

(“機嫌が悪くない”魔王様って存在した!?)

(えっ……これ笑っていいの?ダメだろ!?笑うな!!笑ったらまたゲーミングるぞ!!)

 

 

部下たちは、必死で表情を保つ。

だが、全員の頭の中で警報が鳴っていた。

 

“想定外の魔王様が帰ってきた”

 

魔術書記官が、恐る恐る問いかける。

 

 

「……陛下、ご滞在はいかがでしたか」

 

 

バルドはほんの一瞬だけ目を伏せ、そして答える。

 

 

「……静かで、落ち着いた場所だった。

 ……良い茶を出された」

 

 

――その瞬間、場の空気が完全に凍った。

 

 

「(お茶の感想!?)」

「(“良い茶”って言ったぞ!?あの魔王様が!?)」

「(誰か記録しろ……これは歴史だ……)」

 

 

訪問支援課のゼグルでさえ、ほんの僅かに眉を動かした。

 

 

(……“良い茶”と評されたことがあるだろうか、この数百年で)

(……というか、味覚、あったのか)

 

 

「各自、持ち場に戻れ」

「はっ」

 

 

全員が一斉に頭を垂れる。

だがその背筋は、ほんのわずかに緊張していた。

 

 

「……ゼグル」

「はっ。訪問支援課、ゼグル・ハルト、ここに」

「転移陣の調整を維持。次回訪問に備えておけ」

「……次回、でございますか?」

「そうだ」

 

 

魔王は短く答え、マントを翻して歩き出す。

ゼグルは、思わず言葉を呑んだ。

 

 

(次回――陛下が“また行く”と……)

 

 

あの呪いの主が。

人間の地に。

そして――あの家に。

 

 

 「……報告は明日にまわせ。今は、静かにしておきたい」

 

 

そう言い残し、魔王は背を向けた。

部下たちは即座に頭を垂れ、道を開く。

 

彼の背中が闇に溶けていった後、城内にほんの僅かなささやきが残る。

 

 

「……あの様子……もしかして、また“行く”気なのでは……?」

「“また”って……あの家にか?」

「ちょっと待て。じゃあ、俺たち今後定期的に“優しめの魔王様”と付き合うことになるのか……?」

「いやそれはそれで怖いわ……!バランス崩れる……!」

「……でも」

 

 

ゼグルが小さく呟いた。

 

 

「……私は、今の陛下の顔を見て……初めて、“良い訪問だった”と感じました」

 

 

その言葉に、誰も反論はしなかった。

確かに、魔王は――“何か”を受け取って帰ってきた。

それが“変化”なのか、“回復”なのかは、まだ誰にもわからない。

だが、魔王の足取りが少しだけ軽かったこと。

その紅茶を「良い」と感じたこと。

それは、たしかに何かが動いた証拠だった。

 

 

バルドの背中が、ゆっくりと黒曜の間を離れていく。

それを誰も追いかけない。

今、その背は――一人の男として、静かに世界を見つめていた。

 重く、威圧で床を砕くようだった足音が――今は、静かだった。

世界を踏みしめるような歩みが、今は、ただ歩いていた。

まるで、どこか**“別の場所”に心が残っている**かのように。

 

――その背に、わずかに宿った微かな“香り”。

それが何であるかなど、誰にもわからない。

ただ確かなのは。

 

魔王が、“あの家”で何かを得てきたということ。

それが、“奪う”のではなく、“受け取る”という形であったということ。

 

そして――

 

それを、誰にも渡すつもりはないということ。

 

魔王城・私室。

 

誰の立ち入りも許されぬその空間に、魔王バルド・コードは一人戻っていた。

 

執務の報告は全て延期。

部下からの面会申請も拒否。

 

ただ、静かに椅子へ腰を下ろし、目を閉じる。

 

静寂は続いていた。

蝋燭の火はゆらりと揺れ、その柔らかな灯りが、石壁に影を落としていた。

 

……そして、すぐに思い出す。

 

あの家のことを。

 

今日の訪問で持ち帰ったものなど何もない。

あるのは、紅茶の記憶と、居心地の良さの余韻――そして、胸の奥に宿った、得体の知れない焦りだった。

 

 

(あの家……)

(……結局、“何もわからなかった”)

 

 

あの家に刻まれた術式の目的も、構造も、“意図”すらも。

一つ一つを解析すれば、答えのようなものは出る。

だが、根本的な“理由”だけが、どうしても掴めなかった。

それは魔術的知識や探知力ではどうにもならない、“別の何か”だった。

 

 魔王バルド・コードは、椅子の背にもたれながら、深く目を閉じた。

 

体は確かに休まっている。

魔力も、精神も、今なお滑らかに循環している。

だが、それが逆におかしい。

 

違和感も、警戒も、拒絶もない。

ただ、穏やかすぎた。

 

 

(……だからこそ、私には理解できない)

 

 

術としては大したものではない。

だが、あれは明らかに“感情”で動いている。

理ではなく、願いの蓄積。祈りの残滓。

 

魔王である自分が、最も扱わず、理解せずに切り捨ててきた領域――

 

 

「……なのに」

 

 

彼はぼそりと独白する。

 

 

「居心地が、良すぎる」

 

 

それが、恐ろしかった。

 

 

 (……あの居心地に、このまま身を任せていれば、私は確実に“魔王”でなくなる)

 

 

それが、怖かった。

 

そして、同時に――

怖さと同等の何かを、求めている自分にも気づいていた。

 

あの家にいた時、自分が“魔王”であることを忘れそうになった。

何かを支配せずとも、沈黙が許される空間。

感情を表に出さずとも、否定されない空気。

剣も呪いも必要としない対話。

 

そして――

味を感じた、紅茶。

 

それらはすべて、静かで、優しかった。

 

 

(……あの空間に、私は“溶けかけていた”)

 

 

もう少し長くいたら、きっと。

魔王としての枠から一歩、外れてしまいそうだった。

 

 

(……私は、それを恐れているのか?)

 

 

ふと、自分の中からそんな問いが生まれる。

それは、“理解”ではなく、“甘え”に近い感覚だったかもしれない。

魔王である限り、常に一人であるべきだった。

孤独は武器であり、王としての証。

 

 

だが――

 

 

 (私は……何かを、求めているのか)

 

 

問いは心の奥に響くが、答えは出ない。

だが、あの家には、それがある気がした。

 

何を求めているのかすら、わからない。

だが――それがそこにあると、確信している。

 

そして、バルドは目を開いた。

赤く煌めく双眸に、魔王の意志が宿る。

 

 

「……ならば、暴くまでだ」

 

 

低く、凛とした声。

 

 

「このまま“答え”を見ないまま、安らぎに身を委ねるなど――私には許されない」

 

 

セージは言った。

 

 

「また来いよ」と。

「今度はご飯作るよ」と。

 

 

(……その言葉に、“嬉しい”と、思ってしまった)

 

 

それが、魔王の“感情”としてどれほど危ういものか。

彼自身が一番わかっている。

 

もしあの居心地に依存すれば、魔王という“存在の芯”が揺らぐ。

“支配者”ではなく、“ただの一人”になってしまう。

それを本能が、恐れている。

 

 

「……だが」

 

 

バルドは、立ち上がりながら呟いた。

 

 

「それでも……また、行くつもりでいる」

 

 

それは、“理解できなかった謎を解きたい”という理屈ではない。

もっと、曖昧で、危うくて、しかし確かな感情。

 

――また、あの紅茶を飲みたい。

――また、セージと話したい。

 

それは、魔王が長く手放してきたもの。

“普通の時間”という概念だった。

 

 

 「……私の、あらゆる感覚を総動員する」

 

 

探知、共鳴、逆解析、構造透過、感情残滓の抽出――

人間には到底扱えぬ、**“生得の魔王感覚”**のすべて。

 

それをもって、あの“ただの家”を調べ尽くす。

 

 

「暴かなければならない。

 そうしなければ、私はあの場所に“溺れる”。

 戻れなくなる」

 

 

そして、それは恐らく――

 

“今の自分にとって最も心地よい堕落”でもあるのだと、魔王自身がわかっていた。

 

 

「……だからこそ、抗うのだ」

「――罪深き行為であることは、承知している」

 

 

あれは、誰かの願いの残滓。

 

安らぎであれ、祝福であれ、

“それ”を暴くことは、穢すことに等しい。

 

だが。

 

 

「それでも、やらねばならない」

 

 

魔王としてではない。

私という“名もなき個人”が、知りたいと願ってしまったのだ

 

 

「……一つだけ誓っておこう」

 

 

魔王は、自らに言い聞かせるように呟いた。

 

 

「次にあの家を訪れるときは、“私”として行く。

 “魔王”としてではなく、“私”という個人として」

 

 

 「この私の手で、セージの家の“秘密”を、暴ききる」

 

 

それが、“呪い”を与えた者としての矛盾であっても。

それが、セージの“大切”に手を出すことであっても。

 

 

「……私は知りたい」

 

 

何故、自分の呪いが発動しなかったのか。

 

何故、自分はあの家に惹かれているのか。

 

何故、こんなにも知りたいと渇望しているのか。

 

何もわからない。

それが罪だとわかっていて、なおのこと。

 

その答えだけは、誰にも渡さない。

 

静かに目を閉じ、深く、深く、息を吐く。

 

その息の中には、王としての冷徹さも、

かつて失った感情も、

すべてが等しく混ざっていた。

 

そしてその中心に、確かに灯るものがあった。

 

希望にも似た、救済にも似た、

けれどどこまでも、罪深くて、人間的な衝動。

 

魔王は、再び目を開く。

その瞳は、いつかのように冷たくなく――

ただ、ひたすらに真っ直ぐだった。

 

風の音がわずかに窓を揺らす。

その音だけが、返事をするように部屋を撫でていった。

 

魔王は、背を向け、再び静けさに身を沈めた。

外套が揺れ、光が落ちるその場所で――

彼は、魔王でありながら、“誰か”であろうとし始めていた。

 

 

 




セージの家の秘密を暴くことが罪深いことはわかっているのですが、長年探していた何かをようやく見つけられそうなのでやってしまいます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。