魔王バルドVS勇者セージ ~極悪非道なバーコードハゲ魔王をフサフサ勇者がやっつけるお話~ 作:ナオ3
眩しい朝陽が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
セージは、ゆっくりとまぶたを開いた。
まだぼんやりとする意識の中で、天井の模様を見つめる。
バーコードになってから初めての朝。
……のはずだった。
すぐに気づく。
違和感が…ない。
起き上がって、ベッドに手をつく。
枕元に敷いた大きめのタオルを確認する。
……髪の毛が、落ちていない。
床を見る。ベッド周辺もチェックする。
毛、なし。散乱もなし。抜け毛ゼロ。
「…………は?」
セージは無意識に、頭に手を伸ばす。
その瞬間——
もさっ。
指先に触れたのは、昨日と何も変わらない、ふっさふさの髪の感触だった。
セージは思わず手を引っ込めて、もう一度確認する。
もさっ。
ボサッ。
ちょっと寝癖もついてる。
いや待て、何かの夢だろ?
もう一回寝て起きたら、バーコードになってるとかそういうパターン?
現実味を帯びない状況に、セージは慌ててベッドを飛び出した。
棚の奥から引っ張り出したのは——
《年齢識別証明書類:No.202》
それは、魔法と科学の両方を用いて肉体年齢を分単位で計測する公式文書。
誕生日の数時間前になると自動で更新され、呪い発動に備えるため全成人に発行されている。
セージは震える手で書類を開いた。
——年齢:20歳と6時間12分。
完全にアウト。もう呪いの発動時刻はとっくに過ぎている。
だが、髪はある。
あるどころか、健康で、ハリとコシもある。
「……うそだろ……なんで……?」
呟きながらも頭を撫でてみる。
生え際は問題ない。触っても痛みや違和感もない。
これはカツラじゃない。育毛剤の副作用でもない。
何より、セージは昨日まで“諦めていた”。心の準備も済んでいたのだ。
混乱。疑問。疑念。
このままギルドに行けばどうなる?
受付嬢に見られて、「え、なんでハゲてないの!?」ってなる?
下手をすれば、その場で大騒ぎになって拘束される。
セージは、冷静さを取り戻すように深呼吸をした。
「……まずは、市役所、だな。」
ギルドじゃ騒ぎになる。友達にもまだ言えない。
まずは公的な場所で、こっそり相談するべきだ。
あくまで冷静に。騒がず、焦らず、目立たず。
できるだけ自然に。
できるだけ……自然に……
「……このフッサフサで自然に行けるかああああああ!!」
朝から魂の叫びが木造住宅に響いた。
だが、世界はまだ静かだった。
誰もセージの異変に気づいていない。
そして彼自身も知らなかった。
この朝の出来事が——
300年の髪の呪いを巡る、運命の歯車を回し始めたことを。
市役所。
それは、呪い管理、髪型調整、免許更新、誕生日申請、
そして“バーコードハゲ登録”などを一括で請け負う公的施設である。
朝の受付は、比較的空いていた。
職員たちは淡々と処理をこなし、誕生日を迎えた者たちが順に名前を呼ばれていく。
「バーコード登録ですねー、前髪の残りは……あっ、ゼロですね、承知しましたー」
「うんこヘアの高さ調整、ご希望は?」
「すみません、先週ゲーミング化してまだ光ってるんですが、抑光処理ってできます?」
そんなやりとりが、日常風景として淡々と繰り広げられている。
その中に、帽子を目深にかぶったセージの姿があった。
フード付きのローブで顔の半分を隠し、何とも言えぬ不審者ムーブ。
それでも気づかれないように、そっと整理券を取り、椅子に座る。
セージの心臓はバクバクだった。
(頼む、静かに済ませよう……変に目立ったら絶対ややこしい……)
だが彼の願いは、すでに打ち砕かれ始めていた。
周囲の人々が、ざわっとした空気を醸し始める。
「ねぇ……あの人、帽子の下……髪……生えてない?」
「いやいやいや、20歳の窓口に来てる時点でアウトでしょ、もうハゲてるはず」
「いや、なんか……隠してるような……めちゃくちゃ怪しくね?」
そんな声が耳に入ってきて、セージはローブの中で滝のように汗をかいていた。
(まずいまずいまずい……!)
そしてついに、呼び出しの声が響く。
「はい、整理番号104番、誕生日確認・呪い進行チェックの窓口にお越しくださーい」
重い腰を上げ、セージは小さなブースへと向かった。
案内されたのは、真面目そうな女性職員。頭に立派なドリル()がついている。
「では、誕生日確認を行います。証明書のご提示をお願いします」
「は、はい……これです」
職員が書類に目を通し、うなずいた。
「確かに。肉体年齢は……現在20歳と6時間36分……ですね。では、髪の確認を——」
バッ!
セージは一気に帽子を取った。
ふっさふさだった。
その瞬間、職員の顔が凍った。
「…………」
カタッ。
ボールペンが手から落ちる。
「……こ、これは……!」
「お願いします……静かに……!」
セージは小声で訴えた。
周囲に聞こえぬよう、必死に声を殺しながら説明する。
「昨日が誕生日でした。書類上も間違いなく20歳を超えてます。でも……」
「……髪が……残っている、と……?」
「はい。何も特別なことはしてません。薬も使ってないし、呪い除けのアイテムもない。
育毛サロンにも行ってないし、父の残したカツラも触ってません。完全にナチュラルです!」
カミノ職員は、震える手で「特殊案件報告用紙」を取り出した。
「これは……前例がありません……!呪い無効者、または新たなフェーズの可能性……!
すぐに髪型安全課と魔王対応課に連絡を……」
「ま、待ってください!ギルドとか、誰かに知られるとまずいです!」
「ご安心ください。情報は極秘に処理します。が……これは、重大な国家級事案です!」
職員の目がギラリと光る。
「お名前は?」
「セ、セージ=クローネです……」
「セージ様……あなたは今から、**“呪い未発動者第一号”**として、
国家特例観察対象となります!!」
バァン!!!
机が鳴る。
驚くセージ。
ブースの外の人たちが一斉にこっちを見た。
(終わった……)
セージは小さく項垂れた。
セージは、研究所のベッドの上で、天井を見つめていた。
その顔は、抜け殻のようだった。
「……もうだめだ……このままだと、髪より先に魂が抜ける……」
それもそのはず。
彼は今、国家直轄の髪型研究機関——**N.K.S.(National Kamigata Science)**の隔離区画にて、
一週間にも及ぶ連続検査の真っ只中だった。
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血液検査、魔力測定、遺伝子解析、脳波スキャン、毛根状態の顕微観察。
さらには、特殊装置を用いた「ヘア運命耐性試験(通称:ハゲる気ある?チェック)」まで。
検査着は毎日ピチピチの銀ラメスーツ。
食事は「頭髪に良いとされる海藻類・ナッツ類・大豆加工品オンリー」。
娯楽は「最新育毛情報の電子書籍10冊読み放題」。
「誰が読むかあんなもん……!」
セージの叫びは、再び記録されてモニタールームに届いた。
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一週間の検査の末。
ようやく結果報告の日が来た。
彼の前に現れたのは、研究主任の女性——カミラ博士。
白衣を翻し、タブレット片手に現れたその姿は知的で冷静……だが、明らかにテンションは高い、髪もビヨンビヨンしている。
「セージ君、まずはご苦労だったね。長い検査に耐えてくれて感謝するよ」
「いやほんとに疲れましたよ。もうシャンプーの夢見たくないですもん……」
「結論から言うわ。君の状態について、確定した事実は一つ——」
カミラ博士は指を立てる。
「呪いは“ある”。だが、“発動していない”。」
「……知ってましたよ!?それはもう鏡で見て確認済みです!!」
「そう言うと思った。だから仮説を伝えるわね」
カミラ博士は、後ろのホロディスプレイを操作し、仮説モデルを映し出した。
「これまで、“呪い”は単純に20歳以上になると発動するとされてきた。
でも今回、君のケースで判明したのは——発動条件がそれだけじゃないということ」
「……つまり?」
「こういうことよ」
ホログラムが切り替わり、項目が並ぶ。
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【仮説:呪い発動条件】
1. 年齢:20歳以上であること(必須)
2. 魔力の成熟度:規定レベルに達していること(クリア済)
3. 肉体年齢:クリア済
4. 条件X(不明):何かをした場合、発動
5. 条件Y(不明):何かをしなかった場合、発動しない
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「この“条件X・Y”が問題なのよ。今までは全員が呪いを受けたから、検証ができなかった。でも君は違った。
つまり、君だけが『何かをしなかった』可能性がある」
「……なんか、それ……すごく地味な理由っぽくないですか……」
「まさにそこがポイント!」
カミラ博士の目がキラリと光る。
「セージ君、呪い回避のヒントは、“何をしたか”よりも、“何をしなかったか”にあるの。
たとえば——
・誕生日に悪口を言わなかった
・誰かの髪型を心の中で笑わなかった
・ゲーミングヘアの人に偏見を持たなかった
……などなど、そういう“無意識の選択”が影響している可能性があるのよ!」
「そんなの……記録できないじゃないですか!」
「そう、だからこそ難しい。けれど――君の存在が、世界の髪型理論を覆すカギになる」
カミラ博士は、静かに言った。
「セージ君。君はこの世界で最初の“呪い未発動者”よ。
今後、君を中心に物語が動くかもしれない。……覚悟しておいて」
セージは言葉を失った。
笑うことも、ふざけることもできなかった。
ただ、自分の“髪”が——世界に与える意味が、
思った以上に、重いのかもしれないと、うっすら理解しただけだった。
三日後
研究所・第3会議室。
そこには、魔術師、科学者、官僚、魔法省、保健省、ヘア庁、
さらには「髪に関する文学研究会」の会長に至るまで、
**総勢16名の“関係者”**が集まっていた。
そして、彼らの視線の先に座っているのが——
セージ。
白い研究用の銀ラメ育毛スーツ(※若干ピチピチ)を着せられた彼は、
部屋の真ん中にポツンと配置された椅子に座っていた。
後ろのモニターには彼の頭頂部の拡大写真、睡眠時毛根活動のグラフ、
朝起きた直後の寝癖記録映像などが映し出されている。
「こちらが昨日の寝起き時点での髪質データです」
「この辺の“ふわつき”は明らかに呪い無効状態と一致しており——」
「はあい質問!セージさんって、小学校の時から髪フッサだったんですか?」
「趣味とかってありますか?いや、関係あると思うんですよ、人間性とか!」
「ちなみに、お父様の毛根記録は提出いただいてますが、お母様側は——」
セージは、会議室のど真ん中で、じっと座っていた。
表情は笑っていない。
目は乾いている。
手は震えている(主に怒りと我慢)。
「…………」
「セージさん、ご気分はいかがですか?」
「水は足りてますか? あ、水って言っても毛根用のミネラル水ですよ?」
「ちなみに今、頭皮カメラONにしてますけど大丈夫ですか?」
**「大丈夫なわけないだろ!!!」**と心の中で10万回叫びつつ、セージは口を開いた。
「えーとですね、まず言わせてもらっていいですか?」
一同がぴたりと静まる。
セージは、にこりともせずに言った。
「俺のプライバシーってどこ行った?」
誰も答えない。
「いやまあ、呪い未発動とか、世界に影響あるとか、わかりますよ。うん。
でも!せめて!俺の“朝の寝癖”をスロー再生しながら分析しないで!?
あれ、お見せするもんじゃないでしょ!?!」
「だって、寝癖の“持ち上がり角”が発動有無に関係してる可能性が——」
「関係ないですってば!ただの寝返りです!」
「ではこの、3日前の“うたた寝中に髪を撫でていた映像”は——」
「それ!!偶然!!反射的に撫でただけ!!記録しないでくださいあれぇ!!」
さらに別の研究員がそっと手を挙げる。
「では、昨日提出いただいた日記ですが——」
「うわ、そこ読んだ!?読んじゃったの!?
**“明日はバーコードか〜。親父みたいになれるかな?”**のとこ!!?
感情を返して!!俺の!!」
カミラ博士がスッと立ち上がった。
「セージ君、気持ちはわかる。でもこれは人類全体の髪の未来がかかっているのよ」
「わかりますよ!?理解はしてるんです!でもね、でもね、
プライバシーの“プ”の字も残ってない扱いは、さすがにちょっとキレそうです!!」
「じゃあ“リ”くらいは残す?」
「一文字じゃ慰めにならんわ!!」
その瞬間、後ろのスクリーンがカッと切り替わった。
《現在のセージの怒り値:47%(目の動きとこめかみの脈動より算出)》
「勝手に測るな!!」
一同、ようやく少しだけ反省の色を浮かべる。
……だが、誰も止めない。
なぜなら彼は今、**この世界で最も貴重な“呪い未発動のフサ男”**なのだから。
研究所生活・14日目。
セージは、完全に無である。
朝起きて、検査。
昼も検査。
夜も検査。
深夜は夢の中でも検査を受けるレベルである。
今日も彼は、白い壁に囲まれた検査室のベッドに座っていた。
着ているのは、いつもの銀ラメ育毛スーツ(5着目)。
そして目の前では、研究員たちが無限に呟く。
「やはり毛根の魔力伝導率は常人より高くも低くもないですね……」
「角度変化も成長パターンも通常範囲内……これは、髪ですね」
「いや、わかってるよ!!見てわかるよフサだって!!」と誰もが内心ツッコむほどの堂々たる髪。
だが、何一つわからない。
**「なぜ発動しないのか」**の核心には、誰も近づけていなかった。
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セージは、ベッドに倒れ込みながらうめく。
「……俺、このまま一生検査室のオブジェになるんじゃないかな……
ついに昨日は、**“髪の声を聞く装置”**とかいうのに頭突っ込まされたんですけど……」
「セージ君の毛髪は、静かでしたね」
「普通は喋らんわ!!」
限界だった。
セージは、明日あたりに大脱走をする覚悟まで芽生えていた。
そのときだった。
——コンコン。
研究室の扉が、異様な“重み”を伴ってノックされた。
直後、部屋に入ってきたのは、漆黒のローブに身を包んだ男。
顔は見えない。だが、ただの一歩で部屋の空気が変わった。
研究員たちがざわめき、誰かが震える声で呟く。
「……魔王城からの……使者……?」
ローブの男は、静かに一礼した。
「セージ=クローネ殿。
我が主、魔王バルド・コード様が、あなたに“謁見の場”を設けたいと仰せです」
空気が、凍りつく。
研究者たちは一斉に顔を見合わせた。
魔王バルド・コード。
300年間、誰の前にも姿を現さず、ただ“存在している”だけで世界を支配してきた絶対者。
その魔王が、**一個人を名指しで“招く”**など、かつて一度もなかった。
セージは、わけがわからず、半分寝起きのテンションで訊いた。
「……え、ちょっと待って。
魔王様って、あの、呪いの……?」
使者は淡々と頷く。
「我が主は、あなたに深い関心を持っておられます。
なぜ、呪いが発動しなかったのか。
あなた自身も——知りたくはありませんか?」
セージは返答できなかった。
だが、わかっていた。
これは“招待”ではない。
命令だ。
逆らえば、何が起きるかわからない。
国家より、法より、神よりも上にいる存在。
魔王バルド・コードは、この世界の“絶対”だった。
研究者の一人が小声で言った。
「……断ることは、不可能です。
セージ君、ここから先は、我々の手を離れます」
セージはゆっくりと立ち上がった。
疲れきった顔で、ひとつ深呼吸して、こう言った。
「……せめて、ラメスーツ脱がせてからにしてくれませんか……」
使者は何も言わず頷いた。
そして、数時間後。
セージは、魔王のもとへと向かう。
“髪”を巡るすべての謎と呪い、そして真実に——
知らぬ間に、足を踏み入れていた。
人生で最もキツイ2週間を過ごしたセージ君。
これからどんな辛い状況でも乗り越えられるでしょう。