魔王バルドVS勇者セージ ~極悪非道なバーコードハゲ魔王をフサフサ勇者がやっつけるお話~ 作:ナオ3
玉座の間に、静寂が戻っていた。
魔王は、セージの瞳をまっすぐに見つめながら、静かに問いを投げかけた。
「貴様に問う。
呪いが発動しなかった理由について、何か心当たりはあるか?」
問いかけに、わずかの間があった。
セージは眉を寄せ、少しだけ俯いてから、
はっきりと顔を上げ、迷いのない声で答えた。
「……いいえ、ありません。
本当に、自分でもまったくわからないんです。
何かをした覚えも、しなかった覚えも、特別なことは何一つ……」
言葉は簡潔だった。
だが、その語気には**虚飾のない“実感”**が宿っていた。
魔王はその言葉を、静かに、慎重に、全身で“聴いた”。
魔力の感知。
思念の揺らぎ。
声の抑揚、呼吸のリズム、鼓動の僅かな高まり——
(……嘘はない)
魔王は確信した。
これは、本物の“無知”であり、“真実”である。
セージは、何もしていない。
誰にも弄られていない。
特殊な祝福も、加護も、干渉の痕跡もない。
——つまり、
完全にただの一般人である。
だがその“ただの人間”が、
唯一、魔王の呪いを受けなかった。
それは、この世界にとって、あまりにも異常な事実だった。
魔王は、玉座から立ち上がる。
歩を進め、セージの目の前まで来る。
高い天井、揺れる魔導の炎。
魔王のローブが床を擦る音が、静寂に重なる。
その場にいたすべての者が、息をのんで見つめていた。
魔王は、その声を響かせる。
「私、バルド・コードの名において——」
静寂が、さらに深まった。
「この者、セージ・クローネは——
完全なる一般人である。
いかなる干渉も影響も受けておらず、
呪いの発動しなかった理由は、
“不明”であるがゆえに、真なる例外である。」
その声が響いた瞬間、玉座の間にどよめきが走った。
「……っ、例外……!?魔王陛下が……公式に……」
「えっ、じゃあ、あの人間が……“抗った”わけでもなく……ただの“運”……!?」
「いや、“運”ですらない……存在そのものが、“呪いを逸れた”…!?」
「魔王の呪いは絶対だったはず……その前提が……崩れる……?」
部下たちは皆、困惑を隠せなかった。
魔王の呪いは、理であり、真理だった。
それが、たった一人の一般人によって例外として“崩された”。
この日、世界は静かに、そして確実に変わった。
セージ・クローネという名が、
歴史に刻まれる一歩目となった瞬間だった。
だが、その当人は——
「……なんか……すごいことになってます?」
ぽりぽりと後頭部をかきながら、
ピンときていない顔で、首を傾げていた。
それを見て、魔王はほんのわずか、口元を緩めた。
(この男……本当に、何者なのだ)
玉座の間に、静かな声が響いた。
「……セージ・クローネ。
お前は、当面の間、この城に滞在せよ。
我が呪いを逸れた“例外”として、直接の監視と観察の対象とする」
魔王バルド・コードの命令は、明確だった。
それは選択ではなく、命令。
拒否の余地など、本来は存在しないはずの言葉だった。
そして、場にいる全ての魔族たちは、当然のようにそう理解した。
——だが、セージは。
「いえ、帰ります」
あっさりと、言った。
魔王城が静まり返った。
一秒。二秒。
石像のように硬直する部下たち。
魔導の灯火だけが静かに揺れていた。
「……え?」
「…………えっ?」
「今、“帰ります”って言いました?セージ様……?」
「いやいやいやいや、ちょっと待て、それはやばい。
“お断り”のテンションじゃなかった?今、魔王様に?この場で?この空気で??」
「感情震度が……くるぞ……今度こそ、くる……!」
幹部たちが全身を硬直させるなか、
魔王は、一歩、セージに近づいた。
「……理由を、聞こう」
怒気はなかった。だが、静かすぎる声に、かえって緊張が走る。
セージは、ほんの少しだけ口ごもってから、
それでも、しっかりと顔を上げて、答えた。
「……あの家には、父と母との思い出があります」
魔王の目が、僅かに細められる。
「父が亡くなって、もう何年も経つけど……
壁に傷があるのも、古い床が軋むのも、
昔一緒に修理した棚とか、父が作った椅子とか……」
「母の事は父から聞いただけでしか知らないけど、3ヵ月ほど過ごした過去がある」
「……そこに、俺がいる理由がある」
セージは、肩を竦めて笑ってみせた。
「大げさなこと言ってるつもりはありません。ただ……あの家、俺の居場所なんです」
その言葉には、誇りでも、抗いでもなく、
ただ平凡な“人間”としての真実が宿っていた。
魔王は、しばらく黙ってセージを見つめていた。
言葉にすれば、つまらない。
特別でもなく、壮大でもなく、ただの“思い出”の話。
けれど。
(……どうしてだろうな)
魔王の胸の奥が、わずかに軋む。
かつて自分にも、そんな日々があっただろうか?
一瞬だけ、脳裏をかすめた気がした。
セージの言葉は、魔王の呪いにも、魔力にも、触れていない。
ただ、人間として当たり前の、心の居場所の話だった。
魔王は、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか。ならば仕方あるまい」
ざわっ、と周囲が再び騒然となる。
「えっ!?」「えっ今、“仕方ない”って!?」「そんなの初めて聞いたぞ!?」
「誰か録音してた!?あとで回覧板に回そう!!」
「魔王様、あの魔王様が“個人の気持ち”を尊重してる!?ありえん……!」
動揺する部下たちを他所に、
魔王はほんのわずかに視線を伏せた。
(……なぜ、こんなにも“つまらない理由”に、
少しだけ、安堵しているのだ……私は)
理解できない感情が、魔王の胸に残った。
それはきっと、“人としての温もり”に触れてしまった違和感だった。
——だが、もう遅かった。
魔王の心のどこかで、
このセージという青年を、もっと知りたいと思ってしまったことを、まだ気づいていない。
世界を支配する絶対強者に帰りますを言えるセージ君。