赤牙組の縄張りから、殆どのホロウレイダーは追い出された。協力者としての契約関係にある邪兎屋を除き、最低限の監視のみが続く共生ホロウは違法な資源採掘の場となっていた。内部を闊歩する化け物、エーテリアスの撃破によりホロウ自体の直径も僅かだが減ったとの報告もある。
「…で、コイツか」
「そうよ、HIA風に言うなら要警戒エーテリアスってヤツね」
邪兎屋が調査中に遭遇したのは巨大かつ強力なエーテリアス、デッドエンドブッチャーだ。名の通り遭遇は死を意味する、それほどまでに脅威とされる個体らしい。ちなみにHIAとはホロウ調査協会の略称、ホロウ災害のエキスパート達が所属している。
「こんなヤツがいるなんて、採掘範囲は縮小した方が良いわ」
「その通りだな、我々はこの個体に対処出来るだけの戦力がない」
そう話すニコは写真を数枚撮って離脱したようだ、最も適切な行動を取ったと言える。彼女が連れて来たプロキシは非常に有能らしく、詮索をしないという条件でホロウ内の調査データを売ってくれるのだ。しかも相場と同じか少し高い程度、邪兎屋からはしっかりと仕事料を貰っているためこの値段なのだとか。
「私たちにやれって言われても御免よ?」
「それは分かっている、ホロウ内でリスクを避けるのは当然だ」
ホロウの大きさは内部に有するエーテリアスに影響される、ここまで強力な個体ともなれば撃破と同時にこの共生ホロウは大きく縮小するだろう。だがそんなことをすればHIAが飛んでくるだろう、今でさえ数名の調査員がホロウ入りしている。
「現在のエーテル資源採掘で収益は出ている、このまま継続出来れば問題ない」
「あら、欲がないのね」
「余裕が無いと言ってくれ、君達への報酬を減らす気は毛頭無いがな」
「…貴方のやり方は嫌いじゃないわ、だから忠告してあげる」
彼女は数枚の写真、そして小型の記憶媒体をテーブルに置いた。写真に映るのはHIAの調査員でもホロウレイダーでもない、また別口の人間と思わしき存在が映っていた。
「誰か知らないけど、このホロウに目をつけてるヤツが居るわ」
「我々に隠れて調査か、資源目当てというより…ホロウ内の観測データを目的に?」
「真っ先に自前のデータでのキャロット作成、まあ手慣れてるわね」
「警戒を強めるとしよう、これは情報料と謝礼だ」
金一封にしては少々多い額だが、分厚い封筒を彼女は嬉々として受け取って懐へと仕舞い込んだ。記憶によればこのあたり…より詳細な地名で言えばカンバス通りだが、ここは未来においてとある事件の舞台となるらしい。
その事件が何なのかを思い出すにはキーワードが足りないようだ、この記憶も万能ではないらしい。そんなことは分かっていたことだが、いざこうなると不安に駆られる。
「邪兎屋、最悪の場合デッドエンドブッチャーへの足止めは出来るか」
「足止めだけなら可能よ、撤退はこっちの判断でいい?」
「ホロウ内外で通信を繋げる方法なんてないからな、判断は現場に一任する」
「ならOKよ、追加報酬をくれるなら邪兎屋の全火力で足止めしてあげる」
採掘担当はホロウ用の装備と銃火器で武装しているが、それでも上級エーテリアスには敵わない。エーテル適応体質かつ戦闘能力に自信のある戦力が部隊単位で用意出来れば話は別だが、それはまだ高望みだろう。
「ホロウ内の人員が足りん、悪いが暫くはこの調子だ」
「エーテル適応体質の組員はもっといる筈じゃない、どうしたの?」
「ん、ああ…若い衆はそれなりの数が組を出たよ」
「ちょっ、なんでよ!アンタ人望はある方じゃなかったかしら!?」
目を丸くする彼女に対して買い被られたものだと笑わざるを得ないが、何も後ろめたい理由があって組を出たわけではない。
「学費と生活費を出したんだ、今頃新エリー都で真っ当な職に就くために猛勉強中だろうさ」
「…えーっと、まさか」
「エーテル適応体質ならこんな所で犯罪者をやらなくても大丈夫さ、学力面でも多少の面倒は見たしな」
赤牙組はあくまで互助組織、組員を必要以上に縛り付ける必要などない。このカンバス通りは共生ホロウの存在によって分断された生活区域の一つであり、自力で出られるのであれば出た方が良い。
「無欲も過ぎたら経営者失格よ?」
「利益至上主義に走る気は毛頭無くてね、何せ互助組織だ」
子供達の支援も赤牙組は行っている、特に物資輸送に関しては非常に大きな役割を担っていると言っていい。ホロウによって交通インフラを途中で寸断されたわけだが、ホロウ内に路線自体はそのまま残っていた。違法に採掘したエーテル資源の輸送ルートとして放棄された地下鉄を再利用する傍らで、カンバス通りの人々に必要な物資の買い出しと輸送にも一役買っていたのだ。
「…将来的には、このカンバス通りから全ての住民を避難させたい」
「やっぱりここは危険って考えてるのね」
「ホロウ災害がいつ何処で起きるかは分からない、共生ホロウのすぐ近くで生活するのは危険極まりない。それに交通インフラが機能しないここでは避難もままならない、このホロウが急拡大でもすればたちまち全滅だ」
うっかり喋り過ぎた。自分は彼女に一言謝り、会議室を去っても良いと伝えた。資源採掘は赤牙組にかなりの利益を齎すようになり、庇護下の人々に様々な支援を提供出来るまでになった。それだからこその苦労は勿論あるが、支援のもとで移住を決めたカンバス通りの住民は少なくない。
「…はあ、激務だ」
「組長殿、ご報告が」
次に現れたのは元防衛軍の兵士数人であり、ニコが会議室を出るのを待っていたらしい。彼らは赤牙組の選抜メンバーに対して銃の扱いを叩き込んでくれた人々であり、一個小隊丸ごと赤牙組へと加入してくれた。
「入ってくれ、いつも助かるよ」
「すみませんが単刀直入に、これをご覧下さい」
そう言って彼らが見せてくれたのは、地下鉄周辺で擱座した防衛軍の兵器群だった。恐らく旧都陥落時に投入された無人兵器で、地下鉄を移動ルートとして使っていたのだろうか。
「これらはカンバス通りに隣接する共生ホロウ、デッドエンドホロウが縮小したことにより現れました」
「過去に防衛軍が制圧を試みたのか」
「エーテルの侵食は見られますが、制御装置が破損しているために暴走には至らなかったようです。回収して修理すれば、戦力として使えるかと」
「…本当か?」
「はい、ガーディアンは慣れ親しんだ随伴機ですので」
デッドエンドホロウの主、デッドエンドブッチャーに対する切り札が現れた瞬間だった。
ーーー
ーー
ー
ニコ・デマラから見て、赤牙組のボスことシルバーヘッドは奇妙な人物という評価だった。事前の情報では部下に慕われ、性格は良くも悪くもギャングのボスとしての適性に溢れた人物であるとされている。しかし彼女の前に現れたのは、冷静に物事を進め続ける良くも悪くもギャングらしからぬ男だった。
「邪兎屋の皆さんじゃないか、よければ食べていくかい」
「頂くわ、食費は赤牙組にツケといて」
「聞いてますよ、どんどん頼んじゃって下さい!」
数いるホロウレイダーの中からニコ率いる邪兎屋を選び、協力者として契約を結んだ。そして貴重な戦力である猫又を預け、外からでは何も見れないホロウ内の生命線として頼り出したのだ。今回の食費も最初からニコがツケにしようとするのを予測していたのだろうか、店主は伝票をハナから彼女へ渡すつもりはないらしい。
「…あの組長、いつの間に店にまで話を通したのかしら」
「いいじゃねぇかニコの親分、なぁアンビー?」
「ハンバーガー、ないのよね」
「なあ、ここ中華料理屋だぜ」
店の中でお気楽な会話を続けるのは二人の部下、機械人のビリーと何処か不思議な空気を纏うアンビーだ。赤牙組の依頼を受け始めてからは邪兎屋の金回りは過去に例を見ないほどに良く、彼らは初めて満額で支給されたボーナスを見て真実かどうか真面目に疑い出したらしい。
「ここは何を食べても美味いぞ、最近はもっと美味しくなったくらい」
「そうなの?」
「うん、食材が新鮮になったとかで」
カンバス通りを知る猫又は、強いて言えばと言いながらオオスメのメニューを何個か教えた。邪兎屋に出向し仲間として働く彼女だが、中々充実した日々を過ごしているらしい。特にニコへは案外懐いているらしく、組長からすれば引き抜かれないか心配せざるを得ないだろう。
「…お人よしよね、あの組長も」
「なんだぁ親分、珍しいな」
「ビリー、下手なことは言わないほうが身のためよ」
ニコ・デマラ、彼女の根は善良だ。金稼ぎの手段として犯罪に加担しているだけで、という注釈は付くが。稼げるうちは、そして組長がマトモで居る間は裏切らないだろう。しかしとある事件がきっかけで、赤牙組と邪兎屋は陰謀の渦中へと引き摺り込まれることになる。