「金庫?」
「ヤバい案件に巻き込まれたわ」
金庫の確保という依頼を受けたらしい邪兎屋だったが、なんとその金庫は雇われた反乱軍が研究所から奪い去ったものだったのだ。それを横から奪い取ったのだが、事故でニコ以外の二人がホロウに落ちたとのことだ。猫又はカンバス通りで待機していたので、今回巻き込まれてはいない。
「採掘を休止した矢先にこれとは、案外運がないらしいな」
ガーディアンの回収に人員を割いていた赤牙組は、二週間ほど採掘を行っていなかった。あらかじめそのことは伝えていたが、ニコはその間に別の仕事をしようと動いていたらしい。
「…恥を忍んで言うわ、猫又を少しの間借りてもいいかしら」
「猫の手も借りたいってか、猫側の意見も聞くべきだな」
そう言って猫又に視線を移すと、彼女は静かに頷いた。ホロウに落ちたのなら適応体質の人員は多い方がいい。ニコの知り合いというプロキシも腕が良い、仲間を見つけるのは可能だろう。
「我々では足手纏いだ、頼んだぞ猫又」
「任せて、ビリーもアンビーも見つけて帰るぞ!」
ニコと金庫、それにホロウへ落ちたという二人の従業員。これは記憶の中にあった事件と一致するような気がする、自分の死因となった事件だ。記憶によれば自分は邪兎屋と敵対した結果死ぬことになるが、今はむしろ友好的だ。死ぬのは回避したと思って良いのだろうか、案外あっさりと運命は覆されたようだ。
「なんとかなった、のか」
しかし腑に落ちない、自分は何かが原因で変わってしまう筈だ。本来なら赤牙組が利益至上主義に転向し、カンバス通りを離れて別の場所に移り、今回の金庫を研究所から強奪するからだ。
「まさか、俺が丁度よく記憶を失ったから…か?」
もしかすると自分は何者かとすでに接触していて、それを忘れているだけなのでは。そう考えると少し怖くなったが、連絡も何もないので気にしなくても良いだろうか。いやただ単に記録を残さないように前の自分がしていたのだとしたら、もう分かりようがない。何者かを示すキーワードが有れば記憶が取り戻せるのだが、残念ながら情報がない。
「諦めるか」
邪兎屋が帰ってくることを祈るのみだ、カンバス通りの平和を祈りつつ切り札の完成を待とう。元防衛軍の人々は地元住民に絆され、完全に赤牙組の一員と化している。結果何処からか軍属だったメカニックを連れて来て、ガーディアンを直すどころか改造し始めた。
「デッドエンドブッチャーか、記憶に何か情報は…」
「組長、これを見てくれ!」
「どうしたんだ急に」
彼が見せてくれたのは携帯端末の画面で、そこにはとある公共事業の発表風景が映っていた。どんな事業なのかと思えば、なんとカンバス通りに隣接する崩落した地下鉄道の再整備事業ではないか。
「…さ、採掘中止だな、こりゃあ」
「あの調査員はこのために来てたんスかね」
「十分稼がせて貰ったよ、これからどうするかは困り所だがな」
ーーー
ーー
ー
「で、赤牙組サンが何のようだ?」
「ホロウ内の調査データ並びにデッドエンドホロウの要警戒エーテリアス、デッドエンドブッチャーの情報を提供しに来た」
「…はぁ?」
白祇重工のオフィスにて、とある人物が値千金のデータを手にして現れた。白祇重工側からすれば不可思議だ、特に接点もない相手が自分達にここまでする理由がない。
「そちらも入札する予定の地下鉄の再建事業だが、対抗馬のヴィジョン・コーポレーションが怪しい動きをしている」
「それで?」
訝しむような素振りを隠さないのは社長のクレタ・ベロボーグ、そして彼女の周囲には白祇重工の社員達が並んでいる。対して赤牙組は組長一人、最初から殴り込み…というわけでは無いのは明らかだ。
「これはまだ発表すらされていない内部情報だが、奴らはあるやり方で入札に勝つぞ」
「…どうやってだ、こちらは既に入念な準備を終えている上に評価も得ている」
厳ついクマのシリオン、会計のベンはそう疑問を投げかけた。白祇重工は今回の入札に向けての準備を終えていると言ってもよく、このままいけば彼らの案で施工が進むだろう。だがそうはならないのだ、記憶によればヴィジョン・コーポレーションはある一手を打ってくる。
「もし白祇重工案と比べて、圧倒的な低コストで施工出来るとしたら?」
「不可能だよ、第一削れるコストは多くない」
「その通りだお姉さん、だから削っちゃあならねぇ場所を削るんだよ」
ゴーグルと腰に巻いた上着、そして大多数の人間には興味が無さそうな視線を持つのはメカニックのグレースだ。組長ミゲルの言葉の意味が気になる白祇重工側だったが、彼が見せたのは大量の爆薬だった。
「奴らの計画は単純、カンバス通りの住民ごと地下鉄を爆破する気なのさ」
「何を根拠にそんなことをいいやがる、第一そんな計画が通るかよ!」
「通るね、共生ホロウの中で何が起きようと知る術は無いんだ」
とは言っても根拠となる情報を組長は持っていない、あくまで記憶をリーク情報かのように語るだけだ。ホロウのデータは説得力を持たせるための小道具でしかない、これだけで信じてもらえるわけがないのは道理と言える。
「友人から得た情報はこれだけだが、カンバス通りに生きる者としては放置出来ない」
「なるほどな、だがこっちは動かねえぞ」
「それで良い、最後に動いてさえくれればな」
「最後にだと?」
組長は席を立ち、社員が止める間もなく敷地内を去った。彼の言葉が真実かどうかを確かめる術などなかったが、ヴィジョン・コーポレーションへの疑念を植え付けることには成功した。組長の目的はそれだ、自分の印象が良かろうと悪かろうとそこは度外視した。