白祇重工と接触したということを聞き、ニコは笑った。根拠もなしに急いで動いて何になるのだと言わんばかりだったが、その指摘は当たっている。記憶を頼りにするのは良いが、今回ばかりは急ぎすぎた。
「帰って来て早々どんな騒動に頭突っ込んじゃったわけ、よくそんなこと出来るわね」
「得体の知れない金庫を探して酷い目にあった件は、君も自分から頭を突っ込んだ筈だが」
「…それはそれ、これはこれよ!」
再開発事業の発表によりデッドエンド・ホロウでの違法採掘は一時中止、組員達は息を潜めている。主な目的だった資金集めは8割方終わっており、活動拠点を何処かへ移すべきだとは以前から考えていた。
「自力でここを離れてもカンバス通りと同じようには生活出来ない、だが公共事業による用地確保なら話は別だ」
「代わりの土地を何処かに市が用意するってわけね」
「ああ、今まで外に出ることを望まなかった人々も首を縦に振りやすい筈だ」
今居るコミュニティを捨てるというのは、かなりハードルの高い行為だ。若いのであればいざ知らず、高齢ともなれば横の繋がりが無ければ孤独死一直線となる。互助組織として動いていた赤牙組の庇護下からも離れざるを得ないが、これはそこまで関係ないだろうか。
「だが、ヴィジョン・コーポレーションの計画がどうにも怪しい」
「ずっと言ってるわね、何がそんなに気になるわけ?」
「分からん」
「…まあ採掘を止めて契約も終わるなら、邪兎屋が手を貸すような案件じゃないわね」
「その通りだ、何かあれば別の契約で頼りにさせてもらうがね」
「金払いの良いクライアントは嫌いじゃないわ、精々頑張んなさい」
最後の採掘を終えたことで、この会話を最後に邪兎屋はカンバス通りを去った。出向していた猫又とも別れは済ませていたらしく、何処かしょんぼりとした彼女を見たのは久しぶりだ。最後ということでカンバス通り自慢の飲食店での打ち上げをセッティングしたが、楽しんでくれただろうか。
「カンバス通りに帰って来て早々だが、ここともお別れすることになるかもな」
「例の再開発計画のことか、まだ実感がわかないぞ」
「猫は家につくというが…」
「猫のシリオンだからってステレオタイプな見方をするのは感心しない」
「すまん」
そっぽを向いた猫又に対し、サバ缶と共に数枚の書類とカードを手渡した。それは彼女が今まで必要分以上の給与を受け取ろうとしなかったため、膨れ上がり続けた彼女の預金口座である。後は新エリー都市民として生きるのに必要な各種書類、今ここを飛び出しても充分生きられるだけのものがここにある。
「これからは何者かの陰謀に首を突っ込むことになる、一度足を踏み入れたら簡単には出られない」
「だから?」
「エーテル適応体質に高い戦闘技術、そして何よりまだ若すぎる。第一これまで危険な仕事を任せていたのがおかしい、だから今のうちに…」
彼女は今回の事件が終わった後、邪兎屋に加入することになる。だが記憶通りに行くとは思えない現状、リスクは避けるべきだ。カンバス通りが無くなることが分かった今、赤牙組の解散は決定したようなもの、未来ある若人から足を洗ってもらわねば。
「えーっとだな、何か勘違いしてない?」
「と、いうと?」
「猫が人につかないってのは、迷信だぞ」
そういうことらしい、彼女は渡された書類を自分に押し付けた。一応口座の金額くらいは確認しろと言っておいたが、聞く耳はないと言わんばかりに窓から抜け出していく。こういうところは猫らしいのではないか、そう思う他ない。
ーーー
ーー
ー
猫又との問答から少し経ったある日、自分は赤牙組の幹部達とテレビで中継される地下鉄再開発計画の入札結果を睨み付けていた。結論から言えば記憶通りだったと言えるだろう、勝者はヴィジョン・コーポレーションだ。
「白祇重工の計画に不備はない、だが…」
「コストってヤツですか」
「この手の公共事業は積算に合わせる筈だがな、あまりに安ければ逆に入札は出来ない」
「せきさん?」
「大まかにこれくらいかかるだろうって額を計算して、それに近い業者の入札を選ぶってわけだ。無論それ以外の要素も加味されるがな」
圧倒的な低コストを強みに受注したのであれば、施工計画が余程の高評価を得たのだろうか。それとも新エリー都の経済を牛耳る企業連TOPSの陰謀か、疑おうと思えば全て疑えてしまう。そんなことでは精神病一直線だ、分かる範囲で推理しなければ。
「流石組長、詳しいっスね」
「白祇重工からの受け売りだがな、今回の件で不利になってからは話を聞いてくれたよ」
入札での動向や発表された施工計画からか、自分の言葉にある程度の信憑性を持ったのだろうか。彼らも独自に動き出したのだろう、最低限の情報交換のみを行うことが出来た。
「だが流石はお堅い企業だよ、ギャングモドキとは極力距離を取ってくれる」
「…それは良いことなんスか?」
「マトモな組織である証拠だな、信用できる」
むしろ前回の時点でよく叩き出されなかったと思うべきだ、クマのシリオンが多数在籍するあの会社で実力行使に出ようとする気など元々ないが。
「全員聞いてくれ、俺の集めた情報については知っているな?」
「ヴィジョンの奴らがカンバス通りの住民ごと地下鉄を吹っ飛ばそうとしているって件ですかい」
「既に爆薬を掻き集めて地下鉄の調査も始めてるとか」
部下達には独自の情報源から得た内部情報としか言っていないが、ホロウ内で怪しい動きを見せるヴィジョンの調査員に不信感を覚えているようだ。
「何かあれば動く、デッドエンドホロウ内の監視は耐性のある採掘班に任せるぞ」
「了解、班員を集めておきやす」
ホロウ内での活動に特化した装備を持つ採掘班の班長は即座に招集をかけ、通信端末を手に準備を始めた。彼らはデッドエンドホロウのエキスパートであり、エーテル適応体質でありながら赤牙組に残って働くことを選んだ者達だ。
「戦闘班はホロウ外の監視。相手はカタギだ、実力行使と火器の携行は禁ずる」
「徹底させます、第一小隊と第二小隊のローテを組むのでお待ちを」
防衛軍の頃の癖が抜け切っていない戦闘班長の口調は固い。しかし待機していた班員の動きは素早いだろう、あの切り札の起動準備も済ませてくれる筈だ。
「残りは後方支援と情報収集だ。くれぐれも治安局に睨まれるような真似はするな、ヴィジョンがカンバス通りに利を与える存在であるならば、俺達は見ているだけで済む」
「兄貴はそうは思わないんでしょう、その直感を信じますぜ」
「信じてくれて助かる、良い部下を持ったもんだよ」
記憶を失ってからも握りなれた刀の感触は何故か忘れていない、頑張っても腕前はそれなりだが。しかし自分の強みは組織として統制された赤牙組を動かせること、そこを勘違いしてはならない。
「気張るぞお前ら、"カンバス通りに赤牙組あり"だ」
こうして、赤牙組とヴィジョン・コーポレーションの睨み合いが始まった。