「あぁ〜!どうなってんのよーー!!」
「どうしたんだよ、ニコの親分」
邪兎屋が借りている一室にて、この何でも屋の長であるニコの悲鳴が響いた。狭い部屋だというのによく響く、社員二人はいつものことだと慣れた態度を取りつつも悲鳴のわけを聞くことにした。
「赤牙組との仕事が終わってから邪兎屋の経営は傾くばかりだわ、これもこれも支払い期日が近いし…もう!」
赤牙組はホロウレイダーの雇い主としては万に一つのアタリだった。裏の世界で我を通せるだけの武力を持ち、周辺の住民が彼らを庇うだけの信頼を保ち、素行の悪い邪兎屋を期間中まで上手く使い切った。
「あの仕事は稀に見るくらい割が良かったわ、近くにバーガーショップが無いことさえ除けば」
白い髪に緑色の見慣れない戦闘服と、電気を操る邪兎屋の戦闘員。ハンバーガー狂いの彼女の名前はアンビー・デマラ、立ち振る舞いから軍人としての訓練を受けていたことが滲み出ているが過去を語ることはない。
「そうだよなぁー。弾薬費は向こう持ち、邪兎屋で数ヶ月分のボーナスなんて初めて見たぜ」
「業績が良い時くらいボーナス出すわよ!」
ボーナスについて嬉しそうに答えるお調子者の機械人はビリー、赤いジャケットと中折れ式の回転式拳銃は彼のトレードマークだ。アンビー同様過去をあまり語らないが、彼の身体こと機体は非常に高いスペックと維持費を持つとか。ちなみに機械人とは新エリー都では一般的な人種の一つで、知能機械人の略である。
「はぁ、必要経費とはいえ色々と買い込んだのが良くなかったかしら」
「カンバス通りはあれから再開発だもんな、隠れて採掘なんて無理だろ」
「新しくなったらバーガーショップの一つでも出来ればいいけど、良いところだから」
何故かニコの経営手腕を振るった瞬間に邪兎屋の経済状況は一気に落ち込む、幾ら振り回されても社員達が苦と思わない時点でかなりの人徳だが。
「都合よくまた割りのいい仕事が舞い込めばいいんだけど」
「ニコ、緊急の依頼があるんだ!」
開きっぱなしの玄関からやって来たのは猫又、それも急いでやって来ましたと言わんばかりの慌てようだ。彼女がバッグに入れて持って来たのは依頼の前金と、何かの映像記録だった。
「もしかして、赤牙組で何かあったの?」
「ミゲ…ボスの勘が当たったんだ!ヴィジョンのやつら、カンバス通りの人ごと地下鉄を吹っ飛ばす気だ!」
「な、なんですってぇ!?」
邪兎屋に激震走る。しばらくの間、ニコの口は開いたままだった。
ーーー
ーー
ー
「で、僕らのところに来たわけかい」
「あんたも大変だね、急ぎの仕事なら特急料金貰っちゃうよ?」
邪兎屋が駆け込んだのは六分街のビデオ屋、そのスタッフルームだった。そしてビデオ屋にしては場違いな機材の前に立つのは、何処か人たらしの気配を感じる男女だ。
「あれ、この声…」
「久しぶりだね、猫又」
「も、もしかして、パエトーンのボンプ!?」
ボンプとはあらゆるところで運用されている小型のロボット。ぬいぐるみのような可愛い見た目とは裏腹に、エーテリアスとの戦闘も可能なポテンシャルを秘めている。
「僕達がパエトーンだ、ボンプはこっちのイアス」
『ンナ!』
彼らはイアスと名を持つボンプを介して、ホロウの道案内をしてくれるプロキシだ。ニコ達邪兎屋とは長い付き合いらしく、赤牙組にはかなり儲けさせてもらっていたとのこと。
「でだ、その緊急の依頼って?」
「ええと、これを見れば大丈夫な筈!」
そう言って猫又は記憶媒体を手渡し、パエトーン兄弟はそれをパソコンに繋いだ。警戒しているためか何かチェックを行う工程を挟んだが、中身がただの動画ファイルでしかないと知ると再生することにしたようだ。
『内容に問題はありません、再生しますか?』
「頼むよFairy」
プロキシ兄弟がAIアシスタントのようなものにかけた言葉の後、画面には何やら険しい表情をした赤牙組組長の姿が映し出された。裏では銃声が鳴っており、組長自身も怪我をしたのか腹に包帯を巻いている。
『状況を説明するが、ヴィジョンは治安官に扮した私兵部隊をカンバス通りと新エリー都間に展開した。目的は脱出の阻止、奴らは爆薬で纏めて吹き飛ばす気らしい』
「あのカンバス通りが…」
パエトーンの兄は顎に手を当て、仕事で何度も訪れたカンバス通りに思いを馳せる。相棒であり分身でもあるイアスを通じて歩いたあの場所は、旧都陥落により取り残された場所だというのに雰囲気が良かったことを覚えているようだ。
『ヴィジョンは施工開始と同時に強力なジャミング装置を設置、現在我々は外部との通信を完全に遮断されている。隠れて敷設した有線通信も切断された、敵はかなり用意周到だ』
「えぇ…ここまでやる?」
対するパエトーン妹はイアスを抱え、あまりの惨状に少し引いている。これがある意味では普通の反応だ、工事とは現地住民の皆殺しを指す言葉ではない。
『偽物の治安官であると突き止め問いただしたと同時に、奴らは無差別攻撃を開始した。現在は住民を建物の奥へと逃がしつつ、防衛線を維持している』
『同ファイルに存在するデータを表示します。赤牙組の戦力配置図並びに、数時間前の交戦記録のようです』
赤牙組は戦闘班を中心に抵抗しているが、治安局と同レベルの装備を大量に揃えられるヴィジョン私兵に苦戦していた。治安官に睨まれないよう、慎重に調達を進めていたのが仇になってしまったのだ。実戦経験や個々の訓練量では赤牙組の戦闘班が優っていたとしても、質の良い装備を持つ人間を大量に投入されては苦しい。
「…戦場が小さいとはいえ、この第一防衛線を食い破って即座に半包囲に移ったわ。大多数は素人同然かもしれないけど、現場の指揮官や隊長クラスは経験者が混じってる」
「アンビー、分かるの?」
「盾持ちとナイフ持ちの編成、恐らく反乱軍が現場を動かしていると考えていい」
敵は本腰を入れて赤牙組を封殺する気らしい、アンビーは状況が芳しくないことを見抜いている。ニコは思っていたよりも大規模な戦闘に、これに介入して無事に帰ってこれるかが心配になりつつあった。
『治安局に連絡せず邪兎屋に連絡を入れたのは、最悪の場合敵部隊諸共ヴィジョンが爆破を敢行する危険性を危惧してだ。何百トンあるかも把握出来ないエーテル爆薬を使えば、跡形もなく吹き飛ばすのは可能だ』
『エーテル爆薬の推定量を確認、全爆薬の同時爆破による総エネルギー量は…カンバス通り一帯を破壊可能』
「危険な代物を馬鹿みたいに持ち込んでるじゃないの!!」
状況は最悪だ、このままでは赤牙組の戦闘員は物量にすり潰されて終わりだろう。詳しく戦況を説明されていなかったらしい猫又は青ざめはじめ、今では少し震えており一言も発していない。
『邪兎屋に依頼したいのはエーテル爆薬への対処、より詳しく言えばホロウへの投棄だ。敵は近くの駅に爆薬を集積しているからな、列車を奪うことが出来れば纏めてホロウへ放り込める』
『路線図を発見、表示します』
『車両を強奪する際にはこちらが隠し球を使って陽動をかける。敵の予備戦力を前線に向かわせられれば、そちらは手薄になるだろう』
難易度は高い、だがこのような非道を前に目を背けることが出来るほど邪兎屋の面々は性根が曲がってはいない。ニコの判断を仰ぐべく、ビリーとアンビーは彼女の顔を見た。
『奴らのホロウ侵攻部隊はデッドエンドブッチャーに退けられた、道を知り尽くした君達なら敵の目がないホロウ内を抜け道に出来るだろう。君達が依頼を受けてくれることを祈る、もし爆破が既になされていたら…』
赤牙組のボスは数秒黙り込み、それから頭を下げた。
『猫又を頼む』