伝説のプロキシことパエトーン、そして悪名高き邪兎屋がデットエンドホロウを抜けた。赤牙組からの情報通り敵はおらず、デットエンドブッチャーが暴れたと思わしき後だけが残されている。
「…トンネルに出れたわね、流石パエトーン」
『最新の調査データがあったからだ、ギリギリまで後から来る僕達のためにデータポストを守っていたんだろう』
データポストの周りには血痕と大量の薬莢が残されていた、そして映画やドラマのダイイングメッセージのように血で"後を頼む"と書かれていた。
『この先に行けば列車がある筈だ、急ごう』
「その足じゃ遅いだろ店長、運ぶぜ」
『頼むよ、ボンプの脚じゃ君達に着いていくのがやっとだからね』
ボンプからはパエトーン兄弟の兄の声がする、彼が六分街のビデオ屋からこのボンプを遠隔操作しているのだ。ホロウ内外とのリアルタイム通信は現在実用化されていない技術だが、それを彼らはどういうわけか扱える。
「猫又、シャキッとしなさい!」
「わ、わかってる!」
猫又は通信機を取り出し、とある周波数に合わせた。このトンネルには無線通信の中継機が赤牙組によって壁内に隠す形で設置されており、地下であるのに関わらず地上と連絡が出来る。有線通信はある意味でダミーだったのだ。
「組長、始めるぞ!」
『…』
「ボス、シルバーヘッド、ミゲル!」
『聞こえてるよ、助かった』
彼の返答は短かった、しかしそれと同時に地面が揺れた。赤牙組が対デットエンドブッチャー用に修理と改造を進めていた秘密兵器、旧都陥落から取り残されていた自律補助ユニット「ガーディアン」が再び動き出したのだ。
「な、なんだぁ?」
「何が始まったのよ、隠し球って何!?」
ビリーが驚きつつもボンプを落とさぬよう走り続け、ニコが少し狼狽える。振動はかなりのものだ、まるで建物か何かを突き破ったかのような衝撃だった。
「確かガーディアンっていう防衛軍のロボットだぞ、ボスが回収して修理してたから」
「やることやってるわね、あの組長…」
治安官に睨まれないようにしたいだのなんだの、そう言っていたのはなんだったのだろうか。治安局と同等の装備を持つ敵を相手にカンバス通りを守れている時点で、睨まれない範囲の武力を超えていると思うのだがとニコは一人ごちる。
「ニコの親分、見えて来たぞ!」
「でかしたわビリー、パエトーンを置いて突っ込みなさい!」
「了解だ!」
ロクに警戒もせずに立っていた歩哨にビリーとアンビーが駆け寄り、それぞれの武器で殴り付けて無力化する。列車は綺麗な状態だが、なにやらテレビで聞いた声が聞こえた。
「な、何者だぁ!」
「コイツ、もしかしてヴィジョン・コーポレーションの…」
「パールマン!」
短刀を引き抜いて彼の首に突き付けようとする猫又をニコが止め、パールマンは腰を抜かしてへたり込んだ。彼女の怒りは当然だ、今も仲間に犠牲者が出ている。
「待ちなさい、コイツは使えるわ」
「何に!」
「人質よ、パールマンを盾にしているうちに列車ごと爆弾をホロウに捨てるの!」
「…わかったぞ」
邪兎屋は爆薬を満載した列車を強奪、敵からの攻撃を受けつつもホロウに向けて突撃した。ジャミング装置が稼働している間は遠隔で爆破される危険はない、急加速を始めた地下鉄列車は火花を散らしながらカーブを曲がり切った。
ーーー
ーー
ー
カンバス通りに赤牙組あり、なんて格好つけたのは間違いだっただろうか。部下と共に応戦しているが、相手の勢いは衰えを知らない。組長としてまだやるべきことがあるのだ、それまで死なないことを祈らなければ。
「猫又がやってくれた、このまま抑えるぞ」
「奴らはガーディアンへ攻撃を集中させる気のようです」
「援護射撃を切らすな、小銃あるか?」
部下から手渡されたアサルトライフルを手に、壁から顔を出す。敵の中で動きの良い者、反乱軍の者と思わしき私兵を狙って引き金を引く。刀ばかり見ていたわけではない、誰でも同じ威力を出せる銃にはそれなりの時間を割いた。
「このブロックの1階と2階は危険だな、引かせられるか」
「戦闘班は右翼からの攻撃に対応中で動かせません、避ける戦力が不足しており…」
「俺が行こう、三人くれ」
「本気ですか!?」
「全体の指揮は戦闘班長、お前の方が余程向いてる。ここで士気を折られれば負けるが、そっちの対応は俺に任せろ」
指揮と鼓舞は双方の専門家に任せる、それだけだ。ネクタイを外し、まるで腕章にするかのように彼の腕に巻いて縛った。そして邪魔にならないよう余った部分を切り、彼の肩を叩いた。彼は戦闘になると分かっていたため軍服の袖に手を通していたが、過去の部隊章を隠すように巻いたのだ。
「赤牙組戦闘班長、貴官に指揮権を移譲する。カンバス通りの市民を守るため、尽力してくれ」
過去に負い目を感じていた彼にと思ったが、いらぬ世話だったか。
「了解致しました、お任せを!」
「逃げ遅れはこっちで回収する、後で会おう」
いつものスーツの上から着込んだ防弾チョッキが重い、ライフルとその予備弾倉も含めれば相当な重量だろう。だがその程度で根を上げるほどヤワな鍛え方はしていない、ポケットから取り出した発煙弾を前線に向かって放り投げた。
「5班と7班、後退だ!」
「負傷者が出てます、コイツは足をやられて…」
「見せろ」
痛がっているが意識はある、出血量も多いがこの世界の医療技術であればまだ助かる。幸い薬は溜め込んである、処置を急げば十分間に合うだろうか。
「まだ助かるな、止血してサッサと運べ!」
「組長…俺…」
「ここをよく持たせたな、傷を治したら復帰しろ」
「ありがとう、ございます」
ガーディアンが暴れているとは言え、このままではジリ貧だ。だが爆薬さえホロウへ捨てられれば、治安局に通報することが出来る。その時は赤牙組全員がお縄になるだろうが、それでもカンバス通りの人々は助けられる。
「こんな戦闘に巻き込んですまないな」
「俺はもう赤牙組の組員です、みんなを逃がせるなら本望ですよ」
「ハッ、その意気だ」
煙幕の中を進んできた敵に対してライフルを向け、引き金を引く。乱戦になれば刀を抜かなければならないだろう、どこまで通じるかと思うと冷や汗が頬を伝う。
「負傷者を運び終えたぞー!」
「よぉし後退しろ!シルバーヘッドが殿だァ!」
何故市街地でこんなドンパチをしなければならないんだ、頭を打ってから必死に働いていたというのに結果がこれか。これなら自分が下手に動かない方が良かったのではないか、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
「赤牙組ここにありだ、気張れ野朗共!」
「「応!」」
だが嘆いても今は変わらないのだ。
ーーー
ーー
ー
組長達が決死の後退を行う中、邪兎屋の面々は強奪した列車の中でエーテル爆薬をホロウへ放り込む準備をしていた。しかし何やら思うところがあるらしく、一人が口を開いた。
「赤牙組は治安局に通報する気って話よね」
「そうだぞ」
「それじゃ赤牙組まで纏めて制圧されるわ、私達だって危ないし外から別の勢力が来たら戦力配置が変わって敵の動きが読めなくなっちゃう」
ニコの懸念は当たっている。治安局は攻撃ヘリ等の兵器まで所有しているが、敵が治安局の介入を恐れているとは思えない。パールマンは猫又が尋問しているが詳しい情報を持っているようにはあまり思えず、主犯格は恐らく別の場所に居るはずだ。
「それは…そうだけど…」
「赤牙組と治安局に挟まれて退路を失った兵士は死ぬまで戦うことになる、厄介よ」
「逃げ道になるトンネルに敵が雪崩れ込んだら民間人の避難なんてまず無理だ、死者が出るぜ」
アンビーとビリーも同意見のようだ、治安局の直接的介入は劇薬となる。傍観を決め込む主犯格を捕らえたいところだが、治安局が来れば雲隠れするだろう。
「他に何か手はないの、治安局を呼んで全員滅茶苦茶になるのは御免よ!」
『…少し見方を変えるべきだ、使えるかもしれない案がある』
「あるなら早く言いなさいよ!」
『直接的なリスクがあまりに高い、それでもいいかい?』
「治安局に射殺されるよりマシよ、まだ捕まるわけにはいかないの」
パエトーンが操るボンプは短い手で車両の席によじ登り、何かを操作した。猫又に組長ミゲルとの通信を繋げるよう言い、通信機越しにも聞こえる声量で話し始めた。
『ホロウの大きさは様々な要因で決まるけど、一番の要因はエーテリアスによるエーテル活性だ。そしてそのエーテル活性値は巨大な個体であるほど指数関数的に上昇する』
「それで?」
『真エリー都とカンバス通りは直線距離で見れば遠くない、分断が起きたのはデッドエンドホロウによって最短距離を結ぶ路線が飲み込まれたからだ』
感の良い邪兎屋の面々は結論に気が付いた。ニコはアタッシュケース型の武器を展開して出力を上げ、ビリーはお手製の炸裂弾を銃に込め、アンビーは剣の刃に歪みがないかと確認した。そして猫又も両脚の防具から短剣を抜き、汚れを拭き取った。
『デッドエンドブッチャーを撃破すればエーテル活性は急激に低下し、最短距離を結ぶ地下鉄の路線はホロウの外に吐き出される。そこは敵も戦力を配置出来ない、完全な抜け道の完成だ』
「これなら後始末だけを治安局に任せられるわね、巻き込まれる心配無し」
「でもよぉ店長、俺たちの火力で要警戒エーテリアスを倒せるか?」
『そこはこの物騒な列車に頼ればいい、何百トンものエーテル爆薬が使い放題さ』
「カンバス通りが無くなる量がある、充分ね」
この作戦を決行するには赤牙組側の了承が必要だ。赤牙組全員を犠牲にして治安局に敵味方諸共制圧させるか、それとも邪兎屋に賭けて抜け道から抜け出すか。リスクはどちらも高い、だが組員のことを考えると…
「どうする、ボス」
『…その案に乗ろう、ガーディアンを増援に出す』
猫又の問いに対し、組長は首を縦に振った。了承を得たのならやることは一つ、このままホロウでドンパチだ。
『いいんですか、それは貴重な戦力の筈』
『元々あの化け物を倒すために作っていた代物だ、使ってくれ』
邪兎屋の乗る電車はホロウへと突っ込み、歪んだ空間の中にある駅のホームで彼らは降りた。電車はレールのある場所でしか移動出来ない、デッドエンドブッチャーを移動させなければならないのだ。
「じゃあこのポイントに誘導すれば良いのね、信じるわよ」
『こっちは列車をどうにか移動させるよ、お互い頑張ろう』
邪兎屋もこのホロウには慣れている、散々採掘作業の護衛としてここで戦ったのだ。今まで避けていた相手と改めて戦うことになっただけのこと、ニコはそう仲間達に言い聞かせた。猫又もすっかり邪兎屋に出向していた時の雰囲気に戻っている、このコンディションであれば仕事はできるだろう。
「この駆動音、来るわ」
「うぉ!?」
ホロウ内の建物を突き破って現れたのは赤牙組のガーディアン、全身に弾痕を刻まれているものの稼働に支障はない。既に指令を受けているのか、邪兎屋を友軍と識別して奥へと進む。デッドエンドブッチャーの縄張りであの機体が暴れれば、奴も現れざるを得ない。
「さぁ来るわよ、勝ってあの食えない組長から追加報酬を分捕りなさい!」
「了解だ親分。見敵必殺、開幕必殺キックをお見舞いするぜ!」
「ドンドドドンドン、ドンドンドンドン、ドンドドドドンドン、ドンドンドン…」
「アンビー、緊張で壊れちゃった?」
「BGMは要らないわよ!」
各々が武器を構え、咆哮する目標へと狙いを定めた。
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