結論から言おう、カンバス通りの皆は助かった。邪兎屋の働きによりデッドエンドホロウは縮小、民間人百数名を含めた全員が抜け道から脱出した。遅滞戦闘を行っていた赤牙組の被害は大きかったものの、守るべき民間人の避難が行えたことでカンバス通りを放棄し、敵からの攻撃から逃れることが出来たのだ。
「囚人服、案外似合うわね」
「そりゃどうも、面会で開口一番にコレとはね」
だが後始末に治安局を呼ぶとはこういうことだ、今回の事件において赤牙組を扇動し銃撃戦を起こしたとして捕まってしまった。しかし今回の事件があまりにデリケートなものだったからか、こうして一ヶ月ほど取調を受けつつ勾留されている。
「組員は一部を除いて無事よ、怪我人も治療中みたいね」
「そうか、邪兎屋は?」
「私を誰だと思ってるのよ、お咎め無しよ」
面会にやって来たのは邪兎屋のニコ、今はカンバス通りの住民達がヴィジョン・コーポレーションに対して行う集団訴訟のまとめ役となっているらしい。外では今回の事件が何かと話題になっているらしく、市政選挙を前にここまで派手な撃ち合いが起きたということで騒がれたとか。治安官の姿をした奴らが銃を向け、引き金すら引いてくるとなれば恐ろしくて仕方がない。
「白祇重工がメディアも連れて現場に急行したからかしら、治安局が貴方をどうこうして闇に葬る…ってのは無理になったわね」
「そりゃ助かるが、だからって無罪じゃないだろう。俺の刑はいつ執行されるんだ」
「貴方が戦ったのは市民の虐殺を行おうとした犯罪者、情状酌量の余地はあるわ。治安局側が結論を出すのにはもう少し時間が必要でしょうけど」
あの地域は旧都陥落によって取り残された地域であり、今までの治安維持に関しては赤牙組が担っていた。新エリー都側の法が行き届いていたとは言い難く、ある意味では赤牙組による実行的な支配を受けていた地域と言っても良い。だからこそ、判断が難しいのだ。
「貴方が捕まったと聞いて組員が動き回ってるの、メディアを抱き込んで英雄扱いよ」
「民意を利用する気か、何処でそんな手を覚えたんだか」
「そこは自分の求心力を誇った方がいいんじゃない?」
ニコが持ち込んだ新聞の一面は、赤牙組とヴィジョン・コーポレーションについての話題で持ちきりだ。過去に新エリー都へ移住させた者達もインタビューに答え、カンバス通りからの避難民は命の恩人だとコメントを残してくれている。
「そこまで重い刑にはならない筈よ、多分獄中で殺すには惜しいと考えるわ」
「…黒幕への囮にする気か」
「大正解、パールマンは捕まえられたけど、結局それ以外のヴィジョン上層部には逃げられちゃったしね」
「やはり逃げたか、どこまで想定していたのやら」
黒幕は黒幕らしく、そう簡単に捕まってはくれないようだ。記憶でも社長であるパールマンは捕縛出来たが、彼は利用されているに過ぎなかった。
「私はこれで失礼するわ、また外で会いましょ」
「娑婆に出られるとは思えんが…まあ、その時はよろしく」
ひらひらと手を振りながら彼女は面会室を去った、また暇になってしまったではないか。組員達の差し入れとして入って来た本を読むが、他とは違う一人部屋の広さが嫌になる。組の運営に必要な書類仕事以外で文字を読むのは久しぶりだ。
「…ん?」
何か気配を感じて本から視線を外すと、目の前に赤いコートを羽織った何者かが立っていた。ヴィジョン・コーポレーションについて調べる中で見た顔だ、確か名前は…
「サラ長官殿、このような場所になんのご用で?」
「話を聞きに来たの、貴方の裏切りについて」
「…その件か、まあそちら側から見ればそうなるだろうな」
自分が本来豹変した理由、それは彼女ら黒幕との接触にあると推測される。しかし自分は頭部へのダメージにより、記憶を失ってしまっているのだ。
「そちらも全く調べずに来たというわけではないだろう、頭の怪我については?」
「貴方が記憶を失ったとは聞いたわ、でもそれじゃあ辻褄が合わない」
「貴様らのシナリオ通りにはならんよ、勧誘の言葉をもう一度言うか?」
「…まるで別人ね。あの時の貴方とも、変わりかけた時の貴方とも似つかない」
別人かどうかと聞かれれば、自分は過去と比べると完全な別人だろう。何せ記憶もキーワードがなければ思い出せない、日常生活をどう送っていたかも歯抜けな有様だ。そうなると別の方法でそれを埋めるしかない、変わるのも当然だ。
「気に入らないって顔だな」
「駒がプレイヤーを気取るほど、苛つくことはないでしょう?」
「プレイヤーか、プレイヤー…」
何かが引っ掛かる、プレイヤーという言葉がそこまで自分の記憶に関係しているのだろうか。ゲームの類は好きでもなければやる時間もない、この単語を自室で見たこともない、獄中で読んだ小説にそこまで多用されてもいなかった。
「俺は、何者だ?」
何故あの記憶を自分のものと考えていたのか、全て自分の主観ではないということに気がつくべきだった。何故邪兎屋の動向を見てもいないのにさも見て来たかのような記憶があるのか、何故自分が死ぬところを他人からの視点で見ているのか。
「…思い出したぞ、サクリファイスか」
「元に戻るならそれでいいとは思ったけれど、これは」
「旧都陥落直前に現れたへーリオス研究所の白い腕、人の意識を保つエーテリアス、そしてお前達が欲する星見家の妖刀の力、なるほどな」
ゼンレスゾーンゼロ、そう言うことだったのだ。
「…そこまでは教えていない筈だけれど」
「今の俺には未来が見えるのさ。お前達の目論見は失敗するよ、ブリンガーも哀れなことこの上ない」
自分はゲームのプレイヤーで、この世界はゲームの設定そのもの、だから先のシナリオを知る自分は未来を見たと錯覚した。
「俺は未来永劫、貴様らの敵だよ」
「未来とやらが気になるところだけれど、排除した方が良さそうね」
「やっとか、最初から引き金を引くべきだったんだよアンタは」
治安局局長を務めるブリンガーは黒幕の手のものだ、この拘置場で目の前の女が堂々と銃を取り出せたのもそういうことだろう。だがニコの話を聞く限り自分の役割は囮、ブリンガーの息がかからない独立した部隊が捜査をしているとすれば…
「手を挙げなさい!」
「どうやって入り込んだかは気になるところであるが、手加減が出来る手合いではないと見える」
治安局のエリート部隊、特務捜査班のお出ましだ。武器を向けられた女は武器を捨てるのと同時に、上着の下から何発もの手榴弾を落とした。流石に死を覚悟したが、その落ちたものの形状を見て目と耳を塞いだ。
「閃光弾!」
耳が潰れるような爆音と目が焼けるような閃光、そしてそれと同時に広がる煙が視界を潰した。特務捜査班の二人は果敢に突撃するが、煙の中に既に人影は無かった。
「…すみません、取り逃しました」
「うむ。我のセンサーでも捉えられぬ、ただの煙ではなかろう」
彼女達も後のシナリオで登場するキャラクター、朱鳶と青衣だ。首の皮一枚繋がったと言うところだろう、死ぬかと思ったがまだその時ではないようだ。
「助かったよ治安官殿、流石特務捜査班だな」
「…先程の人物と面識は?」
「格好こそ違うがヴィジョン・コーポレーションのサラ長官だな、消しに来たってことは厄介な事態になってる証拠だ」
監視カメラから少し離れ、置いた本を手に取るフリをしつつレンズに背を向ける。そして胸を指先で叩くジェスチャーをし、朱鳶のポケットに入っていたペンに視線を移す。彼女は渡すことを躊躇ったが、利き手で銃を持ったままペンをこちらへ渡した。
「消される前に書いておく、そちらの方は監視をお願いしても?」
「言われずとも見ておる、情報提供者ならば守る他なかろう」
「…分かりました、これを」
本の空きページにでも書こうかと思ったが、彼女はメモを渡してくれた。それに書き込みつつ、自分は口に出したこととは違うことをメモ帳に書いた。
「ヴィジョン・コーポレーションがアレだけの装備を用意出来た以上、内通者は装備の管理をしている部署にいる可能性がある」
そう言いつつも書いたのは、"内通者はブリンガー"という短い言葉。それを見た彼女は言葉を失いつつも、こちらを睨むように目元へと皺を寄せた。
「確かに大規模な横流しがあった可能性は否めません、続けて」
「あの量のエーテル爆薬を用意し、安過ぎる施工案を怪しまれず通し、TOPS入りを目論む…恐らくヴィジョン単体の目論見じゃあない」
次に書くのは"敵の目的は不明、旧都陥落に関与確実"、彼女は嘘か真かを判断しかねているようだ。それもその筈、自分は確固たる証拠を提示することは出来ない。
「どれも貴方の推理では?」
「探偵業を始めるのも良いかもな、だが消しに来たのは事実だ」
手が震えて書き損じたフリをして、ページを破いて口に出して話した偽の証言を書き直す。この紙はまあ、焼くほかない。目の前の彼女はメモの言葉に対する動揺を隠し、奪い取るようにメモを自分から取り返した。
「…特務捜査班として報告はします、ですが新エリー都の市民として貴方の命の安全は保証しなければなりません」
「そうかい」
「内部の犯行である可能性がある以上、今後の対応は少し変則的になるでしょう。ひとまず牢屋を移します、この状況では次の襲撃がいつになるか分かりませんから」
そう言って自分は手錠をかけられ、目隠しをされ、彼女に担がれた。大の大人がこのザマとは、恥ずかしい限りだ。
ーーー
ーー
ー
前回の暗殺未遂から少し経ち、自分は娑婆へと監視付きで戻っていた。理由は署内での安全が確保出来ず、これ以上は囮としても使えないからだ。なので外に出し、改めて敵からの接触を待つことになった。
「ミゲルミゲルー、これどう?」
「どうしたんだそりゃ、見るからにジャンルがバラバラだが」
「邪兎屋のみんなにプレゼントを贈ろうと思ったんだけど、ちょっと悩んでて…」
「ニコは現金で喜ぶから買わなくてもいいぞ」
「そんにゃ…こともある気がするぞ」
猫又は邪兎屋に正式な社員として雇われることとなった。彼女自身運送業が肌に合わず、彼女達と働く方が楽しそうというのもあるが、何より赤牙組はいつ黒幕の襲撃を受けるか分からないのが問題なのだ。そのため社会勉強だなんだと理由をつけ、彼女を遠ざけた。
「まあビデオ屋のプロキシ兄弟に聞くのがいいんじゃないか?」
「確かに、聞いてみたほうが悩まずに済むかも」
「善は急げだ、行って来な」
「分かったぞ!」
猫又が笑顔で飛び出していくのを見て、少し口角が上がる。頭を打って良かったことと言えば、彼女が育ての親である自分を失わなかったことだろうか。しかし自分は本来のシルバーヘッドとは違う存在だ、それが少し申し訳ない。
「へぇー、組員から好かれてるのね…組長?」
そう物思いに耽っていると、背後から女性の声が聞こえた。
「アッ…ハイ」
「そう怯えないで、今のところ何かする気はないから」
特務捜査班から送り込まれた監視というのは、プロの潜入捜査官だった。名をジェーン・ドゥ、本名を知る者は今のところ居ない。鼠のシリオンで特徴的な耳と尾を持ち、両手のナイフと刃を仕込んだブーツ、そして目にも止まらぬ機動力が彼女の武器だ。
「組長、新しいシノギの件ですが…」
「入ってくれ!」
「ウッス、失礼します」
部下が入ると、先程までいた筈のジェーンが消えていた。窓が少し開いているのを見るに、そこから抜け出したのだろうか。そして今も話を聞いているだろう、仕掛けられた盗聴器とカメラの数は知りたくもない。
「郊外の連中がやってる運送業に参入するというのは確かに骨が折れましたが、組長の言う通り落とし所を見つけられました」
「言うは易しというが…良くやったな」
「郊外の人間では新エリー都への立ち入りに時間がかかることから、都内での運送をこちらが請け負うことになりました。幸い元々カンバス通りで過ごしていた奴らも協力してくれてます、治安局が足を洗う機会をくれるとは思いやせんでしたが」
組長と組員の全面的な協力、ホロウレイダー時に稼いだ資金の没収、デッドエンドホロウの調査データ全て、そして違法採掘したエーテル資源流通に関する情報提供に、組長の身柄。色々あったが、どうにか全員しょっぴかれるのは回避出来た。
「向こうさんもやり方を選べない事態というわけだ、楽観視は出来ん」
何故ここまで赤牙組に有利な条件なのかと言うと、重要参考人を乗せた飛行船がハイジャックされた上に社長であるパールマンを逃すと言う大失態があったからだ。組長を失った赤牙組を黒幕に利用されるのは不味い、かといって全員を捕まえる労力は割けない。邪兎屋の代理起訴に関しては暫く先になるだろう、奇声を上げるニコの姿が目に浮かぶ。
「何かあったときは協力しなきゃならない、治安局の犬として働くってのもアレですがね」
「まあそう言うな。赤牙組を抜けて職についた奴まで追いかけて逮捕なんてことになれば、それこそ終わりだからな」
「そっすかねぇ」
赤牙組運送は世間体が悪過ぎる、何か良さげな名前を考えなければならないだろう。初期費用もどれだけかかることやら、また資金繰りに悩まされることになりそうだ。だが今までだってどうにかやって来たのだ、組員達を真っ当な職に就けさせる機会を逃すわけにはいかない。
「ホロウレイダーやってた時が懐かしいっすよ、あんときはヤバかったですが楽しかった」
「…そ、そうだなぁ!ハハハ!」
「えぇ、今や遠い昔ッスけど」
「話は変わるが、荷物運びに使う車でも見に行かないかぁ!?」
「勿論ッス、行かせて頂きます!」
組員達のホロウレイダー気分が抜けるのには、もう少しかかりそうだ。紆余曲折の末に得られた一段落、旧知の友人達と楽しいひと時を過ごすのも良いだろう。都市での暮らしは劇か何かのようで暇な時はない、だが幕間や終焉は訪れる。今は未来に向かって思い切り笑おう、このクソッタレで趣味の悪い陰謀を乗り越えた記念に。
しかし一つ終わればまた別の劇が始まる、だが舞台である新エリー都そのものに終焉が来ることはない筈だ。今も、そしてこれからも…