迅悠一が救われるまで   作:ミルクネコ

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明滅する未来へ

「……気味が悪い」

 

風間の口から投げつけられたのは、称賛でも、叱責でもなく──率直な感想だった。

 

唯華は肩を竦めて薄く笑う。

 

「そこまではっきり言わないでくださいよ〜。傷つくじゃないですか」

 

「まるで三輪のようだ、いや⋯あいつよりもっとタチが悪いな」

 

「三輪くんに言いつけますよ?」

 

唯華はぼやきながらも、目元にほんの少しだけ表情を戻す。

その背中には、まだ震えるような余熱が残っていた。

叔母との決別を経て、生き方を変えようと決意した唯華。

そして彼女はたしかに変わりつつあった。

 

どんよりとした空気を打ち払うように、間延びしたアナウンスが鳴り響く。

 

『あ〜マイクテストゥマイクテストゥ⋯

正隊員のうち、現在手の空いているメンバーは、

第1技術開発室に集合してください。新しいトリガーのお披露目会をしまーす』

 

風間がめんどくさそうに顔をしかめる。

 

「冬島さんか⋯まったく⋯事前に連絡してほしいものだ」

 

「それはそうと、新しい武器って何なんでしょうね!ワクワクしちゃいます!」

 

「弧月の改良が1つ、それ以外は知らないな」

「風間先輩ずっと言ってましたもんね。ブレードを軽くしてほしいって。」

軽口を交わしつつ、ふたりは第1技術開発室へと向かった。

 

 

---

室内には、既に数名の隊員が集まっていた。

中央に設置された大スクリーンには、“冬島工房プレゼンツ!”とポップな書体が表示されている。

そして始まったのは、どう見ても“通販番組風”のトリガー紹介映像だった。

 

『ついに登場! 長距離からも必中の威力をあなたに──

その名も、スナイパートリガー『イーグレット』!』

 

パァン!という効果音とともに、CGで描かれた狙撃シーン。

横から映る仮想の敵を正確に撃ち抜き、命中時にはド派手なエフェクトが広がる。

 

「こんな派手だと狙撃後に困るな⋯」

開発を打診した東はそう呟いたが、大音量の銃声によって掻き消されてしまった。

 

『そしてこちら、中距離特化の銃型トリガー!

射手(シューター)のキューブより扱いやすく、何よりかっこいいぞ!』

 

嵐山と柿崎が目を輝かせたが、

スクリーンに出てきた、いかつすぎる突撃銃(アサルトライフル)に思わず固まってしまう。

 

『お待ちかねの攻撃手(アタッカー)用オプション!

弧月の間合いがグーンと伸びる! オプショントリガー“旋空”、新登場です!』

 

そこにいた太刀川、風間、三輪、唯華の目が吸い寄せられる。

 

映像ではダミー人形が弧月を鞘に納め、そのまま引き抜いて振りかざした。

居合いの要領でゆっくり放たれた一刀は10m前後まで伸び、的をスパスパと切り裂いていく。

 

「これは……すっごい楽しそうですね」

「なんか剣速遅くね?」

 

「わかりやすくするためでしょう。たぶんですが」

 

『そして最後に! 皆さんおなじみ、弧月がなんと5.7%軽量化! 出力もほんのりアップ!』

 

その一言に、場の空気が微妙なものになる。

 

太刀川が首を傾げたまま、のろのろと計算を始めた。

 

「えっと……ざっくり20分の1の強化だから⋯」

 

風間が補足⋯というより答えを教える。

 

「今まで20回しか耐えられなかった攻撃が、21回まで耐えられるようになった……ということだ」

 

無慈悲な計算結果は返って雰囲気を悪くさせ、微妙な沈黙が場を支配する。

そして極めつけに、冬島がうずくまって肩を震わせ始めた。

 

「ひどい……ひどすぎる……ぞんな゛ごどいわなぐでいいじゃん⋯」

「事実を述べたまでだろう」

唯華が慌てて手を上げた。

 

「い、いやいやいや!? すごいですって、冬島さん! 軽くなるだけで全然違いますから!」

 

冬島が涙を拭くようなそぶりで、「そう?ほんと?」と拗ねた声で言う。

 

「ホントです。えっと⋯女子はこういう⋯

細かい調整?気配り?が大好きなんですよ!そうですよね沢村さん!」

「え!?えぇそうですよ冬島さん!ほら、みんなそうだそうだと言っています!」

 

唯華の投げた雑なフォローは沢村によってなんとかモノになった。

「俺は別にそんなこと⋯「思うよね!そうだよね三輪くん!」

 

「いや⋯」

「ほらやっぱり思ってないんじゃん!」

 

だんだん状況がカオスになってきた。

しかし。そこで1人の救世主の言葉が辺りを照らす。

「その議論は後にしましょう。まずは紹介を終えてからです」

さすがはできる男、東はたった1人でこの混乱を治めてみせた。

 

新たな射手(シューター)トリガーだったり、シールドトリガーが多少強化されたり⋯

情報が公開されきった頃には、冬島はちゃんと大人に戻っていた。

 

「さて、性能テストにご協力をば。

今からチップぶち込んでいくんで、それぞれトリガーを持ってきてください」

 

それぞれのメンバーが頷き、持ち場へと移動する。

 

「旋空⋯弧月!」

太刀川の斬撃が空を断つ。しかし刀身は少しも伸びない。

 

「ん〜?故障か?」

そうして刀を鞘に納めようとした瞬間、金色の刃が伸びて彼の手を貫いた。

 

「何やってるんですか太刀川先輩⋯」

唯華は呆れながら、弧月を手にオプショントリガーを起動させる。

「旋空弧月!」

 

「「「⋯⋯」」」

「うおっ伸びた!」

またしても2秒ほど経ってから刀身が一瞬だけ伸びた。

 

「だいたいわかった。ラグ込みで振ればいいのだろう」

そして2,5秒待ってから、風間は弧月をゆっくり振る。

しかし普通の人間はそこまで正確に時間を測れない。

加えて脳からの命令伝達のラグがあるため、彼もまた失敗してしまった。

その後も各自で色々試したが、

たま〜に太刀川が成功するだけで他3人は失敗続き。

「⋯三輪くんもやる?」

「どうみても欠陥品だろう。せめて改良してからにする」

 

「というわけでどうにかできませんかねこれ」

唯華たちは冬島のもとに突撃し、ラグを始めとする問題点を挙げていった。

しかし彼は首を傾げ、不思議そうにこう返す。

「おっかしいなぁ⋯本部長は数回でモノにしたのに⋯」

 

「⋯常人にも扱えるように、せめて起動時間を設定できるようにしてください」

「三輪、それだけでは足りないな。発動時のラグは実戦で致命的だ。」

「スキがデカすぎて使う気も起きませんしね」

「え、でも俺は使えるy「太刀川先輩は黙っていてください」

 

シールドもまだまだ脆く、標準的な通常弾(アステロイド)を7発ほど受けたら割れてしまう。

そのせいで追尾弾(ハウンド)攻撃手(アタッカー)殺しの地位を獲得してしまった。

撃たれたら強引に距離を潰さなければ防戦一方になりかねない。

 

今の環境は追尾弾(ハウンド)持ち銃手(ガンナー)一強であり、

射手(シューター)は速射性で負け、

ほとんどの攻撃手(アタッカー)は息をしていなかった。

 

頼みの綱であった旋空も、改良されてなお狙って当てるのは難しく、

使い手は忍田本部長と太刀川、そして迅悠一と寺島雷蔵に限定された。

 

高いトリオンを持つ期待の大型新人も参戦し、ボーダーが賑わいを見せていたある日の夜。

迅悠一は屋上で1人黄昏れていた。

(おかしい⋯最近未来が変わりすぎている⋯)

諸外国からの諜報員も、一般人に紛れた近界(ネイバーフッド)からのスパイも、

迅が動こうとした時にはもう片付いてしまっているのだ。

 

ボーダーの情報網は優秀である。

対処できているのなら文句はないが、それにしても異常なほど早すぎる。

(それにしても⋯なぜ回収部隊以外現場に出向いてないんだ⋯?)

考えられるのは迅が視ていない人間の行動。

「よし、張り込みますか〜」

迅は大事にならないことを確認した上で、

あえてスパイを放置し、彼らの拠点にカメラを仕掛けて観察を始めた。

 

 

そして待つこと3時間。

 

仕掛けた3つのカメラ越しに、静かな空間が映し出される。

 

荒れた床、使われていない鉄骨の梁、通風口。

そこへ、ようやく動きがあった。

 

──足音と呼べるかすら怪しい小さな音。

 

現れたのは、黒いフードに身を包んだ小柄な影だった。

 

「……って、おいおい」

 

1つ目のカメラが急に持ち上げられ、何者かの手に握られる。

 

そのとき一瞬だけ見えた、フードの少女の顔。

予想もしていなかった人物の登場に、迅は言葉を失った。

 

「……唯華?」

 

彼女は音もなく動き、

背後からスパイに取り付き、瞬時に関節を決めて締め落とした。

 

数手でスパイを制圧し、あっという間にトリオン製の結束バンドで拘束する。

 

(……は!?)

 

迅の脳が警鐘を鳴らす。

 

「何してんだよ、お前……!」

 

画面内の唯華は、拘束されたスパイを一瞥した後、

天井隅に取り付けられたカメラに気づく。

一拍置いて、ゆっくりと視線を合わせ──

 

持っていたカメラをぶん投げた。

レンズにヒビでも入ったか⋯パチンと音がして、画面がブラックアウトする。

最後に写ったのは、小さく皮肉めいたような、悲しげな笑みを浮かべた唯華だった。

 

「……」

 

迅は一瞬、目を閉じ、深く息を吐いてからスマホを取り出す。

そして迷うことなく“唯華”をタップした。

 

──通話が繋がる。

 

「もしもし?」

 

「おう。今どこにいる?」

 

「えっ? 警戒区域内特殊通路(ポートレール)通ってるとこだけど」

 

「了解。じゃあ、最寄りの出入り口で待ってるから」

 

「ごめん、迎えはいらないよ。今は1人にしてほしいから⋯」

 

「……」

 

沈黙の数秒。

 

電話越し、唯華が観念したように、ぼそりと呟く。

 

「……お兄ってほんとイジワルだよね。

あ~あ、わかってるなら来ればいいのに」

 

「お前なあ!!何やってんだよ本当に!」

 

声を荒げそうになるのを、迅は堪えたつもりだった。

しかし心の中で渦巻くクソデカ感情を抑えることはできない。

 

「そのまま⋯動くなよ」

「⋯早く帰りたいのになぁ」

“妹が……何を背負って、ここまでやってるんだ?”

 

──迅はその足で、唯華の元へと向かうのだった。

 

 

 

薄暗い階段の踊り場。

非常灯の緑が静かに灯る中、唯華は壁にもたれ、目を閉じていた。

 

ダダ漏れの気配、ドタドタとうるさい足音が近づいてくる。

 

「唯華!」

 

その声と同時に、迅が飛び込んできた。

 

彼女は目を開けた。

 

「……来ちゃったんだ」

 

「来ちゃったんじゃねぇよ! なにやってんだよ、あんな危ねぇこと!」

 

迅は怒鳴りながらも、その声は震えていた。

手の中のスマホを強く握りしめ、喉の奥が詰まっている。

 

唯華は、小さく首をかしげる。

 

「危ないって言ったって相手は生身だよ?

みんなに鍛えてもらった、しかもトリオン体の私が負けるわけないでしょ。」

 

「そういう問題じゃない!」

 

ドン、と壁を叩く音が響いた。

 

「お前、どこまで自分の命を軽く見てるんだ……っ!」

 

しばらく沈黙が落ちる。

 

唯華は、目を伏せたまま、静かに口を開いた。

 

「……お兄が言えることじゃないよね。

勝手に捕まったあの時のこと、覚えてる?」

 

迅は息を呑む。

 

「他の人の代わりに自分を差し出して、あの時、ほんとに殺されかけたんでしょ?」

 

「……」

 

「私は……そんなの、もう見たくない。

お兄が傷つくのはもう嫌なの。

誰かを守るために、勝手にいなくなるのも、もう嫌なの」

 

彼女の声は柔らかかったが、芯があった。

 

「だから私が先に動いたの。スパイを放っておいたら、

今度は誰が捕まるかわからない。お兄がまた身代わりになったら、私……」

 

唯華の唇が、かすかに震えた。

 

「それだけは絶対に避けなきゃって思ったんだよ」

 

「そういう仕事は──おれの役目だ」

 

震える声で、迅が返す。

 

「そういうのは、おれがやるべきなんだよ。

お前は……お前まで、こんな風に危ない橋を渡らなくていいだろ!」

 

唯華は下手くそな笑顔を浮かべて、はっきりと言った。

 

「なんでもかんでも、1人で背負おうとしないでよ」

 

その一言に、迅の身体がびくりと揺れた。

 

彼女の目は、まっすぐに彼を射抜いていた。

その眼差しに、どこか諦めのような、でも確かな覚悟が宿っていた。

 

「お兄が背負ってるもの、すごく大きいのはわかってる。でもね、私だって……」

 

「──お前こそだよ!」

 

迅が叫んだ。

 

声が裏返るほどの叫びだった。

 

「お前こそ、なんでもかんでも全部飲み込んで、全部背負おうとして……! なんでだよ……!」

 

彼はその場に崩れ落ちるように膝をつき、両手で顔を覆った。

 

「やめてくれよ⋯⋯

お前の笑ってない笑顔とか、平気なフリとか、もう見てらんねぇんだよ……!」

 

泣き声まじりに喚くように、しかし絞り出すように言葉を続けた。

 

「言ってくれよ……何がしたいのか、何が辛いのか……

おれに、してほしいことがあるなら、なんでも言えよ……

なんでもしてやるから……頼むから……!」

 

唯華は、その姿を見つめていた。

信じられないように目を見開き、唇を結び──

 

やがて、そっと膝をついて、迅の肩に手を置いた。

 

「……ありがとう」

 

ぽつりと、それだけを言った。

 

沈黙。

ただ、遠くで聞こえる換気扇の回転音だけが、空気を埋めていた。

 

そしてようやく、唯華はぎこちなく微笑んだ。

だが、やはりその目に光は宿らなかった。

 

「じゃあ1つだけ⋯私の背負っているものを教えてあげる⋯」

叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)

  • 登場させて恥をかかせよう
  • 登場させてボロクソ言ってやろう
  • 不快なので登場させないで
  • 迅悠一が裏で殺す
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