迅悠一が救われるまで   作:ミルクネコ

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ボーダー満喫編
開け放った未来へ


中学2年になった唯華は、ある目的を胸に秘めていた。

それは──大規模侵攻の最中、自分を助けてくれた“帽子の男”を探し出すこと。

 

たった一度だけ会ったきりの人間。

顔も、声も、体格すら曖昧で、記憶に残っているのは

「帽子を被った優しそうな年上の男」という、あまりにも乏しい手がかり。

けれど彼女は、諦めなかった。

 

「あの人は、絶対に“誰か”なんだ」

 

それは執念に近いものだった。

あの日、瓦礫の上で震えていた唯華に手を差し伸べ、帽子をそっと被せてくれたあの人。

トリオン兵の注意を逸らして、彼女が逃げる時間を稼いでくれた命の恩人。

記憶はおぼろげでも、彼の腕の温かさだけは焼き付いていた。

彼がいなければ、今の自分は存在していない──

そう思えるほど、唯華にとって「帽子の男」は大きな存在だった。

 

彼女はまず、唐沢に相談した。

 

「その人を探したいんです。できることは全部します」

 

唐沢は最初こそ驚いたが、唯華の目を見て本気だと悟ると、すぐに協力を約束してくれた。

支部長にも報告が行き、過去の避難記録や災害時の支援者データ、写真、通報ログなど、

あらゆるアーカイブにアクセスが許された。

 

唯華は過去視をフルに活用し、当時の現場をくまなく洗った。

玉狛支部や本部基地にとどまらず、三門市内のあらゆる人間の過去を視続ける毎日。

トリオン体に換装して昼夜を問わずソロランク戦に励み、

戦闘力を底上げする傍らで、訓練の合間や放課後には必ずどこかの現場に足を運んでいた。

 

「……この道、この角、あの瓦礫の山──ここで会ったはず……」

 

手がかりはほとんど出ない。顔が映った写真も、記録もない。

帽子というアイテムも、よくあるものすぎて特定に至らない。

 

しかし収穫はあった。

「よかった⋯死んでなかったんだ⋯」

行方不明者にも、死亡者のリストにも例の男と思わしき写真はなかったのだ。

 

そして彼女は動き続けた。

 

迅とともにスパイの検挙に動く任務にも積極的に参加し、

捕らえた敵の記憶を覗いてついでのように「帽子の男」が映っていないかを確認する。

まるでパズルのピースを探すように、欠けた記憶をつなぎ合わせようとしていた。

 

迅はそんな唯華の様子を黙って見守っていた。

だが、心の奥では静かな不安が渦巻いていた。

 

このような忙しい日々の中で、唯華は確実に変わっていた。

 

個人ポイントは前と比較にならないほど増え、ランク戦の戦績も着実に上がっている。

調子がいい日は迅や小南、太刀川といった猛者たち相手に

10戦あたり3勝もできるようになるなど、その成長は著しかった。

 

これだけ聞くと大変喜ばしいと感じるが、

時折彼女の瞳に宿された光が弱まることがあるのだ。

 

「唯華、最近……ちゃんと、寝てるか?」

 

「寝てるよ。ほら、私って丈夫だから」

 

笑顔は見せる。けれど、心からの笑いじゃない。

迅はわかっていた。彼女が「探してる」というより、

「しがみついてる」ように見えてしまうことを。

 

「……帽子の男を見つけて、唯華は何がしたいんだろうな……」

 

誰にも問えず、彼は独り言のように呟いた。

あの時、誰かが唯華を助けてくれた。それは間違いない事実だ。

 

けれど⋯もしその男が大規模侵攻後に他界していたら?

三門市外で暮らしているというのも全然あり得る話だ。

その場合唯華はいつまで探し続けるのだろう。

 

(もう少しだけ⋯もう少しだけ自由にさせてあげよう⋯)

 

 

 

そして、時は流れ──唯華は中学3年生になった。

 

依然として、「帽子の男」は見つからなかった。

 

けれど彼女は、少しずつ候補を絞っていった。

災害時にボランティアとして活動していた学生や若者のリスト。

そしてそこに載っていない人間もすべて視なければ。

 

「あと残ってるのは…六頴館だけか。」

 

──まだ、終わりじゃない。

六頴館がダメだったら市内の大学、それが終わったら⋯

 

決意を宿したその瞳は、これまでと同じように強く、けれどどこか切なげだった。

 

 

 

 

空は茜色に染まり、風が静かに吹き抜けていく。

 

ベランダの金属の手すりにもたれながら、迅悠一は眼下の川を見つめていた。

 

「お兄……私の部屋勝手に入んないでよ。」

「ごめんごめん、もう少ししたら行くから」

 

「そう⋯ブラックトリガー《風刃》のこと、聞いたよ」

 

足音も立てずに隣に立った唯華が、静かに言葉を落とす。

迅は肩越しに目だけを向け、わずかに笑った。

 

「……まぁ、いつかはこうなると思ってたよ」

 

風の中に混じる、ほこりの匂い。

《風刃》──それはかつて、迅の師匠・最上宗一が命を代価に遺したもの。

そして明日、ボーダー内で正式に『候補者による争奪戦』が行われることになったのだ。

 

「争奪戦なんて……あのトリガーは、迅のお師匠さんのものだったんでしょ」

 

「だった、けどな。今はもう、“ボーダーのもの”だよ」

 

迅は淡々とそう返したが、その声音の奥には、かすかに何かを押し殺すような硬さがあった。

 

「それでも……取り返したい、手元に置きたいんでしょ?」

 

唯華はそう言って、風に髪をなびかせたまま、彼の横顔を見つめる。

 

「《風刃》って、俺を逃さないための鎖なんだよ」

 

ぽつりと、迅が呟いた。

唯華は眉をひそめる。

 

「鎖……?」

 

「最上さんは、おれに“死なない義務”をくれた。

おれが自らの罪から逃げ出すな、っていう意味でもあるんだと思う」

 

「⋯⋯」

 

「ずっとずっと⋯おれは逃げたかった。

でも向き合わないといけない、おれが殺した多くの人々に」

 

その言葉には、いつもの飄々とした迅ではない、かつての彼が確かに宿っていた。

最上宗一が死んだ日。

自分のせいで、という後悔と喪失に呑まれながらも、それでも進むしかなかったあの日。

 

「でも──おれはあれを手にすることで、生き延びた。

戦って、守って、そうやって“意味”をくれたから……手放せない」

 

唯華は何も言わず、ただじっと彼を見つめていた。

風が、彼女のスカートの裾をふわりと揺らす。

 

「だから、争奪戦でも負ける気はない。

誰が来ようと、おれが勝つよ。最上さんはおれの“希望”だから」

 

自信というより、決意だった。

未来視を持つ迅の瞳が、確かな覚悟で静かに燃えている。

 

唯華は胸の奥が締め付けられるような思いを抱えながら押し黙る。

 

そのときの迅の横顔は、どこか悲しげで、どこか清らかだった。

誰かの背負った願いを、自分も背負う──それが彼の生き方なのだと、唯華は知っていた。

 

「中入ろ」

鋭い日差しから逃れるように、2人は窓を締めて部屋に入る。

 

唯華がふと視線を落とせば、目の前に広がる風景が揺らいでいた。

この机は誰の家のものだったか──この椅子に座っていたのは、自分だったか他人だったか。

どこかで見た景色。けれど、明確な記憶として定着していない。

胸の奥がざわつく。これは本当に「自分の記憶」なのか。

過去視で視た無数の記憶が、唯華の中で、もう境界線を持たなくなっていた。

 

(……まただ)

 

脳がぐらりと揺れる感覚。痛む、というより重たい。

まるで頭の中に水を詰められたような圧迫感。

視界の隅が白んで、吐き気が這い上がってくる。

けれど、トリオン体に換装していればそれは抑えられた。

頭痛も、吐き気も、目の奥の焼けるような痛みも。

全て、肉体がトリオンの仮初めである限り、誤魔化すことができた。

 

(まだ……動ける)

 

唯華はそう自分に言い聞かせる。

だって、あの人を探すまでは。あの時助けてくれた人に、会うまでは。

 

そんな彼女の背後から、足音が聞こえた。

「……唯華」

 

振り返れば、迅悠一が立っていた。

不思議なのは彼の手で広げられていた透明なビニール袋。

それを見た瞬間、唯華の背筋が凍りついた。

 

「普段着で換装してるんだろ?解除して」

 

「……え?いま⋯ここで?」

 

「今すぐ。ほら、これあるから」

 

唯華の目がビニール袋に吸い寄せられる。

まさか、と思ったが、迅の目は真剣だった。

穏やかな表情をしているのに、目の奥に動揺と、痛みと、怒りと、不安が混ざっていた。

 

「さっき唯華が吐く未来が視えた。お前、無理してんだろ。……さっさと換装を解いてくれ」

 

その瞬間、唯華の鼓動が跳ねる。

「⋯どうなっても知らないよ」

けれど恐る恐る換装を解いた彼女は、なぜか吐かなかった。

彼の予知された未来は、消えていた。

 

「……あれ?」

 

迅は静かに目を伏せた。

「……あぁそっか、トイレで吐いたんだろ?」

 

迅の未来視に写ったのは、吐瀉物の後始末をする唯華の姿。

 

「バレてたか……」

 

「そりゃ、わかるよ。だって未来視あるし⋯大事な妹のことだから」

 

小さく笑った迅だったが、その笑みには憂いがあった。

少しでも軽くしようとした言葉が、むしろ悲しみをにじませてしまう。

 

「……なあ、もう捜索やめないか」

 

「……え?」

 

唯華の目が見開かれる。

思考が一瞬止まり、問い返すことすら忘れそうになる。

 

「素直にやめれば、1年後に会える。

おれのサイドエフェクトがそう言ってるんだ。

──会えるんだよ、お前が探してる“帽子の男”に」

 

その言葉は、温かくて、冷たかった。

 

やめれば叶う未来。けれど、今すぐ探すことをやめなければ得られないという条件つきの奇跡。

唯華は小さく首を振った。

 

「……嘘。ほんとに? 本当にそんな未来、あるの?」

 

答えが欲しくて、彼女は自然と目を閉じた。

過去視を発動し、いくつもの未来の記憶を探る。

迅の視た未来に接続できるような「記憶」を手繰ろうとする。

 

──けれど、そこに何もなかった。

虚ろな映像、曖昧な声、欠けた人物。

時間軸の断片はあっても、それが“帽子の男”に繋がるものではない。

答えは出ないまま、視界が戻る。

 

「うそつき⋯視えなかったじゃん」

 

唇を噛みしめる唯華に、迅はそっと歩み寄った。

その手は彼女の肩に触れ、声は震えていた。

 

「おれの未来視を信じてくれ」

 

「でも……でも、」

 

「唯華。お前、壊れるぞ」

 

低く、沈んだ声だった。

強く怒るでも、泣き叫ぶでもなく、ただ静かに、崩れるような言葉だった。

 

「頼むよ。おれのことも……お前のことも、信じてくれ」

見つからなかった過去ではなく、これからの時間に彼女が笑っていられるように。

迅はただ、それだけを願っていた。

 

「だから最低でも3日は休め、な?」

彼の声も、笑顔だって柔らかい。

けれどその裏に、はっきりとした“拒絶”の色があった。

 

「それはいや⋯かな」

想定外の返事に、迅の思考は一瞬固まる。

 

迅はすぐに言葉を返さず、彼女の横顔を見つめていた。

細い肩、頬の陰り。すべてが無理をしている証だった。

 

「唯華、無理してるって自分でもわかってるよな?」

 

「そのくらいはわかるよ。でも、それが無理をしない理由にはならない」

 

「……吐いたこと、忘れてないよな」

 

「ついさっきの出来事だし、忘れるわけないでしょ」

 

「そういうことじゃなくてさぁ⋯お前、ブラックトリガーの争奪戦に出る気だろ? 

3日休めって言ってるのは、それに出させたくないからだよ。……気づいてたよな?」

 

唯華は唇を噛んだ。

予想していた。言われるだろうとわかっていた。

そしてこの言い合いで、十中八九唯華は勝つことが出来ない。

 

「はぁ⋯じゃあさ、言うこと言って私は寝るよ」

 

唯華は一呼吸おいてから口を開く。

 

「お兄が勝つ未来しか見てないなら、私なんて脅威じゃないはずだよね?」

 

「でも参加を阻止しようとするってことは、私が勝っちゃう未来が見えたってこと?

……それを避けるために、“休め”って言ってるんだよね?」

 

「……」

 

「……ずるいよねお兄は。全部黙って、自分だけが正しいみたいな顔して」

 

その言葉に、迅は目を伏せた。

内心を言い当てられた気がした。

だが、それでも諦めるわけにはいかない。

 

 

「じゃあ──私が勝って、解放してあげるよ」

 

迅はほんの一瞬表情を凍らさせる。

そして、その顔に浮かんだのは、彼らしくもない――引きつったような笑みだった。

 

「……いや、おれは鎖に繋がれてないと……生きられないから」

 

その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせるように。

まるで、自分の弱さを知りきった男の、哀れな開き直りだった。

 

唯華はその表情を見つめ、そして、はっきりと言った。

 

「そっか……お兄って、自惚れてるんだね」

 

言葉の刃は冷気を纏いながら、ずぶりと音を立てて迅の胸に突き刺さる。

 

「最上さんが、“お兄のために”作ったって、本気で思ってるんでしょ?」

 

「⋯実際そうでしょ、風刃はおれに託されたトリガーなんだから」

 

「じゃあ──どうして、こんなに適合者が多いんだろうね?」

 

唯華は淡々と続ける。その瞳には光があった。

怒りでも悲しみでもない、ただまっすぐな、凛とした光だ。

 

「《風刃》は、お兄を縛るためにあるんじゃない。

あのとき⋯近界(ネイバーフッド)の戦争で戦況を打開できるくらいに強くて、

いろんな人が“この世界を守れるように”って願った結果の産物でしょ?」

 

「……そこにいたわけでもないのに、決めつけるな!」

 

思わず、迅は声を荒げた。

 

けれど――それだけだった。

 

反論の言葉は出てこない。

理由も、理屈も、もう自分でも分からない。

ただ「違う」と叫ばずにいられなかった。

 

唯華はベッドから起き上がり、一歩だけ彼に近づいた。

その眼差しには、もはや恐れもためらいもない。

 

「最上さんは“この世界”を守ろうとしたんだよ。

お兄ひとりを縛るために命を賭けるほど、狭い人じゃなかったはずだよね」

 

「……」

 

「なのに、お兄はそれを、“自分のためだけ”だと思い込んで、

縛られることに安心して……それが生き方だって思い込んでる」

 

「……唯華も、おれを責めてるのか?」

 

「違うって言ってほしい?でもね、そんな“勘違い”でお兄が苦しんでるなら、

私はその鎖を断ち切るよ。お兄が笑えない未来なんて、私は嫌!」

 

迅は何も言えない代わりに拳を強く握って、爪が手のひらに食い込ませる。

 

彼の中で何かが崩れかけていた。

それを受け入れたら、自分が保てない気がして――ただ、否定の言葉だけを絞り出す。

 

「……違うんだ。そんなのちがう⋯ちがうって……」

 

「お兄にとっては罪滅ぼしなんだろうけど⋯無実の人が踊っているようにしか視えないな」

 

「むじつ⋯?何言ってるんだ?

お前はおれじゃないだろ!?だからそんなことを言えるんだ!」

 

「そうだね。私は当事者じゃないから好き勝手言える」

荒ぶる迅とは対照的に、唯華は残酷なほどに冷静だった。

 

「他人のくせに!何にもわかってないくせに!」

喉がちぎれんばかりに、彼は叫んでうずくまる。

 

今の玉狛支部は幸いなことに、陽太郎とクローニンしかいない。

防音性の高い部屋に感謝しつつ、唯華は迅に言葉を投げる。

 

「忘れたの?私はお兄を最も知ってる妹だってこと。

視ている未来だって、いなくなった人だって、楽しい思い出だって全部⋯」

 

 

「ぜんぶ⋯?」

 

迅は思わず反芻する。

口の中に何か苦いものが広がっていくような、耐えがたい違和感が喉を締めつけた。

 

「じゃあ、おれはどうすればよかったんだよ!」

何度目かの怒鳴り声が部屋に響いた。

 

「おれは最上さんの死も止められなかった。母さんが死ぬ未来も変えられなかった!」

 

「他の誰かならよかった?おれじゃなきゃ、みんな生きてたかもしれない!

そんなのおれが一番わかってる!」

 

エアコンの風に乗って、彼の震えた声が虚空へ流れていく。

 

「最上さんの死も、おれの責任なんだよ……!

何もかも全部、誰かを救えなかったおれの責任なんだ!

おれが躊躇せずブラックトリガーになってたら⋯そしたらきっと最上さんは⋯」

 

「それ、全部自分で言ってるだけでしょ」

 

唯華はベッドから起き上がり、一歩だけ迅に近づいた。

そして光のない目を、痛々しいほど真っ直ぐ彼に向ける。

 

「最上さんが死んだのは、お兄が生き残ったから?それって、逆じゃない?」

 

「……っ」

 

「最上さんはお兄を生かすために死んだ。

その命を、未来視を、お兄がまだ使ってるから、私も生きてる。

罪が何だの外面ばかり見てないで中身を見れば?――私には、贈り物にしか見えないけど」

 

迅は目を伏せる。

こめかみが脈打ち、指先にまで震えが走っていた。

視界の隅が滲んで、唯華の顔が揺れる。

 

「そんなに罰せられたいんなら、私が枷をハメてあげるよ」

 

顔を上げた迅は、思わず体を震わせてしまった。

 

唯華の表情は、変わらない。

そこには怒りも、哀しみも、慈しみもなかった。

 

ただ、沈黙の湖のように澄み切った目が、すべてを見透かすようにこちらを見ている。

 

 

 

「未来が視えて、変えられる立ち位置にいる⋯私もお兄と一緒だよ」

 

その声は、どこまでも静かだった。

けれど、震えていたのは迅の心の方だった。

 

「お兄が誰かを殺したとか言うんだったら、私も同罪。

そうでしょ? それを否定するのはおかしいよね」

 

誰かを救うために誰かを見捨てる。

それは、未来視の宿命でもある。

 

迅は視てしまう――助けられる命も、助けられない命も。

唯華はすべてを視てしまう――変えられない誰かの過去を、そして未来を。

 

そして2人とも、“選ばなかった側の痛み”を、見過ごせない優しさを持っている。

 

「生きなきゃいけないのはお兄だけじゃないよ。

みんな、誰かを犠牲に生きているんだから」

 

静かに、しかし容赦なく突き刺さるその言葉に、

迅は肩を揺らした。

 

「……唯華」

 

「お兄の命は、もうお兄だけのものじゃないんだよ」

 

その言葉には、愛も、怒りも、悲しみも、優しさも⋯全部が混ざっていた。

肺から空気をすっぽり抜かれたようで、

まるで水中にいるような⋯息ができないような閉塞感に苛まれる。

 

唯華はそれでも構わず続けた。

 

「お兄の未来も、過去も、私は視えてるってさっきいったよね。

ぐちゃぐちゃに歪んで、過去に縛られて、でもそれすら誰にも言えなくて……

そんな現在(いま)なんて、私もう視たくない。」

 

「過去は消えないよ⋯でも、血だらけの部屋だって、

きれいに掃除して、ソファを置いて、本を飾って人を招けば⋯きっと素敵になれるはずだよ」

 

「だから笑って。笑うのに疲れたら、私に言って。

大丈夫⋯私はお兄の痛みを、誰よりも知ってるから。」

 

わずかに聞こえるお互いの呼吸音が重なる。

 

迅は、唇をかすかに震わせながら、

それでも唯華の目をまっすぐに見ていた。

 

「……ごめん。おれ、1人で⋯全部⋯」

 

「そうだね、私もそうだった。でも⋯もう違うでしょ?」

 

「……あぁ」

 

握りしめた拳が少しずつほどけていった。

 

沈んでいた瞳に、わずかに光が差し込む。

 

唯華はその変化を見届けると、そっと迅の手に触れる。

 

「やっと開いてくれた。これで手をつなげるね!」

 

「⋯⋯あぁ!」

迅の右手は唯華の左手と。

唯華の右手は迅の左手に。

彼らはまるで恋人がするように、それぞれの指を絡ませた。

 

そのままバッと手を離し、勢いよく抱きつく2人。

 

これからも何度も選び間違えるかもしれない。

罪悪感に苛まれて眠れない夜だってあるかもしれない。

それでも――

 

一緒にいる限り、きっと生きていける。

それが過去視と未来視に縛られていた2人が選んだ「現在(いま)」だった。




最終回みたいな雰囲気ですが、まだお話は続きます。
迅さんはきっと、完全に救われることはないでしょう。

叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)

  • 登場させて恥をかかせよう
  • 登場させてボロクソ言ってやろう
  • 不快なので登場させないで
  • 迅悠一が裏で殺す
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