迅悠一が救われるまで   作:ミルクネコ

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わちゃわちゃした未来へ

朝の玉狛支部は、いつも通りの平穏な空気に包まれていた。

廊下に差し込む陽射しがカーテンを透かし、柔らかな光の帯を作っている。

ダイニングでは小南桐絵がトーストをかじりながら、

テーブル越しに座る唯華の様子をじっと観察していた。

 

「ねぇ唯華、ちょっといい?」

パンの端をもぎながら、いかにも不審者を見るような目つきで小南が問いかける。

 

「なに?」と唯華は目をぱちくりさせながら、ミルクを飲みほした。

寝癖を直す時間もなかったのか、丁寧に切り揃えられた前髪が微妙に浮いている。

 

「……あんたさ、迅とどういう関係?」

小南の問いは直球だった。ピクリとスプーンを止める唯華。

 

「どうって⋯普通の兄妹だけど⋯?」

不思議そうに返す唯華。

確かに言葉通りに受け取るのならば、小南の問いは非常に馬鹿げたものだ。

 

「ちがうわよ!そういうんじゃなくてさ⋯昨日からずっと距離感おかしくない?

前はさ、あんたが迅にベタベタされそうになると

『やめてよ〜♡』とか『触らないで〜♡』って言ってたじゃん」

 

「……私そんなぶりっ子だったっけ」

唯華は顔を逸らしてトーストをかじった。

「うるさく言うのも疲れたし。お兄なら、いいかなって……」

 

小南はパンを置き、上体をテーブルにぐっと乗り出した。真剣な目つきだ。

 

「ねぇ、唯華。あんた迅に弱みでも握られてんの!?

もし嫌なことされてるんだったら、ちゃんと言いなさいよ!私、絶対に許さないからね!」

 

その一言に唯華は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに少しだけ頬をゆるめて苦笑いを浮かべた。

 

「ううん、そんなことない。小南ちゃんが心配してくれるのは嬉しいけど……大丈夫だから」

 

「……ふーん」

小南はじっと睨んだあと、

「でもあんたが『大丈夫』って言ってる時、だいたい大丈夫じゃないからなぁ……」とボヤいた。

 

「スキンシップは多いけど、ちゃんと一線は超えてないからさ」

 

「それは当たり前の事なのよね⋯」

 

 

***

 

やがて朝食も終わり、迅は本部基地へと向かうため、玉狛支部の玄関に並んだ。

唯華は昨日言われた通りにお留守番、

迅はブラックトリガー争奪戦の打ち合わせに向かう予定である。

 

「唯華!ハグして!」

元気いっぱいに両手を広げて突進してきたのは迅だった。

制服の学ランはいくつかボタンが外されており、相変わらずだらしない。

 

「……はいはい」

唯華は大きく息を吐きながらも、逃げる素振りは見せず、

そのまま迅の胸にゆっくりと自分を預けた。

温かい体温がじんわりと心に触れ、柔軟剤の穏やかな香りが鼻をくすぐる。

 

唯華が増長していく眠気に意識を落としそうになった時、

迅はこっそり手を動かす。目的は彼女の尻⋯ではなく眠気を覚まさせるためだ。

 

「そこはダメ!」

唯華の脚が跳ね上がり、咄嗟に身を引いた迅のアゴにかする。

「ごめんごめん」

 

その様子を玄関の隅から見ていた小南は、口にくわえていたアメをボリボリ噛み砕いた。

 

「変わったわね……あの2人」

 

ちょうどその後ろを通りかかった林藤支部長が、

コーヒーのカップを片手に立ち止まり、静かにうなずいた。

 

「ああ、そうだな。

特に迅の方が、なんつーか……子供みたいな顔するようになったな」

 

「ちょっとキモいけど」

小南はそう言いながらも、どこか寂しそうな、けれど温かい目で迅の背中を見送っていた。

 

彼らが支部を出ると、春風が頬をなでた。

迅の横顔をチラリと見た。前と変わらない笑顔。だけど――。

 

(ほんとに、変わったのは……私の方かもしれないな)

 

唯華はそう思いながらも、その変化をもう否定する気はなかった。

手を伸ばしてもすり抜けていく何かを、

せめて名前だけでも呼びとめたくて、彼の両頬に手を伸ばす。

 

「じゃあ⋯勝ってきてね」

 

「実力派⋯じゃなくて、お兄ちゃん了解!唯華はしっかり休んどけよ。」

 

「わかってる、いってらっしゃい」

 

「いってきま〜す!」

 

迅は手を振りながら勢いよく駆け出し、本部基地へと向かっていった。

 

 

 

天井に設置されたスクリーンに、

風刃争奪戦の開始時刻が表示された瞬間、

静まり返っていた戦闘訓練室にざわめきが広がった。

 

戦場は仮想空間の市街地――ビルと路地の立ち並ぶ閉所の多いステージだ。

候補者たちが各地点に散らばる中、その中心に――迅悠一の姿があった。

 

「風刃争奪戦、開始!」

 

開始の合図と同時に、各地点で閃光が走る。

だが――一番初めに動いたのは、やはり迅だった。

スコーピオンを生成したかと思えば、

その刃は刹那にして肘、肩、膝と瞬間移動のように現れる。

走る、飛ぶ、跳ねる、刺す、斬る――その一連の動作に一切の“ムダ”がなかった。

 

「っ!?うわっ!?」

 

驚愕と悲鳴が連鎖的に響き渡る。接敵からわずか3秒。

3人が同時にトリオン体を斬られ脱落。まだ何もしていないというのに、地面に転がるのは迅以外の残骸だけだった。

 

「もう3人落としたのかよ……迅さんの本気ってやつか」

 

遠くからそれを目撃した者が息を呑んだ。

だが迅は歩みを止めない。身体を弛緩させたまま、

小さくジャンプ。屋上へ滑るように乗り上げ、双眼を静かに光らせる。

 

「……そこだよ」

 

彼の死角から放たれた誘導弾(ハウンド)の飽和攻撃。

屋根の影から、風を切って迫る膨大な量の弾丸――

だが迅は振り返ることもなくエスクードを建物に生やし、

両攻撃(フルアタック)をやり過ごす。

 

「視えてるよ」

 

屋根を蹴り砕くほどの跳躍。

射手(シューター)のもとへと一気に詰め寄り、

スコーピオンを螺旋状に変形させて叩き込む。

 

「あら⋯さすが迅くんね」

 

悲鳴とともにまた1人が脱落。開始から1分で、すでに半数が無力化されていた。

 

「ありえねぇ……全部、読みきられてる……!」

 

「……“未来視”って、こういうことか」

 

候補者の1人が、息を詰まらせたようにつぶやく。

彼らが行動を起こす“前に”、すでに迅は“最善のカウンター”を用意している。

どこに伏せても、どこから攻めても、迅の「未来」からは逃れられない。

 

残ったのは、風間蒼也を含む精鋭4人――

その瞬間、迅の雰囲気がさらに変わった。

 

両手のスコーピオンを引っ込め、地面を蹴って地を滑るように接近する。

反応した1人が拳銃(ハンドガン)を構えるが、その銃口がわずかに下がった瞬間、

 

「そこだ」と呟くと同時にスコーピオンの刃が横合いから伸びて、銃を握る腕ごと斬り落とした。

 

次の1人が弧月で斬りかかる――

「避けられないと思ったか?」

刃の軌道をそのまま読み切り、逆に刃の内側に潜り込んで、そのまま胴を切断。

まるで“軌道そのもの”が読まれていたかのような一撃だった。

 

残るは2人。風間と迅のみである。

だが迅は一切の焦りもなく、むしろ静かに、笑っていた。

 

「ここからが本番だ」

 

風間が先に仕掛ける。スピードと斬撃の軌道を最大限に活かした突進。

対する迅は、刹那ごとに未来を捨て、取り、また捨て――

最短最速の動作のみを継ぎ合わせ、最小限の身のこなしで攻撃を“外させる”。

 

互いの刃が何度も交差し、火花が散る。数秒が数十秒にも感じられる濃密な斬撃戦の末――

 

「よく粘ったけど⋯もう終わりだね」

 

無理に攻撃を避けた風間の足がもつれる。

当然、体勢が崩れた隙を迅が逃すはずもなかった。

スコーピオンがまるで舞うように風間の肩から腰へ――

トリオン体が弾け、風間が煙に包まれてフィールドの外へ弾かれた。

 

開始から、わずか5分。

 

「……迅悠一の勝利!」

 

アナウンスが響いた瞬間、会場の空気がざわめきから沈黙へと変わった。

 

***

太刀川慶は、腕を組んだまま沈黙していた。

最初こそ、親友の勝利を祝う気持ちで拍手していたが――

彼の顔に浮かぶのは、どこか寂しげな苦笑。

 

「……あーあ、もう迅とランク戦できねぇのか⋯」

 

「仕方ないでしょ。そういうルールなんだから」

お気楽に返す迅を睨むように視線を送りながら、やがて太刀川はそっと尋ねた。

 

「そういえば唯華はいねぇのか?あいつも候補者の1人だろ」

 

「あー、体調がよくなくてさ、今日は休んでる」

迅は簡潔に答えたが、その目には一瞬、何かを隠すような影が落ちた。

 

そのやりとりを――

影の柱に背を預けるようにして立つ、影浦と加古が静かに聞いていた。

ただそこにいて、ただ聞いていた。何も言わず、姿を隠すでもなく。

 

「そういや聞いてよ!今日の朝唯華がさー!」

誰よりもうるさく、そして静かに立つ迅の背には――

それとは違う、重たい風が吹いていた。

 

 

薄明りが差し込むリビングのソファに、唯華はブランケットに包まって座っていた。

体調不良とはいえ、顔色はそこまで悪くない。

微熱も下がってきており、今はただ静かにタブレットを膝に置いて、

攻撃手(アタッカー)の戦闘記録を流し見ていた。

 

──そのとき。

 

『ピンポーン』

 

インターホンの電子音とともに、馬鹿みたいにでかい声が響いた。

 

『え゛ー体調不良の唯華ちゃん、昨日吐いた唯華ちゃん、お見舞いにきたわよ~♪』

 

唯華はぐちぐち文句を言いながら、階段を降りてドアを開ける。

 

軽やかに登場したのは、サラサラの金髪を持つ加古望。

その後ろから、両手をポケットにつっこみ、気だるげに入ってきたのは影浦雅人だった。

 

「唯華嬢、安静にしてろと言っただろ」

 

「大丈夫ですよクローニンさん。こんな羽虫の相手ぐらいなんてことありません」

 

 

「とりあえず入ってくださいよ。噂立てられたらどうするんですか」

 

唯華はブランケットを直しながら無表情でそう答えた。

が、その目の奥にだけ、ピクリと小さくしたたかさが光る。

 

「あら⋯せっかくあなたの弱った姿が見れると思ったのに⋯

あれ?カゲくん、これってもしかして、わたしたち無駄足?」

 

加古はオーバーに肩をすくめてみせ、持参していた紙袋をソファのテーブルに置く。

 

「はい、ポカリとゼリー。ついでに唯華ちゃんの大嫌いな~……き・の・こ・の・山♪」

 

「ポカリとゼリーはもらいます。劣等種(きのこ)はいりません。」

唯華は即答し、そっとブランケットの中で握り拳を作った。

それを見て、影浦がニヤッと笑いながら言う。

 

「ババア、お前それ本気で持ってきたのかよ……やっぱきのこ派はバカばっかだぜ」

 

「賤民にだって、ホンモノを知る機会がなくちゃね。

いつまでたってもたけのこに心酔してたらあなたみたいになっちゃうわ。」

 

「あ゙?」

 

「加古先輩ってぇ⋯私より弱いくせに、私のこと下に見てるんですね。

あ!わかった!精神的に優位でないと不安なんですね!?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 

減らず口を叩く唯華の口に、蓋を開けたペットボトルが突っ込まれる。

 

その様子を見て、影浦はちょっとだけ気まずそうな顔をした。

チラ、とテーブルのゼリーときのこの山(ゴミ)見て──

自分が何も持ってきていないことに気づく。

 

「あー……クソ……」

 

とだけぼやいてから、影浦は黙ってキッチンに向かった。

パタパタと引き戸を開ける音がして、そのまま手慣れた様子で棚を開けていく。

 

「カゲセン、何してんの?」

 

「うどん作る」

 

「は?」

 

「病人にはうどんって決まってんだろ。

……あと、なんか持ってきてねーの、地味に引け目感じたから」

 

「あなたにそんな感情があったなんて驚きだわ。失恋でもしたの?」

 

加古が目を細めてそう呟くと、

影浦は振り返りもせず「ババアうるせぇ」とだけ返した。

 

唯華はそのやりとりを見ながら、眉根を少しだけ緩めて片目を閉じる。

 

「カゲセン、出汁パックその上だよ」

 

「病人は黙ってババアの介護でもしてろ。具は……ネギと卵でいいか⋯」

 

影浦は鍋に水を入れ、沸かしている間にネギを刻み始めた。

 

「はい、きのこイッキ〜!」

 

「ちょちょちょ⋯バリィ⋯ゴリィ⋯殺す気ですか!?」

 

突如としてぶち込まれたきのこを噛み砕き、唯華は半笑いで加古を睨みつける。

唯華の笑い声は、少し掠れていたけれど確かに温かかった。

そのままポカリを手に取り、キャップを外して一口飲む。

加古が横に座り込んで、唯華のブランケットの端を引っ張る。

そして自分の足にもかけながら、小声で言った。

 

「……ちゃんと食べなさいよ。ゼリーときのこの山、交互に食べると最高なんだから」

 

「へぇ⋯今度風間先輩にでも紹介しておきますね」

 

「やっぱり私たちの秘密よ。口外無用で頼むわね」

 

「あれれ〜?ひょっとして⋯逃げました?逃げちゃったんですかぁ?」

 

言い合いながらも唯華の表情は緩んでいた。

悪口を言い合って、皮肉を飛ばしあって、それでも心配して駆けつけてくれる2人。

この人たちのこういうところが、たまらなく……ありがたかった。

 

 

 

──ふと、キッチンから小さく卵の殻が割れる音が聞こえた。

 

「今更だがユイカ、ネギ入れていいか?」

 

「キライダカライレナイデー!」

 

「今の加古さんですから!入れてください!」

 

「へいへい……」

 

誰かが怒鳴るわけでも、泣くわけでもない、

日常の騒がしさが、玉狛支部の空気をふわっと和ませていた。

 

──病人の部屋で、言い争うような笑い声。

それが、唯華の体調を静かに押し上げていくのだった。




アンケート割れすぎ。
原作の風刃争奪戦で、おそらく荒船がいる描写がありました。
お願いなのでどうか無視してください。

叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)

  • 登場させて恥をかかせよう
  • 登場させてボロクソ言ってやろう
  • 不快なので登場させないで
  • 迅悠一が裏で殺す
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