迅悠一が救われるまで   作:ミルクネコ

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最善の未来へ

「では、明日は手筈通りに。最後に読み合わせを行おう。」

城戸を初めとするボーダー大人組は会議の真っ只中。

議題は当然、明日起こる近界民(ネイバー)の大規模侵攻についてだ。

既に迅の予知によって侵攻の規模、ゲートの出現場所、そして開始時刻が判明している。

それと同時に、これらの情報を最大限活用したとしても、

多数の犠牲者が出てしまうことも明らかになった。

城戸は、トリオン兵を三門市に集中させる、いわゆる追い込み漁のような方法を提案した。

しかしその案に対して、反対派は1週間前の会議から今に至るまでずっと意見を述べ続けている。

あまりの猛反発に、一時はこの組織の空中分解を懸念する者まで存在していたほどだ。

剣や銃、爆撃すらも無効化するトリオン兵。

その性質が判明したところで、日本に奴らの前哨基地ができてからでは遅い、

そう判断した諸外国が無差別対地攻撃、ひいては核ミサイルを打ち込んでくるかもしれない。

もしもそのような事態になれば当然日本は崩壊してしまうだろう。

城戸が提案した計画の予想死傷者数は約2000人。

核が打ち込まれる最悪のケースだと死者約550万人。

近界民(ネイバー)ではなく人間の手によって凄まじい数の人間が死んでしまうのだ。

こう言われてしまえば、反対派筆頭の忍田たちは黙らざるを得なかった。

 

「~私たちはトリオン兵の殲滅を第一に戦闘を行う。自衛隊のFAST−Force部隊に一任するため、民間人の救助は重傷者のみに限定する。なにか質問は?」

書面から顔を上げ、城戸が仲間たちに視線を送る。

拳を固く握りながら忍田が、柄にもなく真剣な表情で林藤が首を横に振った。

「城戸さん」

小南がおずおずと、けれどしっかり手を挙げた。

「助けて、って言われても...助けちゃダメ?」

「位置情報を伝えるだけでいい。

オペレーターを経由して自衛隊員に要請をだす...と言ったはずだが。」

「すぐに救助が来るから待っててねーって言えばいいじゃん。」

ふわぁと欠伸をしながら、迅が呆れたようにつぶやいた。

「そうじゃなくて...」

釈然としない様子の小南をあえて無視して、城戸は強制的に会議を終了させた。

未知の存在である近界民(ネイバー)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している壊滅状態の三門へ、自衛隊は簡単に人員を投じてくれるだろうか。

そもそもボーダーの戦力で対処し切れるのか。

そこまで具体的では無いものの、悩める彼女の頭にはそんな漠然とした不安が広がっている。

小南は唐突に頭をブンブン横に振った。視野を狭める邪念を振り払おうとしているのだろう。

「落ち着け落ち着け〜。やることはいつもと変わらないだろ?」

林藤が彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。

その顔には普段と同じ、温和な表情がうかべられていた。

「では、明日6時にここへ集合。各自休養を取って明日に備えるように。」

締めの号令が掛けられ、会議室からぞろぞろと人間が出ていく。

決意と緊張からかソワソワしている者、それを悟ってか昼食に同僚を誘う者...

彼らと共に、にぎやかな雰囲気はドアの向こうへ歩いて行った。

部屋に残されたのは静寂。

明かりがついているはずの暗い部屋。

その中には、何をするでもなく虚空を見つめる2人の存在があった。

「それで...話というのはなんだ。」

城戸は部屋に佇む迅悠一へと、話を切り出す。

別にこの後、おおよそ用事と呼べるものはない。

しかしこのままでは、いつまでたっても事が進まないだろう。

そう考えた城戸は、こちらに背を向けたたままの彼に声をかけたのだ。

「さっきはああ言ったけどさ...1人くらい助けてもいいよね。」

「救助が来るから待ってろと言っていたな。お前も話を聞いていなかったのか?」

鋭い視線が迅を射抜く。

かけられた圧から逃げ出すように、迅は再び目を窓の外へと向けた。

「疲れて眠てたから知らなかった、そういうことにしておいて欲しいかな。」

彼の目に光は無く、諦めきったような...ある意味吹っ切れた薄い笑いを浮かべている。

「お前の妹のことなら、叔母たちと一緒に市外へ出させる算段がついていただろう。

彼女たちは大規模侵攻によって家を失う、しかしそれは受け入れてもらわねばならない。」

事前に旅行券を手配するのにはかなりの手間だったが、やる価値はあったはずだ。

「おれ、唯華が好きなんだ。だから助けたい。」

その言葉はボーダー隊員としてではなく、兄として動こうとする決意を感じさせる。

しかし城戸は首を縦にも横にも振らない。

既に三門駅から出発した彼らの目撃情報。中学校への欠席連絡。

迅が助ける必要はどこにもない。そもそもの対象が三門市外にいるのだから。

なのにどうして...

「あいつら...叔母たちは唯華を置いて旅行に行ったよ。」

「……」

言葉が出ない。城戸は彼に険しい顔を向けたまま、文字通り黙ってしまった。

「唯華と一緒に電車に乗った後、1駅行ったところで降ろして帰らせたんだって。

昨日おれが家に行ってわかったんだ。ほんと最低な奴らだよね。」

彼の笑顔はあくまでも崩れない。しかし尋常でない怒りは如実に語気に表れている。

「我々の最優先事項はトリオン兵の排除、と言ったところで、お前は動くのだろう?」

「⋯そうだけどさ。」

三門市民を犠牲にする明日の作戦。決定したのは城戸であり、その責任も彼にある。

決して多いとは言えない隊員たちが救助活動を行い始めてしまえば、

予想を上回るほどのさらに多くの被害が出かねない。

目の前で助けを求める人の声と、遠くで聞こえるトリオン兵の砲撃。

その場にいる彼らが、どちらに手が伸ばすかなんて分かりきったことだ。

しかしボーダー設立後の運営も考えると、信頼を得るために救助は必須とも言える。

戦闘と救助...両方のバランスをとりつつ、ほどよい犠牲も出さなくてはならない。

「その子をここへ連れてこい。子供1人のせいで作戦に支障が出ても困る。」

「城戸さんの申し出はありがたいけど⋯おれはおれの目的のために動くよ。」

悲痛そうな笑顔はどこへ行ったのか...飄々とした笑みを浮かべて迅は去っていった。

「妹のことを第一に考える兄とはとても思えんな。あいつは少々未来視を過信しすぎている。」

1人だけ残された会議室で、城戸は虚空に呟きを投じる。

それも仕方がないのかもしれない。

迅悠一の母の死後、彼とその妹は母方の叔母に預けられた。

トリオン体という鎧があるとはいえ、少なからず死の危険がある謎の組織。

彼らは、「子供は1人いれば充分」と言ってボーダーへの加入を許可した。

城戸たちはネグレクトを何度も疑ったが、迅は大人たちの干渉を拒絶し続けた。

(待て...迅はこの未来を読み逃したのか?)

叔母たちが自身の妹を旅行に連れ出さないことなど、

多少なりとも寝食を共にした者なら想像しただけでわかるはず。

元々迅は彼らを三門市外へ逃がす計画に何度も反対意見をぶつけてきた。

理由を聞いてみても、「そのほうがいい未来になる」という不明瞭な答えしか返ってこなかったが。

自分の妹の命がかかっているのだ。別の手立てを考えれば心配も要らない。

計画の失敗がわかっていたのなら、代案を城戸たちに求めるだろう。

迅唯華を三門市にとどまらせ、大規模侵攻中に救い出す理由...「なるほどな。」

城戸は深いため息をつくと、会議室を後にした。

 

「唯華ちゃん唯華ちゃん。」

「な〜に?栞ちゃん。」

4時間目の授業が終わった給食タイム。

唐突に2人の女子が言葉遊びを始めた。

「アタシの言ったこと真似してね。」

「アタシの言ったこと真似してね。」

「赤!」

「赤!」

「青...」

「青...」

「きーいろっ!」

「きーいろっ!」

「一番最初に言った色は?」

「赤!」「はい引っかかった〜!」

理解が追いつかず、唯華はアハハと笑う宇佐美を不思議そうに見つめる。

「一番最初に言った色は?って言われたらそのまま返さなくちゃ!」

「あ〜!忘れてた...」

頭に手を当てて天を仰いだ唯華。間を開けず、そんな彼女に追撃が繰り出される。

「はい、じゃあそのトマト食べてね。」

「え〜!トマトだけは絶対無理だって!」

「鼻つまんだらいけるよ✧」

懐疑的な視線を向けながらも、唯華は素直に鼻をつまむ。

そして覚悟を決めると、一気に咀嚼してミニトマトを強引に飲み込んだ。

「おえぇ...助けて牛乳...」

「その組み合わせキツくない?」

メガネの端をクイッと持ち上げ、宇佐美が半笑いで問いかける。

「トマトより...マシ...」

残されたミニトマトは1つ。

まるで兄の仇でも見るような目で凝視する唯華に、宇佐美は笑いかける。

「まったく...しょうがないね〜」

トマトは宇佐美のトレーへと連れ去られ、あっという間になくなってしまった。

「ありがとうございます栞様!」

「うむ。くるしゅうないぞ✧」

まるで神仏に祈るように手を合わせる唯華。

彼女にはあるものが視えていた。

今は6月。ようやく初めての中学校生活にも慣れ、穏やかな時間を過ごせるこの日常。

唯華にとって数少ない安寧の地である学校を、瓦礫の山へと変えてしまう災禍が視えていた。

どうすることも出来ないほどに大規模で、たくさんの人が死ぬ未来を。

その『たくさんの人』の中には、目の前にいる宇佐美、そして唯華自身も含まれている。

辺り一面が火の海になる未来も視えたし、宇佐美の生きてる未来も視えた。

彼女には他人の過去を視る能力がある。

対象は名前と顔を知り、そして言葉を交わした者。

「目に焼き付いている光景」や「たった今見た景色」など、

相手の記憶に残っているものほど鮮明に視えてしまう。

兄である迅悠一が視た絶望的な光景、それを視たときは背筋が凍った。

今まで何回も人が死ぬ未来を視てきたが、さすがにここまでの惨事は初めてだ。

唯華はこの能力のことを誰にも伝えていない。

彼女が視るものはすべて「誰かが見た情景」なのだから。

なぜ知っているのか疑われるのも嫌だったし、特に兄には伝えたくないと感じた。

死体をカメラ越しで見るのと肉眼で見た時の差は言うまでもない。

迅が直接視ているのと唯華が他人事として視ているのにも雲泥の差がある。

既にすさまじい苦痛を感じている兄が、家を出られて少しだけでも楽になってくれた。

妹として、これ以上負担をかけるのは絶対に嫌だった。

宇佐美にも、お兄にも死んで欲しくない。彼女との下校途中、唯華は伝える決心をした。

「栞、ちょっといい?」

「突然改まってどうしたの?」

宇佐美の1歩先で彼女は足を止める。

夕暮れを背に立つ唯華は、中学生女子とは思えない凛々しさを纏っていた。

「明日の土曜日...絶対におばさんたちと一緒にいてね。何があっても1人にはならないで。」

いつもの陽気な彼女とは違う、おごそかな口調。

真っ直ぐに宇佐美を射抜く、まるですべてを見透かすような視線。

「うん...特に予定はなかったから、そうするよ。」

あまりにも変容した唯華に驚き、目をぱちくりさせつつも宇佐美は答えた。

その変化は一瞬。すぐにいつもの唯華に戻り、彼女たちはお互いの家へと帰って行った。

 

唯華が家に着くと、既に兄は台所に立っており、

ハンバーグをぺちぺちする音に混じって「おかえり」が聞こえてきた。

荷解き(と言っても宿題用のノートと筆箱ぐらいしかないのだが)

を終える頃には完成したようで、

見慣れない白い食器に乗せられた4つのハンバーグが姿を現した。

まるいテーブルを2人で囲み、白米とサラダが順番に載せられる。

「昨日も言ったけど、こんなに食べられないって。」

「まぁまぁ、残ったらおれが食べるから安心してよ。」

叔母さんたちのいない休日の夕方、そのときにはこうして迅悠一は食事を用意する。

昨日や今日の場合は彼らが旅行に行ったため例外的ではあるが。

それが兄としての償いだった。

妹を置いて1人だけこの家を抜け出した罪。まぁその刑期も明日で終わりだ。

学校はどうだとか昨日見た夢だとか、そんな雑談を交わしながら食事は進む。

「明日は一日中雨だから、家にいるんだぞ?」

あくまでも雑談の延長戦。さりげない警告は目の前の妹に向けてのものである。

箸を器用に扱い、ハンバーグを両断する彼女をじっと見つめながら迅は言った。

「お兄は家にいるの?」

「明日の朝はいないけど、昼前には戻る予定。ひょっとして...一緒にいて欲しい?」

首をコテンと傾けた彼に返ってきたのは素直な言葉。

「⋯あたりまえでしょ。1人は寂しいよ。」

「ごめん。でも明日で全部終わるからさ。」

「じゃあ、また一緒に暮らせるの!?」

驚いて声を高くした唯華に、顔をほころばせて頷く迅。

(唯華だけは絶対に助ける...)

(お兄のために...生き残るんだ!)

未来を視ることのできる彼らは、お互いにとって最善の道を進み始めた。




原作の第1次大規模侵攻は日曜日ですが、この作品では土曜日ということにしています。
投稿が遅くなったのは、頭の中で今後の展開を構想しまくっていたからです‹‹\(´ω` )/››
6月3日、宇佐美栞の一人称を「アタシ」に修正。
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