そう残して迅悠一は家を出る。
「本当はずっと一緒いたいけど…共倒れは避けたいしなぁ。」
ブツブツ呟いて自分を納得させながら、彼はフワァっと大きな欠伸を1つした。
昨夜彼は寝ていない。
未来を視続けているうちに、気がつけば朝日がカーテンを染め上げ、
結局一睡も出来なかったのである。いや、しなかったというべきか。
妹である唯華を助けるには遅くとも7時には家へ戻らなくてはならない。
城戸によるトリオン兵殲滅作戦の開始時刻は6時半。
隊員9名を3部隊に分け、ある程度離れた位置で待機。
トリオン兵を倒しては移動。移動してはトリオン兵を倒す。
その繰り返し作業という、おおよそ作戦とは呼べない計画だ。
しかし、過去に類を見ないほどの広大な範囲と、
2桁に満たないボーダーの深刻な人手不足を加味すればしかたないだろう。
そこからさらに迅が抜ければすさまじい負担がのしかかる。
「迷惑かけちゃうけど...ちゃんと説明すればいっかぁ...」
「何を説明するんだ?」
迅の肩が大きく跳ねる。無言で歩きながら考えていたはずが、うっかり口に出していたようだ。
「おどかさないでよレイジさん。ランニング中?」
速度を緩め、荒い息を整えながら、木崎レイジは頷いた。
そんじょそこらの高校生よりも身体がデカく、喧嘩を挑まれては返り討ちにしてそうな彼だが、
実の所身体より心の器がデカく、鍛え上げられた筋肉は想い人を優しく抱き留めるためのものと
自負するほど...まぁようするに優しい
「なるほどな...」
迅の妹救出計画を聞いたレイジはフゥ〜と息を吐き出す。
「一応言っておくが俺は反対だ。いくらお前でも、単独行動は死に直結しかねない。
それに、妹を守りながらのリスクが高い戦闘を考えると...最低でも2人は必要だな。」
「なら一緒に来てよ。はい、これで2人達成〜!」
一方的な勧誘が突きつけられたと思ったら、迅のピースが視界の真ん中に掲げられていた。
さすがに目障りだったのか、彼のチョキをパーで包んで手を下げさせるレイジ。
「俺たちが抜けて、城戸さんを1人にさせる訳にはいかないだろ。」
「だーかーら!おれ1人で行くって最初に言ったじゃん。」
手を組んで頭に乗せ、迅はあきれたように言い返した。
「あそうそう、視た感じ仲間みんなは生きてるよ。想定外の事態も起こらなそうだし。」
「そうか、それは良かったが…お前も仲間だからな?」
「何言ってんのレイジさん!ほらこの隊服見てよ!」
そう言うと迅は腕を突き出し、肩に描かれたエンブレムを指さす。
「わかったわかった」
レイジが感じた不安。どうか杞憂で終わりますように、と彼は願った。
現在時刻は朝5時30分。
その後もぽつぽつと会話を続けていた彼らは、ぽつぽつと降り始めた雨に気づいた。
妹に告げていた「今日は一日中雨」という予知を完全に忘れていたのである。
時すでに遅し。
折り畳み傘の持ち合わせなど無い2人は全力で基地まで駆け出して行った。
迅悠一が家を出て言ってすぐ、唯華は兄の視た未来を視始める。
彼女は基本的に自分の近くにいる人物の過去しか視ることができない。
しかし例外はある。顔と名前が分かり、
いくらか話したことがある場合は距離があっても能力を行使できるのだ。
唯華が両目を閉じて意識を集中させると、数多くのウィンドウが次々と開いてゆく。
その中で1番大きい、迅悠一の肉眼に映る
とうとう端っこしか視えなくなってしまった。
100あまりもある未来をすべて確認する時間は無い。
ぼやけて視えるウィンドウは兄の記憶にもあまり残っていない...重要度が低いものなのだろう。
唯華は間引いた末に残った未来を精査していく。
「7時半くらいにお兄が家に来て合流。
その後避難所へ向かう時に
自分が死ぬのも兄が死ぬのも嫌だ。大切な人が殺される姿など見たくもない。
1度しっかりと目を開き、今度は現在の迅悠一に意識を向けて再度集中し始めた。
唯華は過去を視る能力を有している。
しかし、擬似的に
人が目で情報を入手し、それを脳が処理して認識するまでの時間。
そこには約0.1秒ほどのタイムラグが存在する。
ほんのわずかな遅れではあるが、私たちは常に「過去」を見ていると言えるのだ。
そんなメカニズムは知らないけれど、彼女はゆっくりと目を閉じる。
最初に視えた未来では、兄と理想的な筋肉をバランスよくつけたガタイのいい青年が、
唯華を抱えて瓦礫の上を駆け抜けるという光景が映っていた。
次のは、彼らが瓦礫を懸命にどかしている様子。
「まず第一に、そもそも私がすぐ死ぬかは運。お兄と私が一緒だとほぼ確定で詰むし...
この御方とお兄がタッグで来て間に合ったらその後は大丈夫だけど、
それまで生きて耐えられるかって話なんだよなぁ。私めっちゃ狙われてるし。」
ぱちんと両頬を叩き、唯華はぐるぐるし始めた思考を霧散させた。
そしてふと、あることに気づく。
「普通にボーダーに行って匿ってもらえばいいじゃん!」
兄の視界越しではあるが、今までちょくちょく視ていたボーダーの活動拠点。
一応道はわかる。しかし、子供の足だとどうしても時間がかかってしまうだろう。
即断即決。唯華はすぐに出かける支度を始めた。
中学生女子が持つにしては少し大きな黄色いリュック。
彼女の叔母はゲームや携帯などは買ってくれなかったが、
最低限の食事はくれたし学校で必要な物まで用意してくれた。
このリュックも、小6の修学旅行で必要になったときに買ってきてくれた物である。
中に詰めたのは、ペットボトルのお茶と菓子パン2つ、
よく突きつけられた包丁を護身用に、そしてたった1枚だけ撮った家族写真。
2年前に撮ったそれには、ニコニコ笑う在りし日の母親、
無邪気にピースをする唯華と兄の姿が鮮明に写っている。
「一応叔母さんたちに書き置きを残して...」
笑い声や怒号、物音すらも響かない空虚な部屋で、
サラサラとペンが走る摩擦音だけが異質に消えていく。
叔父ですらない男にも、唯華は感謝を抱いていた。
『
ごめんなさい。今日まで、本当にありがとうございました。
叔母様たちには、たくさんの迷惑をかけてしまったと思います。いつも、ごめんなさい。
私は、叔母様のことが嫌いではありません。大変な中、私を育ててくれて、感謝しています。
本当はこの家で帰りを待ちたかったのですが、
白い怪物がお家に入ろうとビームを撃ってきているので避難したいと思います。
勝手に行動してごめんなさい。
だから、少しの間、ここを出て行きます。
心配させてごめんなさい。言うこと聞かなくてごめんなさい。
帰ってきたら、旅行の話を聞きたいです。どうかお元気で。 唯華より』
コト...シャープペンシルを優しく机に置いてから、唯華はスっと立ち上がる。
「もう6時30分か、そろそろ行かなきゃ。」
透明なビニール傘の留め具を外し、彼女は躊躇いを見せつつもドアを開けた。
直後、上からブォンと不気味な音が鳴り、視たことのある白い怪物が落ちてくる。
そいつはそのまま隣の家を自重で潰し、
彼女を見つけるとモノアイを光らせて捕獲準備を行い始めた。
「作戦開始!急げ急げ!」
軽快なかけ声を発しているものの、唯華の笑顔は焦りと緊張によってぐちゃぐちゃになっている。
自分をどうにか鼓舞して、恐怖をなんとか頭の隅に追いやろうとしているのだ。
冷静さをほとんど失っていた彼女だが、
後ろからチャージ音が聞こえた瞬間に身をひねる。
直後、さっきまで自分のいた場所を黄色い
しかし強引に避けたせいで唯華は尻もちをついてしまい、
立ち上がろうと手をつくも、真正面にいる怪物に恐怖して動けない。
その隙を逃さず、怪物はじりじりと距離を詰めてくる。
「誰か...お兄...助けてよ...」
(はやく逃げなきゃ...でも体が動かない...)
「すまねぇ嬢ちゃん!ちょっと我慢しろよ!」
視界の端から、知らない男が大声を上げて近づいてくるのが見えた。
唯華の膝裏と背中に手を回して持ち上げると、まだ原型を留めている民家に向かって走り出す。
何とか家を盾に砲撃を防いだが、これも所詮時間稼ぎに過ぎないだろう。
次の一手を考える時間は与えられない。頼れそうな存在も周りにいない。
辺りを見渡していた男は何も言わずに唯華を下ろすと、
自分が被っていた黒色の帽子を彼女に被せた。
「⋯この帽子をお前に預ける。今度会ったら返してもらうぜ。」
ズシン...ズシン...と足の裏に伝わる震動はきっと怪物のものだ。もう時間が無い。
「何言ってるの!?早く一緒に逃げようよ!」
「…答えは”ノー︎”だ。俺はあいつを片付けて、さっさと家族と合流しなきゃなんねぇ。」
言い合っている猶予はもう残されていない。
一際強力な砲撃が放たれて、盾にしていた彼女の家が音を立てて崩れ去る。
「俺の巻き添え喰らいたくなきゃ早く行け!死にたくなければ足を動かせ!」
怪物が彼らを認識した直後、ゴツゴツとした太い首目掛けて男は勢いよく飛びついた。
怪物は不快そうにブンブンと頭を左右に振って、
振り落とそうとしているが、全身の力を総動員して彼は耐えている。
「あ゙りっ...あ゙りがどう!」
唯華は嗚咽の混じった声で礼を告げ、包丁片手によろよろと歩き出す。
あの人の未来を考えずにはいられない。彼女を守ったせいで彼は死んでしまうだろう。
「死にたくない...死んで欲しくない...」
もはや傘などさしている余裕は無い。そんな考えすら浮かばなかった。
唯華は震える足に力を込めて走り出す。
後ろ髪を引かれる思いだったが、名も知らぬ英雄の言葉を無駄にはできなかった。
崩れ落ちる建物、飛び交う光弾、そして異形なる怪物の影。
何度も夜をこした、思い出のある我が家も瓦礫の山と化している。
恐怖で心臓が張り裂けそうだったが、唯華はただ前だけを見つめて道無き道を進み始めた。
「クソ…最悪の休日だぜ…」
いくら殴ったところで、白い装甲に砂埃がつくだけ。
限界までしがみついていたものの、奮闘虚しく凄まじい力で投げつけられた。
「ガハッ...!」
コンクリートにでもぶつかったようで、硬質な鈍痛が全身の感覚を奪っていく。
彼にはもう口の端を伝う血液を拭う気力さえ残っていない。
それでも最期までこの災禍に抗おうと、彼は空へと手を伸ばす。
そのままズルズルと滑り落ちると、ぼちゃんとのんきな音を立てて、そのまま川に落ちた。
薄れゆく意識の中で思い浮かべたのは、
家族と友人、そして命懸けで逃がした
痛みによって重くなったからだは、水を吸ったジャージによって更に動かしずらくなる。
水は鼻、耳、口などあらゆるところから入り込み、
嗅覚、聴覚、そして呼吸を奪い、そして最後には命を水泡へと変えてしまうのだろう。
大雨によって濁り切った川から伸びる白い手。
「大丈夫だ、荒船。絶対助けてやる、俺が。」
それを掴んだ者がいると知るのは、彼が再び青空を目に写す頃だった。
「時間です」
梅雨らしい大粒の雨が降り注ぐ三門市に、雷鳴をかき消さんばかりのサイレンが鳴り響く。
「1時間以内に戻ってこい。それまでは私が抑えておこう。」
「城戸さん…ありがとうございます!」
迅唯華の救出作戦。
結局城戸は最大限の譲歩を見せ、迅悠一と木崎レイジの独断専攻を許可した。
彼には未来視の能力は無いが、迅が自分の意見を押し通すことは火を見るより明らかである。
議論している暇があったら一刻も早く目的を果たし、戻って本来の任務を遂行するべき。
城戸はそんな理由をつけた。家族を失う辛さは身に染みているのもあったかもしれない。
2度と仲間を...家族と同等の存在を無くしたくない。
自らの指針となっている理念を掲げ、城戸は金色に光る弧月を正眼に構えた。
何も無い空間が歪み、あっという間に黒い渦が形を成す。
彼にとってはもう見飽きたと言える光景だが、一般人にとってそれは非現実。
ゲートから這い出てきた白いトリオン兵を流れるように両断し、黒色の瞳は次なる敵を捉えた。
「
城戸が左手を軽く広げたと思うと、薄く光るキューブがどこからともなく姿を現す。
それは細かく分割されてから放たれ、左右にいたトリオン兵のモノアイを正確に損傷させた。
「トリオンの消費は抑えたかったが…迅速に撃破しなければ数で潰されるな。」
特に今は城戸1人。助けが来るのは最低でも1時間後であることも考えると余裕は無い。
しかし彼はその仏頂面を崩さずにトリオンキューブを操る。
冷静に思考を回す戦闘員として、一組織の長として、城戸は目標を袈裟に斬り裂いた。
唯華と手を繋いで走り、トリオン兵の攻撃を避けきれずに死ぬ未来。
唯華と手を繋がずに走り、攻撃から守りきれずに死ぬ未来。
唯華を1人で避難所に行かせ、トリオン兵に捕まって連れていかれる未来。
唯華を拠点で保護し、オペレーターや
まさに八方塞がりで救いようがない、
ここで死ぬ運命だと言われているような妹を、迅悠一は必死に助けようとしてきた。
「叔母さんたちを旅行に行かせるのは反対です。」
「理由は?妹を守りたいのではなかったのか?」
「⋯その方がいい結果になるからです。未来が変わるので、これ以上は言えません。」
大規模侵攻によって叔母と叔父が死亡。
ギリギリのタイミングで迅が間に合い、唯華だけを助ける。
彼以外のボーダー関係者とは関わりを持たせないことで、
正義感を持つことなく一般市民として生活させ、ボーダーには入らせない。
叔母たちの死によって妹は虐待から解放され、
彼の望んだ未来は決して実現することは無い、ただの妄想に過ぎない。
迅の願った展開は、どこの未来にも視えなかった。
そうこうしているうちに今度は唯華の命が危ないと気づき、
ほとんどのルートで助からないと判明。後悔と自責の念を飲み込んで前を視たところで、
もう残っている希望はごくごくわずかしか無かった。
「邪魔」
襲い来るトリオン兵を殺意を持って葬る。
「迅、あとどれくらいだ。」
「もう見えるは...ず...」
時刻は6時45分。予知通り、この時間ならまだ生きてるはず。
まだ唯華は家にいて...1体トリオン兵が隣の家に出現して...隣の家の子供が犠牲になって...
レイジさんと一緒に本部に行って...そして...
「は?」
どちらの家も全壊、1体のトリオン兵は隣の家の子供を取り込んでいる真っ最中。
その景色は、迅が視ていた映像とは明らかに違っていた。
唯華は?
唯華はどこ?
唯華はどこに行った?
「まさか、」
その続きは喉につっかえて出てこなかった。
『読み逃した?』なんて口に出したら事実になってしまいそうで。
レイジがトリオン兵に銃撃を行っているのを横目に、迅はキョロキョロと辺りを見渡す。
(おかしい、こんな未来は存在しないはず...)
もちろん迅は遅れてなどいない。
彼の選択はすべて正しく、唯華の救出作戦は約6割ほどで成功するはずだった。
しかし残りの4割にも、こんな未来は無い。じゃあ違うのか?
迅は昨日、妹に関する
「おかしい...こんなの絶対...」
「どうした迅、この子はお前の妹じゃないのか?」
「違う...そいつは違う...」
掠れた声で返す迅、レイジは顔を上げて、救助した子供を背におぶさった。
けたたましい警報は、そう遠くない世界の悲鳴のように響き渡る。
繰り返し流れるサイレンの音。気持ち悪いほど正確に地面を叩く雨音。
両者は人工と自然という一見相反する音のようで、奇妙な混ざり合いを鳴らしていた。
「これはお前が視た未来「違う!」
「こんな未来望んでない!唯華!唯華ぁぁぁぁ!」
足元は、水を含んで重くなった瓦礫で滑りやすく、踏み出すたびに泥水が跳ねた。
空は鉛色に淀み、降り続ける雨は、彼の頬を冷たく叩きつけ、視界を滲ませる。
『助けられなかった』
その言葉は、彼の内側で何度も反響し、空っぽになった心の空洞を、さらに深く抉っていく。
嵐の海のように荒れ狂う心に反して、彼の視界は異様な程に凪いでいた。
「未来視」は何の方向も示さない。
いつもなら、うるさいくらい鮮明に視えていたはずの未来。
人の喜びも、悲しみも、生き様も、死に様も映した眼は、
本当に必要な時になって役に立たず、何の意味もない暗闇を無情にも突きつけてくる。
「迅!落ち着け!近くの子が助かったんだ、まだ希望はある!」
「希望...」
雨音にかき消されてしまいそうなくらい小さな、掠れた叫び声が唇から漏れる。
喉は渇ききり、上手く声が出せない。
雨水が、彼の頬を伝い、まるで涙のように流れ落ちる。
それが自分の涙なのか、ただの雨水なのか、もはや区別もつかなかった。
瓦礫の下には、まだ温かい妹の小さな身体が埋まっているかもしれない。
その想像が、迅の心を焦燥感と絶望で締め付けた。
「おれが...いま助けるから...」
迅は無我夢中で瓦礫をかき分ける。
トリオン体に換装しているためその作業は痛くも辛くもない。
コンクリートの破片が指を切り裂くだとか、
鉄骨を持ち上げようとして腕が痛むなんてこともなかった。
しかし、それらとは比較にないくらいほどの、心の痛みが彼の全身をズタズタに引き裂いていた。
隣ではレイジが黙々と瓦礫をどかしている。
普段は寡黙で感情を表に出さない彼も、
迅の尋常ではない様子を察し、共に無言の捜索を続けていた。
迅の目は血走り、焦点が定まっていない。
時折、唯華の名や後悔の念を呟き、掴んだ瓦礫を握り潰さんばかりの力で握りしめる。
「唯華…!どこにいるんだよ…!」
迅は、まるで魂が抜け殻になったように、ただ本能のままに瓦礫を掻き分け続けた。
叫び声は、砂利混じりの風に乗って虚しく消え、彼女に届くことは無い。
未来が見えない恐怖、守れなかった後悔、
もしかしたらもう二度とあの笑顔を見ることができないかもしれないという絶望。
そのすべてが迅の心をじくじくと蝕んでいた。
レイジはそんな彼の背をただ静かに見守り、作業を続ける。
やがて2人の周囲には、無数のトリオン兵の残骸が転がるようになった。
迅は、唯華を見つけられない苛立ちと、「殺してやる」
やり場のない怒りを、「殺してやる」襲い来るトリオン兵にただひたすらにぶつけていた。
まるで予定調和のように、トリオン兵は彼の弧月によって切り裂かれ、沈黙していく。
普段とは違い、急所であるモノアイだけでなく、足、装甲、そして首を切断して戦闘を終える。
目に怒りと憎しみを宿しながら、ただ目の前の敵を存在そのものを消し去るように、
無差別に破壊し続ける。
「……次。」
レイジは迅の異常な様子に眉を顰めながらも、
彼の背中を守り、迫り来るトリオン兵を迎え撃っていた。
今の迅には、戦術も、連携も、何もかもが欠如しており、破壊衝動に身を任せているだけである。
未来が見えることは、彼にとって生きるための道標であり、誰かを守るための力でもあった。
それをひどく実感したのは、迅の母親が死んだとき。
涙が枯れ果てるまで、昼も夜も気にせず泣いていた唯華を優しく抱きしめたとき。
あんな悲しみを、これ以上誰にも感じさせたくない。それが彼の戦う理由になった。
だが今、その力は最も身近にいたはずの妹を、最も守りたかったはずの未来を捉えられない。
未来視のサイドエフェクトは、己の無力さを残酷なまでに突きつけてくる凶器と成り果てた。
見えるのは、雨に濡れた瓦礫、立ち上る煙、そして、どこまでも続く絶望的な光景だけ。
「迅!俺の目を見ろ!」
突然肩を揺さぶられ、彼は思わずレイジを突き飛ばした。
レイジの姿を見たことで、次々と未来が視え始める。
しばらくぶりの感覚に、少し驚いた様子を見せる迅。
しかし、最後の希望を胸に抱いて、すぐに未来を精査し始めた。
トリオン兵に銃を向けるレイジ。
一般人の避難誘導をするレイジ。
何かを抱いている城戸の元に駆け寄るレイジ。
(もっとよく...)
未来を追って視えたのは、城戸と少女の姿。
「あ...あぁ...」
擦り傷、切り傷、打撲痕、頭から流れる血液、脇腹に巻かれた赤く湿った布。
「ひぐっ...うぐっ...おぇっ...」
唯華は、まだ生きている。
ただ、あくまでも
レイジの未来越しに彼女の未来は視ることは出来ず、確かめるには直接合わなければ。
(もし唯華が死ぬ未来が視えたとしても⋯それでも⋯会いたいよ⋯)
迅が会おうとすることで、もしかしたら悪い方向に進むリスクがあるかもしれない。
少なくとも、無いと断定は決して出来ない。
もし最悪を選んでしまったら...(そのときは、一生自分を呪って生きるよ。)
「だから!」
迅の背中はあっという間に小さくなっていく。
瓦礫を飛び越え、ひび割れた道路を踏みしめ、駆け抜けて行く彼を、レイジは止めなかった。
周囲には、破壊された建物の悲鳴のような軋み音と、降り続ける雨音だけが響いている。
「お願いだ...生きていてくれよ...唯華...」
水溜まりの躍動には目もくれず、迅悠一は一心不乱に走り続けた。
風神→風刃の誤字報告ありがとうございました。
感想、お気に入り、しおり、評価...そしてなにより読んでくれてありがとうございます!
誤字報告への説明?
まず、私の書き方が非常に悪かったというのを謝罪させてください。
①叔母と叔父の苗字が違うのは、2人は結婚していないから。
叔母、叔父と唯華が呼称しているのはそのことを知らないため。
その後唯華が大規模侵攻で死亡したと考え結婚しますが、
彼らの登場シーンはあっても名前が呼ばれることは無いでしょう。
②唯華を本部基地で保護し、オペレーターや技術者(エンジニア)含む全員が死亡する未来について
本部基地は、旧ボーダー時代の玉狛支部のことを指しています。
新ボーダーのどでかい基地と名称が同じなので、ものすごく分かりづらいと反省しています。
活動拠点に変更いたしました。
叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)
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登場させて恥をかかせよう
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登場させてボロクソ言ってやろう
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不快なので登場させないで
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迅悠一が裏で殺す