迅悠一が救われるまで   作:ミルクネコ

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「助けて...姉さんが...姉さんが死んじゃう!!」
目に涙を溜めて懇願する少年。

彼に抱えられた女性は、胸にぽっかりと穴が空いており、
そこから血がどくどくと、心臓がまるで動いているかのように流れ出していた。

血が地面に広がっては雨によって洗い流され、彼女の痕跡が消えてゆく。
少年の言葉が自分に向けられたものだと理解したのは、
迅が近くのトリオン兵を始末した後だった。

(トリオン供給器官を抜き取られてる...ありゃ助からないな)

そう判断したのは未来視ではなく彼自身の目である。

「姉さんは俺を庇って怪我したんだ!決して死んでいい人じゃない!」

「じゃあお姉さんの分まで生きなよ。避難所はあっちね。」

「姉さんはまだ生きている!気を...気を失っているだけなんだ!」

死んでいるじゃないか、喉元まで出かかった言葉を、迅は飲み込む。

「悪いけど、おれ急いでて「頼みます...どうか姉さんを...」

手を挙げて去ろうとする迅を、少年は必死に引き止めた。
「そうだな...おれの妹が死にそうなんだ!一緒に来て助けてくれたら協力する!」

「⋯そんな暇は無い!はやく姉さんを助けないと...「そうなるよな」

駄々をこねる子供に言って聞かせるように、迅は淡々と告げる。
「ようするにおれも君と同じ状況ってわけ。
もしお前のせいで救助が遅れて、妹と一生会えなくなったら...わかるだろ?」

「⋯なら!俺の気持ちも!願いもわかるはずだ!」

「そりゃわかるさ。だけど今は、言い合いなんかしてる場合じゃないんだよ。
ほら、急がないと、お姉さんが『いた人』になっちゃうよ?」

冷たい目をして迅は冷淡に告げる。
「⋯おれの名前は迅悠一。殴りたくなったら殴りに来いよ。」

もはや何の慰めにもならないセリフを吐いて、彼は今度こそ去っていった。
「姉さん...もうちょっと我慢しててね...」

そこら中に死体のころがった戦場。
1人残された少年は立ち上がると、ずぶ濡れで寒そうな姉を背負って歩き出した。

「頼む...間に合ってくれ...」
邪魔くさいトリオン兵を最小限の動きで片付け、唯一の手がかりである城戸の元へ駆け出す迅。

彼の妹である唯華は、どういう訳か未来視で視えた動向とは違う行動をとり、
生きているのか死んでいるのかすらも分からなくなってしまった。

迅が最後に彼女を視たのは早朝。
あの時はこんな未来は存在していなかったのに、一体どうして...

考えていても答えは出ない。
今はただ、真っ直ぐに目的地へ進むだけだ。

たとえ、唯華の死に様を視ることになったとしても


知りえない未来へ

唯華は、見慣れた街並みが崩壊していく悪夢のような光景の中を、ただひたすらに走った。

大人たちの悲鳴、建物の軋む音、

そして不気味なトリオン兵(バケモノ)の姿が、幼い心を恐怖で締め付ける。

 

それでも彼女は足を止めなかった。

一箇所に留まれば怪物共に囲まれかねない。

兄の視界越しに以前視た、玉狛にあるボーダーの活動拠点。

 

唯華はそこにたどり着けばどうにかなるだろうと、微かな希望を頼りに目指していた。

今はどこにいるの?どのくらいの時間彷徨った?

 

無数の瓦礫が散らばり、煙が立ち込める中、彼女の体は限界に近づいていた。

何度も諦めそうになったが、そのたびに兄のことを考えて立ち上がる。

怖い、寒い、お腹が空いた。

 

「あだっ...いてて...」

何度もつまずいたり転ぶのは、蓄積した疲労だけでなく、

雨によって滑りやすい地面や瓦礫のせいで足場が悪いせいだ。

 

そのたびに慣れない帽子を拾っては被り、拾っては被り...

傍目から見ると痛々しい光景だが、彼女を気にかけるほど余裕のある者はそばにいない。

 

「元気かな...男の人...」

数十分前に、彼女を救ってくれた帽子の男。

 

口調はやや荒かったが、唯華のことをなんとか逃がしてくれた、命の恩人である。

彼が預けて行った黒のスポーツキャップを見るたびに、交わした言葉を思い出してしまう。

 

「この帽子をお前に預ける。今度会ったら返してもらうぜ。」

 

降りしきる雨に混じって、しずくが1滴こぼれ落ちた。

しかしゆっくり感傷に浸っていられる時間は長くない。

 

機械的な稼働音が聞こえたと思うと、

突然右からトリオン兵(クズ鉄)がブレードを振りかざして迫り来る。

 

それに気づいた唯華は包丁を構えて勢いよく後ろにステップをした。

繰り出されたのは目にも止まらぬ速さの斬撃。

 

トリオン兵のブレードにぶつかったのか、バキッと音を立てて包丁が折れる。

防御していたおかげで心臓らへんは無事なようだ。

 

しかし受け方が悪かったのか、脇腹にブレードがぶっ刺さる。

 

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

想像を絶する痛みが身体中を駆け巡った。

逃げるだとか、そんなことを考える余裕もない。

 

恐怖と疲労によって足がガクガクと細かく震え始め、唯華は膝から崩れ落ちた。

霞む視界の中央で、輝くブレードが向けられるのが見える。

 

(2撃目はきっと耐えられない...ここで終わりかぁ...)

 

1番大切な兄が生き残って、あわよくば自分も助かればいいな。

そう思った唯華は、迅の視た未来に無かった行動をした。

 

しかし、変えた先の未来は視えない。

この行動の行く末など、どうなるかは全く分からない、ただの博打だったと言えるだろう。

 

迅悠一が死亡する条件はきっと、『妹と行動を共にする』。

これだけは絶対に避けなければならない、唯華の決断に迷いはなかった。

 

たとえ自分が死のうとも、兄が生き残ってくれるのならそれでいい。

 

⋯なんて思えるほど、彼女は諦めのいい女では無かった。

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

雄叫びを上げて、唯華は欠けた包丁を全力で振り下ろす。

しかしトリオン兵には通用しない。

 

ガキンッと音を立てて、彼女の刃は弾かれてしまった。

その拍子に包丁が手を離れ、宙を舞うのには目もくれず、唯華は拳を打ち付け始めた。

 

「このっ!殺してやる!殺してや「そこまでだ。そいつはもう死んでいる。」

わなわなと身体を震わせて、荒い息をしながら振り返ると、

顔に傷を負った男が立っているのに気づく。

 

トリオン兵は体を見事両断されており、

ブレードを力無くダラりと地面に放り出して沈黙していた。

 

「あなたは...」

 

迅の視界越しではあったが、確か視たことがある。

一番厳しそうで、一番悲しそうな人、唯華がそんな印象を受けたのは、少し前の頃だっただろう。

 

「ボーダーの者だ。早くここから離れて「嫌です。というか痛くて動けません。」

 

城戸の目が不機嫌そうに細められる。

即座に否定されたことに苛立ちつつも、理屈には納得せざるを得ない...そんな顔だ。

 

「私には自衛能力がありません。

しかもここから避難所まではかなり遠い...襲われたら確実に死んじゃいますよ。」

 

「……トリガー、オフ」

 

城戸は何を考えたのか、換装を解いた。

そして着ていたワイシャツを脱ぐと、それを唯華の腰にキツく巻き始める。

 

「いだっ!ちょっと何するんですか!?」

 

「止血だ。黙って寝ていろ。」

 

ギュッギュと音が鳴るまで結んだ頃、彼は再び換装して弧月を握った

「死にたくないのなら、そこで大人しくしているんだな。」

セリフは完全なる悪役。しかしやっていることはその真逆、ヒーローそのものである。

コンクリートよりかは寝心地の良い角材を枕に、唯華はヒーローを仰ぎ見る。

 

「ゆ゙い゙がぁぁぁ!」

 

意識がぼんやりとしてきたところで、誰かがすさまじい勢いで走ってくるのに気づいた。

 

「お兄!」

 

「唯華ぁ...無事でよかった...」

 

迅は彼女の存在を確かめるように頬を撫でる。

「ごめんね...家にいろって言われたのに...」

 

「無理にしゃべらなくていい!すぐに病院へ連れていくから!」

言ってすぐに迅は気づく。

 

この近くに病院は無い。一応ボーダーの活動拠点があるが、

これほどの重症を治療できるほど設備は整っていないのだ。

 

脇腹に走る激痛と、流れ続ける温かい液体が、唯華の意識を朦朧とさせる。

トリオン兵のブレードが抉った傷は深く、

息をするたびに痛むのだろう、彼女の表情は苦痛に歪んでいた。

 

迅は普段の冷静さを欠片もなく、あたふたと狼狽えるばかり。

唯華が助かる未来と助からない未来。今が明確な分岐点だった。

 

そのとき、姉を助けて欲しいと懇願する少年が脳裏によぎる。

ああそうだ。自分も少年も、いざと言う時に大切な人を守れないのだ。

 

「唯華!唯華!しっかりしろ!どうしよう…どうすれば…!」

 

迅の声は震え、文字通り顔面蒼白となっていた。

普段は未来を俯瞰して視ている冷静な眼差しが、今はただの焦燥と恐怖に染まっている。

 

唯華は、そんな兄の姿を見るのは初めてだった。

掴みどころのない飄々としたあのお兄ちゃんが、私の怪我でこんなに取り乱すなんて。

 

『心配かけてごめんね』やっとの思いで口を開き、

そう告げたつもりだったが、掠れたのどでは言葉にならなかったようだ。

 

「救助活動は自衛隊(彼ら)に一任する、私は昨日そう言ったな。」

 

城戸の声がしたと思ったら、騒然とした周囲の空気が一瞬静まり返った。

上空から、けたたましいヘリコプターのローター音が近づいてくる。

 

見上げると、緑色の機体が、徐々に高度を下げてくるのが見えた。自衛隊の救助ヘリだ。

じれったいほどの時間をかけてヘリが着陸し、自衛隊員が手際よく担架を運び出す。

 

城戸は一歩前に進み出て、迅に低い声で言った。

「迅、今日はもういい。休養をとって明日に備えろ。」

 

「城戸さん...でも...」

「木崎もこちらへ向かっているから問題ない。さぁ、ヘリに乗れ。」

 

その言葉には、有無を言わせぬ威圧感があった。

迅はハッとしたように顔を上げ、ようやく我を取り戻して指示に従った。

 

彼らが話している間、自衛隊員は手際よく唯華を担架に乗せていた。

とりあえず助かった、という安心感が緊張を緩めたのだろう。

 

脇腹の痛みは続いているはずなのに、

彼女の顔色はさっきより良くなったように感じられた。

 

担架がヘリの中へと運び込まれる際に視えた、

目に涙をためながら心配そうに自分を見つめる兄の顔。

それが過去のものになることを願って、彼女はゆっくりと目を閉じた。

 

ヘリは再び轟音を上げ、負傷した唯華と迅を乗せて飛び立つ。

窓から見えたのは破壊された街並み。

つい昨日までは子供が笑って過ごせる明るい街だったというのに。

 

迅にはこの光景が視えていたが、やはり現実で見るのとは段違いで痛々しかった。

唯華の手を軽く握っても反応はかえってこない。

恐れていた彼女の未来はすごくはっきりと視えてしまった。

 

今日中に退院...死亡退院してしまうか、1週間で目を覚まして1ヶ月の入院生活かの2つ。

可能性はその2つだけだった。

 

迅は頭を抱えて顔に膝を寄せる。何せ最善と最悪の未来が隣に並んでいるのだ。

自分の一挙手一投足を含め、何がトリガーとなるかすら分からない。

 

ひとまず近界民(ネイバー)にその場で殺される悲劇は回避出来た。

しかしそれで安堵できるほど、彼は楽観的では無い。

 

先が視えているはずなのに、視えていないような...

底の見えない谷を、壊れかけの橋を通って渡らなければならない。

 

迅は未来視にそう告げられた気がした。

あるいは自分には何も出来ず、ただ唯華に頑張ってもらうしかないのだろうか。

 

(たった1人の家族として、兄として...おれが支えてやらなくちゃ...)

 

迅が決意を固めているうちに、ヘリは三門市の端っこにある総合病院へと到着した。

着陸と同時に医療スタッフが手際よく唯華を運び出し、救急処置室へと運んでいく。

 

取り残された迅は憔悴した表情で、その様子を見守っていた。

 

 

 

「もしもし、迅です。さっき手術が終わりました。」

 

「そうか、それで結果は?」

 

「はい、成功だそうです。最低でも1ヶ月は入院だとも言われました。

今日は18時までここにいますから。みんなにそう伝えておいてください。」

 

「了解した。そこから基地までは歩いて行けるな?」

「大丈夫です。迎え呼ぼうにも、道路ガッタガタで来れないでしょ?」

 

「それは陸路の話だろう。お前が望むなら、ヘリでも飛ばしてやろうと思ったのだが。」

「⋯それ本気で言ってます?」

 

「冗談だ。では、気をつけて帰ってくるように。」

プツリと音を立てて電話が切られる。

 

城戸の言葉は短かったが、乱れていた迅の心には充分過ぎるほど優しく感じられた。

あの後数時間に及ぶ手術の後、唯華は集中治療室へと運ばれ、今は穏やかに眠っている。

 

手術は成功し、命に別状はないとのことだったが、しばらくは安静が必要だった。

迅は許可を得て、憔悴しきった顔で集中治療室の窓から、眠る妹の姿を見つめる。

 

栄養失調ギリギリのラインだったらしく、腕には点滴のチューブが刺さっていた。

それが彼女の命を繋いでいるということはわかるが、どうしても異物感が強く映る。

 

「⋯また来るから。」

複雑な表情を覆い隠すように下を向き、

返事が来ることを期待したのか、迅は少しの間佇んでいた。

 

「じゃあね。」

深い安堵と自責の念が入り混じった心にフタをして、彼は仲間たちの待つ玉狛へと歩き出した。

 

 




唯華のサイドエフェクトについて(読まなくても何の問題もありません)

過去視。目の前にいる相手の記憶に残っている出来事を、映像として視ることが出来る。
視え方としては迅さんと同じで、脳内に複数のウィンドウが開いている感じ。

1番近くに記憶に残っている出来事(トラウマや思い出、さっきの試合)などが
同心円状に広がっている。

同時に複数人は視えないが、対象を意識することで切り替えることは可能。
特に操作せず、周りに誰もいない時は、
1番最後に意識、または出会った人間の過去が視える。

顔が固定されている状況で目の前に動画再生中の機械があり、
目をつぶっても光を感じてしまうような...ようするに、どうしても過去が視えてしまう。

相手の名前と顔を知っており、なおかつ一度でも会ったことがあれば、
目の前に対象がいなくても過去を視ることが出来る。

遠近どちらも流れてくる映像は基本的に1人称視点であり、
場所の特定などは何らかの手がかり(住所の書いてある電柱など)がないと難しい。

片目、もしくは両目を閉じることで情報の処理能力が向上。
片目の場合は、「人間は常に過去を見ている(視覚情報の処理の際に発生するラグによって)」
という理屈によって、相手の今見ている景色を視ることができる。(片目か両目閉じで可能)
両目を塞ぐことで相手の過去をより深く鮮明に視たり、対象の過去を追体験したりもできる。

常時誰かしらの過去が視えるため、心を空っぽにしなければいつまでたっても眠れないが、
疲労困憊による寝落ちや気絶により睡眠可能。

眠ろうと目を閉じたとしても、昼間の映像が視えてしまうと明るすぎて眠れない。
まばたきは片目、両目閉じの判定はされない。

いくつもの思い出をざっくりと視るか、1つのトラウマをじっくり視るかは任意で選択出来る。
三輪のように、過去に囚われている人間の場合は選択権が剥奪されかけるケースもある。

精神的に不安定で思考が乱れていたり、並列して物事を考えまくっていたりする人を視るときは
唯華本人の視覚情報処理を同時に行うのが追いつかず、
片目もしくは両目を閉じていないと処理落ちを起こして頭痛、
めまい、嘔吐、錯乱などを引き起こしてしまう。
迅のようにいくつもの未来を視ている特殊な場合も同様。

迅を視た場合、
普通    彼の過去
片目閉じ  彼の過去or彼が見ている景色
両目閉じ  彼の過去or彼の見ている景色&彼の視ている未来

本編で未来視をかいくぐった方法について。
まず前提として、

・迅の予知は会った時点の未来を知ることができ、再度会うことで更新される。
・あまりにも確率が低い未来はほとんど視えず、追うこともできない。
自分でも曖昧なので順序だてていきましょう。

唯華が生き残る未来A、死ぬ未来B、本編の未来Cとします。
1、唯華を目視する
2、少しのAと、大量のBが視える(Cも視えてはいるが詳細は不明)
3、迅悠一が出かける(視えている未来は2と同じ)
4、迅悠一がボーダー基地に到着(視えている未来は2と同じ)
5、迅悠一が唯華の家へと到着、「こんな未来知らない!!」
(実は視えていた。除外せざるを得ないレベルでぼやけていたけれど。)

6、迅悠一が唯華と合流(予知更新。生きるか死ぬかの2択が視えた)
まず唯華は2の未来を3と4の間でチェックしました。
それを視たことによって、
2の時点では存在しなかったといってもいいくらい確率の低い未来Cが選択されます。

未来視は正常に働いていますが、前述の通り除外せざるを得ない、『奇跡』レベルの出来事です。
迅さんと戦闘の際は、未来を視るたび未来がコロコロ変わる、

非常に予測困難な展開になるはずです。そして予知に夢中になって倒され、
結局予知を無視して動体視力などの自力で戦った方が勝てる...みたいな構成にする予定です。

もしもここまで読んでくださった方がいるのなら、
ぜひ感謝の言葉を述べさせてください。長ったらしい説明で飽き飽きしてしまいましたでしょう?

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
今後のお話も楽しんでくれると幸いです。

叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)

  • 登場させて恥をかかせよう
  • 登場させてボロクソ言ってやろう
  • 不快なので登場させないで
  • 迅悠一が裏で殺す
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