迅悠一が救われるまで   作:ミルクネコ

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楽しげな未来へ

「本当にお世話になりました!」

「お大事に〜」

 

今日はようやく待ちわびた退院日。

あれから私は計1ヶ月の治療を終え、やっと晴れて病院生活から抜け出せたのだ。

 

お腹の刺し傷も、痛々しい跡は残れど痛みはない。

毎日の自主トレーニングを欠かさなかったおかげで、

体力も元に戻ったどころか、むしろ以前より向上したとさえ感じるほどだ。

 

迅悠一⋯兄の手伝いもあって、何とか第1回ボーダー入隊試験の申し込みを済ませ、

今日は試験当日。退院したその日に試験とは、何やら運命を感じてしまうのも無理はないだろう。

 

ボーダー本部の前で、私は大きく深呼吸をした。

どこまでも広がっている青い空の下、

硬質な何かで構成されている巨大な建物の威圧感に思わず息を呑む。

 

試験開始時刻まであと30分。

さすがにそろそろ行かねばと、歩き出した瞬間…

 

「唯華!ちょっと待ってくれ!」

背後から聞こえた大声に振り返ると、そこには私の兄、迅悠一がいた。

 

四六時中着ているいつもの隊服姿、まちがいなく兄である。

彼は子供らしく手をブンブンと振りながら、私が気付いた直後にはもう傍らに駆け寄っていた。

 

「お兄!?どうしてここに…」

「どうしてって、妹の試験だぞ。お兄ちゃんがついて行ってやろうと思ってさ。」

 

お兄は笑顔を浮かべて飄々と言ってのけるが、

それとは対照的に私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

「いやいや…さすがにそれはダメでしょ!普通に非常識だと思う。」

 

「ツンデレ唯華もかわいいなぁ。来た甲斐があった。」

 

ニヤリと笑う兄に、私は冷徹な視線を向けて、言葉と言う名の毒を吐く。

「シスコン兄貴はとっとと帰れ」

 

私としては至って真剣に暴言を吐いたつもりだが、残念ながら威力はすごく低いようだ。

「はいはい、まあ頑張れよ。終わる頃には迎えに来るから。」

 

まったく効いた素振りも見せずにそう言って、

お兄は建物の入り口から少し離れた場所に立って両手を広げた。

 

その表情には、ごく僅かだが心配の色が滲んでいる。その顔はずるいよ。

「あ~もう!めんどくさいなぁ!」

 

私は目をつぶってお兄に抱きつき、申し訳程度に背中に軽く手を回す。

「…いってらっしゃい」

 

小さく頷いて兄から離れ、私は新たな決意を胸にボーダーの入り口をくぐった。

「お~い!そこはいってきますって言ってよ〜!」

 

セミがうるさいこの季節。

羽を持たない青いセミは、夏の空の下をどこかへ駆けて行った。

 

案内されたのは、広々とした試験会場だった。すでに数人は受験者が席に着いている。

指定された席に座って待っているうちに、

諸注意や体調が悪くなったときの対処などを説明されたが、ありきたりなものだった。

 

結局部屋に置いてあった椅子はすべて埋まった。やはり入隊希望者は多いようだ。

私がそんな事を考えているうちにあっという間に開始時刻になり、問題用紙が配られる。

 

「始め!」

合図がされた直後、一斉に紙をめくる音が室内に満ちる。

それから1拍置いて深呼吸をした後、私はあえて少し遅れてスタートを切った。

 

問題は教科ごとに分けられており、範囲は多岐にわたっていた。

そのため非常に量が多く、とても45分で終わるものではない。

 

過去視の異能を使えば実質的なカンニングが可能だが、さすがに視るのは極力避けた。

OFFに出来ないから、どうしても映ってしまうのは許してほしい。

 

(お!回答同じだ。ラッキー。)

とかは思っていない。断じて写していないとは言い切っておこう。

 

膨大な問題数ではあるが、大変ありがたいことに、難易度自体はそう高くなかった。

都道府県の名称、四則演算、一般的な漢字の読み書き…

 

(問題を取捨選択する時間すら惜しい。精度は落ちるけどやむなしか…)

速攻で片付けることを選択して、私は本腰を入れて問題を解き進めた。

 

「そこまで。ペンを置いて解答用紙を前に回してください。」

(終わった…)

結局応用問題をいくつか残したものの、基礎らしき問題はすべて回答し終えた。

 

 

筆記試験を終え、続いて案内されたのは体育館のような広々とした空間。

試験官の合図で、まずは基本的な測定から始まった。

 

握力、反復横跳び、立ち幅跳び…。私はリハビリで培った身体能力を存分に発揮。

その結果ソフトボール投げ以外はかなりいい成績を叩き出すことに成功した。

 

ソフトボール投げ以外は。悲しきかな7メートルしか飛ばなかった。

よりによって30メートルを出した女子の次に。

 

そして最後に待っていたのは面接。

厳かな雰囲気の面接室で、2人の面接官が座っていた。

 

どうしても視えてしまう過去ではなく、

彼らの目を見て「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 

軽い挨拶と説明がなされた後に、いよいよ質疑応答が始まった。

「ボーダーへの入隊動機を教えてください」

 

王道のド真ん中を突き進む最初の質問に、私は淀みなく解を述べる。

 

「この街を守るボーダーの一員になりたいからです。

私は先月に起きた大規模侵攻の際、城戸正宗総司令、迅悠一隊員に命を救っていただきました。

そして助けてくれた彼らのように、私も誰かの力になりたい。私はそう考えました。」

 

面接官たちは、私の言葉に静かに耳を傾けていた⋯

 

「合格です。」

「合格…ですか?」

 

「はい、合格です。」

「合格…本当ですか?」

 

「話進めますね。」

そうして渡されたのは何枚もの書類が入った茶色い封筒。

 

「隊務規定などのルールには必ず目を通しておくように。

正式入隊日まではボーダー隊員としては認められないので、はしゃぎすぎないように。

それではお疲れ様でした気をつけてお帰りください」

 

後ろがつっかえているのだろう。最後の方はものすごい早口だった。

半ば追い出されるかのように本部基地から出て、私は人目も憚らずに思いっきり伸びをする。

 

「な〜にが落ちる未来が視えるだ…普通に受かったじゃん!」

しばらくその場で待っていると、1台のジープが颯爽と走ってくるのが見えた。

 

「いた!あの子だよ。そうそう、おれのい⋯い感じの予知で視た女の子。」

 

ゆっくりと速度を落としながら、ジープは私の少し手前で停車する。

「悪い悪い。遅くなっちゃった。」

 

「そんなに待ってないからいいよ。ところでその御方は?」

私の視線の先…運転席に座っているのは、

上げた短髪に薄いあごひげ、そしてメガネをかけた謎の男性。

 

「はじめましてだな。オレは林藤匠。ボーダー玉狛支部の支部長(ボス)をやってる。」

兄の視界越しに視たことがあるため、

 

私にとっては別にはじめましてではないが…まぁそれはそれ、これはこれである。

「はじめまして林藤さん。たぶん兄から聞いていると思いますが、迅唯華、13歳です。」

 

「礼儀正しいいい子だな〜。これからよろしく頼むよ。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。それであの…私はどこに連れて行かれるのでしょうか…」

 

お兄の隣、後部座席に乗り込んだ私は、警戒区域の中を駆けるジープに不安を覚えた。

「ん?おいおいまさかとは思うが…迅、あ、悠一の方ね。お前話してなかったのか?」

 

「さっき試験終わったばかりなんだから仕方ないでしょ。そうそう、結果どうだった?」

言われるがままに私は合格通知を差し出す。

 

お兄はそれを受け取ると、ゆっくりと目に通し、やがて唯華の顔を見上げた。

彼の瞳には、少し複雑な感情が混じっていたが、やがて小さく、しかし確かな笑みが浮かんだ。

 

「合格おめでとう、唯華。」

その言葉は、私にとって、何よりも嬉しい承認の言葉だった。

 

これからは兄のように、この街を守るために戦える。

そうして決意を新たに固めている最中に、突如として思考が乱された。

 

「筆記試験、体力試験共に高得点!兄として鼻が高いな〜」

突然上機嫌になった兄が、私のの頭をわしゃわしゃと撫でまくり始めたのだ。

 

決して不快な訳では無いが、めちゃくちゃうざったいし恥ずかしい。

「ちょっ撫でるのやめて!林藤さん見てるんだよ!?」

 

私は兄の両手首を思いっきり掴み、それぞれ座席の背もたれに押し付ける。

「う~ん…いい眺め☆」

 

何がいいのかはわからなかったが…それを聞いた途端思わず手が出そうになった。

「とりあえずよかったじゃないか。合格、おめでとさん。」

 

しかし、唐突に送られた賛辞の言葉が気を逸らす。

「え?あぁ、ありがとうございます。」

 

力が緩まった隙に兄は拘束から抜け出したが、私はあえて見て見ぬふりをした。

「お前さんがこれから行くのは…おっともう着いたな。さ、続きは中で話そう。」

 

私たち3人はジープから降りてそのまま歩き、頑丈そうな扉の前に立つ。

林藤さんはポケットから黒いリモコンのようなものを出して、鍵を開けた。

 

軽い機械音を立てて扉が横にずれると、明るい茶髪の女の子が目の前に現れる。

そして頬を紅潮させながら⋯

「Hello!マイ・ネーム・イズ・キリエ・コナミ!」

 

「……What()?」

思わず聞き返すと、少女は顔を引きつらせて半歩下がった。

 

「ハウワーユー!アイムファイン!えっと⋯ナイストミートユー!」

「ナイストゥミートユートゥー。えっと⋯なんで英語?」

 

「え、えっ、迅が……迅が言ってたのよ!? “妹はカナダからの帰国子女”って……」

 

「私、生粋の日本人です。」

なんてことを吹き込んでくれたんだ。

 

お兄がそそくさと私の後ろに隠れるのを横目にカミングアウトをする。

「……迅」

 

「いや〜ごめんごめん。ちょっとノリで」

迅がわざとらしさをにじませながら頭をかいた。

 

目の前の少女は顔を真っ赤にして、今にも爆発しそう。私を盾にしないでほしい。

「アンタほんとにふざけんないでよね!!!

あたし一晩中“英語の挨拶練習したのよ!? 

“マイ・ネーム・イズ・コナミ”を何回言ったと思ってんの!!!」

 

「そこは“努力は裏切らない”ってことで…ほら、英語の成績気にしてただろ?」

 

「今は関係ないでしょ!?初対面でこんな無様な姿晒したら絶望じゃない!」

 

まるでド突き合いのごとく繰り広げられる掛け合いを、笑わないで見ていられる術はない。

普段の落ち着いた姿とはかけ離れた兄と、

騒いではいるが、可愛いくて人懐っこい少女。

 

あまりの相性の良さに、ほんの少し嫉妬してしまいそうだ。

 

「その⋯フフッありがとう。」

小南が兄に詰め寄る様子を見て、私は思わず笑ってしまった。

 

「何よ。そんなに面白かったわけ?」

 

「ううん。慣れない英語で話そうとしてくれてうれしかったの。

仲良くしてもらえそうだなって。私の名前は迅唯華。えっと⋯小南さんだっけ。」

 

小南さんは瞬きを数度繰り返してから、私を観察するようにジロジロと視線を向けてきた。

「唯華っていくつ? 中学生?」

 

「はい。今は中1です」

「えっ? あたしと同い年じゃん!」

 

目を丸くした小南さんが、半歩進んで身を乗り出してくる。

「だったら敬語やめなよ! そっちの方が話しやすいし、仲良くできるでしょ?」

 

「えっ、でも…ボーダーの先輩だし⋯」

「気にしない気にしない! 玉狛は“堅苦しいの禁止”がルールだから!」

 

小南さ⋯小南ちゃんがあまりにもうれしそうに笑うから、私もつられて笑い返した。

「…うん、わかった。じゃあ――よろしく、小南ちゃん!」

 

その瞬間、小南の顔がふわっと明るくなった。

子どもみたいな笑顔。けど、その奥にちゃんと、仲間としての誠実さが見えた気がする。

 

「よし、それでこそ玉狛の新人! あたしがいろいろ教えてあげるから、覚悟しといてね」

「うん。楽しみにしてる。」

 

「ま、ひとまず入りなさい。唯華のこと、みんな待ってるんだから」

言われるがままに、玉狛支部へと足を踏み入れる。

 

お兄と林藤さんも後に続いて入ったタイミングで、扉が自動で閉まった。

「ようこそ!私たちの玉狛支部へ!」

上品そうなポニーテールのお姉さんが奥から現れる。

 

「あなたが迅唯華ちゃんね。初めまして、林藤ゆりです。これからよろしくね。」

「よろしくおねがいしますっ」

 

年上の女性らしい余裕のある、柔らかい佇まいに目が惹きつけられる。

「レイジくん?恥ずかしがってないで挨拶くらいしなさい。」

「別に恥ずかしがっているわけじゃなくて⋯その⋯「レイジくん?」

 

奥から聞こえたのは、低く落ち着きのない男性の声。

冷や汗を浮かべながら、ドタバタと小走りして現れたのは背の高い、がっしりとしたお兄さん。

 

(大規模侵攻のとき⋯たしか視たっけ。)

あのときは兄の視界越しだったが、現実で見てもやはりすごい筋肉だ。

 

「木崎レイジ。高1だ。生活が急変して大変だとは思うが、これから一緒に頑張ろう」

 

「はいっ!よろしくお願いします!」

自分なりに元気よく返事を返したつもりだが、

木崎さんはなぜか妙にそわそわしていて、私と目を合わせようとしない。

 

「ひょっとして、女子とか苦手ですか?」

恐る恐る尋ねると、否定の皮を被った肯定のような返答がなされた。

 

「いや、そこまで苦手には思わないが。」

「ねぇレイジくん、緊張してるのかもしれないけど、もっと笑顔で話してあげなよ。」

 

こんなふうに。そう言ってゆりさんはニパーッと眩しい笑顔を直撃させる。

「⋯⋯ッ!買い出し!買い出しに行ってきます!」

 

木崎さんは扉をぶち破らんばかりのすさまじい勢いで支部を出ていった。

「あらあら、ごめんなさいね。彼ほんとはいい子なの。」

 

「⋯いえ、大丈夫です。」

なるほど。大体わかった。

受け入れてくれるか不安はあったけれど、玉狛支部のメンバーとは仲良くなれそうだ。

 

「ボスは移動中に、小南とレイジさんとゆりさんは今やった。

んじゃ残りは⋯クローニンと陽太郎だな。」

 

お兄たちに連れられて、『おねんねちゅう!お静かに!』

と書かれた掛札のあるドアの向こうへ足を進める。

 

「ほら、かわいいだろ?陽太郎って言うんだ。」

薄暗い部屋で眠っていたのはベビーベッドで寝転がる赤ちゃん。

 

⋯と日本人らしからぬおっさんだった。

「隣で寝てるのがクローニン、玉狛(ウチ)技術者(エンジニア)さ。」

 

赤ちゃんの過去は非常にぼんやりとしていて心地よい。

しかしクローニンさんの方は壮絶だった。

日本ではお目にかかれないような宮殿。爆炎に包まれた戦場から誰かを抱えて走る記憶⋯

彼はどこから来たのだろう。

 

「んじゃ、玉狛を案内してあげるわ。」

思考が切り替わった瞬間、小南ちゃんの声によって集中が途切れる。

 

「あんまり無理させちゃダメよ、唯華ちゃんは今日退院して試験まで受けたんだから。」

 

ゆりさんのお言葉がジーンと胸に染み込むのを感じながら、

私は意気揚々と小南ちゃんの後について行った。

 

「こっちが唯華の部屋ね。元々は空き部屋だったんだけど、必要なものは揃ってると思うよ」

トイレにでかいお風呂、キッチンに訓練室⋯

 

小南ちゃんに案内され、次に私は二階の一室に入った。

木の床と、白い壁。窓は西向きで、柔らかい夕日が差し込んでいる。

 

ベッドと勉強机、収納棚、本棚⋯家具は必要最低限だが、不思議と寂しさは感じない。

端的に言って、すごく落ち着ける空間だった。

 

「ここ、誰かが使ってたの?」

目立ってはいないものの、壁にいくつかピンを刺した後が残っている。

 

「…んー、ちょっと前にね。でも今は空き部屋扱い。」

「幽霊とかでないよね!?」

 

あくまでも冗談のつもりだった。出るわけ無いでしょ!と笑って返されると思っていた。

「⋯わからない。出てきたら教えてね。」

 

ほんの一瞬、小南ちゃんの顔から笑顔が消え、ゾットするほど冷たい瞳が私を射抜く。

「なーんてね!なに?中学生にもなって幽霊が怖いの?」

 

何事もなかったかのように、彼女はおちょくるようなニヒルな笑みを浮かべる。

「こ、怖がってなんか無いし!」

 

「強がらなくてもいいんじゃな〜い?」

「違うってば!」

 

ひとしきり言い終わると、小南ちゃんは「夕飯できたら呼ぶから!」

と言い残して軽やかに階段を降りていった。

 

部屋に一人取り残された私は、ゆっくりと荷物をベッドの上に広げる。

入院中に兄が預かってくれていたリュックには、

着替えや日用品、それに――あの時、命がけで持っていった思い出の品々が入っていた。

 

私を助けてくれた、名も知らぬ青年に預けられた黒い帽子。

ボーダーに入ったのは街を守るため、だけではない。

 

少しでも人に顔を知られて、命の恩人である彼を見つけ出すためでもある。

「…よし、片付けよう」

 

少しでも“ここに住む”実感を得たくて、私は黙々と整理を始めた。

クローゼットの中はほとんど空っぽ。押し入れには掃除機と毛布が一式。

 

机の上には埃一つなく、誰かが丁寧に整えてくれていたのが分かった。

引き出しを開けると、数本のシャーペンと、まっさらな大学ノート。

 

そのうちの一冊には、端の方に名前が書いてある。

「風間⋯(しん)(すすむ)?」

聞いたことのない名前だった。

 

手持ち無沙汰な指先が、空っぽの引き出しの底を無意識に撫でる。

おそらくただの偶然だろう。

指が感じ取ったのは、木の板がほんの少し“浮いて”いるような感触。

 

……まさか。

 

私は息を止めて、そっと板の端に指をかけた。

力を込めると、それは“カコン”と音を立てて外れる。

 

そこに隠されていたのは――古びた封筒と、写真が一枚。

封筒には、丁寧な文字でこう書かれていた。

 

「蒼也へ」

 

中を開くと、手紙は折り目だらけになっていた。

インクがわずかににじんでいる。

 

私は、無断で読んでいいのかと一瞬ためらったけど、

その文字に込められた想いを、どうしても感じたくて、目を通した。

 

『蒼也へ

急に知らない人が来てビビると思う。

でも最上さんはいい人だから大丈夫だ。

 

有吾さんと同じくらい強いし、きっと生きて帰ってこれるだろうから。

本当は直接渡せたら良かったんだけど、時間がなかった。すまない。

 

兄貴らしいこと、何一つしてやれなかったけど、

それでもおまえが俺の弟であることは、ずっと誇りだった。

 

この戦いで、俺がどうなるかはわからない。

生き残れるかもしれないし、仲間を守るのを優先するかもしれない。

 

どっちに進んだとしても、

おまえには俺のことなんて気にせずに、自分の幸せを生きてほしい。

 

笑って、食べて、泣いて、恋をして。

普通に、生きてくれたら、それでいい。

 

それが、俺の願いだ。      

PS、この手紙は自作の二重底に隠した。

映画みたいでかっこいいって言われたんだぜ!蒼也もそう思うだろ?  風間進』

 

 

その字はまっすぐで、不器用で、

だけど心の底から、弟を想って書かれたものだった。

 

写真には、制服姿の風間進と、その隣に少し背の低い少年――おそらく蒼也が並んで立っていた。

2人とも、笑っていた。とても自然な笑顔で。

 

「……」

 

私はそっと手紙を封筒に戻し、引き出しの奥にしまい直した。

知らなかった誰かの“強さ”に触れたような気がして――胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。

 

「唯華ー! ご飯できたってー!」

下から小南の声が響いてきて、私は慌てて立ち上がった。

 

「⋯今行くー!」

 

涙はこぼれなかった。

でも、胸の奥に静かな“誓い”が灯った気がした。

 

ここに刻まれた人の想いを、無駄にはしないと。

叔母さんと叔父さん、帽子のお兄さんと⋯風間進さん。

 

探したい人が、また1人増えた。

 

 

食堂に行くと、既に全員が集まっていた。

ダイニングテーブルには湯気の立つカレーライス。

木崎さんとゆりさんの手作りらしい。

 

「お、唯華来たな! カレーは甘口にしてあるから安心しろよ!」

「甘口じゃなくても食べられるから!」

 

決して見栄を張ったわけではない。

おいしそうな匂いに心を踊らせながら、兄の隣に座る。

 

「レイジさんがうっかり辛口ルー入れかけたから焦ったわ。

ゆりさんの冗談を真に受けすぎなんだって。」

 

「入れるフリをしただけだ。」

きっと慣れているのだろう。

 

小南ちゃんの軽口に、木崎さんは眉一つ動かさずに答えた。

「隣で見ててびっくりしたわ。包装をベリベリ剥がし始めるんですもの。」

 

ゆりさんがオペレーションルームからひょっこり顔を出す。

「じょ、じょじょじょ冗談ですから!」

 

「冗談で人を殺しかけないでよね!あたし辛いの無理だから!」

やっぱり木崎さんは、ゆりさんと話しているときに挙動不審になるようだ。

 

賑やかな笑い声の中、私は空いていた席に座った。

兄が隣で笑っている。小南ちゃんが嬉々としてごはんをよそっている。

 

ゆりさんはさりげなく、レイジさんの皿にサラダを添えていた。

「若、フーフーしますから少々お待ちを」

 

クローニンさんは陽太郎くんに付きっきり。客観的に見て微笑ましすぎる。

こんな素晴らしい“日常”に、私が加わってもいいのだろうか。

 

まるで普通の家族のような⋯

温かい夕食なんて大規模侵攻前まではほとんど食べたことがなかった。

すごく幸せ⋯でも玉狛の人たちにとってはこれが日常なんだろうな。

 

じきに叔母さんが私を探しに来て、この暮らしもきっと終わる。

それまでの間だけ⋯全力で楽しまなきゃね!

 

「それじゃ⋯「「「「「「いただきます!」」」」」」




林藤支部長の一人称不明だったので合いそうな『オレ』にさせてもらいました。
メッセージ付きの評価ありがとうございます!お気に入りも増えていてうれしいです!

叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)

  • 登場させて恥をかかせよう
  • 登場させてボロクソ言ってやろう
  • 不快なので登場させないで
  • 迅悠一が裏で殺す
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