迅悠一が救われるまで   作:ミルクネコ

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ボーダー入隊編
つかみ取った未来へ


拝啓、愛無柚香(あいなしゆずか)叔母さん、子嫌隆史(こぎらいたかし)叔父さんへ

 

大規模侵攻から2ヶ月が経ちましたが、お元気ですか?

私は今、玉狛支部というところで、毎日元気にやっています。

叔母たちがどこにいるかわからないのでこの手紙は出せませんが、

どうにも書かないと気分が落ち着かないので綴らせてください。

本当はボーダーへの正式入隊日というある種の節目に書きたかったのですが、

残念ながら余裕がありませんでした。なのでB級になったこのタイミングに

少し今までのことを振り返ってみようと思い、こうして手紙を書いています。

 

こちらでの生活は、最初は知らないことばかりでした。

でも、玉狛の皆さんは本当に優しくて、時には厳しくて、それでいて家族みたいな温かさがあって――正直、最初の頃は毎晩どこかで泣きそうでした。

手紙で強がっていても意味不明なだけですよね。

端的に言うと、叔母さんたちがいなくて寂しかったんです。

 

訓練は、最初に比べてずいぶんとこなせるようになってきました。

木崎レイジさんと一緒に、走ったり、筋トレしたり、基礎体力の底上げを毎朝しています。

黙々と厳しいメニューを課してくるんですが、どこか“見ていてくれる”人です。

黙って褒めてくれるタイプというか⋯

筋肉痛で動けなくなりそうな日でも、背中で「できる」と語ってくれる⋯?

まぁとにかく安心感があります。

 

プログラムされたトリオン兵を相手にした実戦演習もしています。

最初のうちは全然動けませんでしたが、少しずつ倒せる数が増えてきました。

 

同年代の小南ちゃんとは、よく模擬戦をします。

とても強くて、反応が鋭くて、女の人ってこんなにかっこよくなれるんだって最初は驚きました。最初の一撃でやられていたのが、今では十秒くらいは粘れるようになったんです。

小南ちゃんはすぐ怒るけど、ちゃんと私の動きを見てくれていて、

時々私を認めるようなことを言ってくれます。

 

お兄――迅悠一とは、たぶんいちばん多く模擬戦をしました。

勝てたことは、一度もありません。あの人には、何をしても読まれてしまう。

まるで、心の奥まで覗かれているみたいで。

でも、私はお兄の未来が少しでも変わってくれたらって、そんな気持ちで剣を振っています。

 

まだ誰にも言っていませんが、私は“過去が視える”ので、

相手の視界を見ながら間合いを測るのが得意です。

死角を縫って気づかれずに、じわじわ距離を詰めたり、

踏み込んできたタイミングで受け流すのが、ちょっとだけ上手くなりました。

でもこれは、私が自分で努力したというより、

力を“持ってしまった”せいだから、あまり誇れることではないのかもしれません。

昔何処かで知った、「王様の耳はロバの耳」というお話のように、

私もいい加減この秘密を誰かに言ってみたかったんです。

 

玉狛支部の皆さんは、いろんな意味で“普通じゃない”人ばかりです。

でも、ちゃんと地に足をつけていて、一生懸命誰かを守っている人たちです。

 

レイジさんは寡黙ですが、すごく人をよく見ていて、重たい言葉を簡単に使いません。

小南さんは元気でうるさいけど、戦闘になると誰よりも冷静です。

お兄とはよく喧嘩していますが、どこか姉弟みたいです。

そして、林藤ゆりさんは……あの人は特別です。

誰かのお母さんみたいで、どんな時でも安心させてくれる空気を持っていて、

私がつい弱音をこぼしてしまうのは、あの人の前だけかもしれません。

 

……お兄は、私が叔母さんの話をすると、たいてい無言になって、そのあと眉間に皺を寄せます。

表情は殆ど変わりませんが、目の奥が濁り、目が笑っていないように感じてしまいました。

でも、私は信じています。

きっと、叔母さんたちとお兄は仲良くできると思います。

お兄は、不器用ですが、誰よりも家族想いです。

そして、私はお兄の未来を、どうしても守りたいんです。

 

「ボーダー」の一員になって3週間。

明日は始めての防衛任務です。

いつ叔母さんたちが帰ってきてもいいように、この街は絶対に守り続けます。

だからどうか落ち着いた頃でいいですから、また会って再開を喜びたいです。

 

いつか、ちゃんと会ってお話できる日を楽しみにしています。

その時には、私の戦ってきた日々を、ちゃんと胸を張って話せるように。

 

敬具     唯華より

 

「……ッ!」

三輪秀次の弧月が、跳躍と共に振り抜かれ、トリオン兵の装甲を裂いた。

バキィッという不快な破裂音とともに、脚部を破壊されたトリオン兵が軸を失って倒れる。

「こっちは片付いた。唯華は?」

息を切らせて通信に乗せる声は、年齢に見合わぬ鋭さと苛立ちを滲ませている。

『こっちもあと一体で終わるよ。相変わらず速いね』

淡々とした返答が、唯華の口から戻る。

その数秒後、彼の視界に爆ぜるような閃光が走り、

奥の路地から弧月の刃先がトリオン兵の腹部を貫通する様子が確認できた。

素早く、間合いを測っての刺突――滑らかで綺麗な仕事。

「……相変わらず速いな」

三輪がぼそりと呟いた瞬間、右の方から太刀川の声が聞こえる。

「おーい!うしろいるぜ〜!」

反射的に三輪が振り返るが、

すでに視界の中で弧月が―投擲された弧月が宙を裂いて飛んでいた。

ドゴォッ。

三輪の後方、物陰から這い出たトリオン兵の頭部に、

太刀川の投げた弧月が突き刺さり、トリオンが溢れ出て霧散する。

無残に崩れるその姿を見ながら、三輪は一歩後ずさった。

「……」

「いやー、間に合って良かったな。あぶねえあぶねえ」

軽い調子で歩いてくる太刀川は、空の鞘を背に、別の弧月を抜きながら肩をすくめる。

射手(シューター)ほどじゃねぇけどさぁ、もうちょいリーチあるのが欲しくなるよな〜」

「この編成も普通にきついですよね⋯ほら三輪くん、お礼言わないと!」

「⋯ありがとうございました」

三輪が吐き捨てるように呟くと、太刀川は彼の方を叩いて豪快に笑った。

確かに、この部隊はおかしい。

全員アタッカーという異常な構成で、

中距離支援もなくオペレーターも訓練生、明らかに人員不足からの寄せ集めだ。

『こちら臨時太刀川隊、殲滅確認しました。残骸回収部隊を要請。区画はB-7です。』

「いや〜楽でいいな。報告を誰かに任せられるのは」

三輪に引き剥がされながらも、太刀川が笑いながら口を開く。

「本来は太刀川先輩の仕事なんですからね」

唯華は短く答え、すぐに通信を本部に戻した。

その表情は年相応にあどけないが、目だけが異様に冷静だ。

まるで別の時間を見ているような――そんな錯覚を覚えてしまうほどに。

「……近界民(ネイバー)共、あんなゴミみたいなの寄越しやがって」

横で三輪が構えを解き、弧月を鞘に納める。彼の目は、過剰なほどに鋭かった。

「全然足りない…俺の怒りはこんなものじゃ⋯」

どこか怒りと、焦りと、復讐心が滲む声だった。

太刀川は少し眉を動かし、だが咎めることなく苦笑混じりに言う。

「おーし、じゃあ落ち着いたところで――」

肩に弧月を担ぎ上げ、彼は無邪気な目で言い放った。

「個人戦やんねー? いやあ、ちょっと物足りなくてさ」

三輪は即座に眉をひそめて拒否する。

「断る。あんたと違って俺は忙しいんだ」

「三輪はマジメだな~。唯華はどうよ?」

問われて、唯華は少しだけ視線を伏せ、静かに頷いた。

「いいですよ。でも回収作業を手伝ってからです。あ、もちろん三輪くんもね」

その言葉に、三輪が僅かに反応する。

「お前……」と低く呟くが、唯華はそれに応えず、静かにレーダーを眺めていた。

 

『昼の防衛任務は終了です。お疲れ様でした。』

オペレーターの声が緊張を解き、一同は本部基地へと帰還を始めた。

唯華の目はすでに、次の戦いへと向いている。

任務は終わった。だが、力を磨く戦いは、終わらない。

 

「じゃ、やるか!」

太刀川が笑いながら足を踏み出す。

「何本ですか?」

「30で「0本だ」

彼女らに待ったをかけたのは⋯「忍田本部長、お疲れ様です。」

「迅⋯には悪いが、こいつは今年高校受験が控えている。だから個人戦はなしだ。」

忍田は途中不自然にどもりながら、それでも厳格に言い切った。

「えぇ〜せっかく約束したのに〜唯華の好意を無駄にするってのか!?」

「お前がやりたいだけだろ慶。本当にすまなかった迅⋯隊員。」

換装体の太刀川を引きずりながら、忍田は申し訳なさそうに頭を下げる。

「あの⋯私暇なんでついて行ってもいいですか?」

「別に構わないが⋯ただ勉強をさせるだけだよ?」

「私も宿題があるので。それと⋯兄と被るので、私のことは唯華隊員とでも呼んでください」

 

 

 

「あ~~~~~もう無理だ! この“b²-4ac”とかマジで意味がわかんねえっ!」

太刀川慶は、トリオン兵を一刀で断った男とは思えぬ情けない声を上げ、顔を机に沈めた。

その机の横には、教科書とノートが呆れ顔で広がっている。

唯華はシャーペンを走らせながら、ちらりと太刀川のノートに視線を送った。

x²+3x-4=0

「なあ唯華。これ、どうすればいいんだっけ」

唯華は少し考えてから、彼の席の横に座り、ゆっくりと言った。

「これは二次方程式ですね。形は “ax² + bx + c = 0” の形。

 “解く”っていうのは、“xがどんな値なら、全体が0になるか”を見つけることです」

「ほうほう、で、そのbだのaだのって何なんだ?」

「それぞれ係数のことです。

 この式でいうと、

 - a = 1(x²の前の数字)、

 - b = 3(xの前の数字)、

 - c = -4(ただの数字)」

「なるほど?」

「この3つを、解の公式に代入します」

唯華は、ノートの端にゆっくり書いた。

ため息をつきながらも、太刀川は手を止めなかった。言いながらも、鉛筆はちゃんと進んでいる。

「これが、xを求めるための“公式”です。難しそうに見えるけど、数字を当てはめるだけですよ」

太刀川は思いっ切り眉をひそめた。

「……いや、その√のとこがもう無理くさい。

なんで“±”? 真実はいつもひとつなんだろ?」

唯華は笑いをこらえて解説を進める。

「二次方程式は、“答えが2つある”ことが多いんです。

 例えば、x²=4だったら、“x=2”だけじゃなくて、“x=−2”も答えになりますよね?」

「……あぁ、そっか」

「だから“±”で2つの可能性を出してるんです。あとは順番に計算すればOKです」

「めんどくさいけど⋯やってみるか…」

太刀川は唯華に言われた通り、数字を代入し始めた。

唯華は頷き、改めて自分の宿題に目を戻す。

一次関数の文章題⋯中1の今なら、むしろこれをこなしながら隣の問題も把握する余裕があった。

彼女の瞳は片目だけ伏せられ、淡い色の中に“過去”の映像が静かに浮かび上がる。

太刀川がこのノートを開いた直後、数分前に何を見ていたのか

書きかけの式、躊躇した手の動き、彼がどの式でつまずいたのか。

それを、唯華は自分の宿題と並列で見ていた。

(太刀川先輩⋯基礎知識はある。でも使い方が分かっていないのか

解の公式を使わず解く方が早いけど⋯手段を統一させたほうがわかりやすいはず⋯)

基礎は彼の両親と忍田の努力の賜物である。まったく涙ぐましい努力だ。

「えっと⋯これはこうで⋯マイナスかけるマイナスでプラスだから……」

「√25は……5! ってことは……」

「出た! x=1とx=−4! 2つある!」

 

「正解です。おめでとうございます」

唯華が安堵の息をこぼしながら笑った。

「ありがとな、あと全部同じ?」

「そうですね⋯ここと⋯このページまでは同じやり方でいけますよ」

「解きながら答えるだと⋯?お前ほんとすげぇな!

へーれつしょりってやつ?オペにもなれそうじゃん。」

苦笑しながら彼女は心の中で、ある記憶を手繰り寄せる。

――電子レンジの残り時間と、ゆで卵の時間を同時に見なさい、

叔母にそう言われたことがあった。

『あんたはほんと、目障りな子ね。殴られて笑うなんて⋯気持ち悪い!』

そのとき唯華は、叔母の説教に対して丁寧に相槌を打ったり謝ったりをしながらも、

秒単位でレンジと卵を茹でる時間を測り、その3つを同時に処理していた。

(叔母さんが教えてくれてたこと⋯やっぱり私のためだったんだ!)

そう思った瞬間、うれしさに身が包まれ胸が温かくなった。

 

「次はこっちですね。x=-1とx=4のとき、関数の値がどうなるか」

唯華が指差すと、太刀川は鉛筆を再び握りしめる。動作は鈍いが、明らかに理解が進んでいた。

「なるほど、座標に代入して……えっと……3×-1+2で、-1か?」

「そうですね。正解です」

「ふっふーん、俺だってやればできるんだぜ!」

自慢げな顔で太刀川が言うが、唯華はあっさりスルーした。

そのとき、コンコンと控えめなノック音がして、扉の向こうから慎重な足音が近づいてきた。

「おつかれさま、2人とも」

入ってきたのは忍田本部長。手には小さな保冷バッグと、紙袋が一つ。

 

「これ、勉強の合間にでも。糖分補給は脳の回転を助けるからな」

中には冷えたプリンとチョコ、ラムネが数本入っていた。

「忍田さん、ありがとうございます。後で食べながらやります」

「今食べようぜ!ちょうど区切りがいいとこだし!」

唯華は頭を下げ、淡々と宿題に戻ったのと対象的に、

横ではすでに太刀川がプリンの包装を剥がしていた。

「⋯この問題終わったら、一緒に食おうぜ」

「いいですよ。私もプリン食べたいので」

太刀川が自主的にx²+5x+6=0の因数分解に取り組んでいる⋯

「グスッ⋯慶⋯お前も大きくなったな⋯」

忍田はわざとらしく鼻をすすった。いや、決してわざとだと言い切れないだろう。

太刀川の指先が動くたびに、唯華は別の映像――

数秒前の彼の手元、迷ったポイント、視線の動き――を並列で確認し、要所だけ声をかける。

「xの係数と、定数の組み合わせで、足して+5、掛けて+6です」

「えーっと、3と2か? 3xと2x……おぉ、いけた!」

「だんだん早くなってきましたね。その調子です」

数ヶ月前に出た給食ぶりのプリンを堪能しつつ、唯華は顔を綻ばせる。

「⋯これ開かないんですけど」

唯華は目の前に置かれた不思議な形の瓶をじっと見つめていた。透明なガラス瓶に青いラベル。中には炭酸がぱちぱちと弾けている。瓶の口には、まるでビー玉が詰まっているかのような構造。

「なにこれ。キャップがない」

「ラムネだろ。ひょっとして飲んだこと無かったりする?」

太刀川が隣で、不思議そうな顔を向けながら言った。

唯華は、素直に頷いて瓶を渡す。

「初めて見ました。どうやって開けるんですか、これ」

「よし、じゃあ教えてやろう。

これはな、匠の技を受け継ぎし者だけが開けることができる特注品だ。」

 

太刀川は瓶の包装を手早く剥がすと、

そこから取り出したプラスチックの部品を分解して、丸い押し棒のようなパーツを唯華に渡す。

「これを──瓶の口のへこんでるとこに、ぐっと押し込む。

そうすると中のビー玉が落ちて⋯まぁなんかラムネが飲めるようになる」

「えっ……ビー玉を落とす?不思議な技ですね。」

「おれにも構造はよくわからん。東洋の神秘ってやつだな。

でも落とさないと炭酸が出てこない。ほら、やってみろよ」

少しだけ戸惑いながら、言われるがままに唯華は両手で瓶を押さえ、

太刀川から受け取ったパーツをぐっと押し込んだ。

「──っ!」

ポンッ!

軽い破裂音とともに、ビー玉が瓶の中に落ち、シュワァッと炭酸の泡が勢いよく吹き上がる。

唯華はわずかに目を見張った。

「……開いた」

「開いたな」

太刀川がにやりと笑う。

「ただし、開けてすぐに傾けると、泡が暴れてこぼれるからな。数秒だけ待つ」

唯華は瓶を大事そうに持ったまま、少し炭酸が落ち着くのを見守っていた。

「すごい…さすが匠の技⋯東洋の神秘⋯」

「だろ?そろそろ飲んでいいぜ」

太刀川は自分のラムネを一気に飲み干して、「ぷはーっ」と息を吐く。

「さて唯華、そっちはどうだ?」

唯華は瓶をそっと傾けて、恐る恐る一口。

「……っ、しゅわしゅわする……甘い……!」

あっという間に瓶は空き、しばらくして2人は勉強に取りかかった。

 

太刀川の目が少しずつ鋭くなっていくのを、唯華は見ている。

彼の強さは剣技だけじゃない。戦場で考える力も一級品だ。

あくまで『戦場』に限った話ではあるが。

 

彼女は一息ついて、自分の一次関数のグラフに向き直った。

しばらく太刀川の勢いに任せて、今は自分の宿題を進める番だ。

(それにしてもプリン⋯おいしかったな⋯)

ほんの少しだけだが、口元が緩んだのを見ていたのだろう。

太刀川がのほほんとした笑みを浮かべて唯華を見る。

「集中してください、そんなんだと受験落ちますよ」

太刀川の視界越しに視えた、自分の微笑んでる表情。

それがなぜか無性に恥ずかしくて、唯華は顔を上げずに厳しく言い放った。




キャラとの出会いをしっかり書いて始めから終わりまで会話させるのは労力がすごいし、
何より読んでいてテンポが悪いと感じるので、出会いを省いて書いてみました。
太刀川さんはよく馬鹿呼ばわりされますが、きっとやる気がないだけで、
書き方を教えればレポートだってサラサラっと書いてしまうと思うんですよね。

叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)

  • 登場させて恥をかかせよう
  • 登場させてボロクソ言ってやろう
  • 不快なので登場させないで
  • 迅悠一が裏で殺す
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