「迅より何万倍もかわいいからに決まってるじゃない」
「寝顔を覗くのをやめて、部屋に入るときはノックをしろ。話はそれからだ。」
「やっぱりスキンシップが足りないのかなぁ⋯どう思うレイジさん」
「⋯⋯(絶句)」
ウゥ〜カシャン、と軽い金属音と共に、空き部屋の扉が閉まる。
会議室にいた上層部たちの姿が見えなくなった瞬間、唯華は小さく肩を落とした。
「有益なサイドエフェクトねぇ⋯物はいいようだわ⋯」
てくてく歩いてたどり着いたのは、一見ただの無機質な部屋。
白い壁に、長机とクッション付きの椅子が二脚、中央に向かい合わせで置かれている。
トリオン製の蛍光灯が何食わぬ顔で部屋を照らし、純白の換気扇が静かに回っていた。
机の向こうに座っていた太刀川慶が、顎に手を当ててニヤリと笑いかける。
「おかえり、唯華セーンセ。サイド⋯なんちゃらの検査どうだった?」
唯華は椅子に腰を下ろしながら、僅かに間を置いた。
「……はい、一応。正式な判定では、サイドエフェクトが“ある”とされました」
「おおー、やっぱり。オレの目に狂いはなかったな!それでそれで?」
身を乗り出してくる太刀川に、唯華は一瞬だけ視線を逸らす。
言うべきことと、言わなくていいこと。その線引きを彼女は見極めていた。
「別に教えてくれなくてもいいぜ。あ!勉強は教えてくれよ!?」
「⋯どっちも教えますよ。私の能力は“過去視”です。
簡単に言うと、特定の相手の過去の記憶を映像のように視ることができる、というものです。」
「へぇ〜マジか。兄貴は
「過去は基本pastの方でいいですよ。まぁthe old daysも知っておいて損はありませんが⋯」
「かっこいいからいいだろ?続き頼む。」
「視えるのは『私の近くにいる対象』と『私が強く意識した対象』です。
後者については『対象の顔か名前を知っていて、1度でも会ったことがある場合』
のみ視ることができるようで、正確な距離は不明ですが近くにいなくても見ることが可能です。
あと、相手の現在見ている視界を覗くこともできます。それについては⋯
「長い長い長い!」
「⋯ということで、3行で頼む」
唯華は苦笑を浮かべて小さくうなずいた。
「過去が視える。
色々使えて便利便利!」
「なるほど?まぁ何ていうか⋯ヤバそうな能力だな」
唯華は正直、止めてくれてありがたかったと感じていた。
本当はもっと多くのことを話せるが、それはきっと話すべきじゃない。
意識が落ちる直前まで過去がチラつき眠れないこと。
迅の悲惨な過去だけでなく、膨大な情報量の未来視まで流れ込んでくること。
それを話した瞬間、太刀川はきっと自分のことを憐れんで、
『可哀想な人間』として見るのだろう。それだけは絶対に嫌だった。
「じゃあさ、ちょっと試してみようぜ」
唐突に太刀川が言い放つ。
「おれが昨日、何食ったか。過去視で当ててみろよ」
「えっ……今、ここでですか?」
「もちろん。超能力体験?とかテレビで見て面白かったし」
「⋯わかりました。少しだけ目を閉じますので…」
情報処理能力を高めるために唯華はそっと左目を閉じ、浅く息を吸った。
暗闇に差し込むように、映像が走る。
日時は昨日の夕暮れ時。太刀川の視界が左から現れる。
赤褐色に照らされた道路を進んで⋯
と思ったら急に風景が変わり、太刀川は玄関の前でポケットを漁っていた。
よく通る道だからこそ、意識することがないのだろう。
番号のぼやけた玄関を開けて⋯レジ袋からいくつかの物品が机に並べられる。
電子レンジを操作して、温めた唐揚げを箸でつまみ、
サラダにドレッシングを過剰とも言えるほどにかけて⋯もういいや。
「唐揚げと、夏野菜のサラダ。それに白米です。飲み物は冷たい麦茶ですよね」
「……うおっ、完璧!マジで視えてんだな!」
太刀川が笑いながら身を仰け反らせる。
「……正直、あまり人に話したい能力じゃありません。
人の記憶を見るというのは――とても、繊細なことなので」
唯華の表情は沈んだままだ。
「だいぶ言葉選んだな。んー、まあ……たしかに。
なんかこう、他人の“秘密”を勝手に見ちゃう感じはあるよなぁ」
「そうですね。だからあまり公言したくありません。
知られたくないことって、誰にでもあるでしょうから……」
太刀川はその言葉に一瞬だけ眉を上げたが、すぐに笑顔を戻した。
「まあでも、俺は気にしないぜ?」
唯華はその一言に驚いたのか、少しだけまばたきをした。
不意に、心の中にわずかな波紋が広がる。
「……太刀川先輩。もし、あなたの“黒歴史”や、誰にも言っていない恥ずかしい記憶が、
私に視られていたとしたら…それでも、そんなふうに平然としていられるんですか?」
言った瞬間、唯華は後悔した。
口調が思ったよりも強く、自らの首を絞める言動だと即座に悟ってしまった。
まるで拒絶を求めているような⋯
しかし太刀川はまったく動じなかった。
「…もし視られてたとしてもさ。お前、誰かに言いふらしたりしないだろ。
だったら別にいーじゃん。ひょっとして過去を変えられたりするのか?」
「いや⋯それはできませんけど⋯」
「んじゃ気にしない。どーせもう何人かには笑われてきたし、
いまさら1人くらい増えても誤差だろ?」
その言葉は淡々としていて、重くも軽くもない。
一点の曇りもない⋯ただただ真っすぐだった。
唯華は日光を遮るように、思わず目を伏せる。
「それは⋯そう言えるのは太刀川先輩だからで⋯」
「あぁ、他の奴は知らん。でも俺は気にしないぜ?」
少なくとも太刀川に「信頼された」という事実が、唯華の胸に小さな熱を灯した。
「太刀川先輩って、女の子いっぱい泣かせてそうですよね⋯」
「俺あんまモテないんだが?」
「そうやって…人の心に土足で踏み入って⋯
こっちが構えてたのが、馬鹿らしく思えてきます」
無意識に体が強張っていたのだろう。
唯華の緊張が解けたのか、みるみるうちに肩の力が抜けていく。
フゥーッと息を思いっきり吐いて、彼女はそのまま机に突っ伏した。
「よくわかんねーけど⋯吹っ切れたようならよかったぜ」
太刀川がニカっと笑った。
そして唯華もゆっくりと顔を上げ、ニッコリと笑った。
トリオン製の灯りが微かにチカチカと明滅する。
夏の夕方の空気が、純白の換気扇を通して、薄く部屋に入り込んでいた。
「三輪って俺のこと嫌いなのか?」
あの日から数日が経ち、唯華と太刀川はたびたび勉強会をするようになった。
「知りませんよそんなこと、勉強に集中してください」
「今日はもう無理〜完全にやる気失せたわ」
そう言うと太刀川はシャーペンを放り出し、そのままグイッと伸びをした。
こうなると、彼はもう勉強を受け付けない。
太刀川はムラッ気が非常に激しく、
一気に2時間ほど机に向かうこともあれば、誰がどれだけ言っても一切しない日もあるのだ。
「⋯わかりました。それじゃあ先にブースにでも行っててください」
唯華もそれをわかっているので、潔く手を引く。
「いや、もうちょい話そーぜ。お前確か三輪と同い年だろ。仲いいの?」
「迅唯華と名乗ったらものすごい形相で睨まれました」
「⋯なんかしたのか?」
「教えられるのは、兄と確執があるということだけです。」
過去視で視えてしまったのは、あまりにも凄惨な光景。
三輪姉弟に刻まれた胸の傷は想像を絶するほど深かった。
姉の方は物理的に壊され、弟の方は精神的に壊されてしまったのだろう。
「兄はトリオン兵を倒した後、彼らに何かを言ったのでしょう。おそらくそこがカギですね。」
「お前はカンヨしてないんだし、本人たちに任せとけよ」
「⋯そうですね。今日はもう勉強したくないです。というわけでバトルしましょう。」
シャーペンを机に置いて、唯華は教科書やらワークをリュックに詰め始めた。
「おっいいね〜、ちょっと待ってろ。忍田さん呼んでくる」
「⋯なぜ本部長を?」
「ちょうどいいから一緒に稽古つけてもらおうと⋯あ、もしもし忍田さん?」
数回コール音がした後に、太刀川がでかい声でしゃべり始める。
「うん、そうそう唯華。断ったらもう勉強みないって!だからお願い!」
「え私そんなこと言ってないんですけど」
「よっしゃ!これでバトル⋯じゃなくて勉強見てもらえるな!うん、じゃあね〜」
スマホの画面が明滅したのを見るに、どうやら通話は終了したようだ。
「じゃ、行くぞ唯華」
「どうか慶を見捨てないでくれ⋯この通りだ⋯」
「忍田さんは背ぇ高いからさ、頭下げてもまだ頭が高いんだよ。ほらもっと下げなきゃ」
「あの⋯ほんとに⋯やめてください⋯こんなことで土下座しないでください⋯」
「唯華、正直に言おうぜ?ゴタイトウチまでしてほしいだろ?」
「そんなこと思ってないです!勉強はこれからも見ますから!どうか頭を上げてください!」
その言葉を聞いた瞬間、忍田の頭がガバっと跳ね上がる。
「それは⋯ほんとうか!」
「え、あぁ⋯はい!」
爛々と輝く瞳に気圧されながらも、唯華は首を縦に振った。
「よし、じゃあ稽古を始めよう!2人がかりでかかってきなさい!」
仮想空間に移動し、弧月を携えた忍田が唯華たちに向き直る。
「好きに動いていいぜ?俺合わせられるし」
「抑えなくていいですよ、先輩の動きは知ってるので」
互いが援護を申し出てグダり始めたので、
ジャンケンをした結果、太刀川が合わせることになった。
「合図はそっちで頼む。」
「了解しました、3、2、1⋯0!」
開始の合図とほぼ同時、落雷のように素早い踏み込みと共に、忍田が距離を潰す。
そして流れるように弧月を抜かれ、真一文字に閃光が走る。
「油断禁物〜」
唯華の胴体を斬り裂かんとするその一刀は、すんでのところで太刀川に受け止められた。
刃が止まった瞬間を逃すほど唯華も甘くない。
振り終わりの隙をついて弧月を逆袈裟に跳ね上げる。
「甘い!!」
しかし斬撃は受け止められ、彼女の腹に蹴りが刺さった。
(うそ⋯完璧なタイミングだと思ったのに⋯)
確かにあの逆袈裟は外せない位置であり、唯華の見立ては正しかった。
しかしあくまでも避けられないだけで、受ける方法は存在していたのである。
「弧月の柄で受け流したのか⋯」
反省するのは後回しだ。唯華は気持ちを切り替え、忍田の元へと駆け出す。
太刀川は攻めすぎず守りすぎず距離を保って、時間を稼いでいる真っ最中だ。
弧月と弧月が空気を裂くような音とともにぶつかり合う。
「――っ重っ!」
柄で押さえ込むように受けた太刀川の腕がビリつく。
忍田の剣筋は鋭く、重さと速さが両立している極めて優れた攻撃だ。
全力で振るわれたというより、
無駄をすべて削ぎ落とした技術と力が合わさった一撃だった。
唯華はふたりの激突のわずか後ろ――間合いのギリギリ外側に立つ。
敵の間合いと味方の死角。彼女がいま立つ場所はその、刃が擦り抜ける隙間。
「⋯ここ!」
唯華が声を上げると同時、太刀川が忍田の刃を上方へ弾き、わずかにバランスを崩させた。
即座に唯華が前へ出る。
(“流れるような一歩目、重心の沈み方、斬撃の角度”……)
目を閉じなくともわかる。現在進行形で、過去視の映像が脳内に再生されているのだから。
斬撃の質感、足運び、踏み込み――これはおそらく剣道だ。少なくとも、ベースにそれがある。
彼女は別に剣道をよく知らないが、1つだけ弱点を知っている。
(倒せなくていい⋯一瞬でも崩せれば⋯)
唯華は、忍田の重心がわずかに寄った瞬間に、低く飛び込むように滑り込んだ。
「はっ!」
彼女の右脚が地面を撫でるように回り込み――
繰り出されたのは足払い。
いかんせん練度の低さが目立つが、トリオン体の身軽さでカバーできる範囲内だろう。
ヒュゥッ、と空気を切る音が響いた。
「視線で読めるぞ!」
忍田は、一拍も置かずにその場から跳躍した。
重力を意にも介さぬように、ふわりと舞い上がり、唯華の足を軽やかに躱す。
(崩した!)
「空中はキツイだろ」
一切の躊躇なく、太刀川の追撃が入る。
その斬撃は真横から斬り上げるように、空中で姿勢を崩した忍田の胴を狙ったものだ。
「欲張りすぎだ、慶」
忍田の左腕が素早く動き、空中で刀を回転させながら受けられる。
ガンッ、と金属の激突音が響き、両者の弧月が止まる。
「ふっとばすくらいならいけるだろ!」
刃がぶつかり合った直後、太刀川は強引に振り抜き、忍田の身体が右へと弾かれる。
当然のことだが、空中では足の踏ん張りがきかない。
足払い⋯そしてこの攻撃によってついに隙が生まれる。
着地と同時、忍田の目線が唯華に向けられる。
「なるほどな…」
そのとき、既に唯華たちは彼を間合いに捉えていた。
しかし、わずかだが太刀川が遅い。
「はぁっ!」
忍田はそれを見抜いたと同時に、鋭い袈裟を放つ。
(足を動かせ!避けることだけ考えろ!)
唯華はギリギリのタイミングでサイドステップを切り、なんとその一刀を外してみせた。
「よく躱したな、だがそれでは⋯」
逆袈裟に跳ね上がる弧月を、唯華は目で追うことさえできなかった。
「燕返し⋯」
「あぁ、もう少しだったな」
「よっと」
一歩遅れて太刀川が割って入る。
「今なら入るだろ!」
彼の鋭い突きが忍田の腰を削る。
「あとよ『戦闘体活動限界、
唯華は白い煙に包まれて天高く打ち上げられ、備え付けられていたベッドに落っこちる。
数秒後に、太刀川も隣のベッドに降ってきた。
「慶!あそこは相討ち覚悟で横薙ぎだろう!私を侮っているのか!?」
「あのタイミングで普通は外せないんだって!忍田さんが強いのが悪い!」
「せっかく唯華くんがチャンスを作ってくれたというのに⋯まったく情けないな⋯」
「避けたの忍田さんじゃん!唯華へのボートクだぜ?」
「先輩⋯それ意味わかっていってます?」
「〜振り返りも終わったし、次は唯華くんが合わせる番だな。
2人とも、訓練室に入りなさい。」
「2人で勝つぞー!」
「おー!」
合図が鳴らされ、3人は一斉に床を蹴った。
玉狛支部のお風呂ってどうなっているんでしょうね。
男女で1つずつ?デカいのが1つあって男子グループ女子グループで回してる?
憶測や妄想でいいので、どうか教えてください⋯
叔母さんたちを再登場させるか(唯華の給料目当て)
-
登場させて恥をかかせよう
-
登場させてボロクソ言ってやろう
-
不快なので登場させないで
-
迅悠一が裏で殺す