ホロライブラバーズ 『冥追の魔法使い』   作:錦坂

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多分エタります…


1章
第1話 遺孤と虹彩


魔法

 

それは、日常となった奇跡。

それは、かつて幻想でしかなかったものを、現実へ変貌させた鍵。

 

魔法の全盛期に生きる彼もまた、魔法をただの道具ではなく、夢を叶える力として信じていた。

 

──魔導師。

 

それは魔法使いの頂点。彼が目指すべき場所だった。

 

◇ ◇ ◇

 

695年前、人類は偶然にも『疲れを癒す魔法』を発見した。

 

それより少し前、『魔術の祖』と讃えられる一人の女性によって未知のエネルギーが発見されていた。

このエネルギーは『魔素』と名付けられ、人類が魔法という技術を手に入れる契機となったのだ。

 

疲れを癒す魔法(原初の魔法)』は、この研究中に偶然開発された魔法である。

 

食事や睡眠、運動といった従来の方法よりも遥かに効率的に人の疲れを取り除いたこの魔法は、人類をどんな革命よりも飛躍的に成長させた。

インフラ、輸送、医療、工業──人類を支えたあらゆる産業は、魔法によって無休の進化に至る。

これは後に『第一次魔法革命』と呼ばれ、人類に最も影響した革命として語り継がれるようになった。

 

革命から70年後、地球文明は急速に現在の水準へ到達した。

それ以降、文明の発展は緩やかになり、社会構造が大きく変化することはなかった。

 

だが、人類は魔法の研究を決して止めなかった。

 

魔法によって超速進化を遂げる事物──その魅力に取り憑かれた者たちがいた。

彼らが魔法のノウハウを築き、継承し続けることで、進化の止まった現代人類の魔法研究を前進させてきたのだ。

 

かつては幻のような存在であり、神秘の象徴であった魔法。

 

しかし、それが広く認知され、人が扱う技量が評価基準となる頃には、

「魔法とは、あらゆる手法を超越した最後にして最強の解決手段である」 という認識が確立していた。

 

 

 

だが、ここ最近になって分かってきたことがある。

 

──魔法にも、限界がある。

 

魔法は万能ではない。

人類の叡智を総動員しても、いまだに解決できない課題が存在しているのだ。

 

それを記したものが、魔法省が編纂する『至難の書』。

ここには、人類がどんな手段を用いても実現できない『奇跡』がまとめてあるのだ。

 

『至難の書』に記される八つの難題

 

1.『死者の蘇生』

2.『不老不死』

3.『時間旅行』

4.『永久機関』

5.『あらゆる病気の治療』

6.『人工重力』

7.『次元干渉』

8.『人間の自律飛行』

 

だが、これらの難題のうち、いくつかは既に解決が宣言され、

あるいは秘密裏に突破されていると噂されている。

 

現時点で人類が直面する「至難」は、いくつ残されているのか。

 

それを知るのは、限られた者たちだけであった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「では次──試験番号006104」

「貴方が当校入学を希望してこの面接を受けに来た理由を聞こう」

 

2017年、日本。

 

「回答時間は60秒、超過延長は認めずその場で終了する──始め。」

 

東京駅の片隅、誰も気に留めない石像の下に、その()はあった。

それは選ばれた者だけが知る転送装置。指定の手順を踏み、足を踏み入れた瞬間、景色は弾けるように変わる。

 

フロイトが立っていたのは、天井が遥か遠くに見えるほどの広大な空間だった。

そこはまるで図書館のようでありながら、通常のそれとは決定的に異なっていた。

壁一面を埋め尽くす巨大な本棚、宙を舞う膨大な数の書物。

魔術によって浮遊する本は、知識の精霊のように静かに飛び交っており、『始め』の声と共に数冊の本が面接官の手元へと降りてくる。

 

ウィースヘルム魔法学園

推薦入試二次試験科目『面接』

 

厳かな空気が漂う空間の中央、重厚な木製の長机を挟んで、面接官たちがフロイトを見つめていた。

「では、君の志望理由を聞かせてもらおう」

 

試験官の一人が問いかける。

 

フロイトは一瞬、視線を上げた。

この場で話すべき言葉と、胸の内に秘めた本当の理由。

それは決して交わることのない、二つの異なる答えだった。

 

「俺は、()()()()の難題全部を攻略するためにここに来ました」

 

彼は明瞭な声でそう答える。

確かにこれは、学園の門を叩く者が一度は掲げる『悲願』であり、この試験において最も耳障りのいい回答だろう。

──だが違う。彼の本当の目的は別にあった。

 

「……大言壮語──もはや口だけではあるまいな?」

 

真意を隠すように、表情を崩さない。

しかし、これがまるで俺の真実であるかのように、俺は確固たる意志を込めて続ける。

 

「魔法学の最前線に立ち、未知を切り拓く。難題とされるものを突破し、魔導師の座へ昇り詰め、世界に貢献すること。これが俺の目標であり、俺がここを志望した動機です」

 

「──なら、結果で示すんだな。」

 

面接官の一人はそう言って目を伏せると、手元の本にペンを滑らせた。

 

宙を舞う書物のページがめくられる音だけが、広大な空間に響いている。

しばしの静寂の後、試験管らの手に収まっていた本が意思を持ったように動き始めると、遠い部屋の上部の本棚へと戻っていった。

 

 

 

「フロイト・ルーチェ…面接は終了だ、家へ帰って続報を待て。」

 

 

 

第一次魔法革命から70年ほど経った頃。

『至難の書』の編纂と時を同じくして、魔法省は『難題』の裏に禁忌(タブー)を設定した。

 

禁忌とは、それ単独で世界の均衡を乱すポテンシャルを秘め、開発や習得・複製を禁止された魔法たちである。これらの存在が確認されるような事態は、テロなどに相当する有事と見なされ、禁忌に関与した者の自由は問答無用ではく奪されるのだ。

 

それは人々にとって、()()()()()()()()()()だ。

禁忌は、俺が辿り元のべき目標の前に立ち塞ぎ──引き返すべきだと叫び、関わるなと警告を繰り返すのだろう。

しかし、俺にとっての禁忌は警告でもなければ、超えてはいけない一線でもない。

ただの踏み越えるべき階段だ。

 

──フロイト・ルーチェには夢がある。

 

なぜ俺は、9歳までの記憶を失っているのか。

なぜ俺は、空白の人生を途中から始めることになったのか。

──俺は、俺の人生の意味を知りたい。

 

『俺から消えた真実(すべて)を知りたい』

 

それが禁忌と言われても、この世界で唯一触れてはならないものだとしても、俺はそれを踏み越えて先に進む。

 

 

四大禁忌の一、強力な記憶干渉

 

 

フロイト・ルーチェ。

彼は、自身にまつわる9歳までの記憶を全て失っている。

 

そして、彼が目指すものはただひとつ。

 

──強力な記憶干渉によって、その記憶を取り戻すこと。

 

 


 

 

◇ ◇ ◇

 

 

6年後、4月。

丸刈りだった髪は無造作なカールのかかったブロンドへ。

小柄な方だった身長体格も、今では平均を少し上回るくらいまで成長した。

星型の校章を付けたワインレッド一色のブレザーに袖を通した俺は、『ウィースヘルム魔法学園』の入学式に出席していた。

 

「我が校は600年近い歴史を持つが…7年前に起こった戦争がきっかけで、本校が焼失……そして、ここ日本に拠点を移したのだよ。東京校は学園としての歴史は浅いが──カナダ本校の全てを継承して今も続いている!」

 

学園の入学式は、面接を行った部屋を何倍も上回る講堂で。

講堂は、300名ほどの新入生と職員、彼らをカメラに収めんとするいくつかのメディアだけ。

日本で最も広い講堂を持つ割には、とてもひっそりと小規模な入学式が進行していた。

 

「──ウィースヘルム魔法学園東京校はな」

 

学園長は、女児のような愛らしい外見とは裏腹に、場を支配するような堂々とした声で言葉を紡ぐ。

 

「カナダ本校より引き継がれた魔法学習カリキュラムは勿論、魔術・魔導専門の特選学習、属性理論、魔法史……あらゆる魔法学の教材を揃えておる。古典から最先端の魔法技術まで、魔を修める者として学ぶべきものは、全てここにあると言っても過言ではない」

 

朗々と語る学園長の瞳は、まるで時代を超えて魔法そのものを見つめてきたかのように深遠だった。

 

「私は、君たちがここウィースヘルムで()()()()を理解することを心から願っている」

 

最後の言葉を強調するように、学園長は口角をわずかに上げた。

それは、学びを求める者への期待と、真理に近づこうとする者への慈愛に満ちた微笑だった。

 

でかでかとした学帽を被り直し、背の小さい女児が挨拶を終えると、新入生の入学式は1時間もかからずに終了した。

 

「では諸君っ、夢と希望にあふれた学園生活を存分に楽しむといい」

 

朗々とした声が講堂に響いたかと思うと、学園長は満足げに頷き、袖を翻すようにして軽やかに歩き出した。

──かと思えば、勢いよく小走りになり、まるで風のように出口の向こうへと姿を消してしまった。

 

「えっ……これで終わり?」

「なんかあっさりしてたな……入学式ってもっと雰囲気が大事じゃない?」

 

ぽかんと見送る新入生たちの間で、困惑と微かな笑いが広がる。教師の何人かはすでに慣れた様子で肩をすくめており、まるで「いつものことだ」とでも言いたげに控えめな苦笑を浮かべていた。

とはいえ、式そのものは本当にこれで終わりらしい。

新入生たちは互いに顔を見合わせながら、次第にざわめきながら動き出す。

 

「さて、皆さん」

壇上に残っていた教師の一人が、少しばかり咳払いをして口を開いた。

 

「学園の概要や規則、施設や組織の説明は、各クラスのオリエンテーションでお伝えすることになっています。本来ならばここで担当の者から説明すべきなのですが……」

 

そこで教師は一瞬だけ言葉を切り、苦笑混じりに続ける。

 

「学園長が、『式典で冗長な説明は退屈になる、説明なんてクラスごとに分けた方がいい』と仰いまして。つまり、ここでは挨拶以外を割愛するように、とのことです」

 

「ええ……」

「いや、それ大事な話じゃないの?」

「話には聞いてたけど…学園長、とんでもないね」

 

新入生の間から、微妙な反応が漏れる。

それに対し、教師はやれやれと肩をすくめながらも、どこか諦め混じりの口調で続けた。

 

「ですが、ご安心ください。最後にもうひとつ、学園長からの粋なサプライズを用意してありますので」

 

そう言って、教師が指し示したのは講堂の出口だった。

そこには、つい先ほどまで壇上にいたはずの学園長の姿があった。脱帽したことで、床まで届きそうな彼女の銀髪が揺らいだ。

学園長は穏やかな笑みを浮かべ、講堂から出ていく新入生一人ひとりと丁寧に握手を交わしている。

 

「握手……あれ、これ、全員とやるの?」

「式より時間かかるんじゃ……」

 

生徒たちは互いに顔を見合わせながら、ゆっくりと出口へ向かって歩き出す。確かに学園長は一人ひとりの手をしっかりと握り、目を見つめながら何か短い言葉をかけている。

 

「うむ、君はなかなか芯が強そうだ。楽しみにしているよ」

「おお、なかなかいい握手だ。学園生活もその調子でいこう!」

「おっと、手が冷たいな? うんうん、大丈夫、大丈夫。すぐにこの学園にも慣れるさ」

 

まるで旧知の仲のように声をかけられ、握手を終えた新入生たちはどこか不思議そうな表情を浮かべながらも、次第に頬をほころばせていく。

 

結局、式本体よりもこの握手の時間の方が長くなったような気もするが──

それでも、新入生たちの緊張が少しずつ解けていく様子を見る限り、学園長なりの歓迎の形なのだろう。

 

巡ってきた俺の番でも、学園長は同じように声をかけてくれるのだと思っていた。

 

 

「珍しい、ルーチェの姓か──」

「つまりキミは孤児だったのだな」

 

 

彼女の手を握った瞬間、背筋を冷たい何かが這い、過ぎる。

直後、日の温もりに全身を抱かれていることに気が付き、続いて目の前の景色が変わっていることを悟る。

 

そこは、ウォルナット材を基調としたアンティークな雰囲気の一室。

四方を本棚に囲まれ、難解そうな本が積み上げられたデスクの脇には、淹れかけのコーヒーが残るサイフォンが置かれていた。

──ここは周学園長の部屋だろうか?そもそも、俺と学園長はいつの間にこんな場所まで移動した?

──いや、もしかして、精神を仮想空間に切り離されたのか?…学園長と共に?

堂々巡りに至る思考を振り払うように、俺は抱いていた最も大きい疑問を声に出していた。

 

「あの──ここって?」

「キミの想像通り。私の作り出した精神世界だ、いつも仕事が嫌になると、ここへ逃げ込むんだよ…ふむ、やはり本名はフロイト・ルーチェか……まずは称賛しよう」

「はい……?」

 

学園長は穏やかな微笑みを浮かべながら、俺を見つめた。

深い知識と人生経験を積んだ者特有の落ち着いた口調で、静かに言葉を紡ぐ。

 

「忘却の遺孤よ──キミが一人で生きてきたというのなら、それは並大抵のことではないはずだ。孤独に生きることは常に、強靭な精神力と、己の力のみで道を切り開く胆力を要するからね」

 

そこで一度言葉を区切り、学園長は窓の外を見やった。

陽の光が柔らかく室内を照らし、静寂が数秒だけ二人を包む。

 

「これまでの道のりで、既にキミの精神は強く鍛えられた。その代償か…キミの心は()()のように朽ちかけている。誰かを頼らず、誰にも頼られず、ただ一人で歩き続けたせいか──キミがどれほどの力を手に入れても、仲間に囲まれても、求めるものを得たとしても、その穴が完全に埋まることはないように見えたんだ」

「…急になんなんです?」

 

俺は思わず言葉が漏れた。

疑い深いと言わんばかりの声色と眼差しで学園長を見やる俺とは違い、彼女はただ静かに目を閉じて、おだやかに微笑んでいる。

 

「推薦入試で()()()成績を叩き出した生徒がいると聞いて、一度この眼で確かめたかったんだ。そしたらキミ、随分と()()()()()みたいだからね」

 

学園長はゆっくりと目を開いて、まるで内側まで見透かすように俺をまっすぐに見据えた。

その瞳は優しく、けれど決して揺るがない鋭さを秘めている。

 

まるで、俺自身がまだ気づいていない何かをすでに知っているかのように──

 

「さて、キミはその渇きと、どう向き合うつもりかな?」

 

──ただ、沈黙が落ちる。

学園長の問いかけに、俺はわずかに唇を開くものの、言葉が出なかった。

ただ、心を「花殻のように朽ち、ふさがらない穴が開いている」と形容されたことに、俺はなんだか心当たりがあるような気がしてきた。

 

「……」

 

自分でも驚くほど、喉が渇いているのを感じる。

何かを言おうとしても、適切な言葉が見つからないのだ。

 

その様子を見届けると、学園長は微笑み、ゆっくりと頷いた。

 

「答えは4年後にもう一度聞こう。今はただ、ゆっくりと──この学園で色々なことを経験して、吸収して、寄り道をして、4年後に向けて答えを考えたまえ」

 

その声は、どこか温かく、優しい。

まるで、今はまだ迷っていてもいいのだと。その迷いすらも受け入れてくれるように──。

俺は、彼女の言葉から、包み込むような柔らかいエールを感じ取っていた。

 

「渇ききって、裂けないでおくれよ──キミは」

 

去り際に放たれたその言葉は、忠告のようであり、はたまた学園長の願いのようでもあった。

それが妙に胸に残るのは、きっと俺自身が、その言葉の意味を理解し始めているからなのだろう。

 

現実時間にして、ものの3秒半──。

現実へ引き戻された俺は、握っていた彼女の手を慌てて離すと、揺れる瞳で彼女を一瞥し、頭を下げて講堂を後にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

握手を交わしていたはずのフロイトが、一瞬、ふっと消えたように見えた。

 

──いや、消えたわけじゃない。

確かにそこにいる。けれど、ほんの一瞬、彼と学園長だけが別の空間に隔てられたような…そんな奇妙な感覚がした。

 

シオンは列の後方から、じっと二人を見つめた。

長いライトグレーの髪が肩先で揺れるのも気にせず、虹のように色を宿す瞳を細める。

 

(今のって──もしかして()()()()…?)

 

まるで世界が切り取られたかのような静寂。

周囲の喧騒は変わらず続いているはずなのに、彼と学園長の間だけ、まったく異質な空気が流れているように感じた。

 

フロイトが静かに学園長の手を握った、次の瞬間──彼の気配は、まるで深い水の底へと沈んだように、急速に遠のいたのだ。

 

シオンは知らず知らずの内に息を呑んでいた。

 

「紫咲さん、固まってどうしたの?」

不意に背後から声をかけられ、シオンは一瞬方を揺らした。

「──っあぁごめんごめん、ちょっとボケっとしてたみたい。寝不足でさあ~」

ごまかすように軽く笑って見せる。

しかし、虹色の瞳はまだフロイトの背中を捉えたまま。

()()()そういう所あるんだ、なんか人間味あって感動」

くすっと笑う同級生の声に、シオンはふっと肩の力を抜く。

「ハイハイ、あんまシオンのこと茶化さないでよね~」

軽く手をひらひらと振りながらそう返したものの、心の奥ではさっきまでの違和感が消えないままでいた。

 

「…………やっぱり。」

 

彼女には、フロイトが今どこかへ()()()()()()()()()ことが何となく分かっていた。

しかし、シオン以外にこの異変を見逃さなかった生徒はいないように感じる。それに、フロイトと学園長の間にどんな魔術が作用しているかも分からない。ただ、彼の意識がここではないどこかに連れていかれたという確信だけが残っていた。

 

(やっぱ何かあるんだ、フロイトって)

 

彼はただの推薦入試組では収まりきらない。推薦入試の時に魅せた()()()()──学園長も、アレに惹かれたのだろうか。

フロイト・ルーチェは、学園長がわざわざ自らの手で何かを確かめるほどの──何かを持っている。

 

じわり、と指先が熱を持つ。

これは、興味か。それとも……。

 

気づけば、シオンの瞳がわずかに揺らいでいた。

彼が再び()()()()に戻ってくるまで、彼女は視線を逸らさなかった。

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