ホロライブラバーズ 『冥追の魔法使い』   作:錦坂

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花粉の季節が終わろうとしてますね
ちょうど1年くらい前にやってもらった花粉アレルギー検査の検査結果、実はまだ聞きに行っていません

もう行かなくてもいいか…


第3話 GOLDEN BUDDY①

「バディ、組まない?」

 

突きつけられた提案に、俺はすぐに返事をすることが出来なかった。

 

あの無駄に大きいゴーレムを破壊する試験があったのは、寒さが厳しい二月の頭。

入学式を終え、「これから夢の魔法学園リア充ライフ!」と意気込む今から──二か月も前の話だった。

 

ゴーレムの討伐後、シオンから提案された俺は、

 

「っん〜〜?……ま、まあ、悪い話じゃないよな……」

 

と、ゼロを振り切ってマイナスに突入するようなバッドコミュニケーションで応戦した。

何か気の利いた答えを出すでもなく、無難な返事もせず、その日は試験の流れで彼女と解散──家に帰って猛省した。

 

そのまま、桜が満開になるくらいまで返事を引き延ばしているのだ。次に顔を合わせたら、俺は間違いなく()()()()()()()

相手は首席だ、おまけに魔導師で空飛べてめっちゃ強い。つまり俺は為す術なく死んでしまう──入試で粉々にされた、あのゴーレムのように。

 

「ハァ…どうしたものか。頭抱えちゃうよな…」

「うんうん、でも一番頭抱えてるのは、誘いに二か月も返事を寄こされなかったシオンちゃんだと思うんだよね〜」

「っくぁwせdrftgyふじこlp」

 

謎の握手を経た入学式が無事に終わり、クラスではHRが始まろうとしていた。

人がまばらに集まる教室でため息をついたら、隣に元凶が現れた。

 

「返事、決まった?」

「フン…驚いてないからな?」

「いや驚いて椅子から落っこちてんじゃん…」

 

音もなく突然現れた彼女は、退屈そうに俺の隣の席に腰かけて、続ける。

 

「流石にさあ、返事ひとつに二か月もかけるとか温めすぎだと思うんだよね。告白の返事でもそんなにあっためないでしょ」

「確かに」

「あんまり適当だとさ、ほかの子だったら飽きられちゃうかもしれないよ?」

「まるでお前はまだ飽きてないみたいな物言いだな」

「その通りだけど?」

「なんだお前」

 

いたずらっぽい笑みを浮かべながら、シオンは挑発気味に俺を見つめてくる。

 

「………返事は?」

 

その視線はまっすぐで、軽く細められた瞳に揺れる光がどこか楽しげで。

そして、何気ない仕草のように見せて、指先でゆるやかに髪を弄ぶ。

細く滑らかな髪が、白い指の間をするりとすべり、また巻かれて戻る。

気怠げな態度の中に潜ませた自信と余裕、その全てが目の前の彼女をひときわ魅力的に見せていた。

…正直ドキッとした。

 

「それで? どーすんのさ、シオンとのバディ。組むの? 組まないの?」

「まあまあ、一旦考えさせてくれよ」

「その()()から既に二か月経過してるんですけど~~~~?」

「えっ…?いやいや、俺だって忘れてたわけじゃないんだからな?それに、『女の子とバディを組めるかもしれない』なんて考えて夜寝れなかったなんてこともなかったし、今だって正直ドキドキしてるとか無いし」

「はいはい、ていうかフロイトそんな感じだったっけ? 入試の時と違うじゃん」

「あの時は緊張してて、今は人と話すのに慣れてないだけ」

「……入学式で男の子と楽しそうに話せてたじゃん」

「あれは不可抗力で」

「はい?」

 

こっちを見上げる彼女の視線が痛い。

が、俺は彼女の視線を潜り抜け、机の角を指でトントン叩いて彼女が去るまでの時間を稼ぐ。

──相変わらず、組むとも組まないとも言わずに、うまく話を流そうとするが、そう簡単にはいかなかった。

 

「…ま、あんまり呑気にしてると他の人にシオン取られちゃうから。いい返事期待してるよー」

 

入学式を終えて教室へ直行したのは、俺とシオンとその他数人くらいで。

帰路で寄り道を終え、教室へ戻ってきた生徒が増え始める。

それを見計らって話を切り上げると、彼女は男女問わず色々な人と話し始めた。

 

流石、学年主席といったところだ。廊下にはスーパースターを一目見ようと多くの人が駆け寄っており、教室の中ではシオンの席の周りに輪ができている。

 

あれなら話し相手にもネタにも困らないだろう──もちろんバディにも。

頬杖をつきながら彼女の方を一瞥すると、一瞬シオンと目が合った。

「早くしないと可愛いバディが取られちゃうよ〜〜〜」と煽り気味な声が脳を走る。

シオンめ、伝心魔法まで使えるのか。それにまだバディじゃねえ。

呆れつつ目を逸らし、反対にある教室の窓から外を眺めた。

 

学園敷地の中に都市のように広がった建物の群れを眺め、心を落ち着かせる。

 

『君がどれほどの力を手に入れても、どれほど仲間に恵まれても──本当に欲しいものを得たとしても、その“穴”は完全には埋まらないように見えた』

 

落ち着いた心の中。不意に、先ほど交わした学園長との会話が蘇って、消える。

 

記憶を取り戻すために、俺は魔法を学びここに来た。

それ以外の理由なんて無いと信じてきた。誰よりも強く、疑いもせずに、ただひたすらに。

 

過去を取り戻すこと。

それが俺の人生の軸で、目的で、存在意義のすべてだったはずだ。

 

だけど──本当に、それだけでよかったのか?

学園長の言葉を受けてからか、俺の中に疑念が生まれていた。

 

記憶を取り戻した未来に何があるのだろうか?

喜び? 安堵? 終わり?

 

もし、そこに虚しさが待っていたら?

思い出すことで蘇る()()()()()()があったら?

もし、思い出した俺自身が、今の俺を否定したら?

 

……それでも、俺は記憶を求めるのか?

 

学園長は俺の手を握って何を見たのだろうか。

俺が力に執着してるように見えたのか?そもそも何を見て「それでは埋まらない」と言ったんだ。

 

俺の“穴”とは何だ?

 

失ったものを知るために俺は進んできた。

でも──

 

もしかすると俺は、失ったものだけじゃなくて。

まだ、何かを『欲している』のかもしれない。

 

それがなんなのか。

それが……誰なのか。

 

──俺にはまだ、分からない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ウィースヘルム魔法学園は、日本の義務教育から外れた特殊な教育機関である。

一般教養として必須である国、数、英、理、社は各生徒の時間割に強制的に組み込まれているが、ここの学生は空いたコマを利用して魔法の勉学に励んでいく。

4年間で学生が取得できる単位はおよそ800、フロイトやシオンの所属する戦闘科では930だ。

既に決定している五教科と受けたい講義が決まったら、その時間に開講されている講義の好きな教室、好きな席へ行けばよい。

同時に同じ内容の講義を4つ~7つ開講しているこの学園ならではの、圧倒的自由度の高さ。それがこの学園の自慢だ。

 

今日から1週間は体験授業期間。様々な講義を受け、週末に履修登録を行う。それが終われば晴れてウィースヘルムの生徒となる。

シオンが連中に囲まれているので暇になった俺、何を取ろうか考えていたその時だった。

彼女から伝心魔法で「あれ取れ、これを取れ」と指示が飛んできたので、とりあえず俺はラジコンになって履修を決めた。

 

「…マジか、あの野郎。」

 

結局、時間割は10分ほどで完成。多分シオンがあらかじめ考えていたのを俺に提案したのだろう。

だがしかし。履修登録の表を見た瞬間、俺は頭を抱えた。

1日6コマを5日。空きコマは一つもない。

──俺の休みは根絶やしにされた。

 

◇ ◇ ◇

 

そんな紆余曲折を経て、今日の2限は『魔法理論基礎』に仮決定。

内容は読んで字の如くだ。魔法理論を基礎から学習していく講義。

ちなみに1限は各クラスで学園長に丸投げされた説明会をして、余った時間に自己紹介をしたのだが、俺には既に『推薦組の出涸らし』というありがたくないあだ名がつけられていた。

理由は知らん、どうせ苗字のせいだろうけど。

 

 

「魔素特性を理解して伸ばすことも大切だが──この講義学ぶ魔法理論は様々なことに応用が効く。基本に忠実な魔法使いほど搦手に強く、恐ろしい」

 

 

教壇に立つのは老齢な風貌の教師だった。言葉に抑揚は少ないが、実演される実用魔法は手品のように洗練されていた。

流石は世界一の魔法学園だ。講義の進め方も上手いし魔法も上手い。

 

「…まあ。()()()()()()()というワケでだな──実用魔法の初歩、『光を灯す魔法(ルクサーレ)』を通して基本的な解説を始める。2人一組でペアを組め、実習は杖を必ず使うことだ」

 

なるほど、座学だと思ってたけど実習もあるのか。これなら講義を睡眠時間に充てるような事故も起こらない。

 

「ペアか~どうすっかなぁ…」

 

頬杖をつく俺が周囲を見渡すと、右隣にはさも当然であるかのようにシオンが座っていて、こちらへ視線を送ってきた。

何か言いそうな圧がすごい。渋々、俺は口を開いた。

 

「なん(でここにいるん)だよ」

「杖、出して」

「………はいはいやるよ、ちょい待って」

「おそ~い、学園内でシオンとフロイトは()()()()()なんだから、はい自覚持って!」

 

シオンの小さい手が俺の背中をぱしぱしと叩いている、痛い。

俺は呆れ気味な表情を隠しきれず、モタモタと教科書を片付け始めた。

モタつく俺に向けた叱責は、どこかの学校の怖い教官のようだった。シオンだってただの生徒なのになぁ…。

 

それでも、”運命共同体”なんて言葉を当たり前のように使う彼女に、俺は内心で戸惑っていた。

 

「…シオンさ、運命共同体の意味わかってる?」

「バディでしょ?」

即答。

いや言葉の重みが軽くない?もっと壮大なスケールの言葉だと思ってたんだけど、俺が間違ってるの??

 

「はいはい聞いた俺が間違ってたわ──”光を灯す魔法(ルクサーレ)”」

 

光を灯す魔法(ルクサーレ)』は、魔法の習得を始める者が最初に学ぶ実用魔法の一つだ。

簡単だがとても奥が深い。拡張性や汎用性に優れ、検定や試験でも頻繁に使われる基礎中の基礎。多分、最もメジャーな魔法の一つ。

 

例に漏れず、俺が最初に習得した魔法も『光を灯す魔法(ルクサーレ)』だった。

幼い頃、本のページを何度もめくり、難解な術式と格闘して……ようやく魔法を覚えた時の達成感は、今も忘れられない。

その記憶をなぞるように、俺はゆっくりと呪文を紡いだ。

 

杖の先に、ランプシェードのような優しい光が灯る。

それを指揮棒のように振って見せると、シオンが評価を下す。

 

「我ながら綺麗な光だな」

「んー………40点」

「なんだなんだ、他人の光にイチャモンつけんの?」

「いや、予想をはるかに下回る出来だから」

「失礼な相方候補だぜ、もっと言い方を丁寧にするんだな」

「想定よりも随分と斬新な出来栄えだね~」

「ワオ…言葉で俺のこと刺し殺す気?」

 

その時、シオンの瞳が揺れた。

瞳にかすかに差し込む金色。虹のような珍しい色彩を持つ彼女の瞳だが、完全な黄金に染まるときがある。

あの共闘試験の後──バディの提案を口にした時と、まったく同じ色だ。

 

魔法の光が反射しているわけじゃない。確かに、その黄金は彼女の内側から滲んでいた。

 

「詠唱する必要ない実用魔法で詠唱するし、おまけに発動速度も遅い」

「光の時代はいつだってゆっくりやってくるんだよ」

「なーに寝ぼけたこと言ってんの、ほらもっかいやって」

 

そう言うとシオンは、俺の杖の先にふっと息を吹きかけてきた。

刹那、杖の先にあったはずの光が一瞬で搔き消えた。

まるでろうそくの先の火を消すみたいに──無情にかき消された光を見て、俺は愕然とした。

 

「あ、俺の力作『まほうのかがやきくん』に何してくれてんの?」

「名前つけんな。普通に”不和魔術(ディスコード)”で消しただけじゃん──あぁもう、はい騒がない!やり直し!!」

「この…鬼教官め…!!!」

「いちいち大げさなんだよ~。てか実用魔法にここまで熱くなる教官いる?いなくない?」

「俺の目の前にいる!!!!お前だァ!」

 

勢いに任せて杖を振る。今度は無詠唱で、迷いもない。

杖の先に生まれた光だが、先程の数倍は明るい。それも目が痛くなるほどの輝きを放っていた。

 

「●ーモス・マキシマ!!!!」

「やればできるじゃん!最初手抜いてたでしょ?」

「漢の朝はギアが上がりにくいんだから勘弁してくれ」

 

 

 

実習はその後も続いた。本をめくる魔法、衣類を畳む魔法。

生活に役立つ魔法を繰り返し発動しながら、術式構造を確認し、理解を深めていく。

徐々にフロイトの調子も、いつも通りに戻ってきていた。

 

「ねえ、さっき入学式で学園長と握手したじゃん?」

「したな」

「あれって絶対にさ、生徒の魔法適性見てるよね」

「どうだか。俺はそういうニュアンスで握手したつもりだけど…そんなことよりあの時さ、手汗かきまくってたから心配なんだよね」

「そう?シオンのとこからだとフロイトの手を()()()()してるように見えたんだけど。学園長、湿った手とか好きなんじゃない?」

「……引っかかる言い方だなぁ!!?」

 

不意に投げかけられた言葉に、俺の中で何かが引っかかった。

シオンの視線はさっきまでと変わらず柔らかい。でも、鋭さが混じっている。探りを入れるように。

 

「それに学園長さ──フロイトに魔法使ってたよね?()()()()してる時に」

「!? 使われてないし…なんで使う必要なんかあるんですか」

「それはこっちのセリフ、あの時2人でどこ行ってたの」

「どこって…どういう……」

 

にこやかな口調のまま、核心に迫ってくる。

俺と学園長の間に交わされた、ほんの一瞬の出来事。

他の誰も気づかなかったはずのそれを、シオンは確かに見ていたのだろう。

…全く、嫌な汗が出る。

 

「どこも行ってなんかない、俺がビチョビチョの手で握手してただけだろ?」

「握手してるようにも見えたし、精神切り離してコソコソなんかやってるようにも見えた」

 

(こいつマジ? そんなことまで見抜けるのか…!)

 

というかこの学園にいる人間。皆ちょっと優秀すぎやしない?もう魔法使いとか辞めて捜査官でも目指してくれよ。

……とはいえ俺の目的はバレたら一発アウトな犯罪行為。

学園長が目を瞑ってくれているのが不幸中の幸いだが──うかつな行動や軽率な言動は命取りになるな。

 

(まあでも、流石に話してた内容まではバレてなさそうだし…適当にやり過ごすか)

 

「で、何してたの?」

「いつか話すよ」

「バディなのに?」

「いやまだ俺認めてねえから!っていうかバディ申請してないだろ!?」

 

勢い任せに声を張ると、シオンは少しだけ目を丸くした。

だが、そのあとすぐに、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「じゃあ、ちゃんとシオンと話し合おっか?早く答えた方が身のためだぞ~?」

 

その言葉と共に、額を軽く小突かれる。

――まだちゃんと会話を始めて数時間なのに、この挑発に慣れてきた自分がちょっと怖い。

 

◇ ◇ ◇

 

結局──

俺は何一つはっきりさせないまま、日々をやり過ごしていた。

 

バディになるのか、ならないのか。その答えも。

入学式の日、学園長と何を話していたのか。その理由も。

 

全部、曖昧にしたまま。

俺は何もかもをはぐらかしたまま、日々をやり過ごしていた。

いつか話すと言葉を濁して、話題をそらして、笑って。

ただそれだけで、いつまでもシオンを誤魔化せると思っていた。

誤魔化すうちに、のらりくらりと、適当に生きていくのもいいかと考えが過ることだってあった。

 

 

誰もが知ってる最強が、わざわざ()()()()俺に付きまとってる──

そんな光景が普通でいられるはずがなかった。

周囲の視線が変わりはじめたのは、入学して三日も経たないうちのことだ。

『推薦組の出涸らし』──俺に投げられたあだ名が、今や彼女にまで飛び火し始めている。

 

冷ややかな視線に、皮肉混じりの噂話。

何も知らない連中に、何ひとつ説明できない俺。

そして、ただ隣に居続ける彼女。

 

「どうしてあんな奴にシオンが?」

「最強と謳われるあの少女が、どうして彼とだけ一緒にいるのか?」

 

腫れ物を見るような空気と、羨望とも反感ともつかない視線が、じわじわと俺たちを覆っていった。

 

それでも、彼女は変わらなかった。

 

教室での席は少し離れているはずなのに、常に俺の視界の端にいて。

帰りの支度も、歩き出すタイミングも、俺と歩幅を揃えてくる。

誰かに命令されたわけでもない、当然、俺が頼んだわけでもない。

彼女の意思で、ただ『いる』のだ。

 

そして、入学式から4日が経った放課後。

当番で残された教室で日誌を書き終え、忘れ物に気づいて席に戻った俺の目に飛び込んできたのは──

 

俺の机の上に座り、こちらを見上げるような格好でいる彼女の姿だった。

 

「うおっ……お前、何してんだよ」

 

思わず眉をしかめて言うと、シオンは足をぶらつかせながら、いつもの調子で軽く答えた。

 

()()()()()の帰りを待ってたんですけどー?」

「俺の知るお前は”引っ張りだこ”だって聞いてるんだけどな」

「今日は暇。だから──いい加減、フロイトの答えを聞きたいなって」

 

その瞬間。

俺の視界の端で、鞄がふっと消えた。

 

魔力の反応。

俺の荷物に彼女が魔法をかけたのだ。

 

「……おい、返──」

「答えを聞いてからね」

 

彼女の声色は穏やかで、わずかに笑みさえ浮かべていたけれど。

その瞳の奥には、はっきりとした意志が宿っていた。

待ち続けた者の覚悟と、静かな怒りが──じわりと滲んでいた。

 

真正面からぶつけられたその言葉に、胸が痛む。顔が強張って、息が詰まる。

 

ああ──

 

こいつは、まだ諦めていなかったんだ。

本気で、俺とバディを組むつもりだったんだ。

誰よりも強くて、誰よりも忙しいこの世界の異端児が、何もない俺に、今もずっと関心を寄せている。

 

気づくのが遅すぎた。

いや、もしかしたら、気づかないふりをしていたのかもしれない。

 

その事実に胸が痛んで、

それでもなお首を横に振ろうとしている自分自身に、心底、嫌気が差した。

 

 

沈黙の中、彼女の視線が俺を射抜く。

問い詰めるでもなく、責めるでもなく、彼女はただ待っていた。

 

俺が、どう応えるのかを。

 

ふと目を伏せて、小さく息を吐く。

 

こんな形で腹を括ることになるとはな。

でも、もういい加減──逃げられない。

 

「なあシオン」

「うん?」

「その鞄──話が終わったら、ちゃんと返してくれるんだな?」

「もちろん返すよ。返事次第だけどね」

 

即答だった。迷いのない声。

「返事次第だけどね」──その言葉を聞いた瞬間、胸の痛みも自己嫌悪もすべて呑み込んだ俺は、彼女に背を向けて言葉を振り絞った。

 

「……なら行くか」

「……えっ?」

 

彼女のまばたきが、一度だけ止まった。

すぐに笑顔を作っていたけれど、その口元が少しだけ揺れていたのを、俺は見逃さなかった。

 

「場所を変えたい」

 

魔法で消えた鞄がふわりと姿を現し、俺の周囲を回りながら、そして彼女の背に並ぶように動いていく。

 

こちらへ向かって歩き出した彼女の背中を見て、

俺もゆっくりと歩を進めた。

 

これまでひた隠しにしてきたことを、

誰にも明かさずにいた『目的』を、

今、話す覚悟を決めた。

 

「いや~~~…待ちくたびれましたなぁ~!」

「女の子と話すの疲れるんだから仕方ないでしょうが」

「んじゃあそれも一緒に直そうね、」

 

──たった一人だけの、バディ候補に。




フロイトは前期の平日休みなしです。忙しいね
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