ホロライブラバーズ 『冥追の魔法使い』   作:錦坂

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鳴潮始めたので執筆時間減ります、すまないです
ちなみにシオンが戦線離脱した理由は書くのが面倒なので次回書きますね


第5話 残響

【事件報告書】

 

 

作成日:2017年4月13日

提出先:ウィースヘルム魔法学園 教務局

 

件名:4月10日に発生した生徒負傷事件について

 

記録担当:オーフェン・イレイン

 

■発生日時

2017年4月10日(月) 時刻不明

 

■発生場所

ウィースヘルム魔法学園 本校舎3階・中央廊下

 

■被害者

氏名:フロイト・ルーチェ

所属:ウィースヘルム魔法学園戦闘科課程1年B組

 

■事件概要

4月10日、本校舎において生徒一名(フロイト・ルーチェ)が、頭部および腹部にかけて身体を抉られるような重篤な攻撃を受ける事件が発生した。

本件目撃者と被害生徒の発見者は存在せず、被害生徒は同日19時02分頃、学園付属の魔術集中治療室(MICU)受付に突如出現。

出現時、被害者はすでに意識を失っており、施設側は容態の確認を行う間もなく緊急手術を実施。術後、4月12日時点で脳死に近い状態であることが医師団により確認された。

 

■現場検証

事件翌日(4月11日)、本校舎3階廊下において、被害生徒の血液型およびDNAと一致する乾燥血痕を確認。血だまりの規模から、当該箇所が負傷現場である可能性が高いと判断した。

 

被害生徒の傷口から検出された魔素反応により、魔法攻撃による犯行であることが確定しているが、凶器と見られる杖は発見に至っていない。

 

■現在の状況

本事件に関する容疑者は未特定。

また、意識を失った被害生徒をMICU施設まで搬送した人物の正体も判明していない。

事件の動機、経緯についても不明な点が多く、被害生徒フロイト・ルーチェの意識が回復しない限り、事情聴取は不可能な状況である。

 

今後、さらなる校内調査および関係者への聞き取りを継続し、事件の全容解明に努める。

 

 

 

 

ウィースヘルム魔法学園、記者会見室。

仄暗い照明の下──壇上に立った学園長ティア・マルティネスは、硬い面持ちでマイクに向かっていた。

背後には学園の紋章が刻まれた白い垂れ幕。数十本のカメラのレンズが無遠慮にこちらを狙っている。

 

「……繰り返すが、現時点で得られている情報は、すべて報告書に記載の通りだ。これ以上、憶測に基づく発言は控えさせてもらおうか」

 

ティアは無表情の仮面を崩さず、いつも通りの口調で続けた。

しかし…会場に座る記者たちは、呆れたと言わんばかりに配布資料を読み込みもせず、床へ叩きつけるようにして手を挙げる。

 

「学園内で起きた事件にもかかわらず、発生当日の通報がなかったのはなぜですか?」

「生徒間のトラブルを隠蔽しようとした可能性は?」

「被害生徒のフロイト・ルーチェさんですが、素行に問題はなかったのですか?」

 

口々に浴びせられる質問は、どれも論点を外れたものばかりだった。

生徒の命が瀬戸際にあるというのに、関心はもっぱら"学園の責任"と"誰を悪者にするか"に向いている。

 

ティアはひと呼吸置き、凍てつくような声色で答える。

「学園は、生徒の安全を最優先に対応している。虚偽の情報に基づく報道を続ければ、我々の逆鱗に触れることになるぞ」

 

その言葉の刃は、記者たちに刺さったのか、刺さらなかったのか。

誰も詫びず、誰も沈黙せず、ただ次の攻撃の順番を待つだけだった。

 

会見室の空気は、焦げつくような疲労と苛立ちに満ちていく。

ティアは、脇に控えた教頭と短く目を交わし、ため息を噛み殺す。

(──無意味だな。最早彼らは知ろうとなどしていない)

 

壇上に立つ彼女の胸には、誰よりも悔しさと憤りが燃え盛っていた。

だが、今それを表に出すことは、フロイト・ルーチェをさらに孤独にするだけだと知っている。

 

ティアは表情を変えず、次の質問者を指名した。

同じ言葉を、何度でも、繰り返す覚悟で。

 

「さてっ、会見を続けるぞ…──はい、次。」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

学園が誇る特別な集中治療室で手術を受けたにもかかわらず、フロイトの意識は戻らなかった。

 

犯人も、事件の背景も依然として特定されないまま、学園内にはさまざまな憶測が飛び交い始める。

その中で最も囁かれたのは──『暗殺説』だった。

 

「結局、フロイトって男の子は意識戻ったの?」

「戻ってないらしいじゃん」

 

『紫咲シオン』という魔法界の重鎮とバディを組む。

それは、界隈の勢力図すら揺るがしかねない一大事だった。

シオンが誰かとバディを結ぶこと自体は問題ではない。だが──もしその相手が、()()()()()()()()()()()()()()()だったなら話は別だ。

 

「まあさ、結局高望み過ぎたんだよ。俺たち紫咲シオンは知ってるけどフロイトの事は知らねえじゃん?」

「それに嫉妬したやつが…ってこと?」

「そんなところでしょ」

 

結果、フロイトという少年の身の丈に合わぬ高望みが悲劇を招いた、と。

一部の者がフロイトを排除してバディ計画を白紙に戻そうと暗殺を企てたのでは、と。

そういう陰謀論が、まことしやかに語られ始めた。

 

「そうそう。まあ俺としても、紫咲シオンと組むのはガチな魔術師とかじゃないと釣り合わないと思ってたし」

「皆薄々そう思ってたんじゃん。」

 

その噂は、止まらなかった。

 

「フロイトって人がああなっちゃったのは気の毒だけどさ、紫咲シオンの将来考えたら良かったと思うよな」

 

彼を責める声と、シオンへの同情。

新年度早々、学園はきな臭い空気に包まれることとなって。

 

──それでも、暗殺未遂の犯人はついぞ見つからなかった。

きっと、公権力も動いていないのだろう。

 

 

シオンがフロイトをバディに誘い続けていた様子は、皆が一度は目撃していた。故に誰もが知っている。

それが彼女の本心だったのか、それとも外部の圧力だったのかは、わからない。

ただ、一連のフロイトへの批判が遠回しに『シオンへの侮辱』に繋がると考えた一部の者たちによって、次第にフロイトへの非難は鎮まっていった。

 

『事件現場になったとされる廊下には、現在もご覧のように花束が置かれています』

 

事件現場となった廊下には花束が置かれるようになり、

彼の下駄箱やロッカーには、誰かがそっと差し入れたパックジュースや菓子が増えていった。

彼の机の上には花瓶が置かれ、クラスメイトの誰かが、毎日水を替えていた。

 

『クラスメイトが花瓶の水を変えていると聞いたのですが──』

 

──フロイトは、まだ生きているはずなのに。

 

『彼は生前、どんな人だったんですか?』

 

フロイトには、"死"の烙印が押されてしまった。

 

「………フロイト。」

 

あの日以降、シオンの顔から笑顔が消えた。

新入生たちの間に立ち込めた重苦しい雰囲気も、晴れることはなかった。

 

フロイトが倒れて一週間。

学園ではバディ制度の申請受付期間が始まった。

シオンの影響だろうか──例年以上に多くの生徒がバディ制度に関心を持ち、学務課に足を運んでいたらしい。

そしてシオンのもとにも、彼女の力や名声を目当てにした者たちが、次々とバディ結成を持ちかけてきた。

 

 

やがて──

彼の机に置かれていた花瓶が、忽然と姿を消した。

 

はじめのうちは、消えても翌日には新しい花瓶と花が手向けられていた。

だが、そんなやり取りも数度繰り返された末、ついに誰も、何も置かなくなった。

 

そして──

 

彼女も学園に顔を出さなくなった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

フロイトの眠る病室にも、最初の数日は他の生徒が足を運ぶこともあった。

それも次第に数が減って、彼のもとへ顔を出す人間は限られていった。

 

そんな静かな午後だった。

 

「──何故これまで名乗りを上げなかったのか。聞いても構わないかな?」

 

病室の扉をそっと押し開けたシオンは、そこで動きを止めた。

 

シオンの手に、突如としてパンプレートが置かれる。

皿の上には焼き菓子が一切れ。新聞風の柄が印象深いナプキンに包まれており、そこへフォークが一本添えられていた。

 

聞き馴染みのある声に視線を上げると、窓際の椅子に腰かけ、じっとフロイトを見つめる学園長のティアがいた。

彼女は振り返らない。ただ静かに言葉を投げるだけだった。

 

シオンは手に持った包みを抱えたまま、一瞬、どうしたものかと固まった。

中身はラズベリーパイだった。シオンがフロイトのために焼いたものではない。──ティアが、彼女自身が焼いたものを渡してくれたのだろう。

 

いつ、手のひらに置かれたのだろう。

動きも気配も、全く感じ取れなかった。

 

「え、えっと──」

 

戸惑うシオンに、ティアはふっと微笑を浮かべた。

柔らかい表情のまま、彼女は言う。

 

「パイはね、キミたちのために焼いたんだ。……ほら、座りなさい。話す間くらい、私と一緒に食べないか?」

 

入学式の気だるそうな感じも、記者会見の時に見せた記者を見放すような威圧感もない。

シオンは彼女に誘われるがまま、そろりとティアの隣に腰を下ろす。

 

「まったく、パイってのは崩れやすいから苦手なんだけどね……」

「じゃあなんで焼いたんですか」

「ん? そりゃあ…いい匂いがするからに決まってるだろう? ラズベリーは良い…」

 

ティアはスーーーッと匂いを堪能してから、手のひらに乗ったパイをぎこちなくフォークで崩した。

その中から一切れを指先でつまみ上げると、またぼろぼろと崩れていく。

それを小さくかじりながら、彼女は先ほどの続きを口にする。

 

「キミが人を()()ことで情報を得ることが出来るように。……私にも、似たようなことができるんだ」

 

「入学式の握手のこと……ですか?」

 

問うシオンの声には、かすかな緊張が混じっていた。

ティアはコクリと小さくうなずいてから、目を伏せる。

 

「術後の彼の状態を見てほしい──と、MICU側の依頼があってね。再生に成功した彼の右脇腹を、一度だけ触れたのさ」

 

それきり、室内にはしばし沈黙が落ちた。

フロイトの穏やかな寝息だけが聞こえる。

 

「……欠けた血肉さえ取り戻せる現代の医療魔術に、感謝を──戦前なら彼は死んでいた」

 

やがてティアは顔を上げた。

エメラルドのような瞳が、シオンの奥深くを探るように覗き込む。

 

「攻撃は魔法によるものだった。入学式の日、私は全ての新入生の手を握って、各々の魔素の特徴を頭に叩き込んだワケだけど──フロイトに付着していた魔素は、誰のものでもなかった。在学生、教員、キミたち新入生──誰一人、彼の腹と頭を抉ったこの魔素を纏ってはいなかったのさ」

「なら、犯人は魔素の隠匿と捏造に優れてるって言いたいんですか?」

「うむ、おそらくそうだろうね」

 

シオンは小さく眉をひそめた。

問い返す彼女に、ティアは楽しげに目を細める。

 

「やはりキミは理解が早いし考察も鋭い。凄腕の魔導師ともなると、その辺りの推理はお手のものみたいだね」

「………」

 

ティアはまたラズベリーパイに手を伸ばし、ぱくりと口に運んだ。

そのまま、ぽつりと続ける。

 

「七年前──『魔術の祖』が残した究極魔法に関する利権を巡って、大戦争が起こったのを覚えているだろう? ギリシャ、南アメリカ、日本…多くの土地でね。キミにとっては、忘れたくても忘れられない最悪の出来事だったはずだ」

 

一瞬、シオンの表情が硬直する。

だが、すぐに無理やり表情を戻してみせた。

 

「あれは歴史には刻まれたが、ニュースにはさせなかった。あんな情報、人々の憎悪を駆り立てるほかに価値なんてない。そう判断して私が止めさせたんだ」

 

ティアは、皿へもりもりとラズベリーパイを積み重ねていく。

 

「当時は数多の天才と呼ばれる魔法使いたちが、血で血を洗う死闘を繰り返してね…。三年前に他界した橙音晦茲(だいおんかいじ)や、キミの両親、オーストラリアの赤い混沌、彗星──恥ずかしながら私もその末席に連なって頑張ったのだが…まったく、あそこは伝説の戦場というよりも()()だった。だけどその混沌が生んだノウハウは、今も生きている」

()()の話ですか?」

「遺戦とそれが生んだモノの話だ。戦後は魔法有史以来、二度目の超発展期というやつが来た。君の両親が開発した『無触媒自律浮遊(エオリス)零式』や、星縅(スター)なんかも、戦時中から戦後にかけての副産物だ。あとは──」

「魔素隠匿操作……」

 

呟いたシオンに、ティアは軽くうなずいた。

パイのタワーの上から3段目。タワーを崩さないように魔法でまっすぐパイを引き抜くと、今度は魔法でパイを切り分けていった。

ティアの魔法は日常に溶け込んでいた。戦いのためにチューニングされた魔法を使う学生とは、全く異なる練度だった。

 

「うむ、ご名答だ。中でも橙音晦茲(だいおんかいじ)が編み出した魔素の隠匿操作技術は、体得した魔法使いを数段上のステージに引き上げたんだ」

「でも、その考察で行くならシオンは犯人じゃない」

「そうだろうね。そもそもあれは秘伝魔法だ。門下でない限り、あの技術は体得できない。キミほどの実力者でも()()ことは適わないわずだ」

 

ティアはひと呼吸置いたあと、そっと尋ねる。

 

「私はキミを疑ってなんていない。キミの周りにいる誰かを疑っているだけだ」

「なら橙音晦茲(だいおんかいじ)の知り合いや門下だった人間が、この学園で悪事を働いてるってことじゃない? シオンは少なくとも知らない」

「そうだろうな。だが何故だい? キミは犯人を知っているはずなんだが…やけにとぼけるね」

 

わざとらしく反応するシオンに対して、ティアの声音が少しだけ低くなる。

 

「……どういう意味」

「犯行の瞬間を見ていないとしても、だ。MICU(この施設)までフロイトを運び届けたのはキミだろう? キミが定期的に見舞いに来ていることも私は知っている。フロイトと密接に関わっておきながら犯人の検討がつかないなんてこと…あるはずないじゃないか、()()

 

シオンはそっと目を伏せた。

そして、制服の内側に手を差し入れる。

 

「犯人を知っているのはお互い様でしょ?」

 

──カツン、と小さな音を立てて、紅く輝く宝石が掌に現れた。

 

「でもシオンからは、何も言えない」

 

宝石を見たティアの顔が、一瞬で険しくなる。

 

「キミ、まさか……それを使ったのか…?」

「使った──これしかなかった、シオンがフロイトの秘密を死んでも守り抜くことの証明を出来ること」

「……彼の了承は、得たのか?」

 

ティアは低く問うた。

 

シオンは、ほんの一瞬、口を引き結び──

 

「シオンの独断。血まみれで倒れている状態のフロイトの血肉と、シオンの血液で契約を完了させた」

 

その答えに、ティアは椅子を蹴るような勢いで立ち上がった。

 

「なんてことしてるんだ!!!」

 

室内にティアの怒声が響く。

フロイトが微かに眉をひそめる気配を感じて、ティアは慌てて声を抑えた。

 

「承知の上だから…責められる理由はないはずです」

 

ティアの怒声でわずかに震えた手を握り込んで、シオンが答える。

 

「正気とは思えないな……キミが使った法具は、安物の装飾品でも馬鹿げた模造品でもなんでもない。本物の『契印血晶(パクトロス)』なんだぞ……?」

 

苦いものを噛み締めるように、ティアの口から言葉が漏れた。

シオンの行動は、常識的な判断から見れば逸脱していると言ってもいい。ティアの表情は、まさにそれを証明していた。

 

魔術の祖が生きた魔法全盛の時代。

文明は現代より未熟なはずなのに、いまだ解明されていない“奇跡”がそこには山ほど存在していた。

 

そうした矛盾を孕んだ魔道具たちを、現代の研究者たちは「遺物」と呼んでいる。

研究機関が莫大な資金と時間を投じても、その仕組みの解明に至った例はない。

 

遺物の全数は不明。だが、本物ならば、どの研究機関でも喉から手が出るほどに欲しがる──それほどに稀少で、危険なものだった。

 

契印血晶(パクトロス)

それは古代王族が国家機密の保護を目的に創ったとされる、伝承魔法や帰属魔法の原型とされる術式構造を持つ。

契約と同時に秘匿すべき《情報》を定めることで、口外を厳しく禁じる。

 

万が一、契約対象以外の人物に情報が漏れた場合は、『情報機密の法則』に基づき、契約者も、秘密を知った者も明かした者も、命や記憶に重大な危険が及ぶ。

本来は忠誠の強制手段。だがその効果ゆえ、呪術にも似た“奴隷契約”の道具として認識されていたという記録が残っている。

 

「外部から干渉する方法はないし、壊しても自動修復される──解除できるのは、契約者本人が自ら白紙にする時だけだ」

 

ティアは言い切ると、顔をしかめた。

 

「つまりキミは、命や記憶という重すぎる代償を背負ってでも彼の秘密を守る覚悟をしたのか」

「はい」

 

シオンの声は静かだった。

手にした宝石を、そっと胸元に戻しながら言う。

 

「だから、一連の事件でシオンから貴方に話せる情報には、限界がある」

「……それは“限界”というより、()()()()だろう? なんせ言えば死ぬんだからな」

 

犯人(ケイ)は既にフロイトの秘密を知っている。

シオンが犯人の正体を話すことは、間接的にフロイトの秘密を暴く導線になってしまう。

 

つまり、“犯人は橙音(だいおん)ケイだ”と発言するだけで、シオンとフロイト双方に“情報機密の法則”が発動する。

 

「私は既に事件の全容を把握している。が…そういう立場にある者にすら情報を伝えられないのだとすれば……それもまた『制限』の一部、というわけだね」

 

ティアはしばらく黙り、シオンを見つめた。

やがて小さく、ふぅと息を吐く。

 

「……すまない。キミがとった行動は、愚かに見えても近いうちに正しいと証明されるだろう──そうなるように、私も最善を尽くす」

 

ティアは苦々しげに口を結んだ。

 

「…フロイトが言ってました。『学園長は俺のやろうとしてることを見抜いてる、でも黙認してる』って」

「その通りだよ。私は、『黙認』という選択が、未来の正義であると信じている」

 

ティアの目が細められる。

シオンもまた、探るように問いかけた。

 

「正しい? フロイトも言ってましたけど、あんな事バレたら命の保証なんてない──それなのに、どうして黙認してるんですか?」

 

シオンの声には、わずかな怒りが滲んでいた。

だがティアは、動じることなく答える。

 

「必要なことだからだよ。いずれ、キミにも彼にも話すつもりさ」

 

ティアはゆっくりと立ち上がり、病室の扉へ向かう。

背を向けたまま、ティアは問いかけた。

 

「学園内ではフロイトはもう死んだと思われている──だが、彼がまだ生きていると犯人が知ったら、再び手を伸ばすと思うかい?」

「うん」

 

シオンは即答した。

ティアはそのまま、振り返らずに続ける。

 

「なぜ、そう思う?」

「……来月にあるバトルロワイヤル。あれの報酬、きっとフロイトにとってすごく大事なものだから」

 

その言葉に、ティアはわずかに微笑み、扉に手をかけた。

 

「フロイトが万が一にも目を覚ましたら、絶対にそれを欲しがる。だから犯人は、その“万が一”を潰すために動く。……そういう読みなんだね?」

「きっと、生きてると知った瞬間にでも殺しに来ると思います」

「……正しい読みかもしれない。でも、キミの意地がいつまで保つか、という話でもあるだろう」

「?」

 

首を傾げるシオンに、ティアは静かに言った。

 

「5月を過ぎた頃──キミは魔法省に同行する遠征に出かけるはずだ。バトルロワイヤルの直前あたりまでは一緒にいられても、その後のことは、どうにもならないだろう?」

「いや、何とかします。警備を呼ぶとか、シオンが遠征先まで連れてくとか……」

「思い出すといい。誰かに事情を話した時点で、石ころ(パクトロス)の力が発動する──周囲の誰も、助けにはなれないんだ」

 

それだけを残して、ティアは病室を後にした。

 

残されたのは、静かな空気と、断続的に弱々しい寝息を立てるフロイトだけ。

 

──『だが、私はいる。出来ることはするが、今はフロイトが一刻も早く目を覚ますことを祈るほかない』

 

伝心魔法から届いたティアの声が、脳裏で反響する。

 

シオンはそっと椅子を引き寄せ、フロイトの枕元に座り込んだ。

無意識に、シーツの端をぎゅっと握る。

 

声に出す代わりに、彼女の頬を雫が伝った。

 

病室の外では、遠くで誰かの笑い声が響いていた。

それは、まるで別世界の出来事のように──シオンには、そう感じられた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ケイー、いつまで練習場にいるのー?」

 

甲高い声が飛んだ。

振り返ったケイの視界に映ったのは、淡い桃色の長髪をふわりと揺らした獣人の少女だった。

犬を思わせる尖った耳と、くるりと編み込まれた髪飾りのような毛並み。くっきりとした紫色の瞳は、夜空に灯る星のように輝いている。

皆と同じワインレッドの制服をはだけさせて、白とピンクを基調としたシャツを露にし、袖をぶかぶかと揺らしながらこちらへ駆け寄ってくる彼女――こよりは、学園でもひときわ目を引く存在だった。

 

「あァ……こよりか。俺ァまだいるつもりだから先帰っていいぞ」

 

ケイは気だるげに答えた。

肌に張り付く汗を拭うこともせず、彼は杖匠工房(ワンドルーム)で調整した杖の検証を繰り返している。

既に放課後をとうに過ぎ、空には星がにじみ始めていた。

 

それでも、ケイはまだ練習をやめなかった。

杖の手入れを終えたばかりの手で、夜間解放されている練習場に籠もり、ひたすら自分自身を叩き続けている。

そんな彼を、こよりは諦めることなく何度も呼びに来ていた。

根気強く、けれどどこか寂しげに。

 

「もう!帰るよ!!ごはん抜きにするからね!!!!」

 

こよりの叫びが、練習場に高らかに響いた。

六度目の声掛けだった。

さすがに堪えたのか、ケイは顔をしかめながら杖を小脇に抱え、汗だくのまま扉の向こうに現れた。

 

「わあったわあった、帰るから急かすんじゃねェって」

 

ぶっきらぼうな口調。

けれど、その声にはほんのわずかに、安堵の響きが混じっていた。

 

「帰ってからごはん作ったらもう寝る時間じゃん!」

「なァまだ19時だぞ? 飯食ったら修行できるし風呂も入れる。あと俺ァ三時に寝るからまだ寝る時間にはならねェ」

「あのさ…本当にいつか倒れるよ!?」

「どうかな、()()は強い方だし、心配ご無用だろ」

 

心配そうなこよりに対して、ケイは笑って受け流した。

だが、その軽口の裏側に、自分自身を壊す覚悟すら滲んでいることを、彼は口に出さなかった。

 

二人は他愛もない会話を続けながら、人気のない渡り廊下を歩いた。

本校舎と練習場を結ぶ3階のその道は、夜風に吹かれて静まり返り、遠くから蛙の声だけがかすかに響いてくる程度。

 

途中、ふとケイが廊下の脇に置かれた花束の群れに目をやった。

――それを一瞥すると、さらにその向こう、そびえ立つMICUの施設をぼんやりと眺めた。

学園の裏手に建つそれは、夜でもなお鈍い光を放ち、無言の圧力を周囲に振りまいている。

 

隣を歩くこよりが、ぽつりと口を開いた。

 

「そういえばさ?この前誰かに攻撃されたっていうフロイトって子、まだ意識が戻らないんだって。ずっとMICUに監禁されてるみたい」

「? 生きてんのかアイツ……結構やばいって聞いたから、死んだと思ったんだけどなァ…学園中葬式ムードじゃねえか」

「あーもう、そんな物騒なこと言わないの」

「…………すまん」

 

わざとふざけたように返したケイだったが、声の奥には、ほんのわずかに影が差していた。

どんな相手であれ、死を軽んじてはいけない――そんな当たり前の感情が、彼の胸を小さく締めつけた。

 

「そうか、生きてンのか。」

 

夜の空気は、やけに冷たかった。

 

「なら()()()に行ってやんねェとなァ」




学園長の名前はティアです。身長は141㎝で作中一番小さいかも。
めっちゃ頑張って文章整えながら書いたのですが、齟齬とか誤字とかひどかったら雰囲気で楽しんでください。
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