ホロライブラバーズ 『冥追の魔法使い』   作:錦坂

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第7話 光指す路

「…ごめん」

 

「だから謝る必要ないって言ってるだろ」

 

病室とは呼べぬほど荒れ果てた空間。壁は焼け焦げ、天井は砕け、床の一部には深い爪痕が刻まれている。魔素の奔流が吹き荒れたその中心に、静かに宙を漂うベッドが一つ──。

その上で身を起こしたのは、フロイト・ルーチェ。彼は、頬張るラズベリーパイに口をもぐもぐさせながら、どこか気まずげに視線をさまよわせている。まるで、謝られることが誰よりも苦手であるかのように。

 

「…暗い話やめね? その…俺も、飯食べたいし…」

 

その向かいで、沈んだ表情を浮かべるのは紫咲シオン。

太陽のように明るく、常に前を見据えていたはずの彼女だ。シオンのこんな顔を見るのは初めてだった。いつも快活だった彼女の目には覇気はなく、声にも力がない。まるで、自分自身が何よりも忌み嫌っていた「弱さ」に支配されているようだった。

 

……少し前の俺も、あんな顔してたのかもしれない。

 

フロイトが目を覚ましてから、すでに二十分ほどが経っていた。

初めはまともに言葉も発せず、意識も朦朧としていた彼だったが、少しずつ顔色を取り戻し、こうしてシオンとの会話も成り立つほどには快復していた。

 

「シオンは俺のことを守ってくれたんだ。それはもう十分すぎるくらいにな」

「違うの。そもそも…シオンがヘマしなきゃこんなことには──」

「ならなかったかもな? …だけど、現に俺たちは生きてるんだぞ。二人とも、五体満足で」

 

だからそれでいいじゃないか──。

断言するように言いきって、フロイトはケーキの最後のひと口を口に放り込む。ラズベリーの酸味とともに、喉を通る何か苦味があった。…っていうかこのケーキ、特に気にせず食べちゃってるけど、いつ差し入れられたやつなんだ??あと作ったの誰だよ…。

 

少しの間を置いて、彼はぽつりと続けた。

 

「それとだいぶ思い出してきてるんだ、あの時の──殺されかけた瞬間のこと。そんでそれからも、シオンはずっとできることやってたんだろ?」

 

それは確かな証拠として、空間に刻まれている。

焼け焦げた床、砕けた医療器具、宙に散った血痕、崩れ落ちた天井。空間の惨状を見渡すだけで、ここでどれほど苛烈な戦闘が繰り広げられていたかが一目でわかった。俺がこうして生きているのだって、奇跡としか思えないほどに。

 

「ありがとうな、シオン。」

 

……俺、こんな地獄みたいな場所にいたのか。

それに、シオンはたったひとりで戦ってくれていたのか…。

 

フロイトは、静かに目を伏せた。

戦場と化した病室を見つめ、この光景を目に忘れまいと記憶に刻むように。

 

「俺が甘かったんだ。記憶の追求なんて、生半可な気持ちで踏み込んだってどうにかできる問題じゃなかったのに、俺は覚悟を軽く見た──だからもう暗い話は無し!!!」

「なるほど。だから橙音ケイに敗けた。つまりキミは……そう言いたいのかい?」

 

その瞬間──。

聞き覚えのある声が空間を貫くように、不気味に響き渡る。伝心魔法の要領でシオンとフロイトの脳裏に直接流れ込んできた声に耳を傾けていると、声はおしゃべりを続けていく。

 

「ただし、覚悟一つで敵に勝てるというなら、魔法ほど簡単な道はないな」

 

響き渡る声と共に、病室の風景が淡く溶けていった。

色彩が歪んで、空間が変質して、夢の続きを見ているかのように、みるみる平衡感覚を失っていくこの感じ───

 

──転移だ。

 

そして、新たに現れたのは、木の香りとコーヒーの香りが混ざって、見覚えのある和モダンな書斎だった。

窓から差し込む陽光の角度は変わらないが、積み上げられた魔導書の数々が静かに時を刻んでいるような気がする。

テーブルの上のコーヒーの香りが鼻をくぐって、記憶を掘り返していく。

初めて学園に来た日、入学式のあと──学園長と握手を交わした瞬間に転移した、あの場所だった。

 

戸惑いながらも警戒を強めた二人の視線の先、部屋の奥のデスク──。

そこに、小柄な彼女はいた。

 

「お目覚めだね、忘却の遺孤。シオンくんもご苦労だったな」

 

ウィースヘルム魔法学園の学園長──ティア・マルティネス。

長く伸びた金髪を頭の上で団子のように結い上げたその髪は、彼女の風変わりな印象を際立たせていた。

大人びた口調と落ち着いた仕草、そして、底の知れない魔素の気配──。

彼女はシオンでさえ一目置く存在だった。

 

「ん……? 学園長…ですか?」

「…今日は遅かったじゃん」

 

フロイトが会うのは2度目。シオンは見舞いの度に顔を合わせていたので、もはや顔見知りの域でタメ口に。

 

「少し野暮用を片付けていてね──遅れてすまなかった。だが様子は見ていたよ、フロイト…キミはなかなか良い食べっぷりをしているんだな」

「は? この状況で飯の話から入ることある???」

 

開口一番、学園長が切り出したのは食事の話だった。心の声が駄々洩れのシオンに構いもせず、彼女は自分の世界に入って会話を進め始める。

 

「それと良い機会だ、フロイト。明日の夜…私と一緒に()()()()でも行かないか?景気づけに良い店予約してぱーっとやろうじゃないか」

「えっと学園長?…シオンの話聞いてました? どうしてごはんの話から──ってか()()()()ってなんだよ、ヌンチャ…?」

「ちょっと学園長? こんな状況で学生相手にデートのお誘いとかありえなくない?」

「おぉう、シオンくんは彼と私がおでーとすることは不満だったか」

 

この状況でのこの身の振り方、違和感を感じないのだろうか。

学生2人が苦笑する間もなく、ティアは空に指で何かを描いていった。

すると、戸惑うフロイトとシオンの目の前に、突然ケーキセットが出現した。

 

「では3人で祝おう──フロイトの目覚めとシオンの努力に乾杯だ。ほれ若者よ、これがヌンチャだぞ?」

 

一見すると高価な見た目の三段ティースタンドだ──しかし、そこに乗っているのは本来あるべきケーキを中心とした洋菓子ではなかった。大量の生ハム、味玉、刺身や厚切りのチャーシューといった、中々奇妙なラインナップ。居酒屋の見本市だ。

 

「いやだからヌンチャってなんなんですか…?これただの晩酌セット──」

「アフタヌーンティーのことだよ、フロイト。ティーンの間でそう呼ばれているのだろう?やけに高価なケーキ台の上に、酒のツマミをこれでもかと盛りつけ、業務用の角瓶で流し込むのが風流だと──」

「聞いたことないから!あと、アフタヌーンティーは略してアフヌンだから!!!」

「一体なんなんだ、その腑抜けた略称は…あふぬん?とやらと同じく食事は豪勢だし、飲み水の色も同じだろう…私のヌンチャの方が断然風情があるが──ごほん、長命の私にカルチャーショックは付き物。私の寛容さに免じてその略称も認めてあげよう」

 

文化的誤解に一瞬驚いたティアは、咳払いひとつで話を切り替えると、手元の魔導書を静かに閉じた。広辞苑のような分厚さの魔導書が3冊。デスクや床に置かれた(散らかった)魔導書の下には、彼女が読んできたであろう書物の数々が積み重なっている。

 

ティアは風体だけ優雅に箸をとると、さっそく厚切りチャーシューをピックアップ。

手際よく唱えられた魔法で薬味用(?)のニンニクやメンマなどを取り出す姿は、同じ魔法使いから見てあまりにも情けなかった。

 

「しかしまあ…一度目の奇襲も、先ほどの病室での戦闘もそうだ。学生同士のトラブルにしては度が過ぎていると感じるね」

 

そういえば入学式の時も、惰性で諸々の説明を各クラスに丸投げしたり、今も病み上がりの患者を前に晩酌を始めたりと散々だったような──おおよそ嚮導者としての素質や片鱗は無いように見える。掴み所の無い『名ばかりの学園長』に辟易としながらも、食欲に抗えないフロイトは箸を取った。

 

「え!!!フロイトも食べるの!?正気!?!?!?」

「残すところキミだけだぞ、シオンくん」

「卓を囲んだらやることは一つだろシオン。食おうぜ」

「……ちゃんとしたものが食べたい」

 

シオン、俺はお腹すいてるんだからそこでドン引きすんなよ…。

あとお前も食えって。チャーシューなんかしっとり感がすごくて旨いぞ。

 

「さて……本題だ。事件のことについては思い出せているのかい?」

 

切り替わり始めた空気に、フロイトの手が止まる。

 

「…はい、覚えてます。相手の顔も声も……こびりつくほどに、」

 

説明の手間が省けたのだろう。静かに閉じられた瞳や彼女の表情には若干の微笑みが見えた。

 

「なら話は早いな。フロイト、キミは橙音ケイに敗けた理由を探っているそうだね」

「はい」

「あんなの、度が過ぎた勝負…というか殺し合いだ。彼との戦いの勝敗に固執しすぎると…いつか本当に、キミは命を落としかねない」

 

その問いに、フロイトは一瞬、言葉を詰まらせた。

何かを押し込めるように視線を落とすと、彼は慎重に答えを吐き出していく。

 

「勝ち負けとかはわかりません……いや、俺は()()()()()()だけだと思います。橙音ケイ…アイツと最初に会ったときはまだ落ち着いていられたけど…何が起きているのか全然わからないまま、シオンが突然いなくなって、秘密を盗み聞きされたことで焦って……俺は、完全に取り乱してた」

 

自責の言葉は、過去の自分への怒りにも似ていた。

フロイトは唇を噛み、膝の上で拳を握りしめた。手のひらに食い込む爪の感触が、目を覚ましてからずっと続く現状に似て、歯がゆいようなやるせないような心境に立つ。

 

「今はアイツに勝てなくても良い──ただ、俺はもっと冷静になりたい。実力差があったとしても何か行動を起こすべきだったのに…何もできずに殺されかけた自分が憎いんです」

 

静かに、だが確かに届くその声に、ティアはゆっくりと目を伏せた。

フロイトの前に並んだティースタンドの皿から、味玉をひとつつまみ、無言でぱくり。

マグロの刺身にマヨネーズをかけ始めた彼女は、いたって冷静に会話を続けた。

 

「…ご尤もと言わんばかりに道理な話だね。私も、キミの敗因は未熟さや経験不足から来た()()に尽きる思っている。だがまあ──キミが彼に狙われて殺されかけた理由は、それとは別だ」

 

カトラリーの音だけが響く異質な静寂を打ち破るように、それでいて静かに、ティアが続ける。

重い話をしている最中にモリモリとマヨが乗ったマグロの切り身を箸でつまむ姿は、誠実さとはあまりにもかけ離れているが、彼女の言葉には確かな重みがあった。その道の熟練者が持つ特有の重み、説得力。

 

「大方気付いているはずだ。先日、キミが抱える秘密が漏れた──それも、おそらくキミが最も警戒すべき()()に、ね」

 

凍り付くようにその場の空気が変わっていくのを感じた。

右手に箸、左手に魔法で呼び出したジョッキを軽く揺らし、茶色の液体──おそらくは酒のようなものを口に含む…のではなく、喉を鳴らして()()していく。

厳粛な雰囲気を壊すように晩酌を楽しむ彼女の姿が、よりいっそうと場の緊張を際立たせていた。

 

「そして──これが良くなかったな」

 

《記憶の探究》──それは、この世界で最も厳しく禁じられた四大禁忌のひとつ。

魔法省の深部で厳重に保管されていた──四大禁忌を破った者が引き起こした大災厄の記録は、戦後すぐに世界へ広まり、波紋を生んだ。

結果、国内外を問わず、四大禁忌への畏怖や禁忌を破る者に対する嫌悪、差別意識が助長させられた。そして、禁忌を犯した者に課せられる量刑も、より厳罰なものとなったのだ。

 

禁忌に触れたものは、誰一人残さず、容赦なく裁かれたのだ。

 

「少しだけ昔話をしよう。キミの事件と、大いに関係がある昔話だ」

 

ティアが指を鳴らすと、書斎の風景が溶け、瞬く間に巨大な図書館へと変貌する。

それはフロイトが推薦入試で訪れた、あの奇妙な面接室だった。

 

「キミも生まれる時代が違えば、その野心も秘密も、共に分つ同志がいたのかもしれない」

「…?」

「四大禁忌。今でこそ明確な悪とされているが──かつてはそれを()()()()()()と捉えた者たちがいたのさ」

「…じゃあ、フロイトがやろうとしてることって前代未聞ってワケじゃないんだ?」

「うむ、そうなるな。魔法省や政府は彼ら──悪に走る者(禁忌を犯す者)のことを、『探究士(ダークランナー)』と呼び始め、見つけ次第収容していったんだ」

 

そう語りながら、ティアは静かにシャツの襟元をずらし、右の首筋をあらわにする。

だが、そこに探究士なら()()()()()は見当たらなかった。

 

「ちょうどこのあたりに()()()()を刻み付けてな」

「…烙印を押してたんですか?」

「うむ、釈放後にも発見しやすくするためにな。その昔、探究士は大言壮語で、実力も脅威も無かったから、魔法省も特に殺すような真似はしなかったんだよ」

「保護観察みたいな感じでなあなあにしてたってこと?」

「禁忌を破ると宣言するだけで実際に犯罪を犯したわけではないからな。司法も手出し出来なかったという理由も大きい」

 

右の首筋に十字の烙印──これこそが探究士(ダークランナー)としてのただ一つの証だ。

それは、記憶への執着でもあり、生命の渇望でもあった。

だが、キズ()は次第に、禁忌の中で生きる者たちに芽生えた探求心の象徴と化した。

仲間の結束を証明する。確かな誓いに変わっていったのだ。

 

その後の探究士の中には、収容される前から示し合わせたかのように右の首筋に十字の傷跡を付ける者が現れ、その傷を誇るように晒した。

 

「だが、彼らは誇りを持って傷を晒し始めたのだ──傷を()ではなく、()()()()に変えて。このあたりから探究士の風向きが変わり始めたのだよ」

 

ティアの語りに、フロイトは胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「探究士…」

「誰がどの禁忌を犯そうとしているのかや、動機は分からなかったが…彼らは確かに存在し、時代の中に名を残していった」

「学園長、探究士って……結局は悪人だったんですか?」

 

フロイトの問いに、ティアは肩をすくめ、眼鏡を押し上げながら答えた。

 

「結局のところ()()()()だよ。善も悪も、彼らの心の持ち様だからね。彼らの掲げた目的の最果てや信念が、善悪の色を決めたのさ。しかし──」

 

その答えに、フロイトは確かな希望を感じていた。

記憶を探す旅路は孤独なものだと思っていた。でも…昔は俺と同じような人にも、きっと仲間がいたんだ。

 

「…なら…会うべきだ」

「なに??」

 

探究士に会おう。そうすれば、記憶を探す有力な手掛かりを掴めるかもしれないんだ。

 

「もし彼らが俺と同じ志を持っていたなら──俺は、間違いなく何かを掴める気がするんです。俺が()()()()()なのかも、きっと掴める」

「……学園長? フロイトこう言ってるけど、探究士ってどこにいるの?」

「残念だが、彼らは既に根絶されている。()()()()()なら魔法省のデータベースに残ってるかもしれないが……探究士は三年前──()()()()で根絶したと言われている」

 

もはや、探究士に関する大きな手掛かりはこれしかないのかもしれない。

そういわんばかりに望み薄な現状と、得られた情報に、フロイトは若干狼狽える。

 

「えー?じゃあ会いにいけないじゃん…ピンキリだって言ってんのになんで掃討しちゃうかなあ」

「なんなんですか?その…掃討作戦ってやつ、」

 

掃討作戦という言葉に何か引っかかったのか。

フロイトとシオンは眉をひそめて顔を見合わせて、消極的な表情を見せるティアへ問いかけた。

 

「…戦後。最も静かに、最も大規模に行われた、魔法省やその他の機関が結集して探究士を叩いた総力戦さ」

 

ティアの声は平坦だったが、その瞳の奥にわずかな哀愁のようなものが浮かんでいだ。

彼女がどれほどの真実を知っているのかは分からない──ただ、その一端だけが、言葉の端々から滲んでいるのだ。

 

「風向きが変わったと言っただろう?探究士は遺戦の終結時をピークに力をつけ、明確に魔法省の脅威となった。そして、三年と少し前に事件を起こし──これが引き金となって、掃討作戦が起こった」

 

その言葉に、シオンの眉がピクリと動いた。

 

「──探究士が起こした事件って、もしかして騎士団と関係ある?」

「何それ」

「遺戦で()()()()活躍した者たちの総称だよ」

 

ふと、ケイとの戦闘中に耳にした言葉が、シオンの脳裏に鮮明に蘇る。

 

『そいつァ探究士(ダークランナー)だぞ? 騎士になるってんなら…()()()()()()くらい選ぶべきじゃねェのか』

 

ケイが、恨み節のようにそんなような言葉を繰り返していたのを覚えている。

あの時は意味の分からなかった言葉も、今はそれが不気味なほどに理解できる。現状にぴたりと嵌まっていく──。

 

「騎士団てボディガードみたいな感じなんだけど、ケイが”探究士の騎士になることはタブー”みたいなことを言ってて、シオンも全然意味わかんなかったんだけど、なんか繋がってきた気がするの。騎士団と探究士って仲悪かったんじゃない?」

「てことは、探究士が起こした事件って騎士団に関係してるとか?」

「橙音ケイ……騎士団…探究士…三年前の掃討作戦……あっ──」

 

シオンが過去の出来事を結び付けていく中で、真実に辿り着いたのか、驚愕を隠し切れぬ様子でそう口にした。

 

「橙音晦茲(かいじ)だ。」

「誰だよそれ」

「橙音晦茲!橙音ケイのお父さんで、騎士やってた人!三年前に死んでるんだよ!!この人が──」

 

ティアは静かに頷いた。

 

 

探究士(ダークランナー)に殺害された。それ以来彼は、探究士を恨んでいる」

「……ってことは、その復讐として俺を……?」

「おそらく彼はキミの事を、掃討作戦の生き残りだと思っているんだろうね。父を殺した探究士の真相を掴んでいると思って奇襲を仕掛けたのか、仇討ちか──」

 

直後、ティアの言葉を遮るように、巨大な本棚の奥で鐘が鳴った。

時報を知らせる鐘のような音だったが、フロイトもシオンも学園生活の中で一度も聴いたことが無いその音に、ティアだけが反応し、目を閉じた。

 

「…大方そんなところだと推測している。あっそうだ──フロイトは知らないかもしれないが、先ほどバトロワの報酬(リワード)がすべて出揃った。リスト見るかい?」

「バトロワ?報酬(リワード)? …ちょい待ってくれません? 急に話題切り替わって混乱するというか…」

「混乱していても話は聞くべきだ。状況は君を待ってはくれないからね」

ティアは軽く微笑み、手元の書類を音もなくめくった。

「それに──キミはもう、あとには引けないんだから」

 

ティアは無言で指をひと振りし、投影魔術を展開する。

宙に浮かぶ魔法陣の中に、5月に開催される学園内最大規模の戦闘試験──バトルロワイヤルの報酬が明示された。

 

 

第101回 一学年前期バトルロワイヤル 一位報酬(リワード)

 

 

『聖剣顕彰』

またの名を、騎士団への推薦状。

 

 

「フロイト。不幸にもキミと橙音ケイの目的は一致してしまった」

 

ティアの言葉が、乾いた音のように部屋に響いた。

 

「キミは探究士(ダークランナー)の意志や情報を探しに。橙音ケイは、父を殺した探究士(ダークランナー)の正体を探るために──同じ場所へ向かっているんだ」

 

フロイトとシオンが見開いた目を逸らせないまま、ティアの言葉は続いていく。

 

「今一度問おう。もはやキミに安寧は無い──悠長なことを言っているだけの時間も、未来を選べる豊富な選択肢も無い。フロイト、キミは血で血を洗う覚悟はあるかい?」

 

吐き捨てるような言葉ではなかった。

ただ、現実を語っただけの、静かな事実だった。

 

フロイトは、まだ答えを見つけられずにいた。

シオンは、その隣で、彼がどの未来を選ぶのかを見つめていた。

そして、ティアはすべてを見通したかのような瞳で、その行く末を見守っていた。

 

命を懸けるに値する“秘密”とは何か。

騎士と探究士(ダークランナー)はどういう関係なのか。

探究士が禁忌を犯そうとした理由は何のなのか。

騎士団が掲げる剣とは一体、誰のために振るわれるものなのか。

 

かつて、禁忌に挑んだ者たちと、それを狩った者たちの物語。

そしてその渦中に、フロイト達は今、静かに、確かに足を踏み入れ始めていた。

 

「…元々茨の道だったんだ、冷静に征こう。」

「はぁ…!? 今からなんてダメ!まだ体調万全じゃないでしょ!!!」

「関係無いよ。もし騎士団に消された探究士のデータがあって──記憶追求の先達がいれば、この旅路はかなり真相に近付ける。だから──」

 

拳を握りしめた彼は、呼び出した杖を握りしめて殺意を捻出する。

 

「バトロワに出ます。そんで一位で騎士団に入って、探究士の存在を探る。その為には…ケイとも話をしないとな」




・騎士団
『遺戦』において伝説的な大立ち回りを魅せた実力者の総称だが、『聖剣の誓い』で魔法省や国と明確な契約を結んでいた。
実力に関する確かな情報は無いが、個々人が魔導師にも比肩する戦闘能力を有しており、ウィースヘルム魔法学園の学長を務めるティア・マルティネスも騎士団の一人であるが、掃討作戦に否定的だった彼女は騎士団を降り、学園長を務めている。


ちなみに、バトロワ当日にシオンが出場しないことを聞いたフロイトはかなり安堵してました。
シオンがいる場合、バトロワ出場者の1年生たちは2位を競うことしかできないので。
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