ホロライブラバーズ 『冥追の魔法使い』   作:錦坂

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8話の最後からバトロワ開始、タイマースタートってことで


第9話 イヴ・コード②

「優勝候補は──三人。橙音(だいおん)ケイ、沙花叉(さかまた)クロヱ…あとフロイトね」

 

その言葉が、場の空気を一変させた。

 

「は!? 俺!?!?」

 

フロイトの素っ頓狂な声が室内に響く。驚きに身を乗り出した彼の横で、シオンはいつもの無表情を崩すことなく頷いた。

 

「当然でしょ。シオンが直々に“バディ組もう”って言ったの、フロイトだけだし」

「……それってシオンの目が節穴ってことでは?」

「ないでしょ~?」

「……だよなあ~~~! …ってか沙花叉クロヱって誰だ」

「短剣使い。ケイもクロヱも、フロイトがサシでやり合ったら勝率は3、4割くらいじゃない?」

 

軽口のようでいて、なぜか重くのしかかる一言だった。

 

シオンの『最強』という肩書きが、単なる噂や学園の風聞でないことを、フロイトは誰よりも理解している。

だからこそ──納得など、できるはずもなかった。

 

「俺……弱くない?」

「いや、勝率はあくまで()()()()ね──まあ策も練って色々備えたフロイトならいけるでしょ。それに、勝って騎士団入るんだからさ! 頑張れ!」

「まあバトロワの目的だって勝つよりも1位取ることだしな……自信はそのうちつけよ」

 

それでも“優勝候補”という名の誉れは、彼にとってむしろ厄介だった。

 

「……俺が優勝候補かぁ」

「え~不満? シオンは正当な評価だと思ってるんだけど」

「どいつもこいつも買い被りすぎなんだよ」

「…フロイト、謙遜しすぎ」

 

フロイトは少しばかり頭を抱えていた。

 

優勝候補という肩書きは、戦略の根幹を揺るがす枷だ。

目立てば、戦闘が避けられなくなる──それは即ち、『絶対温存』というシオンとの約束()作戦の崩壊を意味していた。

 

『逃げる』『隠れる』『戦わない』

 

それが、フロイトとシオンが選んだ1位へのルートだ。

目立てばその全てが瓦解する。

故に、優勝候補という肩書きは捨てたかった。

 

「野次飛ぶんだろうな~…”逃げるな”とか」

 

そう思わないわけじゃない。戦うことでしか1位を獲ることが出来ないバトロワで、優勝候補に選ばれた人間が、不戦の立ち回りを決行する──批判の1つや2つが飛ぶことは覚悟の上だ。

だが、それでも──()()()()()()()()()()()()

 

戦闘をすれば魔素を消耗する。致命傷のリスクもあるし、戦況の混迷を感じ取りにくくなる。

それらを避けて最後の一手で勝つためには、『息を潜める』、『満を持す』ということが何より重要だった。

 

 

 

──フロイトが思い出すのは、バトロワ開催から数日前の作戦会議。

いや、あれはリハーサルだな。

ティアとシオンと俺の3人で、最終的な作戦や移動経路の確認、エリアの下見を行ったのだ。

 

「キミの存在は想定外だ──フロイト、キミの参戦で戦場の均衡は確実に揺れる」

 

そう語ったのは、作戦の発起人である学園長のティア。

 

彼女はシオンが興味を示した数少ない人間であり、遺戦の帰還者である。戦線の最前で敵の脅威となった騎士団の一人だ。

 

遺戦の最中、『ティアと目を合わせるな』という警告めいた言葉が、敵陣の中で静かに広まったことがあるらしい。噂はやがて味方にまで波及し、ある時期、誰も彼女と視線を交わさなくなった。

彼女はそのことを根に持っているようで、日常的に目を合わせてくれない人のことを肘でつつくのにハマっているそうだ。

 

「こらフロイト、私の目をちゃんと見たまえ。小さい子とは目を合わせて語るものだろう?」

「蚊が気になって目で追ってただけなんです、ごめんなさい」

 

今年から、新たな学園設備として開放された『空中庭園』が、バトロワの戦場に登録された。

植物が多く、ここが学園だと知らなければ植物園と見間違える規模と、植生の豊かさに驚かされる。

 

ティアは小柄な体で見上げるようにこちらを見つめてきた。

人畜無害の権化のような彼女の瞳には、一体どれほどの脅威が秘められていたのだろうか。

戦争の話となると、ティアはまるで心に鍵をかけたように一切を語らなくなる。フロイトやシオンが言葉を尽くしても、その扉は微動だにしなかった。

次第にシオンも悟ったのだろう──この人には、踏み込んではいけない場所があるのだと。

そして、それきり。

粘り強い彼女にしては珍しく、問いかけをやめたのだった。

 

詳細な戦歴こそ伏せられているが、彼女から語られる戦略の鋭さや戦術は、彼女を只者ではないと思わせるには十分だった。

 

「優勝候補が二人(ケイ・クロヱだけ)なら相手を潰せば残りは脅威にならない、つまり消化試合と考えるだろうな。だが今回のように三人になると話は別だ。誰かが動けば、残る二人に付け入られる──結果、そうなることを避けるため、戦場が膠着状態に陥る可能性が高い」

「つまり戦場の動きが無くなるってことですか?」

「うむ。戦場から動きが減ると、流れ弾や漁夫による脱落者も少なくなる。一見すると悪くない状態かもしれないが、キミにとっては渋いシチュエーションだ。なぜだかわかるかい」

 

過去、運に救われたと揶揄され、“推薦組の出涸らし”とも呼ばれていたフロイト。

その評価はまだ完全に拭えたわけではない。

 

「学園予想の戦力データ……俺の対優勝候補勝率か──!」

「ふふ、ご名答。キミは()()()()()()()。それも致命的にな。人が減らなければ、そのなめきった連中がキミを“狩りの対象”として、いつまでも残り続ける」

「………弱いのかあ、俺」

「そんなことないぞ」

 

分かってはいたがいざキッパリ言われると心に来る。俺は頭を抱えた。

学園公式が配布した戦力データや勝敗予想をもう一度見る。

やはり俺は大した期待をされていなかった。

 

「どうどう、しゃきっとするんだフロイト、キミが序盤で潰れるのは厳禁だぞ。落ちた瞬間──膠着は崩れ、ケイとクロヱは全員を巻き込みながらの強制一騎打ちだ。ルールも流れも無視した力と力の決戦に移行する」

「……俺やクロヱがケイと相性悪いの…やっぱ確定なんですかね。なら、俺が消えたらやっぱり…ケイが1位になることも──」

「避けられないだろう。()()()()()()()()、というやつだな。だから、キミが生き残るためには、1位をつかみ取るためには──逃げ続けるしかない。ケイは少しでも外野と戦わせて消耗させるんだ」

 

シオンが肩をすくめる。

 

「どーせ最初から狙われるんだし。逃げて、避けて、隠れて、できるだけ温存! 生き残るのが最優先。最後にケイだけ倒せばいいの」

「さっきも思ったんだけど、よく考えたら俺の立ち回りめっちゃダサいよな」

「戦略的ダサさだと思って! ダサくても一生懸命やったら、誰か惚れてくれるかもよ?」

「なんか気合い入ってきたわ」

 

そう言うしかなかった。

 

栄光の座も、騎士団の名誉も──。

そのどれも、今のフロイトにとっては『記憶を掴むための階段』でしかない。

それでも……この状況は前途多難すぎる気がした。

 

敵は強すぎるし。持っているカードは冴えない。

おまけにバトロワでの目的を果たすための条件は厳しい。

 

だが、それでも──()()()()()()()()()()()()()

 

「どう? 気合い入れるためにシオンが頭撫でてあげよっか?」

「なんで試合前じゃないのに頭撫でられなきゃいけないんだよ」

「ノリ悪、そこはなでなでしてくださいって頭下げるとこじゃん?」

 

フロイトは黙って頷く。

なでなではいい。俺が欲しいのは聖剣顕彰だけだ。

とっくに覚悟は決まっている──手札は終わってても、できることやろう。

 

「いいかいフロイト、這い上がるために全ての闘いを勝ち続ける必要は無いんだからな」

「…ですね。どの道最後はケイと戦うんだ、それなら…その時まで、少しでも不利にならないように立ち回るしかない」

 

──もはやこれは、ただの学年行事ではない。ただのバトルロワイヤルじゃない。

 

フロイトにとっては、過去を取り戻して真実に辿り着くための命懸けの情報戦だ。

 

記憶の欠落。そして、それを追うという“禁忌”。

この世界で触れてはならないとされる領域にこそ、俺のルーツは眠っている。

だが、それを追えば命を狙われるのは必然だって、覚悟はしていた。

でも現実はもっと残酷で、これから俺に待ち受けるのは、生き延びるだけでも困難な非日常の連続だと思う。

 

橙音ケイ。

違う路を歩んでいれば、俺とお前は友達になっていたかもしれない。

だが父を探究士(ダークランナー)に殺されたお前は、その復讐の矛先を俺へと向けた。

 

それが正解なのか間違いなのかは分からない。だがそもそも探究士だって、全員が悪人だったわけじゃないはずだ。

シオンやティアとの対話が、俺にそういう考えを投げかけたように。

ケイの怒りの向く先が本当に正しいのかを、俺はアイツともっと話したかった。

 

病室のベッドで目を覚ましたあの日から、疑問は積もり続けている。

禁忌の存在理由。探究士の起源。罪とその果て。騎士団との軋轢。ケイ(お前)の父親のことも。

そして、どうして俺は記憶を失っているのか。

 

かつて夢想と笑われた理想も、今では現実の一歩手前まで来ているような気がする。

覚悟を決め、血の滲む努力を重ねて、ここまで辿り着いた。

ならばもう知るしかない。探究士という影を追い、そのすべてを確かめるしかない。

 

生きて勝つ。探究士を追って騎士団に入る。ケイを止める。

今日はそのために戦う。

それがフロイトの選んだ道だった。

 

そして今、バトルロワイヤルの火蓋は切って落とされた。

三つ巴の戦場。狩る者と狩られる者、そして狩るフリをして生き延びる者。

その中で、フロイトは静かに息を整えた。背筋を伸ばし、学園の喧騒を遠ざけるように、心を鎮める。

 

──全力で逃げる。やるべきことをやる。その先に真実があるのなら。

 

それが、今の自分にできる最大の「戦い」だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「──さあ、今年もこの刻が巡ってまいりました、第101回一学年前期バトルロワイヤル、ただいまより開幕いたします」

 

静寂を切り裂くような轟音ではなく、深く、張りのある声が大アリーナに広がっていく。

それは、スキンヘッドの老紳士──元教職にして、いまや“学園祭事の声”とまで称される伝説の実況者、アレクのものだった。

 

彼は、今年も戻ってきた。

壇上に立ち、言葉だけで熱狂と静謐の狭間を支配するその語り口は、もはや一つの芸術である。

 

「挑むは若き才能たち。舞台は、学園全域に拡張された決戦のフィールド。この進化を可能にしたのは、一年生にして結界構築を担った──博衣こより嬢。その技術と閃きに、どうぞ盛大な拍手を!」

「どうもー! よろしくお願いしまーす!」

 

モニターに映るのは、白衣姿の獣人少女。

実技試験の際、演習問題そっちのけで結界術100連発をやって合格したという変な噂が立っているのだが…広大な学園の敷地を覆う結界術を担当したという話を聞いて、生徒たちに流れていた噂は確信に変わりつつあった。

彼女の朗らかな声が観客席の緊張を和らげ、一瞬、会場に優しい笑いが生まれる。だが、戦いの幕が上がることに変わりはない。

 

「生徒諸君はすでに、学園内の各戦闘領域へと転送済みです。古の図書館、迷宮と化した実験棟、演習場──そして、新たに加わった“空中庭園”までもが、今回のステージ…」

 

各モニターに映し出されるのは、構え、歩き出し、あるいは息を潜める者たち。

彼らの物語は、今この瞬間から交錯し始める。

 

「例年通り、今回も大ダメージを受けて行動停止となった生徒は即、MICU送り──つまり、ある程度の安全は保証されております。しかし、この競技の真骨頂はそこにはありません。これは、知略と行動、そして“生き残る覚悟”を問う選抜試験にして、報酬(リワード)と魂を賭けた、真の意味での――バトルロワイヤルなのです!!!!」

 

言葉を区切るごとに、観客たちの呼吸が整う。

興奮ではなく、畏れと尊敬をもってこの行事を見つめる者も多い。

 

「狩る者、狩られる者。そして、生き延びるという意志を選んだ者。今年の戦場には、これまでにない静かな熱が流れています。では、宣言しましょう──」

 

一拍、間を置く。すべての音が消えたかのような錯覚の中、老紳士の声が響く。

 

「第101回一学年前期バトルロワイヤル、開幕です!参加者諸君、どうか存分に抗い、生き延びてください!!」

 

緊張と期待が入り混じる中、実況の声がヒートアップしていく。

デスゲームは、既に始まっていた。

 

 

同刻・中校舎2階廊下

 

 

「……ふぅ」

 

フロイトは廊下を駆けていた。重心を低く、魔素の発露は最小限に。足音すら意識して殺しながら、壁の隅、階段の影、開け放たれた教室の扉を一つひとつ警戒して通過していく。

 

「……さて、ここで今年度注目の参加者たちをご紹介いたしましょう。」

 

再び、一拍の間。重みのある語り口が、会場の空気を引き締める。

スピーカーからうるさいほどに届くはずの実況の大声が、フロイトにはどこか遠く聞こえていた。

 

「まずは──その名が既に多くの噂を呼ぶ一人。騎士団の英雄、橙音晦茲(だいおんかいじ)、その血を継ぐ”影の継承者”──橙音ケイ」

 

その名に、フロイトの足は止まらない。ただ、意識の奥に引っかかっていた。

 

(待機室でのやり取りも報酬(リワード)も関係ある。十中八九出てくるとは思った…けど、アイツは今どこに──)

 

フロイトは額の汗を指で拭いながら、視線だけを上げて周囲を確認した。…声の主は、あのスキンヘッドの老紳士か。定年退職したはずの元教員で、行事の実況といえば彼しかいない。

 

「続いては──ここ数か月で突如として頭角を現し、戦績も未知数のままに急浮上。その素性も魔術も、全てが謎に包まれた“黒き新星”。ダークホースの名をほしいままにした──沙花叉クロヱ」

 

声を張ることなく、言葉だけで期待を煽る。

眉唾だと思っていた生徒たちの名前が次々と読み上げられるたびに、フロイトの思考は冷めていく。

 

(…シオンが言ってた()()()()は全員ハッタリでもなんでもなかったわけだ。なら──)

 

「そして、最後にご紹介するのは──ある意味、今最も注視すべき存在。死を超えて帰還したと囁かれる男。推薦組の出涸らしは、このデスゲームでも奇跡を起こせるか──フロイト・ルーチェ」

 

アレクは語り終えると、ほんのわずかに口元を緩めた。

それは、舞台に立つ者たちへの敬意。そして、この戦いがただの催しでないことを、語らずして伝える表情だった。

 

「…大袈裟すぎだ」

 

久方ぶりに舌打ちが漏れた。

本来、角の立つ物言いや攻撃的な感情は好まぬ性分だが──ハードワーク、幾晩もの寝不足、張り詰めた空気。加えて、ケイに対するわだかまりが胸の奥で燻って、イマイチ調子が悪い。

冷静を保つべきときに、こうして感情が揺れる──それが、ひどく不快だった。

 

(冷静になるって決めたそばからこれじゃ良くないな)

 

深く息を吸い、吐く。呼吸を整えてから頬を軽く叩く。

些細な儀式だが、自分を現実へ引き戻すにはこれでいい。

 

「うし、まずは落ち着いて30人くらいまで生き残って──」

 

そう呟いた瞬間、空気が変わった。

複数の殺気。

窓越し、廊下、階段──フロイトの周囲を囲むように、影が忍び寄る。

 

「いたいた! 優勝候補(フロイト)だ!」

「囲んで叩け! 一気に仕留めるぞ!」

 

「……マジか」

 

──包囲を確認。

魔素の流れと視線の数からして、少なくとも8…いや、10人以上いるな。

 

「多対一は醜いぞ、俺だってやりたくないんだ…帰れ帰れ」

「嫌だね。優勝候補狩って撃破ボーナス山分けするって話で結託したんだ。お前を倒すまでは絶対に脱落しない!」

「……全員そんな感じなのか? 残念だけど俺は戦わないからな」

 

バトロワへの参戦には消極的な生徒もいる。

全員が本気じゃないにせよ、『誰かがやればいい』っていう()()()()は普通に厄介だ。雑な群集心理ほどタチの悪いものは無い。

 

だけど──俺は戦わない。

これはシオンとの約束だ。

 

消耗を避け、力を温存して最後に勝つ。

それでも、胸の奥が軋む。

過去の自分なら、前に出て全部薙ぎ払っていたはずだった。

けど今は──信じるしかない。シオンの目を、言葉を、あの冷静さを。

 

戦うべき敵は一人だ。

あのとき俺を殺しかけた──橙音ケイ。

 

……もし彼の中の誤解を解けなければ。

もし言葉が通じなければ。

その時はケイが言った通り──全力で潰し合う。倒してでも俺が進む。

 

だから、それまでの道は──耐え凌ぐ!!!

それがこのバトロワでの、俺の立ち回りだ。

 

(さて──とはいえここからどう逃げるか……)

 

追い詰められた廊下の中、フロイトの足がわずかに後退する。

杖を構えながら、彼の思考は静かに、研ぎ澄まされていく。

 

「逃げるのかよ、10人はいるんだぜ?」

「ああ、面倒避けて生き残る──優勝するためにはルールに従うまでだ」

 

フロイトが静かに杖を抜く。生徒によって作られた包囲網がジリジリと狭まる中で、杖を地面に突き立てようとした、刹那──。

 

「ぽえぽえぽえ~~~~」

「ッ!?」

 

思考が一瞬途切れる。

 

不意に揺れた空間。耳に届いたのは間の抜けた音、だがその直後──。

 

フロイトを囲む群集の中、気配を消して虎視眈々と機を窺っていた“掃除屋(インターン)”が、唐突に姿を現したことにより──戦場が動いた。

 

「おい、フロイトの他にも誰かいるぞ!」

「誰か紛れ込んで──ぎっ!?」

 

一人、腹を裂かれたように呻くと、結界に付与された転送魔法で退場。

二人、全身を凍てつかせて行動不能に。こちらも数秒もたずに退場。

 

異様に慣れた手付きで生徒を撃破していく影が、群集の最奥で暴れていた。

 

氷界定位(グラキオフォヌム)

 

黒い影が氷塊の散弾を引き連れ、群集の中を駆け抜ける。

フロイトは反射的に身を引いた──と同時に、何かが氷の破片の中から這い出してくるのを目撃した。

 

(何だ、アレ──氷の中に…何かいる…??)

 

氷片が軋み、宝石のように煌めいたその中心から、別の声が響く。

 

(それに俺の聞いたことない魔法──!)

 

縛れ(カテナ)!』

 

次の瞬間、魔素の網がうねるように吐き出された。

臓腑のように生々しいそれは、生徒たちを絡め取り、即座に天井へと吊り上げる。

 

「う、うわっ!?」

「くそ、動け──惑わされるな! フロイトよりもこっちに──」

 

まるで──俺のことを()()()()()()()()()()()()かのような動きだった。

少女は俺に目もくれず、一直線に群集の中へ突き進んでいく。

10人以上いた生徒が次々に撃破されていき、包囲網に穴が開いた。

捕縛を免れた生徒も見逃さない。彼女は冷静に着実に、杖を短剣で弾きながら制圧していった。

 

フロイトだけが、咄嗟の回避で捕縛を免れていた。

が、一瞬で崩壊した戦線に、フロイトは全く理解が追い付かなかった。緊張を纏う気分の悪い呼吸だけが続いている。ただ、自分の身の安全を確かめるように、両の手を握ったり広げたりしていた。

そして、杖を構え直したその背後からは、再び風のような気配が忍び寄っていた。

 

──コツ、、コツ、と。不規則に響く靴音。

 

「お前……誰だよ」

 

振り返る。そこにいたのは、

ただ一人、俺を狙った群集に紛れていたはずの()()だった。

 

銀髪が宙に揺れ、氷の散弾が砕けていく中で、ほんのりと微笑を浮かべている。

 

「優勝候補み~っけ」

 

穏やかで、とても間の抜けた声だった。

だが、その瞳には、フロイトにも似た深い()()が宿っていた。




氷属性の短剣使い好き
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