奥空アヤネの先輩と先輩でない男   作:Bar_00

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筆者より通達


この創作にアンチ•ヘイト要素は無く、露悪的にキャラクターを描かないことをここに約束いたします。作品は、存在しうる論理的思考を基にしたキャラクターの行動の結果として執筆されます。

また、本作はブラックマーケットガードなどの組織体系や歴史、或いは原作では明かされていない設定などが考察された上で、筆者のカノンとして執筆されています。

そして、本作は2025/12/25の時点で大規模な話の編集と掘り下げが行われています。

2025/12/25



過去を振り返ることなく、私は新しい自分に歩み出す。過去を捨てた者に未来は開ける。
ハーマン・ヘッセ『デミアン』より





1.“Je est un autre”

 

 

二年前、ゲヘナ学園。諜報部実行班。

 

「まだデータ送信終わらないのか!?」

 

度重なる銃声と爆発でおかしくなった耳のために怒鳴るように訊く。サーバールームを囲うような配置のデスクによる簡易バリケードに向けられた銃声が彼らをそうさせる。

 

バディはサーバールームでリロードしながらパソコンとUSBを一瞬見て返答する。

 

「後四十秒持たせないと丸々コピーできない!右で暴れてきて!左は私が担当するから!」

 

「了解!!暴れてくる!後で落ち合おう!!」

 

男子は柔和で挑戦的な笑みを浮かべて返事する。彼は外に繋がるサーバールームの窓を開けて、外側から飛び移って廊下に繋がる窓を掴む。そして窓を叩き割りながらエントリーする。

 

サーバールームへの侵入者を確保する攻城戦であると認識していた悪徳企業の兵隊たちは、窓を割って侵入してきた男に困惑し、立ち止まる。

 

目と鼻の先に居た機械兵士の頭を左手の警棒で勢いよく振るって沈黙させ、警棒を敢えて地面に落とす。続けてその気絶体を台座として腰のホルダーからグロックを取り出し、両手で複数回発砲する。洗練された手順だった。

 

困惑から立て直した兵隊に向けて、ヘイローのない男はその人質を盾として前進し、その包囲網を破壊していく───

 

 


 

 

前地リクモドキ

 

貴方の使命は、前地リクになることです。この目的は永遠に貴方の人生の焦点であり、執着すべき完成点です。何としても、記憶を取り戻さなければなりません。貴方は理想像に向かって死んでいくのです。そう、例えヘイローが無くとも。その先に待っているのが、どうしようもない死であったとしても。

 

 

 


 

 

…目が覚めた。目覚まし時計が鳴っているでもなく、体内時計で。気分が悪い。

 

どうして、あの時笑えていたのか。

 

…分からない。

 

 

『この物語は残念ながら打ち切りとなります。いつもご愛読ありがとうございました。先生の次回作にご期待しないでください。』

 

 

俺は、前地リクじゃない。

 

何者であるかを決めたいのかもしれない。恥の多い人生で、ただ惰性半分と、25%くらいの承認の欲求で生きている。さらに高次の欲求は無い。ただ、誰かでありたい。

 

 


 

 

現在、ブラックマーケット。

 

アヤネたちアビドス廃校対策委員会はヘルメット団の戦車に使われていた完売部品について調べるため、ブラックマーケットに来ていた。

 

ブラックマーケットというのは治安の悪いキヴォトスの中でもトップクラスに治安が悪い地域の総称だ。しかしながら「マーケットガード」の存在により、表面上は秩序が保たれていた。

 

アヤネたちは不良たちに追われるヒフミを助けるために戦闘を行い、ガードに捕まる前に素早くそこから脱しようとしていた。

 

しかしながら地の利があるマーケットの生徒たちは即席のバリケードなどを用いて、そして「圧倒的な数」によって善戦していて、シャーレの先生の指揮下であっても突破に時間がかかっていた。

 

自身の知識の限りでは、マーケットガードとは正義の味方ではなく、どちらかと言えばヤクザに近い団体であり、それに確保されることはそれに肉の一片まで喰らわれると同義だった。

 

アヤネに焦りが生まれ、タッチパネルの操作が滑る。

 

先生がそれを見兼ねて声をかけようとした時、影が一つ地面に生まれる。アヤネは空を見上げた。空を飛ぶが如く圧倒的な身体能力で「彼」は跳躍していたのだ。

 

ガードだ。ガードが来てしまったのだ。

 

そのガードは一人だった。ヘイローはなかった。一人の男子生徒はただ身体だけで恐ろしい存在だった。戦場に似つかわない黒いスーツに身を包んでいる。そうであってなお、その動きを阻害していない。

 

マーケットガードである証の、赤いバンダナが右腕に付けられている。

 

その目付きは剣のように鋭く、場は完全にその存在に支配していた。彼は不良のリーダー格を見極め、ゆっくりと人差し指を向けた。

 

「お前か。」

 

その無礼にも見える態度に憤怒し、リーダーは仲間に呼びかけた。

 

「クソガードが!!ヘイローがない癖に舐めやがって!!全員、アイツにぶちかま───」

 

ガードは走り出す。彼はライフルは持っていない。鷹のような速さと正確さでリーダーの首を鷲掴み、持ち上げる。

 

そして、地面に叩きつけた。与えられる衝撃がリーダーの脳味噌を揺らす。驚愕と沈黙が場を支配し、ガードがそのリーダー格の顔を足で踏み潰し、リーダーが気絶することで世界は動き出す。

 

続けて最も近いものに向けて暴力は施行され、深く腹に拳が突き刺さる。それは少し飛ばされて、地面に膝を突き、嘔吐した。

 

「次は。」彼は目を他に向ける。

 

圧倒的な身体能力は、相手にヘイローが無いという弱点、一発逆転に縋る不良のチームを挑戦者の立場にする。

 

ある人間が乱戦の中でネクタイを掴み、しかしそれは目に見えた罠だった。その腕は効果的に破壊される。

 

そうしてチームの半分ほど地面にこぼれ落ちたことで、不良たちはようやく本気で怖気づき、残っている彼女らは腰を抜かし、そして腕で這ってでも逃げようとしていた。

 

彼が警察ではないからか、それを冷たい目線で見送っている。死屍累々の気絶した生徒はそのままに。

 

男はこちらを見た。こちらを。アヤネにはその男の目が獣のようだと感じる。先ほどとまるで変わらない目付きで、ガードは口を開く。

 

「無事かよ、アンタら」

 

しかし、その口から出たのは意外な一言だった。

 

"ありがとう、助かったよ"

 

先生は気さくに話しかける。男は訝しげに眉を寄せた。

 

「…マーケットガードは営利企業だ。正義の味方じゃない。今日の収穫はこの馬鹿共で十分だと個人的に考えたから、こうやって見逃そうとしている。」

 

「各学園治安維持機関と協定を結び、ここに入り込んだ有学籍生徒を()()()()保護し、”人身売買”()()()()()()()交換することで成り立っている。問題を起こした不良を職かヴァルキューレに引き渡す事で資金を得ている。」

 

「誘拐団体になっていないのは、協定を結ぶに当たって第三者監査委員会を設立したからだ。それであって、辛うじて合法に留まっている。だが半ば荒くれ者の賞金稼ぎだ。」

 

「決して、市民暴力の委託で成り立っているわけじゃない。そういう営利企業だ。非営利の警察官じゃない。」

 

「無事ならさっさと逃げろ。俺たちに捕まったら学園にどやされるだろう。団体としてでなく、俺がこの不良の歩合で今日は十分だと考えているだけだ。」

 

「ここはトリニティ生だとか、連邦生徒会の重鎮がノコノコ来ていいところじゃない。今生きていることだけでも、神に感謝すべき奇跡だと言っていい。」

 

既視感。アヤネは誰だったかを思い出そうとする。彼の態度に対して、先生は少し食い下がる。それが先生の信念であるからだ。

 

"うん。何かお礼させてもらえないかな?"

 

彼は明確に無視した。彼はデジタル式の腕時計を見た。彼はスマホからのガード招集の時間。地図に写っていた同僚達の位置を鑑みた。

 

「俺が一番近かった。だから後”30秒”だ。礼なんてどうてもいいから、"先輩方”が来る前に早く逃げろ」

 

───いや、お礼なんて要らないよ。俺が好きでやったことだから。

 

粗暴なふるまい、性格、乱暴さ。全てが一致しない。しかし彼女の頭に流れるのは───数年前の青い春。前地リクという先輩、幼馴染、ずっと探していた人。

 


 

 

前地リク

 

骨壺の形は、マァルクありました。えぇ、確かに丸く。えぇ、えぇ、ごくごく一般的な形です。どこが特別で、そうであってほしくないのは、それを振っても、何も鳴らぬところでごさいやす。骨が一片も入っておらんのです。どこにも死体が見つからんのです。逃げたのかという質問は論ずるに値しませんような心憎い(素晴らしい)男でごさいました。そんな男が帰らぬのなら、まぁ、死んどりますよな。

 

だから葬儀するのです。

 

 


 

「せ、先輩?リク先輩ですよね?」

 

声が震える。そして───「…誰だお前は」

 

彼は懐からタバコの箱を取り出し、ライターで火をつけた。『先輩はタバコなんてしないよ』、と言っていた。

 

そのゆっくりとした動作の中で誰も声を発することはない。誰もが訝しむか、様子を見守っている。

 

え?

 

男はなんとなく事情に感づいていた。だが、それが感動の再会となることはない。

 

「俺はマーケットガードと傭兵を職としている。長らくここに勤めてきた。だから、俺は前地リクじゃない。」

 

彼は紫炎を吐き出した。それは…天高く舞い、消えた。青空に似合わぬ灰色だった。彼の肺もそれなりに黒いに違いなかった。

 

「確かに"記憶喪失"だが、十分幸せだ。忘れる前の俺が何であったにしろ、もう飯も食えるし、雨漏りしない家もある。」

 

彼はもう一度空に紫煙を吐く。その灰色の煙は少し上昇して消えた。

 

彼はかつて大事にしていた一式の服と、そこに縫われた名前を思い出した。彼はその名前であることを諦めた。

 

「前地リクは死んだ。それまでだ。」

 

「衣食住だけで十分だ。オマエが俺にどんな感情を抱いたとしても、それに興味はない」

 

雨が降ってきた。だが、タバコの小さな火はまだ燃えている。雨は体を冷やしていく。他のマーケットガードの足音が段々と大きくなり、次第にアヤネの存在感が薄くなっていく。

 

「俺はジョン•ドゥ。新たな人生の名前だ。俺に、お前は必要ない。これが全てだ。俺はお前に興味はない。」

 

アヤネは水たまりに膝を付く。彼は仕事をするように真面目に到着までの時間を時計でまた見た。そこにアヤネへの感情や情けはなかった。

 

「───後5秒。さっさと失せろ。」

 

その仕事としての言葉がアヤネの奥に突き刺さり、地面に縫い付けた。ガードたちの整理された足音をようやく認めたアビドスの一行とヒフミはアヤネを背負って離脱する。

 

それを、「前地リクではない男」が追うことはない。金にならないからだ。それが、ジョン•ドゥらしくないからだ。彼は仕事人である。

 

彼はジョン•ドゥである。

 

 


 

 

 

ジョン•ドゥ

 

貴方はジョン•ドゥだ。死人だ。既に何者でもなくなった。

 

誰の代理人(エージェント)でもない。貴方はプロフェッショナルだ。貴方はマーケットガードだ。貴方は傭兵だ。貴方は冷酷だ。貴方は残忍ではない。貴方は誰かの為に殺しはしない。だが、貴方は殺す。そして殺すならば、貴方は自分の為にすることになるだろう。冷たく、優しさなど無く、冷え切った人間だ。趣味は無く、ただ仕事をすることが人生の意味だ。その生の維持こそが、生きる目的だ。

 

そう自分に言い聞かせてやる。そのキャラクターこそが、ジョン•ドゥだからだ。道化は踊る。その先にあるのが、何かも分からないのに。

 

 

 


 

彼は目を覚ました。朝日は空高く昇っている。自身は長く眠っていたのだ。されど、それほど心地よいわけではない。

 

さて、動こうとするが、体は動かない。

 

…そうだった。ネズミは昨日、鼠取りに捕まったのだ。忘れていたのだ。だが、忘れても、粘着質な過去はネズミを捕らえて離さない。

 

まったく、二足歩行動物の残虐さと言ったら!!しかし、世界は予想に反する。

 

にゃーん、と大きな大きな動物の声がした。二足歩行の鳴き声ではない。四足歩行で、黒い見た目の動物だ。ソレから逃げ切ったと思っていた。偶然か、それとも追ってきたのか。

 

ネズミ(Dying at present)は思った。貴方はきっと死ぬのだ。残忍に殺されるのだ。過去から逃げられずに死ぬのだ。あぁ、できるならば、痛みなく殺してくれよ、と。

 

でも違った。黒い動物(The body of memorialized Zenchi Riku)はネズミを”悪い魔女”に届け出た。魔女はきっと、ネズミでは何の価値も無いじゃないかと考えるだろう。

 

ビビデバビデブゥ。何の呪文だろうか。多分だが、呪文でネズミはニワトリになる。魔女は元ネズミを揚げるのだ。あぁ、彼女の口に入る時、一片たりとも自身の意識が残っていないことを祈った。

 

きっと、ただ、自分の、喜びの為に、彼女はそうするだろう。おぉ、神よ、どうか、どうか魔女に災いがありますように。

 

呪いあれ呪いあれ。この世で最も邪悪な魔女に災いあれ。New Flesh Bodyよ、彼の者を殺し給へ。ジョン•ドゥに祝福あれ!!

 

最悪の魔女、奥空アヤネに呪いあれ。

 

 

 






私は、他者である。(Je est un autre.)


アルチュール・ランボー

『地獄の季節』より
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