人間は一茎の葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するに及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。……(後略)
カイザーPMC特殊科は、ライバルであるカイザーSOF - いわゆる特殊部隊 - に業績的に対抗する為に設立された、カイザーPMCの新設内部部門だ。
建前では実績あるカイザーSOFを倣ってスマートに物事を解決する…といったもので、カイザーからすれば二番目の特殊部隊。予算の問題でまだ員数は少ないが、時期に増えていくだろう。
しかし、まぁ、その内容はSOFのリーダーを蹴り落とし、PMC理事の社内ライバルをぶち壊す為に存在するのだと思う。
実際、その通りだ。
我々二人は任務を終えた。
ブラックマーケットの一角が背後で燃えている。ある機械人間たちは冷徹に仕事を終えていた。スーツを着て、兵士ではないと誤認させている。
「あぁ、終わった終わった。」
あるニュービーはその燃え盛っている背後を一度見て、スマホを取り出した。今日は自身が好きなロックグループが曲を出す日なのだ。
「歩きスマホは止めろよ。危ないだろ。」
ベテランが注意した。確かに、簡単な任務だ。留守中に火を付けるだけだ。そいつはしばらく帰ってこない。だが、ベテランが思うに、その相手こそが問題だ。
「いやいや、前にも目をつけてますって、」
ニュービーは軽く冗談で返し、スマホのSNSを開いた。そう、目当ての曲を見つけた。目の前を見ていない。
「その目は随分と節穴らしいな。」
少し先から、前から知らぬ声。
ニュービーはようやくベテランが息を呑んで立ち止まっていることに気づいた。足を止めた。
不味い。スーツの男とのアイコンタクトが成される。前を向く。歩道の数十メートル先に、ターゲットが目の前に立っている。
真っ赤なネクタイはチラと見える白シャツを背景としていて、彼は巨大な緋色の眼球のように見えた。
ある人物のプロフィールをさして、そして訊いた。写真が載っていて、その人物の無表情な面と黒いスーツの上半分が写っている。赤いネクタイが象徴的だ。
「何でこんなことを?味方じゃないんです?」
それに対して理事は言った。カイザーが調査したその人物は随分と鮮烈な歴史を身に刻んできたようだったが、”マーケットガード”に首輪を付けられていた。
マーケットとカイザーは友好関係にあるはずだ。彼の知る限りでは。
「囲い込みさ。家を失ってしまった
もう一人は後頭部をかいた。
「はぁ、スカウトですか。分かりました。あまり気が進みませんが、やりましょう。部隊を集める必要があります。」
「二人でだ。これ以上は許さん。」
理事は強硬に主張した。二人で?
「なぜ二人で?接敵時の対応などは…?」
理事は無視する。疑念は深まる。Need to knowでも主張する気か?
「さっさと行くといい。減給されたくなければな。」
…それとも、単なる
「左右展開!」
指示をもとに、無意識に体が動く。ニュービーは右に、ベテランが左に移動する。人通りも車通りもない。十分に道を使える。
「牽制射撃!」
ニュービーは右から、ヘイロー持ちでも数発でノックアウトするような法ガン無視改造アサルトライフルを向け、発砲する。
ターゲット、ジョン•ドゥはそのトリガーが引かれる一瞬前に歩道から廃ビルの入り口に消える。その後ろに銃弾が通過するが、意味をなさない。
絶対に撤退していない。ジャングルの獣のように、絶対にまだ狙われている。信じられん。こっちが撃つよりも先にタイミングを解ってる。
殺気を感じる。強く、鋭い殺気を。真横のコンクリートジャングルを伝って、確実に迫ってきているはずだ。
「クソ!どこから来る!?」
ニュービーの声は震えてはいない。ただ、予想外の動きを理解できずに情報の空白だけが生じている。ニュービーは長らく対集団戦の兵士であり、対個人•対少数の特殊部隊の人間としての経験は浅いのだ。
「後退!」
ベテランの声が飛ぶ。だが後退は「逃げる」ではない。相手の接近経路を限定し、迎撃ルートを作るための戦術的後退だ。
二人は道路から建物沿いへ斜めに移動し、自然と“V字”の
その瞬間だった。
コンクリ片。上から降るように散った。これは───横からか!!
横に目線を向ける。
「残念、上だ。」
ニュービーが横に銃を向けた時、落下物に隠れて上からの影が落ちていた。着地と同時にニュービー側へ一直線に突っ込む。ニュービーは軽く頭を殴られ、
「避けろ!!」
もう一度殴られる前にベテランが叫ぶ。ニュービーは横へ転がる。ジョンとニュービーの間に、ベテランが前へ出た。
目的はただ一つ──
「生きて帰れると思うなよ!クソガキが!!」
近接で潰す。
ベテランは肩にかかったアサルトライフルを捨て、カイザーPMCの資金力(自費、またの名を給料。決して経費ではない。)で入念にサイバネ強化された腕での格闘に移行する。
金属音。
ジョンの右手を前腕の強化外骨格が受け止めた。ミシリと嫌な音がして、ようやく受け流せた。
「硬いな」
ジョンは手をヒラヒラとした。その目は遠くを捉えていて、そこから狙いを理解することはできない。
「鋼鉄を全力で殴ってその程度か、本当に人間かよ!?」
「人間だよ。」
「俺が
サイバネはクソ金掛かるんだぞ!?マジで!
「
転がっていたニュービーは宣言しながら移動し、横から射線を通す。だがジョンは、ベテランを“盾”にしながら組みついて低い姿勢で動く。
ニュービーは何発か撃つが、なんらかの防弾装備に阻まれた。頭は組みつきで隠されている。
まだ撃てはするが、これ以上は同志撃ちの危険が高すぎる。下手にベテランの視覚部位を打っても困る。
「(こいつ、自分の位置と俺らの角度……把握してやがる。やべーわ)」ベテランは悟る。
やべぇわ。強いな。相手にしたくねぇ〜!
同時に、奴を“近接に引きずり込めた”ことだけが、唯一のチャンスでもあった。
近接馬鹿に勝てるか分からないが、あんな飛び回られるよりも勝ち目があるはずだ。テンション上げろ!!!
バックステップ。一瞬ベテランは下がり、ニュービーとタイミングを合わせる。ベテランを再び盾にする為、ジョンはまた直ぐに迫る。
ヘイローがないんだろ!?このまま叩き殺す!!声を上げる。
「ニュービー、銃剣構えろ!三点固定で前へ!」
「了解──ッ!」
ニュービーはアサルトライフルの下部に伸びた銃剣を起こし、低く構えた。三点固定、つまりは銃剣突撃に最適化された構えに切り替えて、銃を三点で固定しながら前進する。
銃全体を前腕の延長として扱う、カイザーPMC式の
対して静止したジョンは──拳を軽く握り、逆手に
迎え撃つ、ゲヘナ式近接格闘術──暴力のために研がれた合理の塊。
「行くぞ!!」
ベテランが一歩踏み込む。床をえぐるほどの踏み込み。サイバネ強化された脚部が地面を押し砕く。
ジョンがそれを静かに迎えた。
金属音。鋼鉄の左腕に沿って生えた剣と、肉の体がぶつかったわけではない。ジョンが拳銃のスライド側面をブロックとして使ったのだ。
「野郎!」
そんなことは読めている!
ベテランは止まらない。
右腕の強化フレームを最大限利用し、ブロックである拳銃に剣を食い込ませ続ける。そして、もう左腕に生える剣でジョンを押しつぶすように近距離へ寄せる。
サイバネティクスした機械人の “押し込み力” は人間と比べ物にならない。正面からならあの身体能力でも耐えられないはず──
だが。
ジョンは押し込まれた腕の関節を逆に利用して、身体ごと沈み込み、ベテランの股の下を潜った。
「なっ──!」
次の瞬間、姿勢を立て直したジョンの膝蹴りが、背後から脇腹の内部装甲を叩き割った。衝撃で胸部内部の複合内部装甲が悲鳴を上げる。壊れなかったのは改造によるその防御力の高さの表れだろう。
「ぐあッ……!」
その隙を追撃する間も無く、背後をとったニュービーが横から入る。
銃剣を真横から滑らせるような、まさに兵士の一閃。刺すのではなく、ジョンの進路を切断線で塞ぐ一撃。
「仲良いね君ら」
ジョンはそれを「読む」ように後退し、逆手でグリップを握っているG19の銃身でライフルとともに振られる銃剣を弾くと、ニュービーの膝へとローキックを当てた。
関節の可動が一瞬止まる。
まだだ!!
ニュービーは膝が落ちても前へ転がり、銃剣を突き上げた。それは素人にはできない、訓練と強化を積んだ“殺すための動き”。
だがその突き上げは──
ジョンがニュービーの手首を払い上げた瞬間、銃身の重さに引かれて大きく軌道が上がり、
隙が生じた。
そこへ、ジョンの肘がニュービーの喉にめり込む。
「──がッ!」
呼吸系機関が一瞬途切れ、ニュービーがよろめく。
「ニュービー!!」
ベテランが横から殴りかかる。サイバネの腕は人間の頭を軽く破壊できる重量と速度がある。
それを──“見て”いた。
ジョンは拳銃のスライドを掴んだまま、ベテランの腕の進行方向へ自分から踏み込み、
肩で衝撃をずらす。
衝撃は殺し切れない。
だが軌道を少し逸らせばいい。
ベテランの拳がある建物の壁を砕き、粉塵が上がる。
それが壁の残骸から解放される前に、ジョンはその腕に絡みつくように掴み、ベテランの肘のサーボを、「ここか。」、マチェットナイフを肘裏へ深く差し込んだ。
サーバユニット。腕の屈曲•伸展用の自動制御装置。壊されれば腕が死ぬ。
ギギギギギギッ──!!
「ッッあああああああ!!」
老兵の肘関節の補助モーターがねじ切れ、火花が散って崩れ落ちる。老兵の視界は赤色の警告色に一瞬染まり、近くの病院に行くように脳が自動的に勧める。すぐにそれを打ち切る。
ニュービーは地面から立て直す。
「俺たちのキャリア邪魔すんなら──、全身ミートパイにしてやるよ!!」
心は熱く、だが脳味噌はクールに!ニュービーは冷静だ。数年の訓練を思い出せ。特殊科に入るまでの努力過程を、思い出せ。
銃剣を構え、叫びながら踏み込む。彼の動力炉と油圧がフル稼働し、足元に亀裂が走るほどの加速。
「クーニー病になるぞ馬鹿が」
その瞬間、ベテランの頭にジョンの拳がめり込み、無力化される。その機体から力が抜け落ちる。そのまま地面に突っ伏していく。
脳震盪、あるいは…ベテランが生きているか分からない。やるしかねぇな!!俺よ!!一度きりの人生、逆らう奴ムカつく奴、全てに中指立てていこうぜ!?
ロックンロール!!
「食う訳ねぇだろボケが!!」
怯まずに、まっすぐ、一直線にジョンへ向かう。その勢いなら、この化け物といえども受けきれない──
だが。
ジョンは倒れゆくベテランの体を“盾”として前へ押し出し、ニュービーの進行方向へ滑らせる。
「ッ──!」
ニュービーは咄嗟に軌道を変える。人間的ミスだ。だがその一瞬の迷いで、踏み込みのスピードがほんの少し落ちた。
そこで老兵の体を避け、瞬時にジョンが入り込む。
「仲間思いなことだ。」
仲間思いだとは。精神性がまるでなってない。アサルトライフルに共通した改造と個人改造が見られるからどこぞの会社か団体と思ったが、使い捨ての傭兵だろうか。まぁいい。
ジョンがG19のグリップでニュービーの側頭部を打つ。ニュービーの視界が一瞬白む。
続けて体を沈め、ボディブロー。
拳がニュービーの腹部装甲の隙間に滑り込み、内部の冷却剤パイプを潰した。
「ぐ、ッ……!」
ニュービーが膝をついた。
ジョンは静かに、銃口を撃てるように持ち替えた。足でベテランの機体を抑える。あと一歩踏み込めば、止めが刺せる距離だ。
「動くな。」
銃口がニュービーの頭に向けられる。
「呼吸機関以外で冷却ができないからな。下手に動くと文字通り体が溶けるぞ。」
ベテランは呻いて目覚め、状況を見て、決着を悟った。そして言う。
「参った、降参だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。」
「誰の命令で来た?」
ジョンは俯向けの老兵に銃を押し付け、地面と腹を密着させるようにマウントを取った。劣化したコンクリートの道路が手首に刺さる感触と冷たさが直に伝わる。老兵の生殺与奪は完全に掌握され、微かな動きすら許されない。
「…あまり言いたくねぇな。」
かすれた声だった。しかし拳銃の先端はさらに頭へ食い込み、圧力が増す。
「言ったら見逃してやるよ。殺しはやってないんだ。」
あー怖。本当かどうか。情報がある限り、コイツは俺たちを殺さない。見せしめはあるかもだが。
「分かった分かった、話すよ。命令したのはカイザーPMCの理事だ。よく知ってるだろ?」
ジョンは溜息を吐き、燃え盛る自身の家を見遣った。”マーケットガード”の消防車がやってきたが、既に全て燃えているだろう。物的な物は何もかも。
「…囲い込みでも望んでるのか?」
「まぁ、こんなご時世だ。彼も使える駒が欲しいんだろう。今、その目論見は台無しになったわけだが。」
確かに、シャーレの先生によって暴動その他は収まった。だが、完全に収束したわけじゃない。
「笑えるな。」「あぁ、マジで笑える。理事もバラされちまってはざまぁないな。」
ジョンと老兵は軽く笑った。乾いた煙の匂いが口の中に残る。カイザーへの依存は元より期待していない。金はあるが、信頼というものはそう簡単には買えない。皆無の信頼が0になっただけだ。
そして、理事の仕事をまだ受けてやるべきか否か。まぁ、金は有り余るほどあるが、まだ信頼には応えるべきか?
「なぁ、どうしてそんなに遠い…!ヘイローもないのに、俺たちと何が違う!?どこが、どうして違う!?」
思考は打ち切られ、ニュービーの叫びに向かう。
「五月蝿いな。お前たちも十分強かったよ。」
老兵はその衝突を止めるか迷った。いまや我らは彼の掌にあるのだから。
しかし、彼が殺すほどの激情を抱いているように見えなかったから止めない。敗北は強くなるために大事な要素だ。
「じゃあ…何故!?」
「俺は…歩きスマホというモノをしたことがない。羨ましいよ。それをしても死なない人間は。」
真にその全てを捉えていた。言葉の端々にその深淵が滲む。周囲に散らばる瓦礫破片、壁に残る銃弾痕、焦げたコンクリートの匂い。
「古代人曰く、人間は考える葦だ。俺はよく考えている。巨木であるお前はどうだ?よく考えているか…?」
「俺は0から100まで考えている。その鋼鉄の体に甘んじて、行うべき思考を、無意識に放棄しているんじゃないのか?いつ自分が死ぬか、何者でもなく死ぬ恐怖を覚えたことはあるか?」
あるさ。だが、お前の方が強く、そして常に死の側にいるのか。マジでやったつもりだったが、足りなかったか。
「確かに、お前達は強いよ。一般的に見ればそうだ。並大抵の生徒は敵わらない。だけど、俺ほどじゃない。空崎ヒナにも敵わらない。」
「俺にはヘイローが無いが、天賦の肉体がある。空崎ヒナには圧倒的な神秘がある。」
「お前達は強いよ。だけど、
「死ぬまで敵わないのか。」
彼は返した。
「格闘訓練がない機体スペック頼りだったら初動で潰してるよ。」
彼はその褒め言葉の後、上着からタバコを箱から取り出し、丁寧に着火した。吸引とともに火が着き、小さく煙を浮かせる。
「…俺は新たな自身を見つけたいと思っている。」
ニュービーの胸がわずかに上下する。呼吸が熱く、鼻腔に煤が絡む。彼の鎧の内側へと問いかけられ、答えに詰まった。
老兵は訊いてやった。
「自分探しか?最後の審判の日に、自我を差し出すために?神に賞賛されるために?」
「いいや?」
ジョンは静かに立ち上がる。
「ただ死に切れないのさ。」
コンリートをタップする足音が瓦礫の間に響く。周囲の空気が熱と煙で揺らめく。
「俺の邪魔をするなら、殺す。理事にそう伝えろ。」
彼は一歩踏み出し、どこかへ去ろうとする。
「おい!」
ニュービーの呼びかけに、まだなんかあんのか?とダルそうな顔をして、振り返る。
「これ、返すよ」
ニュービーは背中の小さなバックパックから一つのレコードを取り出した。それは───。
「伝説の限定品だろ?俺も欲しかったんだ。どうせ燃えるならと、火事場泥棒して聴いてやろうとも思ったが、こんな風に見逃されちまったしな。」
気まずそうに目を逸らしながら、ニュービーはそう言った。やったことにして対して、なんとまぁ誠実じゃないか。
「アンタに返すよ。他は燃えちまった。悪かった。言い訳だが、仕事だったんでな」
ジョンは笑った。「盗人め。」嘲りではなかった。とびきり笑ってやった。とびきりの笑みで、可笑しそうに。
「それはくれてやるよ」
彼は小さく笑いながら暗闇の中へと消えていって、見えなくなった。突っ伏したままの彼らはカイザーに救援を呼び、そして運ばれていった。空はずっと暗い。
そのレコードを除けば、家はまだ燃えていた。火を吐く。レコードの再生装置に火が着く。演奏されることはない。
今までのその歴史を、物語を、全て燃やしつくしながら、家はまだ燃えている。
(前略)……だが、たとえ宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知ってるからである。