Spider-Man:Lost archive 作:ネギャー
カーテンの隙間から朝日が差し込み、ベッドの上で眠る青年の顔を照らす。小鳥の囀る音と共に、小さく呻き声を上げながら青年は目を覚ました。
「ぅう……今何時だ……。」
眠い目を擦りながら枕元にあるメガネを掛けて目覚まし時計の時間を確認すると、残念なことに既に起きるべき時間を大幅に過ぎていた。
「マジかよ!いつもより最悪の月曜日だ!!」
その時刻表記で一気に覚醒し、頭を抱えて目覚まし時計を投げ棄てながら近くにあるタンスを大急ぎで漁る。
青いボーダーの寝間着をベッドの上にポイ捨て、休日のうちにクリーニングへ出していた新品同様のシャツに青いネクタイを着け、その上に赤いパーカーと青いジャケットを重ねて羽織る。急いでいても普段のコーディネートは欠かせない。
ドタドタと足音を鳴らしながら荷物を詰め込んでいると、階下から漂ってくるベーコンとトーストの匂いから朝食も作り終えた事が分かる。『同居人』は既に食事を済ませて家を出てしまったようだ。
机の上に置いてあった設計図や読みかけのレポート、着替え用のTシャツと白衣をリュックサックに敷き詰めて、入らなかったスケッチブックと筆記用具を手に自室を出る。
ベーコンとスクランブルエッグを挟んだトーストを片手に狭いアパートから飛び出し、キチンと鍵を閉めてドタドタと音を立てながら階段を降りて行く。
靴箱に置いてあったリボルバーはしっかりと腰のホルスターに入っている、この街では銃を持っていない人間の方が珍しい。丸腰で歩くのは、文字通り全裸で戦場に飛び込むようなものだ。
彼の名前はピーター・『ベンジャミン』・パーカー、ミレニアムサイエンススクールに通うエンジニア部の二年生。この世界でたった一人の男子生徒だ。
叔父からの勧めでキヴォトスにやってきたが、彼が想像する学園生活とは程遠いものだった。周囲では銃弾が飛び交い、部活動では部室が吹き飛ぶほどの爆発がしょっちゅう起きる。
他の生徒は銃弾に当たっても何故か無事で、彼には無い『ヘイロー』を持っていた。二年生になってからはミレニアム外に出ることは少なくなり、注目の的になっていた一年生の頃と比べれば周囲はかなり落ち着いたと言えるだろう。
「あっ、待って!そのバス乗ります!待って……待って…!」
普段乗っていたバスを目の前で乗り逃し、サンドイッチを持った手を差し出したまま途方に暮れるピーター。「あれに乗りさえすれば間に合ったのに……。」と、自分が寝坊したことは棚に置いてバスに悪態をつく始末。
比較的新しいが、学校からは遠い場所にあるアパート、ミレニアムの自治区内だが、他校の方が近く時折引越しを考えることもある。けれど、『同居人』はこのアパートでないと都合が悪いようだ。同居というか殆ど居候の身であるため、こればっかりはどうしようもない。
「……次のバス、待つかぁ。」
バスの中で食べるはずだったサンドイッチを頬張りながら、小さく白い息を吐いた。
二年生の冬、今日は待ちに待ったミレニアムエキスポの日だ。こんなことでは発表に支障が出てしまう……そう考えると、余計に気分が沈む。
数十分待ってようやく次のバスが到着し、読んでいたニュースアプリを閉じてバスに飛び乗った。ミレニアムに似合わず、ここら辺のバスはどれも古臭く暖房なんて親切なもの付いていない。
外とあまり変わらない気温に身を震わせながら、充電式のカイロを手に身を縮める。
「早く着かないかな。」
後ろへ流れて行く景色を瞳に映し、今日発表する装置について思考を巡らせていた。装置自体は完璧なのだが、まだ全ての原稿を頭に入れられていない。完璧な装置を見せても、その魅力の40%しか伝わらない。しっかりと技術者が言葉で伝えなければ100%理解させることは出来ないのだ。
スマホのメモに記しておいた原稿を読んでいる最中、モモトークの通知が鳴った。
『ピート、今日は大事な日だから遅刻は厳禁だよ。』
『分かってるよウタハ、先輩たちの分まで一緒に頑張ろう。』
『そうだね。』
『そうそう、君の友人がさっき部室に来てたから学校に着いたら連絡してあげなよ。』
『OK、ありがとう。』
『ps.原稿の読み込みを忘れないように。』
モモトークを閉じ、深く息を吐いて背もたれに寄りかかる。メッセージに書かれていた「友人」に思い当たる節は1人しか居ない。エンジニア部以外の人間で友人と呼べるのは……彼女だけだ。
モノレールが走る未来都市、ミレニアムの印象はそんなところだろうか、バスからさっさと降りてモモトークを片手に校内へ、そして部室へ向かう。その道中、例の友人に電話をかけた。
『こっちに来てるって?今部室に向かってるけど、今どこに居るの?』
『まーた遅刻ですかピーター、あなた達が大きな成果を発表すると聞いたからわざわざここまで来たというのに……。』
『悪かったって、それに発表までにまだ少し時間があるよ。ギリギリセーフ。』
『いえ、その前に話したいことがあったんですよ。電話より直接話した方がいいですね。適当な所で落ち合いましょう。』
『OK、じゃあ考古学部の燃える人間が展示されてる横の自販機前で。』
『わかりました、では待っている間に缶コーヒーでも買っといてくださ』
電話を切る。
ミレニアムエキスポで盛り上がっているミレニアムだが、ピーターはそのテンションにイマイチ乗り切れなかった。オタク気質な生徒が集まる学校が盛り上がるとなれば、その盛り上がり方も少し他とは違うのだろう。
BANG!!
ほら、早速銃撃戦。展示物の列に割り込んだとか何とか言い合いながら撃ち合っている。テンションが上がった分、引き金も軽くなっているのだ。だがピーターには止める理由もないし、止められる程の力もなかった。その様子を傍観しながら、ふと傍らに現れた影に目をやる。
「おはようございます、ピーター。今日は寝坊ですか?」
視界の端にピンクの髪、肩まで切り揃えられた艶やかな髪は彼女が首を傾げると共に揺れ動く。頭のてっぺんに生えたアホ毛も同様に。
「おはよう、カヤ。連邦生徒会での仕事は順調かい?」
遅刻の件はスルーして、不知火 カヤの話にすり替える。
「えぇ、勿論。なんといってもこの超…」
「超人ね、いちいち名乗らなくてもそれくらい凄いのはわかるよ。」
『超人』という言葉に固執しているのか、話を途中で遮ったことに少し眉を顰めるカヤ。だが褒められて悪い気はしないので小言はやめておいた。
「最近はSRTの対応で朝から走り回っていますよ。今日は久々の休日ですが、あなたのために使ってあげます。」
ふふん、と腰に手を当てるカヤ。どうだ優しいだろう?と言いたげな表情だが、否定する理由はピーターになかった。寧ろ、連邦生徒会の忙しさは知っているためわざわざ来てくれた事を案外嬉しく思っている。
「ありがとう、それで話って何?」
「…連邦生徒会長があなたの事を呼んでいます。」
「連邦生徒会長……って、あのキヴォトスで一番偉い人?」
「私も理由は分かりません、ですが生徒会長はあなたをご所望のようですよ。全く、何をしたんですか?」
「正直、心当たりは色々あるけど……まぁ分かった、近いうちに連絡をとって直接会ってくるよ。」
「できるだけ早くしてくださいね、私だって会うのが難しいんですから……。」
「へぇ、そんなに凄い人なんだ。」
「それはもう……!
……今から語ればミレニアムエキスポが終わってしまいますから、帰ったら自分で調べてみることですね。」
「気が向いたらね。そうだ、ちょっとここら辺の展示物見ていかない?ほら、目の前にあるヒューマントーチが封印されたカプセルとかさ。」
指を差した先にあったのは、瞳を閉じている少女が入った透明なカプセル。このミレニアムエキスポの目玉と言っても過言ではないほどの発明品だ。
……発明品には違いないのだが、実際に人造人間として少女が作られたのは百年以上前だと言われている。考古学部がそれを発掘し、今回の展示に至ったというわけだ。
「彼女があのヒューマントーチ……燃えているようには見えませんけど。」
「空気に触れたら燃えるらしいよ、ただ今彼女に刺激を与えたらどうなるか分からないからあのまま保存しているんだってさ。彼女の燃焼原理を解明出来れば、表彰間違いなしなんだけど……。」
メガネをくいっと上げながらヒューマントーチを眺めるピーター、科学者的視点から見ればその全てが好奇心を煽るようだ。
「不思議ですね、昔の英雄がこうして目の前に居るなんて。」
「超人を目指しているなら、彼女やキャプテンを目標にすればいいんじゃない?スーパーヒーローってなんかカッコいいじゃん。」
「私が今目指しているのはヒーローじゃなくて連邦生徒会の防衛室長ですよ、それにヒーローなんて今の時代必要ありません。」
ヒューマントーチは、かつてキヴォトスを救った英雄の一人だ。コミックでは悪の秘密結社を倒したあと自らカプセルに入り眠ることを選んだという。ヒーローという存在を世間に浸透させたチームの一人であり、授業でも度々登場するため歴史の転換点とも言えよう。
「まぁ、ヒーローも今じゃ映画とか漫画のキャラだからねぇ。平和とは言えないけど、カヤ達のお陰である程度の治安は守られてるし…象徴的な英雄は必要ないのかも。」
ヒーロー気取りの自警団や連邦生徒会に所属している超人は居るが、漫画のようなスーパーヴィランはいないし世界を征服しようとする悪の秘密結社もいない。青春と火薬とちょっとの流血で済んでいる今のキヴォトスは、英雄を必要としていないように感じた。少なくとも今のピーターはそう思っている。
「意外ですね、ピーターなら『ヒーローになりたい!』とか言い出すのかと思ってました。」
「できっこないよ、そんなこと。それに、もし超人的な力を手に入れても誰かのために使うとは限らないからね。」
肩を竦めて自嘲気味に笑うピーターを見て、カヤは何か言いたげな顔で小さくため息を吐いた。
「…ほら行きましょうピーター、色々見て回るんでしょう?」
「うん、おすすめの展示物が近くにあるんだ。二、三個見たらエンジニア部に戻るね。」
ヒューマントーチの展示から離れ、付近の展示物を見て回る。
ピーターがオススメしていたヴェリタスとエンジニア部の共同プロジェクトである宇宙探索計画は、エンジニア部製のロケットとヴェリタスの人工知能を組み合わせた夢の計画であり、未開拓の宇宙に一歩踏み出すことを考えればロマンが溢れて止まらない。
鳥人間部は人間を自在に飛行させることを目的とし、前回のミレニアムエキスポで大事故を起こした部長は不在で、部員のみでブースを運営していた。人間を容易く浮かせられる高出力のブースターや、狩猟用に設計された無数の剣で出来た翼など、これまたロマンを体現したような心躍る展示物だった。
ゲーム開発部はゲームを展示していた。
生物学部では爬虫類の再生能力を人間に付与する近未来的な計画を発表した他、身体的に不自由な人に対してサイの身体機能を模倣したスーツを着させることで通常通りの生活を送れるようにしたり、通常の何倍もの電気を蓄えられるデンキウナギを生み出し発電に利用するなど科学力を日常生活に活かす研究を行っているようだ。意外にも、カヤの興味を引いたのはこれらの研究だった。
「そんなに興味津々だとは思わなかったよ、宇宙とか空を飛ぶ展示物の時は反応薄かったのに。」
「宇宙や飛行よりも、こういった技術が人々を幸せにしていくと思うんです。もちろん、他の研究も人類の発展には必要不可欠ですよ?ですが一般人の手の届く範囲であれば、様々な人が科学の進歩に関心を示すはずです。」
「へぇー…なるほどね。」
エンジニア部が関わっていた宇宙計画よりも此方に関心されてしまったため、少し嫉妬を覚える。けれどカヤの言葉にも一理あり、研究者視点で考えていたピーターの思考を見直すきっかけになった。
「やあ、ピーター。私の研究は気に入ってくれたかな?」
「おお、加藤先輩じゃないですか。お疲れ様です。素晴らしすぎて友達が僕の研究より惹かれてるってことを除けば、気に入りましたよ。」
並べられた展示物を眺めている最中、白衣を着た緑髪の少女が片手を振って話しかけてきた。カヤの目を引いたのは、もう片方の腕が無かったということ。
「紹介するよカヤ、この人は加藤 コナツ先輩。生物学部の部長をしている三年生だ。先輩、こっちは友達の不知火 カヤ、連邦生徒会の防衛室に所属してるエリートです。」
「こんにちは、カヤ君。私の研究に興味を持ってくれて嬉しいよ……あぁ、腕のことは気にしないで。生まれつきだ。」
「初めまして、会えて嬉しいです。不勉強ゆえこの分野には疎いのですが……本当に素晴らしいと思います。もし良ければ、連邦生徒会でこれらの展示物を紹介しても?」
「もちろんだとも!いやぁ、今日は恵まれているね。君と仲良くしてて良かったよピーター。」
固い握手をする二人を眺めながら、満足気に微笑むピーター。
しかし、その頭上には一匹の蜘蛛がゆっくりと這っていた。この小さな蜘蛛が彼の人生を変えるなど、誰も想像しなかっただろう。
「というか加藤先輩、目のクマ酷くないですか?髪もボサボサだし……いやそれはいつも通りか。」
「ああ、ミレニアムエキスポが始まるまでに完成させたい研究があってね……こっちに来て。」
コナツに手招きされ進んだ先には、透明な箱に入れられた蜘蛛が展示されていた。木の枝に掴まり、死んだように静止している。
「蜘蛛……ですか?」
ケースに近付き、眉を顰めながら蜘蛛を見つめるカヤ。ピーターは一歩離れたところから蜘蛛を見ていたが……ふと、蜘蛛が此方に顔を向け目が合ったような気がした。
それが異様に不気味で、寒気を覚えたピーターは目を逸らしながらまた一歩下がった。
その時、天井を這っていた蜘蛛が力尽きてポトリとピーターの手の甲に落ちてきた。手に違和感を覚えたのも束の間、蜘蛛はその命が燃え尽きる直前、反射的にピーターの手に咬みついた!
「痛っ……。」
痛みを覚えた手を振り払い、咬まれた傷口を見る。二つの小さな穴が空いているだけで、大した傷には見えなかった。
(落ちてきた蜘蛛に咬まれたのか……毒がなければいいけど。)
「……ター、ピーター、聞いてますか?」
「あ、あぁごめん。ちょっと考え事してて……それにその蜘蛛ちょっと不気味。」
「蜘蛛ニガテだったかな、付き合わせてごめんね。」
「いえ、別に構いませんよ……あ、そろそろエンジニア部の発表があるので失礼しますね。カヤ、加藤先輩に迷惑かけないように……それじゃ!」
違和感の残る噛み傷を擦りながら、二人に別れを告げてエンジニア部へ向かうピーター。しかし、傷跡が妙に熱く徐々に視界がぼやけ始める。
(あぁ……これちょっとマズイかも。)
ズキズキと頭が痛みだし、近くの柱に寄りかかって深呼吸したのも束の間、ずるっと身体を支えていた足が崩れて息を吐く間もなく地面に倒れ込んでしまう。
「あれ、パーカーくん…?どうしたの!?誰か救急ロボを呼んで!」
耳も遠く、視界も朧気になっている中、心配そうに揺れる赤い髪が最後に目に映った。
薄れゆく意識の中で、ピーターの心臓は、人類のそれとは異なる……未知の鼓動を刻み始めていた。
ヒューマントーチはファンタスティックフォーではなく、初代ヒューマントーチのジム・ハモンドが元ネタです。