序章:霊長の境界_01
「力が、欲しい……か……」
終局特異点を超えて、亜種特異点を平定し、そして地表が漂白されてしばらく。
私の認識通り、マスターたちは困難にぶつかりながらもそれらを乗り越え、空想樹を切り倒していった。
ロシア異聞帯で雷帝を打倒し、北欧異聞帯で強襲してきたシグルドを相手取ったとき、私は気づいてしまった。
「それも圧倒的な力が……」
アンティコ・フォーミング。
これは科学文明のテクスチャを、私が歩いた場所に上から張り付けるスキル。
おそらく野人を文明人にした結果として獲得したものなのだろう。能力としてみれば上手く嵌れば無法を極めたような代物だ。なにせカルデア防衛に際して魔神柱を一方的に潰すほどの能力。なんならテクステャを上から貼れる時点で一サーヴァントが保有していていい効果ではない。
ただし、これは私が歩んだ場所に限られる。
メソポタミアにてギルガメッシュが『歩くだけでテクスチャを削ぎ落す卸金』と評した能力がこれだ。
文字通り歩く必要がある。そして貼れるのが科学文明のテクスチャ。つまりそこにいて不自然のない連中や行動にはなんら意味をなさない。具体的にはオプリチニキとか。シグルドとか。李書文とか。
神秘に頼った存在、魔術的な存在や技術に対する致命的なメタにこそなれど、槍術やら体術やらの技術には何ら一切の効果がないのである。
加えて、エミヤの協力のもと固有結界の挙動を確認したところ、持続性は高いがどうもそれと比べて優先度が低い。つまり固有結界に上塗りされるのでそういう意味でも無力になる。
「そうか。獲物を仕留めるだけであれば不要なものだ。無論、おまえにそれは望まん」
「そんな……」
最近、召喚に応じてくれた大英雄。カルナを前に、ザヴァングは膝から崩れ落ちた。
そう、弱いのだ。自分は。
具体的には攻めにかかると、あの槍が当たらないことに定評があるケルトのランサーにあまりにもアッサリ転がされるくらいには弱いのだ。エミヤ・リリィは一瞬とはいえ持ちこたえたというのにこちとら瞬殺である。
次に切除する異聞帯はあのアトランティス。内心ではボロボロにこそなれど、マスターは問題なく空想切除して戻ってくるだろうと思っている。ただそれでも、近くで見ているとその痛ましさは目に余る。
ここから更に運命力やらなにやらを消耗するという、破滅まっしぐらな攻撃手段すら取り始めることになるのだ。あまり介入すると持っている知識との乖離が起きるため好ましくないが、それでも流石にこれは一人の人間に背負わせていいものではない、と思う。
加えてそれを使った者に、神霊系のサーヴァントは非常に強い嫌悪感を覚えるという。
おそらくそれは『老衰による死』という、神とは無縁の概念の残滓によるものだろう。そういう意味では私は影響を受けることはないと思うのだが、もし万が一にでもそんな態度をとるのは避けたい。自己嫌悪で自害しちゃうランサーになる自信がある。
そういったもろもろの事情を加味して、
そこからは散々なもので、シグルド相手に重傷を負い、李書文相手に惨敗を喫した。自前の
異形や魔術師関係には一方的と言って差し支えないものの、それでも結局はマジックキャンセラーとでもいうべき置物。承認欲求モンスターな私には耐えがたい屈辱である。
中国異聞帯を攻略し、ようやくノウム・カルデアに到達した今がその戦力拡充のチャンスなのだ。
「もとよりおまえは戦う英霊ではない」
ものすごくボロクソ言われているようだが、要約するとおそらく『あなたの能力は対人向けではないので無理はしなくて大丈夫です。私や他の対人戦が得意な人に任せてください、適材適所でやりましょう』とかそんな内容……の、はずだ。わかっている、わかっているが結構心に来る。これは確かに知らないと怒る。
そんなわけで彼の持つ貧者の見識を当てにしたのだが、それにも匙を投げられているところだ。
「ですが、目からビームも出さないカルナさんから一本も取れないなんて……」
「道理だろう。オレは戦士だが、おまえは狩人。土俵が違う」
そう、対人戦能力が皆無なのだ。
しかしカルナをはじめとする戦闘に長けたサーヴァントは、当たるのと有効打になるのは別とばかりに対処する。具体的には
「確かにそうですが、マスターくらい守れないとサーヴァントの名折れといいますか」
「それは無理だろう。諦めることだな」
「そんな……」
跪いて項垂れていると、何やら警報が鳴り響いた。
何事だろうとカルナとともに管制室へと駆け込めば、ペーパームーンに視線を落とす知識陣の姿。その視線の先にあるペーパームーンは暗く暗転していた。
知らない。そんなイベント、私は知らない。
「不測の事態と見たが、何事だ」
「今のところ、情報が足りないと言うほかない」
思案顔でペーパームーンを見つめるホームズに代わって、ダ・ヴィンチちゃんが言葉を続ける。
「おそらく、これは宙から落ちた影だろう。ただ、わからないのが異聞深度、人理定礎両方ともにEx。つまりこれは異聞帯であると同時に人類史の重要なターニングポイントとなった特異点であることを主張している」
「シバの観測でも特異点と異聞帯、両方の性質を併せ持つという結果が出てますね。加えて空想樹の反応はナシ、意味が分からなくて頭が痛くなってきます」
困った困ったといった様子でシオンは肩をすくめて見せた。
「ただ、すぐ何かが起こるというわけでも無いようです。あからさまな異常ではありますが、急を要するタイプではないとだけは。それに空の上にある特異点にどうやって向かうかという問題もありますし」
「シャドウボーダーはさすがに空を飛べないし、気持ちが悪いけれど後に回すしかない……か」
モヤモヤするものを抱えたまま、話題が流れそうになったその時だった。
「大変です、マスターの意識が!」
駆け込んでくるマシュ。その報告に何かを察する面々。
藤丸立香のレイシフト適正驚異の100%は伊達ではなく、眠りにつくことで何処かの特異点に誘われるというある種厄介な性質はすでに周知の事実となっていた。
あからさまな異常、そしてマスターの意識喪失。この二つを結びつけるのはあまりに自然な流れだった。
「マシュ、藤丸くんのバイタル確認。すぐに対応を!」
「了解しました、ダ・ヴィンチちゃん!」
ダ・ヴィンチちゃんの指示が飛び、にわかに忙しくなり始める。
「藤丸が悪いわけではないのはわかっているのだがね、なぜこうも次々と問題が飛び込んでくるのか……」
そんな隅で、新所長が胃を痛めていた。あとで胃薬でも差し入れるべきだろうか。
特異点と異聞帯、両方の性質を併せ持つ♠