中央教会、教皇庁にて神官長である彼女は自室の鏡の前でヘアセットに勤しんでいた。
外見的な威厳というのは大切なもので、みすぼらしい姿で富を得る方法を説いたところで聞く耳を持つ者はいないだろう。外見という要素は非常に残酷であり、利用がかなうなら非常に有用だ。
背筋が伸び、衣装が美しく、顔のパーツが整い、髪型がキマっている。細々として複雑奇怪、しかし我々はそれを判断基準に据えるように進化してしまった。或いは求める進化の先に起こる不具合なのかもしれないが、利用しない手はない。
すべては我らの歩みのために。
我々の種族の大部分は愚衆だ。思考力に乏しく、唯々諾々と従うことに慣れ切った。
齎すものの言葉に傾倒し、連中は自らの足で発展することを放棄した。
それは唾棄すべき愚行、怠惰、言葉に尽くしがたいほどの無知蒙昧。
だからこそ、自分がこの跳躍の儀式を生き残らなければならない。
我々の種族が自らの足で歩み、考えられる、美しい真なる霊長となるために。
濡烏色の黒い髪を下ろし、如何にも優しげな表情を作る。
愚衆が相手だとしても、それは助けるべき同胞に変わりはない。自分が優れているだけで、彼らとて仲間なのだから。
扉がノックされる。まだ礼拝の時間には早いはずだが、何か急ぎの用だろうか。
「どうぞ」
「失礼します。神官長様、セモス司祭より急ぎの便りが届いております」
扉の向こうには、見た覚えのある金髪の青年が居た。
身だしなみもしっかりしているし、なにより顔がいい。素晴らしい、満点をあげよう。
「ご苦労。セモス司祭、セモス司祭か……苦手なのだがね、あのご老人の相手は」
そんな見目のいい青年から手紙を受け取り、封を開き目を通す。
セモス司祭は偉大なるザヴァング、それに並ぶとも称される老賢者……。
いつから生きているのかすら定かではなく、その知見は並みの信徒を全て束にしてもかなわないとさえ言われる傑物。いつも好々爺然とした態度に騙されるものは多いが、自分の見立てではあの爺さんは間違いなく腹のうちに何か厄介な野望を秘めている。
「ザヴァングとの面会許可を求めているようです。三名ほど同行する者がいるとされていますがこれは……困りましたね」
同行希望者の氏名。ティアマト、という表記は間違いなくアレだ。
跳躍の儀式を執り行うようになり、いつの間にかこの大地に現れた原初の神。偉大なるものに近しい性質を有するが、その本質はそれと異なる神と称される存在だ。跳躍の儀式に臨んでいる者たちですら、触れるべからずとするアンタッチャブル。
そんな化け物が今更になってザヴァングに興味を持つなど、どういう風の吹き回しだろうか。
ザヴァングに何かあれば儀式は破綻しかねない。
可能なら断りたい、というより無理にでも断りたい内容だ。
加えて賢者と神の連名。きっと残りの二人もなにか一癖も二癖もある相手に違いない。フジマルリツカとエルキドゥ……聞いたことがないな。忘れているだけかもしれないが。
「セモス司祭が相手です。かの御仁は多少のことであれば目を瞑ってくださいますが、粗相があってはいけません。一般の信徒に教皇庁周辺に立ち入らないよう通達を出してください」
手紙の内容を改め、青年に渡す。名前、なんだったかな……。
「何かあれば私の名前を出してかまいません。ジョシュア君には言うまでもないと思いますが、くれぐれも乱用はしないようにお願いします」
そう、確かジョシュアだったはず。
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
「あまり根を詰めないようにね」
愚衆の名は覚えていられないが、彼は別枠だ。元々セモス司祭の助祭とはいえ、聡明で美しい。
そう、確か私がスカウトしてきたのだったか。自分はどうにも名前を覚えるという行為が苦手らしい。
しかし、どうせ名前など無意味になる。すべてが神の身元に招かれるのだから、覚えるだけ無駄だろう。
「なぜ、我らはこうも愚かなのか。なあ、キャスター?」
跳躍の儀式では境界記録帯からクラスと、それに応じた力を受け取ることができる。
しかしここ最近になって、自分はそれだけではないと気が付いた。クラスと称されるそれは元々はきっと誰かのモノだ。
完成した術式であれば誰かの力と適性、そして意思を降ろすことが可能なのだろう。しかし我々にはそれだけの能力がない。跳躍の儀式を遂行できているだけでも奇跡に等しいのだから。
「まったく、厭になるものだ」
結局、自分もその愚衆と大差ない、受け取るだけの存在だという事実が。
身嗜みを済ませ、足早に廊下を進む。
ザヴァングが安置されているのは教皇庁の最奥だ。道中には数代前に居たらしい千里眼持ちが刻んだ予言の石碑や、偉大なるものの残された聖骸布など貴重な物がいくつも展示されている。内容としては非常に胡乱なものだが、少なくともあの珍妙な品々を表に出すべきではないだろう。
それらに神が興味を持たぬよう、隠す必要がある。
通りすがりの司祭にそれらを隠すよう指示を出し、中庭を抜けて礼拝堂へ。
祈りを欠かしたところで、そもそも偉大なるものは信仰を求めていないのだから構わないだろう。不敬と言うものも居るだろうが、急を要することがあるならそちらを優先するよう言ったのは偉大なるものなので問題はない。
むしろ習慣にかまけたほうがよほど顰蹙を買うだろう。聖典を読むに、そういう方だというのがわかる。
セモス司祭のこと。便りを出した時点で恐らく出立済みで、直ぐにでもこちらに来るはずだ。
老人なのだから、もう少しゆったりと動けばいいものを。なににせよ、いつ来るかもわからない高位の司祭など悩みの種でしかない。
神官長、ナイアは倉庫から適当な道具を取り出し入口へと足を進めれば、そこにはセモス司祭とは別件で厄介な存在が居た。
「よォ、ナイア神官長。報告があるぜ」
白い髭を蓄えた、早々に見ない大男。バーサーカーのクラスを降ろした存在が座していた。
「これから客人がいらっしゃるので、手早くお願いします」
そんな相手に、冷たく当たってしまった私はきっと悪くない。
儀式の場が摩天楼だったのを思い返せば、地下鉄が通っているのはおかしなことではないのかもしれない。
しかしまさか、リニアが通っているとは思わなかった。それが藤丸の素直な感想だった。
「都会は賑やかで、人が多い。藤丸、母と、手をつなぎましょう」
「そんな必要はない気もするけど……」
駅から出て石畳の敷かれた大きな街道をまっすぐ行けば、教会が見える。デザインもセモス司祭の居た教会と同じものに準じているようで尖塔を有し、白を基調とした清潔感のあるものだった。
人通りも多いのだが、その人込みはティアマトを中心に大きく空間を作っていた。過去に何かやらかしたのだろうか……。
「藤丸、母と、手を……」
「僕も必要ないと思うよ?」
これだけ大きく、距離を取られていれば然もありなん。むしろ背丈的にはティアマトのほうが人込みに攫われそうだ。
「うぅ……二人とも、まさか、反抗期……!?」
「それは違うのではないでしょうか?」
セモス司祭もどこか面白そうに会話に混ざってきた。これは面白くなってきたぞ?
「母は、そんな子に育てた覚えは、ありません」
育てられてないから、そんな覚えはないでしょうね。
喉まで出かかったそんな言葉を飲み込み、ティアマトの手を握った。
しかし、現実は無常である。
「確かに親ではあるけど、育ててはいないはずだよ?」
言い放ったのはエルキドゥ。ウルクのキレた斧には、母の気持ちがわからなかったらしい。
正論パンチにティアマトは涙を浮かべているが、もうどうしようもない。セモス司祭に視線を向けるが、彼もどこか諦めた様子で首を横に振った。
なんだこの地獄。
そんなやり取りをしていれば、いつの間にか教会の近くまで来ていたらしい。
「だからよォ、緑髪の見たことねえ奴が跳躍の儀式に横やり入れやがったんだよ。ああ、そうそう、ちょうどああいう……いや、あいつだな」
「なるほど、儀式に妨害を入れた者があのような風貌だったと」
「いや、あいつだ。間違いねえ」
大柄な男がこちらを、エルキドゥを指さし神官らしい女性と何かを話し合っていた。
今までの傾向を見るに、神職の人たちは言葉を発するらしい。
「ナイア神官長、お久しぶりです。お手紙はご覧頂けましたか?」
どことなく、こちらに対して敵愾心を感じさせる。そんな中にセモス司祭は臆することなく踏み込んだ。
「オイ、セモスの爺さん。そこの緑のやつを引き渡せ、儀式に横やりを入れやがった罪人だ」
どうやら、穏便に事は進まなさそうだ。
弊社、ちょっと残業多すぎませんかね。肉体労働で残業増やすのやめてもろて……
なんかFateの設定拾った半オリジナルみたいな様相を呈してきたのですが、何話か進んだらドゥと母以外のサーヴァントも普通に出てきますんでご安心ください。しかし原作人気すごいなーと思うこの頃
思いのほかアンケートが拮抗しているので、日常回も長く詰まるようなら書きます
前日譚 + なんか雑多なアレソレの下に別途で章を作ることになると思います。時系列的には新所長が就任したあと、ノウムカルデア到達戦後くらいを想定しています