破られ、テーブルの上に散らばったそれを見て思わずため息を吐く。下手人に視線を向ければ、それは気まずそうに顔を背けた。
「弁解があれば聞きますが。それはそれとして、ドラゴンではなくネコチャンだとは思いませんでしたよ」
「これには深いわけがございまして。スイマセンこの通りです許してくださいなんでもしますから!」
「……ちょっとキツ目に折檻してもよさそうですね」
「すいません調子乗りました。ユルシテ、ユルシテ……」
漫才じみたやり取りだが、やってしまった物品がよろしくなかった。図書室で見つけ、妙に気になって借りてきた『観測された■■■■の記録』を、こともあろうにこの駄竜は修復不可能なレベルで木っ端微塵にしたのである。借り物、しかも魔導書。加えて言うなら飼い主としての責任問題にも発展する話だ。
とはいえ、そこまで価値が高い類ではない。せいぜい特異点の中で回収された、ちょっと気になる魔導書の域を出ないのは救いだろうか。
破壊されたことで魔術が解除されたのか文字を識別できるようになっているのだが、ここまで細かく念入りに破り捨てられた書籍から意味を拾うのは難しい。
そう、念入りに破り捨てられている。うっかり、などという様子ではない。
「それで、これは何が目的ですか?」
「……やっぱりわかっちゃう?」
今までのどこか弛緩した空気が、冷えたものへと変わっていく。
焼け焦げた紙切れをその短い前足で持ち上げた。
「じゃあ、ちょっと弁解させてもらうわ。俺らの存在に関する部分に結構深く食い込む話だから、いつか話さないといけなかったし。そういう意味ではちょうどいい。どのみち、魔導書自体はどんな手を使っても破棄するつもりだったし」
そういって、駄竜は散らばった魔導書の破片を集めて紙玉にした。
確かにザヴァングという存在には謎が多い。逸話の少なさ、知名度のなさに反した英霊扱いを筆頭に挙げればキリがない。汎人類史における明確な異物だ。石碑以外に存在した証明はなく、それすらオカルトの領域にある。顕現できても良くて幻霊が関の山だろう存在だろう。しかしそんな実態に反し、学校の怪談と同レベルの存在がなぜか超古代文明の主神として成立してしまっている。
「その魔導書に何か不都合があったと?」
「不都合も不都合。まあなんというかあれよ、最強バリアしてるボスのバリア解除アイテム」
「なるほど、それは確かに大事ですね」
聞けば思いのほか重大な問題を起こしかねないものだったらしい。
「俺らの存在ってさ、なんだと思う? いや、聞き方が悪かったかな。俺たちを担保してる神秘性って、何だと思う?」
神秘とは、理解できないものを指す。そして科学文明は、その神秘を解剖し、細分化し、カテゴライズし、ありとあらゆる手段で以て理解しようとする。故に科学文明は神秘を殺す。
「超古代文明の存在ってのは確かにあるけど、テクスチャは今の時代と同じもの。となれば、科学文明テクスチャにおける神秘って、何だと思う?」
であれば、その科学文明における理解できないものとは何か。
「基本法則? それか公理とか、世界の根本的な仕様のようなものですか?」
「そう。特に俺たちの存在をここに担保してるのは量子の重ね合わせみたいなもので、一つしかない物証を基にした自己申告。つまり観測されてないから好き勝手に設定を盛ってるっていうのかな」
量子の重ね合わせというのは、かの有名なシュレディンガーの猫だ。箱の中身を確認するまで猫は『生きているし、死んでいる』とされる。
カルデア的に身近なものでたとえるなら特異点の中の状態だろうか。特異点が未解決のままでは歴史が『正しい歴史』と『歪んだ歴史』の
早い話、中を確認するまで『考えうるどの状態かもわからない』ということだ。
そして私という存在は、その猫の入った箱に『生きてる三毛猫』といった風に好き勝手なラベリングが為されているらしい。つまり私の存在は確定しているが、その状態は可能性として存在しているだけで確定していない。
そして、それを確定させる手段が無いからこそ無理やりラベリングして『こうだ』と言い張れると。
「今この時代に石碑以外を観測されると不都合なんだよね。測定の定理に従って固有状態に崩壊しちゃうから、その時点でここに居る俺たちは英霊の座ごと消えかねない。ただでさえ英霊は遡及的因果に縛られてるところがあるし。できれば俺の頭の中だけで押さえておきたい内容だったんだが、まさか、観測記録がなあ……そういうわけだから、スマンけど処分させてもらった」
ヴァンはテーブルに散らかったそれをくしゃくしゃと丸め、ゴミ箱へと3ポイントシュート……を敢行したが縁にあたって床に落ちた。気まずい空気があたりに漂う。
「……ともかく、それについては俺がきちんと式部さんに謝罪するから気にせんでもろて」
「そういうことなら、私からも謝っておきます」
ゴミ箱の外に落ちたそれを拾い上げ、放り込む。
「でもそれ、特異点からの回収品でしたよね?」
「不幸中の幸いってやつだな。仮に誰かが目を通したとしても特異点の中の話で済ませられるし、関係のない特異点の中身はどれだけ観測されてもこちらに影響しないからね。仮に特異点で天体観測して俺らが見つかっても、こっちの俺らには……あ、今のナシで」
「いや、それは通りませんよ。詳しく説明してもらえますよね?」
30センチもない体を両腕でがっちりホールドし、ベッドに寝転がる形で押さえつけて逃走を封じる。
「……言わなきゃダメか?」
「なんでもするのでしょう?」
「クソッ、安易に語録に逃げたツケが……!」
いかに金属製といえど、たかが30センチ程度のマスコットを抑え込むのはたやすい。
手足をばたつかせ、翼まで総動員して逃れようとするが私の筋力はA+++である。+は条件付きでの出力だから平時はAだって? それでもAだ、組み付いたらエミヤ*1だって逃がしはしない。
「わかった、わかりました! 説明させていただきますので胸を押し付けるのをおやめくださいムラムラしても発散手段がないからやめて! 曲がりなりにも女の子なんだから慎みをもって!!」
「うるさいですよ。それで?」
「説明するにもちょっと、難しいというか面倒くさいというか。でも伏せておかないといけないこともあるから、言っていいことしか説明できんよ?」
了承した割に渋るが、先の説明から察するに開示するとまずい情報が混じっているのだろう。
「言えることだけで構いませんよ」
「いろいろすっ飛ばして説明するけど、特異点って聖杯が必ずしも必要なわけじゃないみたいなんだよね。聖杯パウァーで捻じ曲げちゃうのが手っ取り早いし、過去に送り込むにも手軽だから聖杯がなんかそのままイコールで特異点の原因みたいに認識しがちだけど。ほら、明確に歴史を大きく捻じ曲げるようなもの、居たじゃん?」
自分を指さし、その指先を私に向けた。
「文明も存在しない太古の昔に、チート転生者が好き勝手に超古代文明を築き上げたらどうなると思う? そうだね、特異点化だね。そんなわけで俺らの住んでたあの場所、なんと特異点です」
「知ってた」
「えー……、もうちょっと驚いたりしようよ。ところでザヴァングはさ、どこまで覚えてる?」
覚えている、というと生前の話だろうか。精々、縄文時代よりちょっと進んだ程度の文明に到達したくらいのものだろうか。少なくとも金属加工や、石碑に文字を刻むような技術はなかったはずだ。
「多分、俺のがよく覚えてるんだけどさ、あいつら金属加工技術習得したで」
「え、マジで?」
「口調口調。でもマジだよ、温度上げる手段なんて俺たちなら思いつくだろ?」
「まあ、その果てというかね。魔術を発見した奴が現れてな。ほら、あの小さいころにツノゼミくれたホモ居たやろ、あいつ」
「え、童貞貫いて魔法使いになったとかそういう冗談ではなく?」
「驚くのはわかるけど女の子がそういうこと言うもんじゃありません。魔術なんて面白そうなもの、研究するなっていうほうが無理な話じゃん?」
少々癪だが、その意見には全面的に同意せざるを得ない。
生前にそんな面白そうなものがあれば絶対にのめりこんでいたに違いないと断言できる。そしてこの目の前の駄竜も自分であるのは間違いなく、そうであるならまあ、そういうことだ。
「いろいろ端折るけど現代科学の知識総動員して魔術的に色々やったらさ、行けちゃったんだよね。宇宙」
トンチキだとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。まさか石器時代の初期も初期から一代で宇宙進出をキメる変態と自分が同一だと認めたくない。
「そういうわけだからさ、本体は今のところ宇宙で元気にやってるわけよ。見えないように隠れたつもりだったけど、多分あの観測記録はなんかそういう魔術でも使って天体観測してたんじゃないかな」
落涙で竜種被りキメて、加えてアイリスフィール出てきたあたりで被りを気にするのをやめました。ザヴァングは汚染聖杯だしヴァンは機械の竜種だし、ザヴァングとヴァンはほぼイコールだし、もう駄目ねこの作品。
相変わらず考えがまとまらないとかいう有様ですが、エタだけはどうにか回避するつもりです。ぶっちゃけ現状二章周り全部書き直そうかと思ってるくらいなので、ある日唐突になんか全部さし変わる怪奇現象が起こるかもしれません。