不眠不休、とまではいかないまでも慢性的な寝不足。医者の不養生という言葉は人理が焼却された現在、ロマニが一人で独占していた。
しかしそれでも魔術王の目論見は止めなければならない。そのためであれば多少の不調であれば安いもの。
「お疲れのようですね。コーヒーをお持ちしましたよ」
そんな思考で無理に作業を続けていたからか、ロマニは致命的なミスを犯した。
「ああ、ありがとう。助かるよ」
「調子が悪い状態で作業を続けるより、少しでも休んだほうが効率は上がりますよ?」
与えた後に対価を取り立てる神性を有すると目されている女神から、コーヒーを受け取ってしまったのである。
しかしそんなことなど、寝不足でぼんやりした頭では判断できなかったらしい。コーヒーに口をつけ、思考にかかった霧が少し晴れた程度では気づくことができなかった。
その後少し作業を続けたような気もしたのだが、気づけば睡魔に押し倒されて夢の中。
そして翌日。彼は頭を抱えていた。
夢であればどれほどよかったか。突っ伏して寝ていたデスクの端にあるのはコーヒーの入っていたマグカップ。
持ってきた覚えのないそれを、誰が持ってきたのか思い出してみれば
まるで朝チュン相手がヤクザの愛人と知った一般人のごとく彼は焦っていた。
彼女の性質はすべてが開示されているわけではないため、もしかしたら何かミラクルが起きて取り立てを回避できるかもしれない。しかし現実は無常だ、そんなものを期待するわけにもいかない。
性格を顧みるに対価が暴利である可能性は低いだろう。
ただ、それの返済期限がいつなのかは不明。何を取り立てられるのかも不明。本人に聞いたところでレートが分からないであろうことも不安に拍車をかけていた。
「どうする、まずいぞ、まずい……。アイツを倒す前に女神に魅入られるなんて冗談じゃない!」
「ロマニー? そんなに血相変えてどうしたの、痴情のもつれなら私は助けてあげられないぞ?」
「だったらどれだけよかったか……いや、よくないけど」
背に腹は代えられないと、レオナルドに事情を話す。すると面白がっていたその表情は次第にまじめなものへと変わっていく。
「つまり、君はあれかい? 寝不足でぼんやりして、うっかり受け取っちゃいけないものを受け取ったと?」
「面目ない……」
ザヴァングという神格は神にしては話が通じる珍しいタイプだ。だからこそ忘れがちだが、あれでも歴とした神の一柱。その分霊である。
神というのは規則、法則を支配すると同時に人以上にそれに縛られる。
本人が対価を求めていなくとも、神格はそれの取り立てを絶対に履行する。それゆえに実に厄介だ。
対価というからには価値のあるものを差し出さなければならない。しかし相手の価値観が自分の価値観と同じである保証はなく、むしろかけ離れている可能性のほうが高い。
つまるところ、相手が求めていないものを差し出してもそれは対価と認められないのだ。そしてあの女神は『対価なんて必要ありませんよ』と言い放つタイプだ。
それが何を意味するのか。
無理に支払うことで『受け取るという行為を求めた』と解釈されてしまったらどうなるか。
悲観的な考え方だが、意識と神格の判断は別。そして理不尽な話だが、神とは往々にしてそういうものだ。無駄に清廉な人格が憎い。
「仕方ない、考えていても埒が明かないからね。無事だった人に話を聞きに行くとしようか」
まさか、そんな馬鹿な。あの原始人と取引を成功させた人物が居るというのか。
だいぶ失礼なことを考えながら、先導するレオナルドの背中を追う。行きついた部屋の表札は『ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス』である。
「失礼するよ」
レオナルドに促され、ノックをすると中から返事が聞こえてきた。ノブに手をかけ、部屋に入れば目に飛び込んできたのは件の神秘に満ちた魚の切り身である。
魔術処理が施されて無害化されたそれは、まるで大型観賞魚のように悠々と水槽の中を泳いでいた。
「……なに、これ?」
「これは、かの女神から譲っていただいた鰤の三枚おろしです」
ロマニの問いにゆっくりと、言い聞かせるような静かな声音でホーエンハイムはそう言った。
頭が理解を拒む。一緒に部屋に入ったレオナルドも同様に、目を点にしている。
「あー……ザヴァングとの取引で?」
「いいえ、快く譲っていただきました」
想定外の答え。
『譲っていただいた』つまり、貰った。施された、と解釈できる。
しかし、あれから大分経つにもかかわらず、ホーエンハイムは何事もないように過ごしている。
「……なるほど。かの女神に施しを受けることは確かにお勧めできません。立ち話も何ですので、そちらにお掛けください」
促されるまま二人でソファに腰掛ける。
どうやらロマニの言わんとすることを察したのか、ホーエンハイムは言葉を続ける。
「ですが、対価を支払えばそれは施しではなく取引。確かにそうです」
「けれど女神と僕たちでは価値観が違うだろう?」
「ええ、著しい乖離があると考えて間違いないかと……」
少なくとも自分ならツノゼミの抜け殻や、ただのきれいなだけの石を後生大事に持っている事はないだろう。……男子小学生なら喜んで集めそうな気もするが。
「恐らくですがドクター、あなたはかの女神を過大評価していらっしゃる」
「与え、取り立てる性質をもった神性に、うっかり物を与えられれば誰だって怖いと思うよ?」
「確かにその通りです、ダ・ヴィンチ女史。ですが真理は近くにあります。そう、すぐ近く、当たり前の場所に」
ホーエンハイムは冷蔵庫からアイスティーを取り出し、コップに注ぐ。
「マスターは既に、かの女神からこれを受け取っています。ですが今日まで何事もなく、明日も何事もないでしょう。どうぞ」
目の前に、それが差し出された。
「ああ、ありがとう」
「悪いね、いただくよ」
レオナルドと、ホーエンハイムに感謝を述べる。
それに、彼は小さく笑みを浮かべた。
「それです。かの女神は人……いいえ、神がいい」
その言葉に、思わず目を丸くする。まさか、そんなのアリだろうか。
「心から感謝を述べる。ただそれだけで、あの方は対価として満足してしまうのですよ」
「いや、しかし……確かにそうかもしれないけれど」
「確かに労力のかかる事柄であればなにか、気持ち程度の品を差し出したほうがいいでしょう。ですがコーヒー一杯程度でしたら、それで済ませてしまう方ですよ」
神秘が宿っていないから誰かに頼んだのだろうと思ったが、まさかその本人が目の前にいたとは。
「私の淹れたコーヒーの味はいかがでしたか、ドクター?」
何度残業を迎えても Ex
・自身にカフェイン依存を付与 (次の休日まで)
・自身のHPを減少【デメリット】
・自身のNPを減少【デメリット】
ギャグ回の後始末と、今までで一番ひどい話です
ステータスに関するアンケートで画像付きの希望も多かったのですが、AI画像が嫌いな方も多いと思うのでゾーニングということで活動報告のほうに掲示しました。あちらも反応はございませんが、好きに見ていってください
現実準拠の掲示板回について
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