文豪ベイバトル 作:はるきすと
蝉の声が遠くに聞こえていた。
青い空と、やけにきれいな白い雲。その下で、春樹少年はベイスタジアムの上に手をかざしていた。
「この円形って、たぶん世界を象徴してると思うんだよね」
春樹少年は、まだ細い声でそう言った。
その向かいに座るのは――龍之介少年。
白いシャツにネクタイを締めていて、目元には既にどこか“絶望の準備”のような影があった。
「ふうん。でも世界には端があると思う。しかも、突然に」
そう言って彼は、自分のランチャーを構えた。
ベイは極めてシンプルで、黒に近い金属光沢をしていた。小ぶりで、鋭い。まるで刃物のような知性をまとっていた。
「じゃあ、回してみようか。僕らの世界を」
「いいよ。壊れても、別に惜しくないし」
3、2、1――ゴーシュート。
金属音。
春樹のベイは、まるで音楽のように滑らかに、なめらかに、そしてちょっと脱力気味にスタジアムを回る。
だが龍之介のベイは違った。小さく、無言で、相手の軌道を読んで待っていた。
まるで文学的な伏線のように。
「君のベイは優しい。でも、たぶんそれじゃ――」
「刺されるってこと?」と春樹。
カン、と音がした。
一瞬で、龍之介のベイが春樹のベイを跳ね飛ばしていた。春樹のベイは、スタジアムの外で転がり、回転をやめた。
「……やっぱり、現実にはトリックスターって死ぬんだね」と春樹少年は微笑んだ。
龍之介少年は黙っていた。
手に持ったベイを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……でも僕だって、こんなもの、投げたくて投げてるわけじゃないんだ」
蝉の声が、ひときわ大きく聞こえた。
■■■
雪国へ向かうはずだった。
康成少年は、列車に揺られて目を閉じていた。
しかし――目を開けたとき、そこには雪ではなく、ベイスタジアムが広がっていた。
光沢のあるリング、しんと静まり返った空間。
そして、ひとりの少年が立っていた。
黒い長ラン、口元に笑みを浮かべている。
「ようこそ。君が康成少年か。僕は、……ベイブレードの精霊さ」
そう名乗ったのは、なぜかちょっと藤原定家みたいな雰囲気の少年だった。
「僕は……ただ、雪を見に来ただけなんだ。回す気は、ないよ」
「でも君は、回転を見届ける人だろう?」
康成少年はゆっくり歩き、スタジアムの縁に膝をついた。
どこか懐かしい、古い家の畳のような匂いがした。
「……そうかもしれない」
精霊の少年がベイを放つ。
まるで千年の歌を詠むような軌道で、ベイは回り始めた。
康成は、ランチャーを構えなかった。ただ、静かに見ていた。
「どうして、回さないの?」
「僕はね、回転の美しさに触れると、…たぶん泣いてしまうからだよ」
ベイは音もなく、円を描く。
「勝ち負けじゃない。ただ、回るという行為が、それだけで……美なのさ」
雪が、スタジアムの上に一片舞い降りたような錯覚があった。
そして、ベイは止まった。
康成少年は、ほんの少しだけ、目を閉じた。
「……ありがとう。もう少し、世界を信じてみるよ」
トンネルの向こうには、白い光が射していた。