文豪ベイバトル 作:はるきすと
その女は、唐紙の向こうから、そっと現れた。
「あなたが、村上春樹とかいう、筆にベイを挿して暮らす人ですか?」
「いや、たぶんそんな人ではない……と思うけど……否定しづらい言い方だね」
彼女は微笑んだ。
扇を広げて、優雅にベイを見せた。
それは、漆に螺鈿(らでん)をあしらったような、まるで装飾品のような美しさ。
でもその中心には、小さく「いとをかし」と彫られていた。怖い。
「さあ、まいりましょう。風流とは、回転の妙味でございますから」
僕はバッグからいつものドライガーSを出しながら、ちょっとだけ緊張した。
これはきっと、回転という名の短歌バトルだ。
3、2、1、ゴーシュート。
彼女のベイは、まるで舞のようにゆっくり、しかし正確に回った。
隙がない。美しい。でも、妙に刺さる感じ。
「その軌道、どこかで見たような……」
「ええ、凡庸な回転ね。秋のくたびれた鞄のよう」
「それ、僕のベイの話だよね?」
「ええ、いとをかし」
そして次の瞬間、
彼女のベイが“恋のこしかた”のような軌道で突っ込んできた。
僕のベイは翻弄され、静かに、でも確実にスタジアムの外へ。
「……完敗だね」
「うれしきことかな。でもあなたのまわり方、けして悪くはなかったわ。
ただ、香が足りなかったの。」
そう言って、彼女は小さな香袋をふわりと置いて去っていった。
あとには、季語のようにふんわりと香る風と、
僕のちょっとへこんだドライガーSだけが残った。
■■■
夕焼けがリングを赤く染めていた。
汗と砂の匂い、そして誰にも止められない熱量。
リングの向こうに、やたらと体格のいい男が立っていた。
腕まくり、開襟、サングラス。どっからどう見ても文学者の格好じゃない。
「おまえが村上ってやつか。おもしれぇ。
ベイで世界を回すんだって?俺はベイで世界をブチ壊すために来た」
「……いや、なんか全然違うゲームになってる気がするけど」
「黙れ。勝った奴がルールだ。それが男の勝負ってもんだ」
彼は、まるで拳銃のようにランチャーを構えた。
ベイは、鮮やかな赤――太陽の化身のような色だった。
「名前、あるの?」
「“太陽族”だよ。
おまえの内省だの逃避だの、そんなもん焼き払ってやるよ。」
僕はもう逃げられないと悟った。
ドライガーSを構える。静かに、でも心は煮えたぎっていた。
3、2、1、ゴーシュート!!!
彼のベイは、とにかく速かった。
爆音のように衝突し、火花を撒き散らし、スタジアムの壁を削っていく。
「これが“生”だよ!おまえのベイ、ただ漂ってるだけじゃねぇか!」
「……たしかに。でもね、漂うってことは、まだ沈んでないってことだよ」
「理屈はいい!勝ったら黙れ!」
最後の一撃。
彼の“太陽族”は、僕のベイを吹き飛ばした。
空に跳ね、地面に突き刺さり――静かに止まった。
僕はうなだれる。
彼は、くしゃっと笑った。
「悪くなかったぜ。おまえのベイ。
でもな、文学だろうが人生だろうが――勝つヤツが一番面白ぇ。
じゃあな、内省野郎。」
エンジン音のような笑いを残して、石◯慎太郎は去っていった。
僕は、すこしだけ笑った。
「……ちょっと、かっこよかったな」