TRANSFORMERS:INVASION OF THE SPRITS 作:Kyontyu
PART2
令音は鍵を開けた。中には青い宝石のようなものがついたリボン以外女っ気のない、殺風景な部屋だった。部屋の隅に配置されたベッドの上には、誰かが入っていると思われる妙に膨らんだ毛布があった。
「真那。いるんだろ?」
返事は無かった。令音はベッドのところまで歩み寄ると、毛布をはぎ取った。すると確かにそこにはうずくまった真那がいた。しかし、頭部や顔、両腕には包帯が巻かれていた。ポニーテールにしていない真那を見るのはいつ以来だろう、と令音は思った。
「……母さん。何の用でいやがりますか?」真那はうずくまったまま言った。
「最近家に帰ってないものだから、心配していたんだ。シンも心配している」
「兄様を撃った私が、あそこに帰れると思っていやがるんですか?」
「…………」
令音はしばしの間、口をつぐんだ。確かに、彼女は士道を撃ってしまった。だが、彼は生きている。
「しかし、シンは生きている」
「それは結果論でいやがります!」
真那はそう叫んだあと、上体をゆっくり起こした。
「問題なのは、結果じゃない……その過程、私が兄様を『撃った』という事実でいやがるんですよ……!」
真那は自分の本心をあまり表に出さない。しかし、令音には分かった。彼女の肩は、泣いていた。
しばしの沈黙。
先に口を開いたのは令音だった。
「真那……君をこんな辛い状況に置いたのは私だ。そんな私が言えるものではないのだろうが……泣きたい時は、泣けばいい」
令音がそう諭すように言うと、真那はこちらを振り向いた。彼女の頬には、泣いた跡が残っていた。そしてそのまましばらく硬直した後、ダムが決壊するかのように涙が溢れ始めた。
「私、私はぁ……ッ……」
令音がしっかりと抱き寄せると、真那は嗚咽を漏らして泣き始めた。令音はそんな真那の頭を優しく撫で続けた。
「真那、本当に戻らないのか?」
「ええ……やっぱり、中途半端に終わらせるワケには、いかねーんです」
そう言った真那の顔は、まだ赤かった。
「そうか。戻りたくなったら、いつでも帰って来い。私たちは、いつでも待っている」
令音はドアを開けた。
「母さん!」真那が出ていこうとした令音の左手首を掴む。
「私たち、またみんなで笑っていられる日が、来るかな?」
「ああ。そのうち来る。絶対に」
令音は前を向いたまま答えた。
「だから……待っていてくれ」
◆◇◆
空間震のせいで、学校は休校になっていたので士道は家で洗濯物を干していた。琴里は十香の検査や、その報告などで今日は空けるらしい。令音は、アクセルと一緒に免許の更新に行っており、今はいない。
「いやー、今日もいい天気だなー」
お腹の傷は完全に塞がり、痛みは感じなくなっていた。何が起きたのかは分からなかったが、生きているのでよしとしておいた。すると、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、はーい!」
士道が玄関に駆け寄り、ドアを開けると、そこには黒髪の少女が立っていた。年はあまり士道と違わないように見える。髪には黒いアゲハチョウの髪飾りをつけていた。
「お前が、祟宮士道か?」
「え、ええ。そうですけど……どちら様?」
「私は二年三組霧無ユリだ」
「霧無……ユリ?」
士道には聞いたことのない名前だった。
「お前の家にしばらく泊めさせろ」
「は?」
「私を泊めさせろ」
「え……泊まる……? なんで?」
な、なんだこの子……自分ですら知らない男の家に一人で来て泊めさせろって……
「家がない。それよりも金がないんだ」
「泊めれるかどうかは分からないけど……ご飯くらいなら……」
「ぜひいただこう」
そう言ってユリは士道の隣を抜けて玄関に上がっていった。彼女が士道の横を通り過ぎるとき、かすかに百合の花の香りがした。
士道は頬をかくと、自分も玄関を上がった。
「こんなものしか出来ないけれど……どうかな?」
士道はテーブルに座って待機していたユリの目の前にオムライスの載った皿を置いた。とりあえず冷蔵庫にあったものを使って作ったのもだが、流石は士道。中々の完成度だった。
ユリはスプーンを取って、オムライスを一口分すくうと、自分の口の中に入れた。するとユリは少し驚いたように目を見開いて、
「……うまいな」
と言った。
「口にあってよかったよ」
士道は胸をなで下ろした。ん? 待てよ? なんで俺はこんなことしてるんだ? 相手は見知らぬ女の子なのに……
「どうした? 士道」
「あ、いや、別に」
気付けば士道は彼女に見入っていた。白い肌に、顔を縁どる漆黒の髪。美しいが、よくできた人形のような美しさだった。そして彼女の口の周りにはケチャップがついていた。
その時、エプロンのポケットの中にある士道の携帯電話が鳴った。士道はユリに断わって家の廊下に出た。
「はいもしもし」
『あ、士道? 今家に誰かいるの?』
士道はドア越しにユリを見て、「ああ、うん」と答えた。
『どうじたのよ、彼女』
「え、いやなんか急に来て『泊めさせろ』っていうから……」
『んで? 泊めさせるワケ?』
「まだわかんないよ。母さんに聞いてみないと」
『まぁ、誰だかわかんないけど、別にいいんじゃない?』
「はぁ? 何言ってんだよ……」
見知らぬ女の子を家に泊めさせるなんて正気の沙汰じゃない。
『訓練の一環だと思いなさいよ。アンタは女づきあいが苦手なんだから』
「え、でもよ……俺だって一応高校生……」
『いい? 私は、士道を信じてるの。そうじゃないと精霊の封印なんて任せないわよ』
「あ、ありがとう」
とりあえず言っておいた。
『ふ、ふん! こっちは忙しいんだから、あんまり電話かけないでね!』
そう言うと一方的に通話を切られた。
「ったく……急になんだよ……」
士道はそう呟くとリビングに戻っていった。
フラクシナス、艦橋。
「司令、なんだかうれしそうですね」
通信を終えた琴里を見て、神無月がそう言うと琴里はそっぽを向いた。
「別に。そんなんじゃないわ……」琴里はコンソールを操作しながら呟く。
「それよりも、もうそろね。次」
「そうですね。次もやってくれるといいんですけど」
「やるわよ。士道は。そういう人間だもの」
琴里の目はまっすぐ前を向いていた。
◆◇◆
久留間運転試験場、特状課。
「ああッ!」
道路標識や、その他雑多なものが置かれた特状課の中、パソコンで何やら調べていた人物、『西城 究』通称キューちゃんが叫び声を上げた。
「どうした? キューちゃん?」
進之介がキューちゃんの側に駆け寄るとディスプレイを覗いた。そこには重加速現象、俗に言う『どんより』が発生した場所を集計して表示するレーダーが映っていた。赤い点が示しているのが発生場所だ。
「ちょっと見てよ。普通のどんよりだったら円状に表示されるレーダーが、きれいな五角形を描いているんだ」
「あ、ホントだ」
言われてみると確かに赤い点の集積が五角形を形成していた。現在特状課のメンバーは『ショッピングモール連続変死事件』の捜査をしていた。ホワイトボードにはそれぞれの被害者の顔写真などが貼り付けられている。
「この様子を見るに、今回のロイミュードの重加速能力には制限があるか、それとも特殊な効果があるのかもしれない。もしかしたら、各頂点に何かあるかも」
進之介はネクタイをシュッ、と締めた。これは彼が気合い――ギアを入れた合図だ。
「とりあえず、行ってみよう」
ショッピングモールに来た進之介はシフトブレスで目標の場所を確認しつつ、茂みや隙間の中を探っていた。すると、茂みの中に赤く光るスイッチのようなものを見つけた。
「これは……」
引き抜くと、それはピンのような形をしていて、ランプが赤い明滅を繰り返していた。
「もしかして、これか?」
進之介はピンを元の場所に差すと、他の四か所も回った。そこでも同じものを見つけた。
「ショッピングモールを囲むように設置されたピン……犯人は次も必ずこの場所に現れる」
〈私も同感だ。よし、シフトカーたちに見張りをさせよう。シフトカーズ! 集合!〉
ベルトさんが声を張り上げると色とりどりのシフトカーたちがショッピングモールの中に飛び込んでいった。
「ベルトさん。俺たちは、防犯カメラの映像をもう一度チェックしよう。何か映っているかも」
防犯カメラのモニター室。進之介は事件発生当時付近の映像を確認していた。
「ん?」
進之介は映像を止めた。
〈どうした? 進之介〉
「あ、いや。この子……」
映像には黒髪で黒い髪飾りをつけた女の子が映っていた。隣には若い男性の姿。親子、にしては年が違うし、兄妹、というには何か違和感を感じる。援助交際、だろうか。
〈進之介が見たという女の子か?〉
「ああ。もしかしたら……」
ロイミュードかもしれない、という言葉が出かかった所で進之介は口を閉ざした。推察で物事は判断できない。警察は真実のみを追う仕事だからだ。進之介は今は亡き父からそんな言葉を聞かされていた。そして、人を守る仕事だと。
「ベルトさん。しばらくここに張り込もう。犯人は次も必ずここに来る。次の被害者を出す前に、食い止めないと」
進之介は少女の顔をじっと見つめた。なんだか少し、寒気がした。作り物みたいで。
◆◇◆
士道は湯船に浸かっていた。令音にユリのことを話したが、あっさり了承され、今はリビングにいる。天井を仰いでため息を吐く。
「彼女、誰なんだろう……」
どこかで会った覚えはない。見た覚えも、その名を聞いたこともない。当たり前か。他人だものね。
口元まで深く沈んでブクブクと息を吐く。その時、お風呂場の戸が開いた。
「ッ!」
そこから現れた人影に士道は思わずお湯を飲んでむせる。
「ゴホッ、ゲハッ……ど、どどどどどどうしたんですかき、ききき急に……」
そこにいたのは一糸纏わずに立っているユリだった。全身の白い肌が士道の目を焼く。思わず目を押さえた。
「入るよ」
「え、あ……ちょ、ちょっとォォォォォッ!」
ユリは士道の目の前に座った。すでに士道の視界はレッドアウト寸前だった。決して大きいとは言えない胸元。つややかな黒髪。ルージュを引いた唇。上気した頬。
目を逸らす。理性が崩壊する前に。
「あら。もう立っているのね」
「そっ、そんなこと言ったって……」
ユリが立ち上がって、抱え込むように士道の耳元に口を近づけ、耳元で囁く。
「どう? 私のこと好き? 私と一つになりたい?」
声。
仕草。
触った感覚。
柔らかい。
百合の香り。
食べてしまいたい。
空白。
何も考えられない。世界が溶け込む。全てが『ユリ』という存在に集約されていく。
禁断の果実だ。
手を伸ばしかけたところで士道の思考は真っ白になった。
えーと……大丈夫、だよね? R-18にならないよね? どうしようか……多分大丈夫だと思うけど……何かあったら連絡します。
以上!